5.眠り姫の夢

 大きな鐘の音が三回鳴り響く。肌が痛いほど寒い中、あまり防寒面が優秀とは言えない白っぽいドレスを纏って足を踏み出す。


 『私』の右斜め後ろには茶髪にエメラルドのような目を持った騎士――ルイスさん。左斜め後ろには、洋画とかに出てそうな金髪碧眼の騎士――リックさん。そして、出る直前までドレスで動く私を助けてくれた恵茉えまねえのそっくりさんで、名前の響きまで同じな侍女のエマさん。


 月巫女と呼ばれている『私』の従者らしい三人の手助けを受けつつ、冷たい空気の中、大きな窓の外に出る。


 バルコニーの下の広場には人、人、人。こういうのを『埋めつくさんばかりの』って言うんだろうなっていうくらい、とにかく人で溢れかえっていた。


 そんな中、同じタイミング、同じ動きで、斜め後ろの二人が剣を抜いて構える。二人の動き全てが見えるわけじゃなくて、あくまでも視界の両端で剣が同じ動きをしてるのが見えるだけだけど。それは運動会の行進とか、シンクロナイズドスイミングみたいに綺麗に揃ってた。


 そして、『私』はと言えば、うっかりすると顔の筋肉がひきつりそうになりながら、笑顔で外の人たちに手を振る。なんかこう、お正月とかに見る一般参賀っていうのに似てるかも?


 どうも月巫女は巫女の中でもすごく偉いみたいで、今日は新年を祝う神事のあとに、この式典だったらしい。……寒い中、外で待ってた人たちも大変だけど、こんな薄着で『私』も大変だなぁなんて、呑気に思う。


 私だけど私の意志で手足を動かせるわけじゃないから、オートプレイのゲームをしてるような気分だからかな。どこか他人事のように見てる私がいた。


 夢の中の『私』は現実の私と違って、恋をしてるからかもしれない。傍目から見たら、『私』が誰を好きなのかは一目瞭然だ。今だって、目の前の人たちに集中してるようで、目は右斜め後ろをチラチラと見てるし。


 まぁ、あんなイケメン二人に守られてたら、どちらかに惚れてもおかしくないよね。……なんて思ってた矢先だった。


「リオン!!」


 名を呼ぶ声に『私』が振り返る。そこにはものすごく焦った様子のルイスさん。そして、彼が『私』の腕を引いて場所を入れ替わったと思った次の瞬間。彼の背中に、何本もの矢が突き刺さった――。


***


「ルイスさんっ!!」

「わっ!?」


 思わず声をあげて、はたと止まる。私の意志で喋れてると気付くと同時に、目の前の景色が変わった。


 目の前に広がるのは血の赤じゃなくて、夕陽で赤く染まる教室と黒板。教壇には誰もいない。


 その変化に少し混乱する中、横から声をかけられた。


「やっと起きたわね」


 ため息混じりの言葉に振り返れば、エマさん……いや違う。セーラー服を着てるから恵茉ねえだ。恵茉ねえの言葉に自分の手元を見れば、古文の教科書とノートが開きっぱなしだった。


 それが意味することに、思わず頭を抱える。


「もしかして、私また……?」

「今日はまだ早い方ね。五限目途中で眠ってたって話で今だから」

「うう……」


 予想どおりの言葉に呻くしかない。


「夜ちゃんと寝てるのになんで……?」

「入院したあとだから、先生方含め、倒れた後遺症と見てはいるみたいだけど。本当に厄介よね、どれだけ起こそうとしても起きないなんて」


 あの満月の夜の事故以来、私は時たま襲う謎の眠りに悩まされていた。恵茉ねえが言うように、誰が起こそうとしても起きない。自然と目を覚ますまで、起きれない。


 しかもさらに厄介なのは、いつ眠るかも全くわからないってこと。今日みたいに授業中だったり、果てはご飯の途中だったり、いつどこで眠ってもおかしくないから、気をつけてるのにこれだ。


 こんなのため息の一つもつかなきゃやってられない。正直に言って、最近は眠ることそのものが怖いくらいだもん。誰でもいいから、起こしてくれるなら安心できるんだけど……。そう思いつつ、チラリと恵茉ねえを見つめる。


「叩き起こしてくれても……」

「クラスの子や先生はともかく。事前に言われてたし、少なくても私は容赦なくやってるわよ。今日は頬つねったりとかもしたし」

「……だからなんか顔が痛いんだね」


 やけに頬がじんじんしてるのはそのせいか。思わず頬をさするも、怒るに怒れない。とにかく起こして欲しかったから、恵茉ねえに『問答無用で叩き起こしてほしい』と頼んだのは私だし。物心ついた頃から一緒で、姉のような存在の幼馴染だからこそ頼めたことではあったけど……。


 手元のノートを見て黙った私に代わり、恵茉ねえが言った。


「それでも起きなかったんだから相当よね、莉音の眠り病」

「これじゃただの居眠り魔だよぉ……」


 医者になれとは言われてないものの、それでも大学は出ておきたいなと思ってるのに、今からこれじゃ内申点とかどうなっちゃうんだろう。塾通いも万一を考えると危ないからって辞めた今、自力でどうにかしないといけないのに、眠り病のせいで授業にどんどん追いつけなくなってる。正直、現状が改善できないままだったらと思うと不安しかない。


 机に突っ伏した私の頭を撫でながら、恵茉ねえがしみじみと言った。


「本当に何なのかしらね。おじ様、まだ原因はわからないって?」

「……調べてはくれてるみたいだけど、聞いたことも見たこともないみたい」


 最初の最初は、まだ身体が本調子じゃないんだろうって言われたし、私もそう思ってた。だから早く寝るようにもしたし、念のため数日入院してたときもそうしてたから、担当してくれた看護師さんも知ってる。そして、一向に改善しない突然の眠りに、看護師さんもお父さんも笑顔が徐々に固くなっていった。


 入院中いろんな検査も受けたし、何なら退院してる今日だってそれで遅刻したくらいには、検査の毎日だ。それでも、いつも出てくる結果は正常。異常が見つからなくて、お父さんも他の先生もお手上げになりつつあるみたい。終いには『何かストレスが溜まったりしてないか?』って恐る恐るお父さんに聞かれた。


 何も不満がないって言ったら嘘になるけど、正直、所構わず寝ちゃうこのよく分からない眠りが一番ストレスだって言ったら、お父さん苦笑してたっけ……。そんなことを思い返していた私に、恵茉ねえが言った。


「何をしてても急に眠り出して、起こしても起きないって言うのは不便よね。こうして下校前に起きてくれたから、ホッとしたけど」

「ごめんね、恵茉ねえ。いつも迷惑かけちゃって」


 母親同士が昔からの友人ということもあって、唐崎からさき家に預けられることも多いから、恵茉ねえには昔からいろいろお世話になりまくりだ。あ、なんか思った以上に申し訳なくなってきた。


 思わず俯いてしまった私の肩をぽんと叩いて、恵茉ねえは言った。


「別に気にしなくていいってば。私は受験勉強と委員会の雑務で時間はいくらでも潰せるし、いざとなったらおば様に電話するから平気」

「うう、ありがとう」


 思わず抱きつけば、『仕方ないわね』と言わんばかりに背中を撫でてくれた。いいお母さんになるんだろうなぁ、とそんなことを思っていたら、恵茉ねえが私を覗き込んで問いかけた。


「で、今日も同じ夢だったの?」

「うん。今日はフェスなんとかっていう式典の夢だった」

「……にしては、なんか鬼気迫る起き方だったけど……」


 訝しげな顔と言葉に、一瞬だけぼやけた映像が頭を過る。肩越しに見えたたくさんの矢に、思わずぶるりと身体が震えた。私のことじゃないのに。


「夢の中の『私』の好きな人が、もしかしたら死んじゃったかもしれないから……」

「目が覚めると顔はよく思い出せないけど、イケメンだっていうことだけは覚えてる例の騎士さま?」


 確認に対して頷く。夢の中で何度もしっかり顔を見ているし、ぼんやり着ているものとかは思い出せるのに。それなのに、何故か起きると顔だけがモザイクがかかったように思い出せない、夢の『私』が強く想っている護衛の騎士さま。


 彼は夢の中で、あのあと無事だったのかな。眠りたくはないけど、次はいつ夢の続きを見るかもわからないし、続きで見ることもあれば、時間が巻き戻ったように飛んでることもあるから、彼のその後を確認できるとは限らないのが少し辛い。


 知らない人だけど全く知らない人じゃないから、無事であってほしいなって思う。だって、あの瞬間、夢の中の『私』が絶望に染まったのがわかったから。あのまま死んでしまったら……私も辛い。


 そう思う私、恵茉ねえが顎に手を当てて、考え込みながら言った。


「一体何なのかしらね。そういう小説を読んだりした……とかじゃないのよね?」

「先が読める分、いっそのことその方がよかったかも」


 ハッピーエンドでもバッドエンドでも、それなら心の準備ができるし。心の準備がないまま、妙にリアルで生々しい夢で見るには正直キツい。今だって、ちょっとだけ夢に引きずられてる自覚があるだけに、上手く笑えてるか怪しいくらいだ。


 そんな私の頭を撫でて、恵茉ねえは微笑んで言った。


「まぁ、何にしても夢は夢よ」


 夢。恵茉ねえが言うとおり、私がヤキモキしたって何をどうすることもできない夢だ。そうわかってるのに、それでも引きずられそうで、気持ちがしんどい。


 そうしてまた沈みかけたところで、恵茉ねえは両手をパンと叩いて気合いを入れるように言った。


「一先ず、またいつ眠るかもわからないし、今のうちに帰りましょ」

「委員会の仕事は?」

「元々試験勉強の息抜き用に少し割り振ってもらってるだけだし、八剣やつるぎ先生に事情を話してあるから大丈夫。あ、でも、職員室には寄らせてくれる? 一声かけて、終わった分の書類は提出しておかないといけないから」


 私の隣の席の机に散らばっていたプリントをかき集める恵茉ねえに頷き返し、私もまた帰り支度を始めたのだった。

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