第5話 愚行の黒 と 代償の朱

仕方ないと言えば、今だから言えることなんだけど仕方ない。 あの時はまだこの宇宙のことを何一つ知らず、それ以前にまだ、見ることも、聞くことも、語ることも、満足にできない幼子のようなものであったから。


無知な幼子のくせに、 自分は全て理解していると 背伸びしていて、 それを背伸びだと分かってもいない。一番愚かしい頃合い。


だからだろう、 それからそれ以降も私は、思い出すのも申し訳ない、この世界で最も愚かな行為を繰り返していく。良かれと思い したことばかりなのだが、 本当のことを知ろうともせず、むしろ本当のことを教えようとしてくれていた者たちの声に耳すらも貸さず。そうしてしでかしてしまったことは取り返しがつかない。


全ては 私の無知と傲慢さが招いた結果。

それが今もずっと、胸を疼かせている。




―――

時間が生まれたのは、それまで変化のなかった宇宙にようやく変化が訪れた後のことだそうだ。それでもあくまで概念としてしか存在できず、変化の速いところではより早く進み、逆に変化がおとなしい場所では、実にゆっくりと進む。


そうしてその二つの場から、何かひとつづつを持ち寄って目の前に置いたとき、変化はどう表れるか、という実験を奴さんはじめ何体かのレンと試してみたことがある。


概念でしかないものであれば、それぞれが別々の時を経過するはずだからである。要は、変化が早い者はあっという間に時を消費し、変化がゆっくりな方は、ほとんど消費しないだろうということを、新しく定義した時間の単位で測ろうという実験だった。


そうしてその結果は、思いがけず、意外でしかなかった。


「オーニー、けどおかしくないです?」

「おかしいのよ。それがあの場所だけなのかそれとも他の場所でもそうなのかわからないけど、おかしかったのよ」


この何処なのかわからない惑星に連れてこられて、今私は、見慣れない四本足歩行をする生き物の上に座っている。随分と大きな体躯で、引き締まった肉の張は記憶にある馬を思わせる。しかし、目の前を覆い隠すように広がるたてがみが、この星の主星からの陽光を受けてキラキラと輝く様子に、馬とはまた違う進化を遂げた生き物なのだろうなと勝手に思い込んでしまう。


「想定された実験の結果は、どちらもそれぞれの時間軸に在り続け、互いに干渉はしないものとして始まった実験だったの。それが蓋を開けたら……」

「えーと、確か、逆転でしたっけ?」

「それは二度目に行った方。一回目は双方が干渉し合ってしまって、どっちも自分の時を忘れたように変わっていったわ」


ゆっくりな方は突然に急ぎだしたかのように変化を進めはじめ、早い方がゆっくりになる。それなら互いの時間軸がライフを通じて干渉し合ったということで理屈もなんとなく通り始める。


けど、そうじゃなかったんだ。そうなったのは、もう一度試そうって奴さんが言いだしてから。


「結局のところ、ライフが思ったままに……って例の理論なんですか?」

「理論なんてものじゃないわよあんなの。ライフについて調べようとした大抵の実験で、結果が気まますぎてどうしようもいかなくなって、それで取って付けた理論」

「はぁ、ライフのそれぞれに意思や思考があるって初めに言い出したのも、オーニーだったんですか」


カッポカッポと乗り物四足歩行生命の足音が響いている。実に一定のリズムを保ちつづけ、背に乗る私を寝落ちさせたいのだろうか?

空は……青い。なんでだろう、落ち着かない青さが目に刺さるような気になる。

時折、四足歩行が背後でドサッと音を立て、何かが落ちていく。


「初めに言い出したのは……私じゃ、なかったと思う。たぶんだけど、お付きでいたレンの誰かが言い出して、それを奴さんが採用して、だった気がする」

「しかしですねオーニー、そもそも時間の概念はこの宇宙の開闢と同時にあったものだと思うのです」

「あら、初めて聞く話ね。奴さんはじめ当時その実験に関わったレンの連中は、揃って『変化があちこちで起きてから時間という概念が生まれました』って、口を揃えて言っていたわ」

「いいえ、仮にライフのみでまだレンも生まれていない頃があったとしても、そこでライフは様々な変化を自ら起こしていたはずなんです」

「ああ、それ……」


今まで歩んできた草原が、突然沢山の樹木に塞がれている場所に出た。どうやらここからは、深い深い森の中を行かなければいけないみたいだ。


私は以前、シュタインさんらレンの計らいで、洗脳されそうだったのかおかしくなりかけ、そこを何とか切り抜けて辿りついた地を旅している。ここへ着いてから既にもう、三万回以上の日夜の切り替わりと、そのおよそ3分の1の数の風雪に耐え、日の昇る方角を目指し進み続けている。

ちなみに三万回の数を数えていたのは私ではない。


私を救ってくれたと自称するジーニーは、聞くところによると私と同じシンなのだとか。シンが既に数多く世に出回っているそうなので、まあそうなのだろうと納得しておく。気配はどう見ても、例のシュタインさんと比べても遜色ないほどの器だ。むしろ自分はレンだと名乗ってくれた方がしっくりくる。

そもそも以前に見た時は、まさしくレンと同じような光の球だったはず。朱色の胡乱な球。


「ライフは自らの変化については無頓着だわ。それ故に、時を感じ取れない。むしろ他の、ライフ達に生成された素子に対して、時間的な干渉すら引き起こすことは私の実験で明らかになっている」

「え?!けれど、だったらなぜ?そんな報告、私は知りませんよ?」

「ふー、やっぱりね。レンはレン同士でネットワークを設けて繋がり合っているんでしょ。だから、私が昔に奴さんたちと一緒になってやった分の実験・検証結果については共有されているのよね」

「そのはずです」

「なんで私と同じシンのはずのあなたが、その共有されている情報を持って歩いてんのよ、こんなとこ」

「私はちょっとだけ特別仕様ですから、そういうこともできるんです」

「まったく、いけしゃあしゃあと。ここであれこれベラベラ話したら、全部レンの連中に筒抜けになるんじゃないの?」

「ああ、まあ、その通りなのですが、まあ、そこはお気になさらず」

「何今さら気取った口調にもどしてんのよ!」


明らかに取り繕っているはずなのに、まったく気にした素振りもない。ひょっとしたら私が間違えているのかもしれないと、そう思わされる感じが嫌だ。


「そもそもあんたは、最初に会ったとき赤い色した球だったでしょう?私と同じじゃなくて、奴さんやシュタインさんなんかとおんなじだったじゃない!」


腹立たしさが思わず口調に乗って出てしまう。なんだか怒りっぽくなっているみたいだ、私。心細いのだろうか?


「赤!?と?いま、そうおっしゃいましたか」

「まっかっかの赤い球だった!」

「ノー、ノン、ナイン、ネー!ありえません、それはあり得ません。私の主なテーマとする色合いが赤だなんて!」


取り乱し始めたジーニーは、四本足の背に立ち上がって続ける。


「わたくしの色は、バーミリオン。神々しく力強く、輝かしい色合いの中に狂気と理性を併合する尊き色。それをあろうことかあの狂気と殺意と暑苦しい情熱だとか狂った恋などの赤と一緒にされるとは、心外にも心外!即刻謝罪を要求させていただきます」


そのあまりにも狂気じみた言い方に、私はかなり引いた。ドン引きというやつだ。


「さあ、訂正してください。赤ではなく、ヴァーミリオン、もしくは朱と」


四足歩行の背で、あわやもう少しでブリッジとなるかならないかの反り返り。その態勢から向けられた両手の人差し指が、これでもかと言わんばかりにウザったさを押し付けてくる。


「まっしゅっしゅの朱色の球でした」

「ザッツライト!イエス、ヤー、ウィ、シー!それで正解。以後お間違えの無きように」


うん、たぶん面倒だから二度と間違うまい。私はそう心に刻んだ。


「で、要は何?あんたは私から見たら、あのレンの連中が寄越したスパイみたいなものってわけ?」

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最奥と最果てと、とても愚かなこと Ψυχή :: 黎明 潮ノ仁詠 @Memen

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