十三.浦嶋少佐

ひかりの誕生日から数日が過ぎ、イルミネーションが似合う季節へと移り変わろうとしていた。


「私ね、今朝…てんしろう先生と実験してたら爆発した夢見たの…」


ある朝の登校時、ひかりは竜輝と手を繋ぎながら深刻な顔をして話す。


「え…」

竜輝が目を丸くしながらひかりを見つめる。


「そしたらね…朝起きて鏡見たら…髪が大爆発してたの…。私、初めて正夢見たかもしれない…」

ひかりが険しい顔をさせながら竜輝を見た。


「え…あ、だから…いつもと違う髪型なんだ…」

竜輝はまじまじとひかりを見つめながら言った。


「そ…そう…。無理矢理上で纏めた…って、そんなに…まじまじと見ないで…恥ずかしいから…」

ひかりは赤くなっていく顔を逸らす。


「…っっ」

ギュンッ…

竜輝はひかりの恥じらう姿に胸を鷲掴みにされたような感覚になった。


すると、竜輝が突然立ち止まった。


「・・?」

ひかりはキョトンとしながら竜輝を見る。


ギュ…


突然、竜輝がひかりを抱きしめた。


「…っっ!!」

ひかりは驚き目を丸くする。


「・・可愛い…」

竜輝がポツリとひかりの耳元で呟いた。


「…っっ!」

ひかりが顔を真っ赤にさせ狼狽える。

竜輝の大胆な行動に、ひかりの心臓は悲鳴を上げ暴れる。


ひかりは竜輝と付き合い出してから気づいた事があった。

恋愛モードの竜輝は、意外と人の目を気にしないストレートで堂々としたタイプであり、積極的であると。


竜輝は静かにひかりと身体を離すと、またひかりと手を繋ぎ歩き出した。


「・・っっ」

ひかりは静かに戸惑う。


「その髪型も…良いね。似合ってる…」

竜輝は静かにそう言うと、ひかりに微笑んだ。


「…っっ」

キュン…

ひかりは竜輝に見惚れながら、ポツリと呟いた。


「毎朝…爆発しないかな…私の髪」


「え…」

竜輝は驚いてひかりを見た後、小さく笑った。


ひかりと竜輝は和やかに笑い合った。


--


「万莉華、膝どうしたの…?」

教室でひかりは、万莉華の膝に貼られている絆創膏を見ながらたずねた。


「あぁ…これ。ちょっと転んじゃって…」

万莉華は苦笑いする。


万莉華が一匡と付き合い出してからというもの、それをあまりよく思わない者も数人いた。

それは一匡の熱狂的な一部のファンである。

万莉華は一匡と付き合い出してから、わざと足かけられて転ばされたり嫌がらせされることが度々あった。

ただ…それは決まってひかりが一緒にいない時であった。

なぜなら、ひかりは一匡の妹であると周知されていたからである。


「・・・」

ひかりは静かに万莉華を見つめた。


「ひかり、今日の髪型いつもと違って何か新鮮だね。その髪型も可愛い」

万莉華は、ひかりが初めてアップにしたヘアスタイルを見て目を輝かせる。


「アハハ…今日恐ろしいくらいの寝ぐせでね…。どうにもこうにも直せなかったから、無理矢理結んで誤魔化しただけなの…」

ひかりが苦笑いする。


「そうなの?全然分からないよ?すごく可愛い。ねぇ?たっちゃんッ」


万莉華は笑顔でひかりに言った後、目を丸くさせながら竜輝を見た。


「うん。可愛い」

竜輝は微笑みながらひかりを見る。

ストレートにハッキリと言う竜輝に、周りのクラスメイトの女子達は、驚きの眼差しで竜輝を見た。


「あ…ありがとぅ…」

ひかりは顔を赤くし狼狽えながら呟いた。


「・・・」

竜輝は照れているひかりを愛おしそうに見つめた。


「何だよーッ!イチャつくなよーッ!」

「ほんとだよッ!ほっかほかじゃねぇかッ」

真夏斗と凰太が竜輝とひかりを冷やかした。


「暑すぎて今日上着要らないわね」

「ちょっとラブラブすぎじゃーんッ」

帆乃加と有希も竜輝とひかりを冷やかす。


竜輝とひかりは照れ笑いした。


万莉華も静かに笑顔で二人を見つめていた。


周りのクラスメイト達は羨ましそうに竜輝とひかりの二人を眺めていた。


--


この日、ひかり達の高校では全校集会が行われた。


ひかり達の高校では月に二回、満月の日と新月の日の昼前に全校集会が行われる、ちょっと風変わりな高校であった。


全校集会が終わり、ひかりは万莉華と共に体育館を出て校舎に向かって步いていた。


すると、後ろから歩いて来た女子数人が万莉華にわざとぶつかってきた。


「…っっ」

万莉華はよろけると、ひかりにもたれかかる。


ひかりの額には複数の怒りマークが出現した。

これは、ひかり噴火の前兆である。


その女子生徒達はクスクスッ…と笑いながらひかり達を追い越した。


ひかりがリーダー格と思われる女子生徒の嫌な笑いを見た瞬間、ついにひかりの怒りマグマが頂点へと達した。

するとひかりは大噴火の如く、そのリーダー格の女子生徒に向け、すかさず叫んだ。


「オィッ!そこの当たり屋くそババアーッ!」


ひかりの衝撃的な言葉が辺りに響き渡る。


「…なっっ!!?」


わざとぶつかって来た女子達は、一斉に振り返りひかりを睨んだ。


万莉華は驚きながら目を丸くしひかりを見つめる。


「姉ちゃん…?」

少し離れたところにいた七央樹や紗輝、亀美也などは驚きながらひかりの方を見た。


ひかりは、何やら女子生徒数人と険悪なムードになっていた。


七央樹は慌ててひかりの方へ駆け寄る。

七央樹がチラッとひかりの後ろの方に目をやると、一匡もひかりを見守っていた。

とりあえず七央樹も一匡と同じようにひかりを見守ることにした。


それは、竜輝や真夏斗と凰太も同じであった…。


ひかりは、ブレザーのポケットに両手を突っ込んだまま殺気を身に纏い仁王立ちしている。


「…っっ」

わざと万莉華にぶつかった女子達は、ひかりの殺気立つオーラにたじろいだ。

さらに、それが一匡の妹であることに今頃気づく当たり屋女子達であった。

ひかりがいつもと違う髪型をしていた為、後ろからでは気づかなかったようである。


リーダー格の女子を筆頭に、その女子生徒数名はばつが悪そうにした。


「謝ってくれます?万莉華にわざとぶつかって来たことー」


ひかりは冷酷な眼差しで女子生徒達を見つめながら言う。


「わ…わざとじゃないし…」

リーダー格の女子は顔を逸らす。


「知ってんですよ?万莉華にちょいちょい嫌がらせしてんの。私が知らないとでも思った?浦嶋ナメんなよ?」

ひかりはギロリと睨む。


「…っ!!」

万莉華はハッとした表情でひかりの横顔を見た。


「・・な、何の事?身に覚えないんだけど」

リーダー格の女子は依然しらばっくれている。


「ハッ…(笑)。それ、いつまで通用すると思ってんの?私はとっくにアンタらの顔と名前覚えてんだよッ。後で兄に報告しとくからね」


「うっ…」

女子生徒達は皆怯んだ。


「こんな事したって…兄の気持ちが変わる事なんてないのに。それ以上無意味に自分を成り下げて、あなた達は一体どうなりたいの?」

ひかりは女子生徒達の顔をジロリと覗く。


「・・っっ」

女子生徒達は俯いた。


「兄の恋人にあなた達が文句を言う権利なんてない。あなた達が考える兄の恋人の正解なんてものも存在しない!兄の恋人を決めるのは兄だけ!兄が好きになったのは万莉華!兄が恋人に選んだのも万莉華!それが全てだ!いい加減、現実を認めろ!」

ひかりは目をカッと見開きながら座禅で警策を与えるかの如く、「現実的な事実」をビジバシ飛ばした。


「・・・っっ」

女子生徒達は座禅で叩きのめされたかのように呆然とした。


するとひかりは、たまたま近くに居合わせた七央樹のファンである女子生徒達にも目を向けた。その女子生徒達も、七央樹の彼女となった紗輝をあまり良く思っていない者達であった。


「ああ…これは私の弟も同じ事だからね?七央樹の気持ちも恋人も、七央樹だけのものだから…あなた達もいいかげん、現実を見なさいよ?」


ひかりはそう言うと、ギロリとした殺気ある眼差しで七央樹のファンを牽制した。


「…っっ!!」

七央樹のファン達はひかりの鋭い眼差しに身も心も固定され動けなくなった。


するとひかりは、一匡のファンである女子生徒達に目線をもどし、続けて言った。


「あなた達も皆、既に兄に振られてる人達でしょう?振られたからって兄の恋人を攻撃したところで何も得る物ないけど…あなた達はこの先もずっと、そうやってただ惨めを晒しながら生きて行くの?」


「…っっ」

女子生徒達は痛いところを突かれ悔しそうな表情をさせる。


「この世の男は兄だけじゃないよ?こんな事に力を注いでるうちに、あなた達の魅力はどんどん下がって、あなた達に興味持ってくれる男さえもいなくなるよ?」


「…っ!」

ひかりの言葉で、女子生徒達はハッとした表情をする。


「見込みのない人に執着し続けて、見当違いな人傷つけて…自分の人格下げてなんかいないでさ、もっと他の男に目を向けてみなよ。それで、他の男にだってちゃんとある、その人だけの魅力とか良さを見つけて…それを認めんのッ。人を認めることは、自分の心だって磨かれる。そうやって少しずつ綺麗になった自分の心で、もっと新しい恋をしようって…さっさと頭を切り替えなさいよッ!」

ひかりがビシッと女子生徒達を喝する。


「・・・っっ」

女子生徒達はひかりに圧倒され、何も言えず俯いた。


近くにいる七央樹のファンもひかりの言葉にハッとした表情をさせ、目を丸くしながらひかりを見つめていた。


すると、ひかりの言葉を聞いていた周りの男子生徒達が一斉に拍手をし始めた。

男子生徒達は深く頷きながら拍手している。


浦嶋兄弟のファンである女子生徒達は気まずそうに身を縮めた。


「とりあえず、万莉華に謝って。それと…もう二度と万莉華にこんな事しないと約束して」

ひかりが力強い眼差しで女子生徒達を見た。


万莉華は驚きながらひかりを見る。

ひかりは凛とした佇まいで真っ直ぐ女子生徒達を見ていた。


万莉華はひかりが転校して来た日を思い出した。

あの時も同じように、ひかりは堂々とした様子で自分を庇ってくれていた。


"これからは…私が戦うからッ!"


あの日初めてひかりと共にしたお昼で、ひかりが言っていた言葉を万莉華は同時に思い出していた。


それは、一部始終を見ていた竜輝達も同じであった。


竜輝達は皆、ひかりが転校して来た教室でのひかりの姿を各々思い出していた。


「・・・」

竜輝は呆然とひかりを見つめていた。


「・・っ」

万莉華は目を潤ませながらひかりを見つめる。


女子生徒達はゆっくり顔を上げると、ハッとした表情をさせた。

ひかり達の後ろには、いつからいたのか一匡本人がいたのだ。


一匡も厳しい眼差しで女子生徒達をじっと見ていた。


リーダー格の女子を筆頭に、万莉華に嫌がらせをしていた女子達はばつが悪そうに俯いた。


すると、リーダー格の女子生徒が静かに口を開いた。


「・・・っっ、ごめんなさい…亀園さん…。もう…二度としないから…」


「・・っ」

万莉華は目を丸くしながら女子生徒達を見た。


「ごめんなさい…」

他の女子生徒達も俯きながらそう言うと、すかさず振り返り足早に立ち去って行った。


七央樹のファンである女子生徒達も互いに目を合わせ、もう紗輝の悪口は言わないでおこうと静かに思うのであった。


「ひかり…ありがとう…」

万莉華は涙を滲ませながら言う。


「ううん…」

ひかりが優しい眼差しで万莉華を見た。


「万莉華…」


すると、後ろから一匡が声をかけた。


「・・っ!!」

万莉華とひかりは驚いて振り返った。


一匡は万莉華を力強くギュッ…と抱きしめるとポツリと呟いた。


「ごめんな…万莉華…」


「・・っっ」

万莉華は目を潤ませながら静かに首を横に振った。


ひかりはやれやれとばかりに小さくため息を吐くと、フッと笑みを溢した。


「ひかり…ありがとな…」

一匡が万莉華を抱きしめながら、自身の顔をひかりの方へ向け言った。


「スペシャルウィンナーコーヒーを2人分」

ひかりはサラリと言った。


「え」

一匡が顔をキョトンとさせる。


「今日お兄ちゃんバイト休みでしょう?私ね、放課後に竜輝と二人で、そこの喫茶ハマベに行こうかと思ってるんだけどね」

ひかりがニコッと笑った。


「・・っっ」

一匡はひかりの笑顔に弱い男の一人である。


「じゃあ…俺のツケって、マスターに言っといて…」

一匡はポツリと言った。


「ありがとッ!」

ひかりは満面の笑みを浮かべ言った。


「ん…」

一匡は満更でもない顔をさせた。


万莉華はそんな一匡を見て微笑ましく思い小さく笑った。


「…っっ」

万莉華とひかりに笑顔を向けられた一匡は、照れながら顔を背けた。


「ひかり!」

慌てて駆け寄って来た竜輝が、すかさずギュッとひかりを抱きしめた。


「竜輝…」

ひかりは驚いた顔をさせた。


「ひかりって、本当に変わらないな…やっぱかっこいい…」

竜輝はひかりを抱きしめながら静かに言った。


「えぇ?」

ひかりは目を丸くしながら小さく笑った。


「おぃお前ら、離れろッ!公衆の面前だぞッ!」

人の事を言えない一匡が横から口を出す。


竜輝は慌てて身体を離す。


「・・・」

ひかりはジロリと一匡を見た。


「…っっ」

一匡は顔を逸らした。


「姉ちゃん…」

そこへ七央樹達も駆け寄る。


「あぁ、七央樹」

ひかりは笑顔で七央樹を見た。


「姉ちゃん…やっぱ、かっけーッ!」

七央樹はニカッと笑う。

紗輝も笑顔でひかりを見つめた。


ひかりは紗輝と目を合わせて、互いに笑い合った。


「周りの奴らも言ってたぜ!姉ちゃんが変身したって!」

七央樹は目を丸くする。


「変…身…?」

ひかりはキョトンとした。


すると、その場にいた一匡達は吹き出し笑った。


「まぁ…ある意味、変身してたかもなァ…」

一匡が笑いながら言った。


「うん…スーパーヒーローッ」

万莉華は柔かな笑顔で言う。


竜輝も微笑みながらひかりを見た。


「浦嶋ちゃんが変身するのは今に始まったことじゃないけどなァ!」

凰太と真夏斗も笑いながら近づいて来た。


「私達も前に、変身したひかりに成敗されたからね」

帆乃加と有希も笑顔で言う。


「…っっ」

ひかりは皆の言葉にたじろぐ。


するとそこへ、複数の男子生徒達がひかりに言った。


「本当にあなたは英雄だよッ!俺たちの思いを見事に言ってくれたッ!スカッとした!」


複数の男子生徒達がひかりを称えた。


「えっと…それはー、どうも…」

ひかりが苦笑いした。


「なんか…またひかりのファンが増えた…」

竜輝は表情を曇らせながら呟く。


するとひかりは竜輝の腕にしがみつきながら言った。


「大丈夫ッ!ラブアンドピースだからッ!私は愛と平和の為に戦うのだよ!私達の愛と平和が脅かされないようにねッ」


ひかりはニカッ弾ける笑顔で竜輝を見つめた。


「…っっ」

竜輝は顔を赤くしながらひかりに見惚れた。

竜輝もひかりの笑顔に弱い男の一人であった。


「・・まぁ…ひかりが無事なら良いけど…」

竜輝は静かにそう言うと、恥ずかしそうに顔を逸らした。


「うん。いろいろ心配してくれて、ありがとね…」

ひかりはニッコリ笑うと、竜輝の腕をさらにギュッとした。


「…っっ」

竜輝は顔を真っ赤にさせながら狼狽える。


「またイチャイチャしてぇーッ!」

「もぉーッ!俺の愛と平和も見つけてくれよー」

帆乃加や有希、真夏斗と凰太が嘆く。


そんな皆の様子に、竜輝とひかりは笑った。


「ちょ…姉ちゃんッ!くっつき過ぎッ!」

今度は七央樹も抗議した。


竜輝は七央樹に余裕の笑みを浮かべる。


「…っっ」

そんな竜輝を見ては、相変わらずムカッとさせる七央樹である。


「あ、そういえば…いつものコーヒー、お兄ちゃんが奢ってくれるって!」

ひかりが嬉しそうに笑う。


「ごちそうさまです」

竜輝は後ろにいる一匡の方にくるりと顔を向けクールに言う。


「・・・」

一匡は、竜輝の分は内心不本意ではあったが、ひかりの頼みとあれば否めない。

百歩譲った一匡は、精一杯の真顔で竜輝を見た。


そして一匡は、ひかりに目を移した。

嬉しそうに笑うひかりの横顔を見ると、自然と一匡の顔も綻ぶ。

すると、一匡はひかりの髪型を見ながら静かに口を開く。


「ひかり、そーいやぁ…今朝の髪は直ったんか…。実験に失敗した時の衝撃を受けような、あの髪は…」

一匡が目を丸くしながらひかりを見る。


「うん!なんとか纏めたァ」

ひかりは笑顔で一匡を見た。


「ふーん・・・良いじゃん、その髪型…」

一匡が静かに呟いた。


ひかりは、えへへと照れ笑いする。


愛しい我が妹の照れ笑いも悪くないと思いながら、小さく笑みを浮かべる一匡。


一方、そんなひかりを横から愛おしそうに見つめる竜輝。


「可愛い」


すると竜輝がひかりを見つめながらストレートに言う。


「…っっ!!」

その場にいた皆、目を丸くしながら竜輝を見た。


竜輝は清々しい様子で真っ直ぐ前を見ながら歩く。

ひかりは顔を赤くし俯くと、緩む口元に力を入れた。


「なぁ…アイツって…あんなキャラだったっけ…?」

一匡は万莉華に呟いた。


「ううん、たっちゃんは変わったんだよ…。あれはね、ひかりと付き合うようになってからの新キャラだよ」

万莉華は穏やかな表情をしながら一匡を見た。


「ふーん…なるほどね…」

一匡はそう言うと、フッと笑った。


その場にいた仲間達は皆、ひかりと竜輝を見ながら微笑ましい様子で目を細めた。


「浦嶋ひかり」

すると、男子バスケ部顧問で体育教師の史康がひかりに声をかけた。


「…っっ」

周囲の生徒達は、学校一怖い教師である史康を見るなり、ひかりの行く末を案じた。


「…っっ!!」

男子バスケ部マネージャーの瑚己奈も目を丸くしながら史康とひかりの姿を見守る。


ひかりは静かに史康の方に目を向けた。


「お前…将来、教師になる気はないか?」

史康はひかりをまじまじと見ながら言った。


周囲の生徒達は、史康の意外な言葉に驚くと、さらに目を丸くさせながら史康を見た。


「なりません」

ひかりは真顔で即答した。


「ブハッ…!」

史康はハッキリと即答するひかりを見ながら笑った。

初めて見る体育鬼教師、史康の弾ける笑顔に周囲の生徒達は呆然とした。

男子バスケ部マネージャーの瑚己奈も目を丸くする。

この史康の笑顔により「ツンデレ教師」として、史康はますます女子生徒のファンを増やしたのであった。


「・・?」

ひかりはキョトンとしながら爆笑している史康を見つめた。


--


「振られました」

体育教師の史康は、ひかりの担任である魚住に笑いながら声をかけた。


「残念だったね」

ひかりの担任である魚住も笑顔で話す。


「本当に…」

史康はポツリと呟いた。


魚住は、そんな史康の横顔を見ながら静かに言った。

「ダメだよ、変な感情抱くのはッ。僕のクラスの大切な生徒なんだから」


魚住はジロリと史康を見た。


「い、抱いてませんよッ!!・・ただ…」


史康は慌てながらも、穏やかな表情になり呟いた。


魚住は目を丸くしながら史康を見る。


「将来、一緒に仕事してみたいとは思ったんですけどね…」

史康は遠目にひかりを見た。


「あぁ、確かに」

担任である魚住も笑顔で同意した。


「前に…彼女が女子バスケ部の生徒にボール投げられた事があって…その時に…」

史康は魚住に、以前起きた女子バスケ部とひかりの一悶着を一部始終説明した。


実はあの時、史康も体育館の二階からひかり達の様子を一部始終、目撃していたのであった。


「あの時をきっかけに、あの女子バスケ部の生徒達が人が変わったように練習に打ち込むようになったんですよ。それまでは、うちの男子バスケ部の生徒にちょっかいばかり出して来てて、本当に何しに来てんだって感じでしたからね…。正直、うちの男子バスケ部も迷惑してて、練習場所を変えようかって真剣に考えてた所だったんですよ…」


史康は思い出すように遠くを見つめながら話していた。


魚住は静かに耳を傾ける。


「あの時、一年の瀬田っていう…うちの部員が珍しく女子バスケ部に怒鳴りに行きましてね…それを見てた他の部員達も皆、心を動かされたのか、だいぶ士気が上がって良い試合するようになりましたよ。あの時…あの浦嶋ひかりって子が、人を動かすきっかけをくれたようなもんです。風向きを一気に変えた。うちの男子バスケ部も助かりました…」

史康は優しい表情をしながら言う。


「それは僕も同じ」

魚住も表情を緩め呟いた。


史康は魚住を見た。


「体育祭の時なんて…うちのクラスが初めて一つに纏まった気がしたよ。あんなに喜ぶ生徒達の姿は初めて見た…。あの子に懸けて正解だった。僕の想像以上の結果だよ」

魚住は笑顔で話す。


史康も笑みを溢しながら頷いた。


「浦嶋さんが転校して来るまでは、クラス内の雰囲気が悪くてね…。乙辺くんと亀園さんも心を閉ざしてて、笑顔を見せる事なんてなかった。でも見てよ、今のあの子達の顔、見違える程だよ…」

魚住は優しい表情をしながら、外で話す竜輝と万莉華の姿を眺めた。


「ですね…。でもそれは、乙辺や亀園に限らず…あの浦嶋三兄妹弟に関わる全ての生徒達にも言えますよね。皆良い表情してる…」

史康は、ひかり達を見つめながら話す。

そこには、ひかり達の他に一匡の友人誠二郎や千華子、七央樹の友人である亀美也、さらには真夏斗や凰太など…いつもの面々が笑い合っていた。


「だね…」

魚住は微笑みながら頷いた。


「・・まさに…浦嶋革命…ですね」

史康は笑みを浮かべながらひかりを見た。


「本当だ…」


担任の魚住がすかさず頷くと、二人の教師は笑い合った。


--


その日の夜、浦嶋家では…


「今日あれから、姉ちゃんが甲殻船動隊こうかくせんどうたい藻薙元子少佐もなぎげんこしょうさみたいだって、クラスの奴らが騒いでたぜ?」

七央樹が満更でもない様子でひかりに言う。


「え…」

ひかりは真顔で七央樹を見た。


七央樹が言っている"甲殻船動隊"とは、浦嶋家が頻繁に観ているアニメの事である。海中に暮らす電脳化した生物達の安全を守る為に作られた海底警察部隊、海安9課に所属する女ヒーローの主人公藻薙元子少佐が、機械で造られた素早い蟹に乗りながらビジバシ取り締まって行くお話である。浦嶋兄妹弟はアニメ「甲殻船動隊」の根強いファンであった。


「きっと姉ちゃんの心臓に藻薙元子少佐が宿ったんだな!皆言ってたぜッ!姉ちゃんに藻薙元子少佐が降臨したって。すっげぇ、かっこよかったってッ!!」

七央樹は嬉しそうに言う。


「・・・っっ」

ひかりはあまりにも嬉しそうに満面の笑みを浮かべて話す七央樹を見て、目を丸くさせ言葉に詰まる。


「フハハッ…!確かに、藻薙元子だったなッ。すっげぇ、良い女だったわ」

一匡は笑顔でそう言うと、優しい表情をしながらひかりを見た。


「…っっ」

ひかりはあまりにも穏やかな優しい表情で話す一匡を見て、さらに目を丸くし言葉に詰まる。


ひかりも甲殻船動隊の藻薙元子少佐には憧れていた為、悪い気はしなかった。むしろ嬉しかった。


「・・・」

ひかりは静かに満更でもない表情になる。


「・・って言うか、あの騒ぎはそもそも何が原因だったわけ?」

七央樹はキョトンとしながらひかりを見た。


「俺」

一匡がサラリと言った。


「はぁあー!?また兄ちゃんかよッ」

七央樹は一匡をジロリと見た。


「いや、お兄ちゃんだけでもないわよ?」

ひかりはそう言うと、七央樹をじっと見つめた。


「え…」

七央樹は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をさせた。


すると、七央樹はひかりが話していた事を思い出す。


"私の弟も同じ事だから。七央樹の気持ちも恋人も、七央樹だけのものだから…"


「・・・モテるって辛いな…兄ちゃん…」

七央樹は眉間に皺を寄せながら遠くを見て呟く。


「・・・」

一匡とひかりは冷めた眼差しで七央樹を見た。


「そういえば…お兄ちゃん、いつから私達の近くにいたの?」

ひかりはキョトンとする。


「あ…当たり屋…っっ…クク…ババァ…の、あたりから…プハッ…クク…(笑)」

一匡は思い出し笑いをしながら言った。


「それ、俺も聞こえた!わりと響いてたぜ?姉ちゃんの声!俺それで騒ぎに気づいたもん」

七央樹も笑いながら言う。


「…っっ」

ひかりは驚きたじろぐ。


「俺も万莉華の事では気になる事があったからさァ…あの時も現行犯で捕まえてやろうって思って後ろの方で見てたんだよ。そしたらアイツら…本当にやりやがったから、とっ捕まえてやろうとしたら、ひかりが急に叫ぶから…(笑)。それまで万莉華の隣にいるのが、ひかりだって気づかなかったわ…」


一匡はそう言うと、満面の笑みを浮かべてひかりを見た。そして一匡は続けて言った。


「ひかりがいるんだったら、ひかりに任せてみようって思った。しばらく隠れて見てたんだわ。やっぱ、ひかりに任せて正解だった…」

一匡は微笑みながらひかりを見た。


「そうだったんだ…」

ひかりは目を丸くしながら一匡を見つめた。


「本当、ありがとな…助かった。ひかりが妹で俺…マジで幸せだわ」

一匡は優しい眼差しでひかりを見た。


ひかりは何だか照れくさくなり、顔を逸らしながら小さく呟いた。

「それは…どうも…」


「俺もッ!俺も姉ちゃんの弟で、マジで幸せだからなッ!」

七央樹は一匡に対抗するように言った。


「はいはい…」

ひかりは小さく笑う。


「いやぁー…しかし、ひかりの変身ぶりはマジで最高だったわ」

一匡が笑顔でひかりを見た。


「ほんとそれッ!鼻が高かったわーッ」

七央樹も笑顔でひかりを見た。


「・・・」

弾けるよつな笑顔で笑う一匡と七央樹を見ながら、ひかりは思った。


この兄弟がいてくれて、自分こそ幸せ者だと。


ひかりは一匡と七央樹を見つめながらポツリと呟いた。


「・・本当に…お兄ちゃんと七央樹の兄妹弟きょうだいで、私も幸せだ…」


一匡と七央樹はひかりの言葉に驚き、目を丸くしながらひかりを見た。


すると、ひかりは続けて言った。


「そう囁くのよ、私の本能ハートが…」


それは、アニメ「甲殻船動隊」の主人公、藻薙元子の名ゼリフであった。


ひかりは、一匡と七央樹にニカッと笑った。


一匡と七央樹もフッと笑顔になり、三人は笑い合った。


「マジで今姉ちゃんが、藻薙元子に見えたッ」

七央樹は嬉しそうに笑った。


「俺も見えた」

一匡も笑顔で言う。


そんな二人の言葉に、ひかりは嬉しそうに笑った。


三人は炭酸水を片手に笑い合い、揃って一口、グビッと飲んだ。



一方その頃、乙辺家では…


「兄さん、今日ひかりさんに甲殻船動隊の藻薙元子が降臨したって、クラスの男子達が騒いでたよ」

紗輝が笑顔で竜輝に話す。


「え…甲殻船動隊の…藻薙…元子…?」


実は乙辺家も、アニメ「甲殻船動隊」が好きでよく観ていた。

竜輝は、ひかりが藻薙少佐になっているのを想像した。


「確かにな…」

竜輝が驚きながらポツリと呟く。


すると、紗輝が言った。


「私は前からそう思ってたけどねぇ。ひかりさんは似てるなァって…」


「え…」

竜輝はキョトンとしながら紗輝を見る。


「前にね、ひかりさんが女子バスケ部の方から飛んで来たボールをすかさずキャッチして、ドリブルしたかと思ったら、スリーポイントシュート決めちゃたの!あの時のひかりさん、本当にかっこよかった…」

紗輝がうっとりしながら話す。


「ああ、知ってる」

竜輝がサラリと言う。


「あれ、兄さんもいたんだっけ?」

紗輝がキョトンとする。


「・・・・いた」

竜輝は考えた末、ボソっと呟いた。


「そうだっけ?まあ、いたと言われたらいたような気もするけど…」


「・・・」

竜輝は、紗輝の記憶力がいまいちで良かったと思い胸を撫で下ろす。


「だからね…ひかりさんのかっこよさは今に始まったことじゃないでしょ?体育祭の時だって…。だけど…それがあのアニメの人気キャラで有名な''藻薙元子少佐"に似てるっていうのを、周囲の人達がやっと気づき始めたのよッ!!」

紗輝が珍しく力説する。


そんな紗輝を竜輝は驚きながら見つめた。

そして竜輝は穏やかな表情で静かに呟いた。


「あぁ…そうだな」


ちなみに…

この日を境に、ひかりは校内の男子生徒達から「浦嶋少佐」と呼ばれるようになり、男子生徒達からの憧れの的となった…。


--


「浦嶋ーッ!一年の奴が呼んでるぞー」


クラスメイトがひかりを呼ぶ。


教室の入り口には一年生の男子生徒が緊張しながらひかりを覗いている。


ひかりはそちらの方へ歩いて行った。


「ひかり、あれからファンが絶えないね…」

万莉華が笑顔で竜輝を見た。


「今に始まったことじゃないし…」

竜輝は少々ムスッとしながら言う。


「私ね、全校集会の後にひかりが私を庇って怒ってくれた時…ひかりが転校して来た時の事を思い出したんだ…。あの時も同じように堂々としてて、何の迷いもなく私を庇ってくれてた…。ひかりはずっと変わらないなって思ったら…泣きそうになった…」

万莉華はそう言いながら、ひかりの後ろ姿を眺めた。


万莉華の言葉を聞き、竜輝もひかりが転校して来た日を思い出していた。


そして竜輝は、静かに言った。


「俺、あの時…あの瞬間に、ひかりを好きになった…」


竜輝はひかりを見つめる。


「私もね、あの日…ひかりのお兄さん、一匡が初めてこの教室に入って来た時に、一瞬で恋に落ちたの。一匡の笑顔が衝撃的だった…」


万莉華は穏やかな表情で竜輝を見た。


竜輝は驚いたように万莉華を見る。


「だから、あの日あの時この場所で…私達はそれぞれ恋に落ちてたんだね、浦嶋兄妹に」


万莉華はニカッと笑った。


そんな万莉華を見た竜輝は、気の抜けた表情をさせ呟いた。


「俺らにとって、最大の革命が起きたな…"浦嶋レボリューション"」


竜輝がそう言うと、万莉華は大きく頷き共に笑った。


竜輝もまた、体育教師の史康と同じような事を考えていたのだった…。


--


「あ、あの…浦嶋少佐!!サ、サイン…下さいッ!」

一年の男子生徒は、緊張した様子でそう言うと、ノートとサインペンをひかりに差し出した。


「えぇっ!?サイン…?」

ひかりは驚き目を丸くする。


「お願いしますッ!!」

男子生徒は目を輝かせながらひかりを見る。

それは、以前図書室で一匡の友人ある誠二郎に対し、名セリフをリクエストしている時の、ひかり達の眼差しそのものであった。


「・・っっ、えっと…じゃあ…」

ひかりは戸惑いながらノートとペンを受け取った。


「・・・」


キュ…キュ…


ひかりは悩んだ末…大きな丸の中に、漢字の「浦」の一文字を書いた。


そして、男子生徒に手渡した。


「ありがとうございますッ!!」

男子生徒は大層嬉しそうにノートを受け取り、喜んで帰って行った。


「・・・・」


ひかりは、何とも言えない複雑な心境で男子生徒を見送った。

ひかりは今更ながら、一匡の友人、誠二郎の気持ちが何となく分かったような気がした。


--


「浦嶋ちゃん、さらにスター度が増したな…」

凰太と真夏斗が竜輝達の所へやって来た。


「なんかサイン求められてたぞ?」

真夏斗が目を丸くした。


竜輝は苦笑いする。


「そういやぁ…最近亮丞の奴、全然顔見せねぇな?」

真夏斗が竜輝の顔を覗く。


「あぁ…アイツは・・・」


諦めない男でおなじみの亮丞はというと、竜輝の読み通りとなっていた…。

ひかりの従妹いとこあることみが、亮丞と同じ高校に転校した初日、亮丞は案の定「浦嶋」という名前に食いつき、早速ことみに会いに行くと、ひかりに似ている顔立ちの美人で、さらには万莉華のようなおしとやかさのあることみに、一瞬で一目惚れをしたのであった…。


"好きな子に対して優しくするもの"と課外学習でひかりから学び、心を入れ替えていた亮丞は、優しさと押しの強さで最強な男となっていたのだった。


亮丞とことみが付き合う事にとなったという話を竜輝とひかりが知るまでには、そう時間はかからなかったのである。


竜輝が真夏斗達に、亮丞の近況を説明すると、真夏斗達は驚きの声を上げた。


「まさか、浦嶋ちゃんに従妹いとこが居たなんてなーッ!」

凰太は目を丸くする。


「何だよーッ!こっちの高校に来てくれたら良かったのにー」

真夏斗は嘆いた。


竜輝は苦笑いする。


「亮丞って…課外学習で恋の嵐を巻き起こしてた人?」

帆乃加がひょっこり顔を出し真夏斗にたずねた。


「そうそう、巻き起こしてた奴…」

真夏斗が苦笑いした。


「…っっ」

万莉華も共に苦笑いしている。


「たしか、体育祭と文化祭にも来てたよね?」

有希もひょっこり顔出すと目を丸くさせながら言う。


「来てた来てた…」

凰太は笑いながら言う。


「なぁんだー。あの人彼女出来ちゃったのー?ずっとひかりを追っかけてるのかと思ってたのにー」

有希はなぜか違う方で残念がっている。


「それはマジで勘弁…」

竜輝は真顔で有希を見た。


「あの人も結構イケメンだったもんねー」

帆乃加はニヤッとしながら竜輝を見た。


「…っっ」

竜輝はムスッとする。


「でも良かったな。亮丞の諦めない矛先が変わって…」

真夏斗はニヤッと笑いながら竜輝を見た。


「うん…良かった」

竜輝は深く頷く。


「・・っ!」

すると、真夏斗と竜輝はハッとした表情になり慌てて凰太を見て身構えた。


「俺、諦めないって言葉に合わせて何か飲んでるわけじゃねぇからな?」

凰太は冷めた表情で真夏斗と竜輝を見た。


"ほっ…"

真夏斗と竜輝はそっと胸を撫で下ろす。


「ほっ…じゃねぇよッ!」

凰太が真夏斗と竜輝の心を読み取りツッコミを入れる。


「何話してるの?」

ひかりはキョトンとしながらやって来た。


すると竜輝はひかりを見つめ微笑みながら言った。


「俺はずっと、諦めないって話」


「?」

ひかりは目を丸くさせた。


「…っ!」

ひかりは思わず、すぐに凰太に目を向ける。


「ちょ…っっ、ほらーぁ!俺どう言うキャラだよー」

ひかりの視線に凰太は嘆いた。


そんな凰太を見ては、ひかり達は和やかに笑い合う。


ひかり達の思い出話は永遠に色褪せない…そんな午後の昼下がりであった-。

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