十二.波瀾万丈

文化祭も無事に終わり、それから数日が経った。


一匡と万莉華は、付き合い出してからというもの、お昼は二人きりの屋上で食べる事が日課となっていた。


万莉華には憧れていることがあった。

それは以前、一匡がひかりにやっていた、口元についた食べ物を手に取りパクリと食べるという動作であった。

万莉華は意を決して、自身の口元にごはん粒をくっ付けて一匡の方を向いて見た。


「・・・」

一匡は万莉華の口元を見た。


すると…


パクッ…


「…っっ!!」


一匡は万莉華の口元に付いてるごはん粒を、手に取るのではなく、顔を近づけ直接口でパクリと食べたのである。


万莉華は目を丸くし固まった。


一匡は微笑んで万莉華を見つめながら言った。


「これは彼女にしかやらないやつ」


一匡はニカッと笑った。


「…っっ」

万莉華の頭はオーバーヒートを起こし、真っ赤になった顔を両手で隠しながら、そのまま一匡に倒れ込んだ。


「おぃ…大丈夫かよ…」

一匡は驚きながら万莉華の身体を支えた。


いつも予想を超えて来る一匡なのであった…。



一方、ひかりと竜輝も、人通りの少ない所で二人きりになりお昼を食べるのが日課であった。


すると竜輝は、ひかりの口元にごはん粒が付いている事に気がついた。


「…っっ」


竜輝は考えた。


ひかりはこれまでに、ごはん粒を手で取りパクリと食べられるのは凰太や一匡にやられており、ある意味慣れている。

ひかりにとってはときめかない普通の事であると、竜輝は学習していた。


竜輝は、他の男達とは違う事をしたいと考えていた。


すると、竜輝はひかりの肩にそっと手をかけた。


ひかりはキョトンとした表情で竜輝を見る。


すると…


パク…


「・・・っ!!」


竜輝もまた、一匡が万莉華にした事と同じように、ひかりの口元に付くごはん粒を口で取って直接食べたのである。


さすがのひかりも驚き固まった。


「あ…ごはん粒、付いてたから…」

竜輝がクールに言う。


「…っっ」

ひかりは顔を赤くさせると、力が抜けたように竜輝に寄りかかった。


竜輝はひかりをときめかせられたと分かり、満足げな表情をさせた。


女性への振る舞い方に関しては、竜輝と一匡は似たようなセンスの持ち主であった…。


ちなみに、七央樹と紗輝はというと…


「・・っ!」

紗輝は、七央樹の口元にごはん粒が付いているのを発見した。


パクリ…

紗輝は、すかさず手で取り自身の口へ運んだ。


「…っっ!!」

キュン…

七央樹は、ひかりのような行動を取る紗輝にときめかせられていた…。


一匡と竜輝よりも難易度低めの逆パターンであった…。


--


さらに時が過ぎ-


浦嶋兄妹弟のそれぞれのカップルも付き合い始めて一ヶ月が経った。


そんなある日、ひかりが廊下を歩いていると裏庭の花壇が目に入った。

そこでは、紗輝が何だか浮かない表情をさせていた。


ひかりは気になり、すぐさま裏庭花壇へ急行した。


「紗輝ちゃんッ」


ひかりが紗輝に駆け寄り声をかけた。


紗輝は驚いたようにひかりを見た。


「何か元気ないみたいだけど、どうかした?」


ひかりは、紗輝の顔を覗きながらたずねた。


「えっ!!いや…」

ひかりはズバリと言い当てられたかのように驚くと、誤魔化すように俯いた。


「どうしたの?七央樹のファンだかに何かやられた?」

ひかりは紗輝を見つめた。


「い、いえ…そうでは…ないんですけど…」

紗輝は辿々しく応える。


ひかりはキョトンとした。


「あの…この前の日曜日って…その…七央樹は…何してましたか…?」

紗輝は恐る恐るひかりにたずねる。


「え、この前の日曜日?たしかー…どっか出掛けてたようだけどー…何してたかまでは分からないなー…」

ひかりは遠くを見つめながら言う。


「そう…ですか…。出掛けてましたか…」

紗輝は俯きながら、元気なく言う。


「・・・」

ひかりは、そんな紗輝の様子と質問でピンッと来た。


「もしかして、七央樹が何かやらかした?」

ひかりはサラリと紗輝にたずねた。


「えっ!!あ、いや…やらかしたとかでは…ないんですけど…」

紗輝はしどろもどろに応える。


「何?何かあったんでしょ?」

ひかりはズンッと紗輝に近づく。


「あの…ちょっと…不安に思う事があって…」

紗輝は俯いた。


「聞かせてちょうだい」

ひかりは目をギラギラさせながら紗輝を見た。


「…っっ」

紗輝はひかりに圧倒されながらも、事の経緯をゆっくり説明し出した。


「この前の日曜日に…私、駅前にあるオゾンモールに行ったんですけど…。そこで…七央樹によく似た人を見かけたんです…アクセサリー売り場で…」

紗輝は俯きながら言う。


「え…」

ひかりは目を丸くさせながら紗輝の話を聞く。


「それが…一人じゃなくて…。女の子と一緒だったんです…私達と年齢が変わらないような…女の子…」

紗輝はうっすら涙を浮かべる。


「…っっ!!」

ひかりは驚きながら紗輝を見た。


「その女の子…ひかりさんによく似て凄く美人だったんです…」

紗輝は俯く。


「えっ…ちょ、ちょっと待って!!それ、本当に七央樹だったの?」

ひかりは慌てながら紗輝に確認する。


「間違い…ないと思います…。日曜日、出掛けてたんですよね…?ちなみにひかりさん、七央樹がどんな服装だったか覚えてますか?」

紗輝が元気なく言う。


「えっと…確かあの時は…赤と黒の大きいチェック柄のシャツに…」

ひかりが思い出すように眉間に皺を寄せながら言いかけると、すかさず紗輝が呟いた。


「当たりです」


ひかりはギョッとしながら紗輝を見た。


紗輝は小さくため息を吐く。


「アイツ…ちょっと問い詰めてくるッ!」

ひかりは額に怒りマークを付けながら、七央樹の所へ向かおうとした。


「ややッ、ちょっと待ってくださいッ!!」

紗輝が慌ててひかりを止めた。


ひかりは紗輝に目を向ける。


「何か誤解なのかもしれないし…いきなり攻めたてるのも…どうかなって思っていて…。ましてや私が本人に言わないで、ひかりさんに言わせてしまうなんて…申し訳なくて…。それに、こんなことじゃ…この先、二人では何も解決出来なくなってしまうような気がして…」

紗輝は困ったような顔をさせた。


紗輝の言葉を聞き、ひかりは落ちついたように言った。


「分かった。でも紗輝ちゃんからは、なかなか本人には聞きづらいんだよね?そしたら…私が七央樹に気づかせる」

ひかりは真っ直ぐ紗輝を見た。


「…っっ!!」

紗輝は驚いた様子でひかりを見た。


「でもね、妹弟きょうだいだから七央樹を庇うわけじゃないんだけど、本当の本当に…七央樹は裏切るような男じゃないって事は、自信持って言える。だからきっと…七央樹は紗輝ちゃんに何か誤解をさせてしまってるんだと思う。その事に私が七央樹に気づかせるから。それまで、七央樹を信じて待っててくれるかな?」

ひかりは真面目な表情で紗輝を見つめた。


「・・はい」

紗希は呆然とひかりを見つめながら呟いた。


ひかりの言葉と力強い眼差しに、紗輝はさっきまでの不安が何故か和らいで行くのを感じた。


紗輝は、浦嶋姉弟を信じてみようと思った。


「ありがとうございます…」

紗輝は微笑みながらひかりを見つめた。


少し明るくなった紗輝の顔を見て、ひかりも安堵しながら微笑んだ。



「・・・」


裏庭花壇で話すひかりと紗輝の姿を、廊下の窓から竜輝が不思議そうに眺めていた。


「乙辺くん、何見てるの?」

竜輝のもとへ帆乃加がやって来た。


帆乃加が竜輝の視線の先に目を移すと、ひかりがいた。ひかりを見るなり、帆乃加は思い出したように言った。


「そう言えば乙辺くん、知ってる?ひかりってさー…」


「…っ!!」

帆乃加の話に耳を傾けた竜輝は、目を丸くさせた…。


--


その日の夕方-


ひかりは夕食を作り終えるところであった。

ちょうどその時、タイミング良く七央樹が帰宅した。


ひかりは、すかさず七央樹にたずねた。


「七央樹、最近紗輝ちゃんとは上手く行ってんの?」


「うん、何で?」

七央樹はキョトンとしながらひかりを見る。


「なんか、今日紗輝ちゃん元気なさそうだったけど?」

ひかりはチラッと七央樹を見る。


「あー…そう言えば最近、話しかけても上の空なんだよなー。紗輝、疲れてんのかなー?」

七央樹は天井を見上げる。


"チッ…。この鈍感小僧め…"

ひかりは我が弟の鈍感ぶりに呆れる。


「そう言えば紗輝ちゃん、この前の日曜日オゾンモールに行ったんだってー」


ひかりは白々しく言うと、七央樹の顔を見た。


七央樹の動きが一瞬止まる。


ピクッ…

ひかりは七央樹の一瞬の動きを見逃さなかった。


ひかりは続ける。


「それでね、今日紗輝ちゃんが言ってたんだけどねー、オゾンモールに行った時アクセサリー売り場で七央樹に良く似た人を見たって言ってたんだけど、七央樹…アクセサリー売り場なんかにいたー?」

ひかりはズバリ聞く。


「えぇっ!!ア、アクセサリー売り場になんて、いないよー…」

七央樹は、明らかに慌てている。


ひかりは冷めた目で七央樹を見ながら言う。


「まあー、アンタが誰とどこに行ってようが私は構わないけどさ…。でも私、言ったよね?紗希ちゃんを悲しませるような事はするんじゃないよって」


「・・・え…」

七央樹はキョトンとした。

七央樹は一瞬考えてから驚いたように目を丸くした。


「・・あ、えっ!そっち!?」


「ん?そっちって?」

ひかりはキョトンとする。


「あ、いや…」

七央樹はたじろぐ。


そんな七央樹を見たひかりは、ため息混じりに言う。


「良い?私が言った悲しませるの意味の中には、"誤解"って言葉も含んでんの。変な誤解をさせるって事は、誤解が解けない内は悲しませることになるでしょ?この意味分かる?」

ひかりは真面目な顔で七央樹を見た。


「・・・」

七央樹は、最近の紗輝の様子とひかりが聞いたという紗輝の言葉に加えて、自身の日曜日の状況とひかりの言った"誤解"という言葉を頭の中で混ぜ合わせながら回想した。


「…っっ!!」

すると、七央樹はとんでもない事に気がつき頭を抱えた。


「姉ちゃん…」

七央樹はひかりを見た。


「うん、早く行って紗輝ちゃんの誤解を解いてあげな」

ひかりは七央樹に厳しい眼差しを向けながらピシャリと言った。


ドタンッ…ドタドタ…

七央樹は慌てて、外へ飛び出して行った。


やれやれとばかりに、ひかりはため息を吐いた。


するとすぐに、七央樹が戻って来た。

忘れ物でもしたのかと、ひかりが七央樹に目をやった。


すると七央樹はひかりに言った。


「サンキューな…姉ちゃん」


「え…」


七央樹はニカッと笑うと慌てて出掛けて行った。


"それを言う為にわざわざ?"


ひかりはフッ…と小さく笑うと、可愛いところがある弟の健闘を静かに祈った。


ただ…


この時のひかりは、まだ知らなかった…


自分にも同じような問題が降りかかるということを…。


--


翌日-


「ひかりさーん」


ひかりが校内を歩いていると、紗輝が満面の笑みを浮かべながら駆け寄って来た。

ひかりは、紗輝のその表情が昨晩に七央樹が帰って来た時の表情と同じだと思った。


ひかりは安堵した表情で紗輝を見た。


「解決したみたいだね」


ひかりは聞かずとも紗輝に声をかける。


「お騒がせしてすみませんでした…」

紗輝は苦笑いしながら頭を下げた。


「良いんだよ。誤解なんかさせた七央樹が悪いんだから」

ひかりは苦笑いする。


「あの時、思い切ってひかりさんに相談してみて良かったです…。ひかりさんが七央樹のお姉さんで本当に良かったって、心から思いました」

紗輝は微笑みながらひかりを見つめた。


「そう言ってもらえると、義理の姉冥利に尽きるなァ」

ひかりはニカッと笑った。


「義…理…っっ!!」

紗輝はひかりの言葉に目を丸くさせ、顔を紅潮させた。


「だって…永遠の愛を誓ったんでしょ?何てったって、後夜祭で結ばれたんだもんねッ」

ひかりはニッコリ笑った。


「…は、はい…」

紗輝は照れながら頷いた。


「七央樹のこと、よろしく頼むね。また何かあったら言ってちょーだい」

ひかりは穏やかな表情で言うと、手をヒラヒラさせ手を振った。


「ありがとうございますッ」

紗輝は顔を赤くしながらも、ひかりを真っ直ぐ見て叫んだ。


ひかりは小さく笑みを溢しながら、その場を後にした。


--


「何か…紗輝が世話になったみたいだな…」

昼休み、竜輝がひかりの顔を覗いた。


「あぁ、いや…今回のは完全に七央樹が悪いのよ。だから姉の私が動いて当然というか…何て言うか…」

ひかりは苦笑いした。


「何があったかは…分からないけど、俺もここ数日、紗輝が元気なかったのは気づいてたからさ。昨日の夜、七央樹が来てから見違えるように明るくなったから、安心した。ありがとう…俺からも礼を言うよ」

竜輝はひかりを優しい表情で見つめた。


「よかった…」

ひかりは竜輝を見つめながら呟いた。


竜輝がひかりの顔を見ると、ひかりは嬉しそうに続けた。


「弟の彼女が竜輝の妹で、ほんと良かった。私のした事が巡り巡って竜輝を喜ばせる事が出来て…何だか、循環してるんだなァって思うと、自分も嬉しいね」

ひかりは満面の笑みを浮かべた。


「…っっ!」

竜輝はひかりの笑顔を見た瞬間、ギュッとひかりを抱き寄せた。


「よかった…」

竜輝はポツリと呟く。


ひかりは目を丸くする。


竜輝はゆっくりて口を開いた。


「俺の彼女がひかりで…」

「あと…俺の妹の彼氏が、ひかりの弟で…」


ひかりは驚いて竜輝の顔を見た。


竜輝は微笑みながらひかりを見ていた。


ひかりも静かに微笑み返す。


二人はゆっくり顔を近づけ、唇を合わせた。


二人のキスは、お弁当の後に二人で飲んだ…イチゴ牛乳のほんのり甘い香りと味がした。


"最後にイチゴ牛乳飲んで良かった…"


竜輝とひかりは秘かに同じ事を思うのであった…。


--


その日の帰り道-


「そう言えばさ…ひかりって…今月何かある…?」

竜輝はチラッとひかりを見た。


「ん?今月…?特に…?…」

ひかりはキョトンとしながら竜輝を見る。


「・・・そっか…」

竜輝は呆然と何かを考えながら呟く。


「ん?何かあった?」

ひかりは不思議そうに竜輝を見た。


「え、いや…何でもない…」

竜輝は辿々しく応えた。


「?」

ひかりはキョトンとしながら竜輝を見た。


--


翌日-


「七央樹…」


竜輝が珍しく、七央樹の教室を覗いた。


「…っ!!」

七央樹は、初めて自分に会いに来た竜輝を見て驚き慄いた。


七央樹のクラスメイト達は、イケメンがイケメンを呼んでいるとザワついた。


七央樹は慌てて教室の外に出る。


「な…何だよー。言っとくけど紗輝との事なら、ちゃんと誤解も解けて超ラブラブだからなァッ!!心配して来たなら無駄だぞッ!」

七央樹はツンツンしながら竜輝を見る。


「いや…そうじゃなくてさ…」

竜輝は目を逸らす。


「…?」

七央樹はキョトンとする。


竜輝はある事を七央樹にたずねた。


--


日曜日-


ひかりは母のつゆかからお遣いを頼まれて、町の中心部にあるショッピング街に一人でやって来ていた。


ひかりは母に頼まれていた物を買うと、紙袋を手にしながらショッピング街をふらふら歩いていた。


ひかりはこの日、竜輝から予定がある事を予め知らされていた為、ひかりがショッピング街に行くことは、竜輝には特に話していなかった。


さすがに休日のショッピング街はカップル連れが多い。


"あーぁ、やっぱり竜輝と来たかったなー"

そんな事を思いながら、ひかりはカップル達を横目に歩く。


「ありがとうございました…」


すると、ひかりが歩く少し先の方でお店から男女のカップルが出て来た。


「・・・っ!!」


ひかりは男性の方の顔を見て驚愕すると、思わず反射的に隠れた。


その男性は、なんと竜輝だったのである。


ひかりは見間違いではないかと、少し顔を出し確認する。


"間違いない…竜輝だ…"


竜輝は、小さな紙袋を手に嬉しそうにしている。

竜輝の横にいる女性は、同世代ぐらいのとても美人な女性であった。

竜輝はその女性に微笑みながら、なにやら話していた。


「・・・」

ひかりは、遠ざかって行く竜輝達をただただ呆然と眺めた。


ひかりは竜輝が出てきたお店に目をやる。


そこは、お洒落なジュエリーショップであった。


「・・なんで…」


ひかりは何故こんな所から竜輝が女性と一緒に出て来たのか、事態を飲み込めずにいた。


"帰り道、どっちだっけ…"


ひかりは、初めて人を信じる恐怖と戦いながら、自分の向かう方向が分からなくなっていた…。



その夜-


「・・ごちそうさま…」


ひかりはご飯をほとんど残すと席を立ち、自身の部屋へと戻って行った。


「…っっ!!」

浦嶋家一同、ひかりのただならぬ様子に驚き固まった。


「え…姉ちゃん…どうしたんだよ…あれ…」

七央樹はひかりの部屋の方を呆然と見つめながら呟く。


「腹でも痛いのか…?」

一匡も険しい顔をしながら言う。


「・・・っ」

母つゆかと父の八洲雄も心配そうに顔を見合わせた。



コンコン…


しばらくして一匡は、ひかりの部屋の扉をノックする。


「ひかり?ちょっと良いか?」


「あ…えっと…ちょっと頭痛いから…ごめん」

ひかりが元気ない様子で答えた。


「え…風邪か?」

一匡はさらに聞く。


「ううん…そんなんじゃないんだけど…ちょっと休みたい…」

ひかりは微かな声で話した。


「ん…そっか…分かった…」

一匡は扉越しにポツリと呟いた。


「・・・」

一匡は心配そうな表情でひかりの部屋の扉を見つめた。


「おい…姉ちゃん、何だって?」

七央樹は一匡に詰め寄る。


「頭痛いから休みたいと」

一匡がポツリと呟いた。


「え…風邪か?」

七央樹が目を丸くする。


「違うらしいぜ…」

一匡は首を傾げる。


「え…」

七央樹はキョトンとした。


「・・・」

一匡は真剣な表情で一点を見つめていた。


--


翌朝-


ひかりはいつも通りを徹しようと気を引き締め、家を出た。


ひかりが歩いて行くと、いつも通り竜輝は家の前で待っている。


「…っっ!・・お、おはよう…」


ひかりは竜輝の顔を見て一瞬怯むも、辿々しく声をかける。


「おはよう」

竜輝はいつも通り穏やかな表情を浮かべながらひかりを見る。


「・・っ」

普段と変わらない竜輝の様子に、ひかりの胸はギュッとなる。


竜輝はそっと手を出した。

ひかりも静かに手を出すと、いつものように手を繋ぎながら歩く。


ひかりは意を決して聞いて見る事にした。


「き…昨日の…日曜日の予定って、何だったの?」

ひかりはチラッと竜輝の顔を見た。


「え…あぁ、ちょっと買い物…」

竜輝は、遠くに目をやりながら応える。


ひかりからは、竜輝が一瞬動揺したように見えた。


"誰と一緒に買い物…?"

"何を買ったの…?"


ひかりには、そこまで聞く勇気がなかった。


「・・そっか…」

ひかりは俯きながらポツリと呟いた。


「ひかりは昨日何してた?」

竜輝がひかりの顔を覗く。


「えっ!!…えっと…私も、買い物…」

ひかりは辿々しく応える。


「ふーん、どこに買い物?」

竜輝は純粋な顔をさせながらひかりにたずねる。


「えぇっ!!えーっと…東の友ッ!!」

ひかりは咄嗟に当たり障りのない場所で誤魔化した。


「そっか、お馴染みだなッ!」

竜輝は柔かに笑った。


「…っっ」

ひかりは竜輝の笑顔を見ながら思った。


"この笑顔を疑うなんてこと…したくないな…"


ひかりは、そんな自分の思いとは裏腹に、どうしても嫌な感情が込み上げてくる自分自身のアンバランスな気持ちの悪さに吐きそうになった。


「・・・」

ひかりは呆然としながら歩き続けた。


「ひかり?」

竜輝は不思議そうにひかりの顔を覗く。


「え…?」

ひかりは我に返り竜輝を見た。


「どうかした?」

竜輝はキョトンとした顔をする。


「え…いや…ううん。何でもないよ」

ひかりは必死で笑顔を作った。


「・・っ」

竜輝は、どこかよそよそしいひかりの様子を不思議に思った。


--


「オィッ、りゅうッ!」

一匡が中庭に竜輝を呼び出した。


「オィッ、竜兄たつにいッ!」

七央樹も一匡と一緒になって名前を呼ぶ。


「・・?」

竜輝はキョトンとする。


「今日の朝、ひかりの奴どうだった?」

一匡が竜輝にたずねる。


「え…」

竜輝は驚いたように一匡を見る。


「姉ちゃん、昨日の夕方あたりから変なんだよ。母さんが言うには、姉ちゃんが買い物から帰って来てからみたいなんだけどさ…」

七央樹が竜輝に説明する。


「朝は…確かに…いつもと少し違ったような…」

竜輝は朝のひかりの様子を思い起こしながらゆっくりと話す。


「昨日、お前ら一緒じゃなかったんか?」

一匡が竜輝の顔を見る。


「え…昨日は会ってないけど…」

竜輝はキョトンとしながら一匡を見る。


「ふーん…。母さんに聞いたら、ショッピング街に行ったっつってたから、てっきりお前と一緒なのかと思ったわ…」

一匡は首を傾げながら言う。


「え…」

竜輝は目を丸くさせながら一匡を見た。


"東の友…"

ひかりが言っていた場所である。


「・・・」

"ひかりもショッピング街に行ったんだ…。なんで…言ってくれなかったんだろ…"


竜輝は呆然としながら考える。


「とにかくッ、お前はひかりに何もしてねぇんだな?」

一匡はギロリと竜輝を睨む。


「えっ!してないけど…」

竜輝は驚きながら一匡を見た。


「本当だな?」

七央樹もジロリと竜輝を睨む。


「あぁ…」

竜輝はキョトンとする。


「お前がひかりを裏切るような事してないならそれで良い。まぁ…ひかりの事、しばらく気にかけてやってくれよ」

一匡はため息混じりに言うと、その場を後にした。


「まぁさ…女心って、びっくりするぐらい意表突いてくるからさ…。俺も最近、身をもって経験したからなァ…。あの時は姉ちゃんに教えられて命拾いしたよ…。竜兄も気をつけろよ」

七央樹はポンッと竜輝の肩に手を置くと、その場を後にした。


「・・・?」

竜輝は呆然と七央樹の後ろ姿を見つめた。


一方、イケメン三人が集まって話す中庭を校舎の窓から眺める多数の女子達がいたことには、竜輝達は知る由もなかった…。


--


「・・・」

ひかりは机に頬杖をつきながら、ぼーっと窓の中を流れて行く雲を見つめていた。


「・・っ」

竜輝が教室に戻ると、珍しく空を見つめるひかりを目の当たりにし、ひかりの様子がやはりおかしいと竜輝は改めて思う。


「・・・」


竜輝が隣の席に着いても、ひかりは気づいていない様子であった。


「ひかり…」

竜輝が思わず声をかけた。


「…え…?」

ひかりは我に返ったとように目を丸くしながら竜輝を見た。


「どうした?ひかり…何か変じゃない?」

竜輝はズバリと聞いてみた。


「え…っっ、いや…?そんな事ない…よ?」

ひかりは辿々しく応えると、次の授業の教科書をおもむろに出し、パラパラとめくる。


「・・・」

竜輝はひかりを呆然と見つめながら思った。

ひかりの、その様子こそが変であると…。


すると、ひかりは静かに口を開いた。


「竜輝はさ…」


竜輝は驚いてひかりを見た。


「実は双子だったりとかじゃ…ないよね…?」


「え…」


真面目な様子でおかしな質問をしてくるひかりに唖然としながら見つめる。


ひかりはチラッと竜輝を見た。


「うん…違うけど…」

竜輝は呆然とひかりを見つめながら静かに応えた。


「・・っっ、だよね…」

ひかりは力なく笑った。


「・・・っっ」

"本気でどうした!?"

竜輝はギョッとした表情をしながら、俯くひかりを横から凝視した。


--


「ひかり、どうかしたの?」


休み時間、万莉華が後ろをくるりと向くなりたずねた。

万莉華は、一匡からひかりの様子を聞いており共に心配していた。


「え…」

ひかりは目を丸くしながら万莉華を見た。


「元気ない」

万莉華はポツリと呟く。


「ハハ…。何で皆同じ事言うかな…」

ひかりは苦笑いした。


「何かあったでしょ」

万莉華はひかりの顔を覗く。


「…っっ、・・ダメ…!ダメなんだよー…。自分の事となると…完全にへタレ…」

ひかりは頭を抱えた。


「えっ!何が?ひかりは全然ヘタレなんかじゃないじゃん…」

万莉華は驚きの表情でひかりを見た。


「へタレなんだよー…」

ひかりは顔を手で覆いながら狼狽えた。


「・・っっ」

万莉華は目を丸くしながらひかりを見つめた。


一方、竜輝は…


「おかしい…」

竜輝は、少し離れた真夏斗の席に来ては、真夏斗と凰太に呟いた。


「何が?」

真夏斗と凰太がキョトンとする。


「ひかり…」

竜輝がポツリと呟く。


「え?」

真夏斗と凰太は驚きながら、ひかりに目を向けた。


ひかりは顔を手で覆い狼狽えていた。

その前では万莉華が戸惑う様子で、ひかりに話しかけていた。


「何かあったの?浦嶋ちゃん」

凰太はキョトンとしながら竜輝を見た。


「それを知りたい…」

竜輝は真顔で凰太を見た。


「いつから変なの?」

真夏斗は竜輝の顔を覗く。


「今日の朝…。でもひかりの兄さん達が言うには、昨日の夕方頃…?」


竜輝は心配そうな顔をしながら言う。


「昨日の夕方?竜輝は何か心当たりないの?」

真夏斗は竜輝を見た。


凰太も竜輝を見る。


「・・・ない…」


竜輝はしばらく考えた後、ポツリと呟いた。


「うーん…お手上げだな…。しばらく様子見てるだなァ…」

真夏斗は天井を見上げながら言うと、ひかりの方に目を向けた。


凰太と竜輝もひかりを見た。


「・・・」

竜輝は、ひかりとの気持ちが通じ合わないもどかしさを初めて感じながら、呆然とひかりを見つめていた…。


--


翌日-


昼休み、ひかりと竜輝はいつものように二人でお昼を食べようとしていた。


「ひかり…それ…本当に…食べるの…?」


竜輝は目を丸くしながらひかりが手に持つ弁当箱を見ていた。


「え…」

ひかりは竜輝の言葉を聞き、自身が持っている弁当箱に目を向けた。


「…っっ!!」


ひかりが無意識に食べようとしていた弁当は、何と一匡のお重のような弁当箱であった。


「ひかりーッ!!」


ちょうどその時、一匡が血相を変えて走って来た。


「…っっ!!」

一匡は、今にもひかりに食べられそうになっている自分の弁当を見て驚き慄く。


「おまっ…!!何、それ食おうとしてんだよッ!!ひかりのはこっちだろ…」

一匡が、正しいひかりの弁当箱を差し出した。


「ご…ごめん…っっ…」

ひかりは慌てて一匡に弁当箱を返した。


「おぃ…大丈夫かよ…お前…。何でここまで気づかねぇんだよ…」

一匡は険しい顔をさせながらひかりを見る。


「うっかりだよー…アハハ…」

ひかりは笑顔を取り繕った。


「・・・っ」


そんなひかりの様子を見た一匡と竜輝は、目を丸くさせながら互い見合った。



--


さらに翌日の昼休み-


「ひかり…」

竜輝がひかりに声かける。


「…っっ!!」


ひかりが食べようとしていた弁当は、今度は七央樹のものであった。


「姉ちゃーんッ!!」

七央樹が慌てて走ってきた。


「ちょ…っっ、姉ちゃん…っっ…」

七央樹はひかりに食べられそうになっている自分の弁当箱を見てギョッとする。


「姉ちゃんのはこっちだろッ」

七央樹は慌ててひかりに正しい弁当箱を渡し、自分の弁当箱を取り返す。


「ごめん…七央樹…」


ひかりは呆然としながら弁当箱を見つめる。


「オィッ、姉ちゃん!どーしたんだよ、マジでーッ!」

七央樹がひかりの両肩に手を置くと、ゆさゆさとひかりを揺らした。


「だ…大丈夫だよー…」

ひかりは辿々しく言うと苦笑いした。


「いやいや、どこがだよッ!!」

七央樹はすかさずツッコむ。


「大丈夫だって…」

ひかりは誰とも目を合わさずに呟いた。


「・・・っ」

そんなひかりを見た七央樹と竜輝は、黙って顔を見合わせた。


--


さらに、また翌日の昼休み-


バキバキ…バキ…


「ひかり…それ、食べれるタイプの…スプーンなの…?」


「え…」


ひかりは竜輝の言葉に我に返ると、自身が咥えていたプラスチックのスプーンにひびが入っていた。


「…っっ!!」


ひび割れているスプーンを見たひかりと竜輝はギョッとした。


「ちょ…っっ、ひかりッ!!大丈夫かよッ!口の中見せてッ!血出てない?」

竜輝は慌ててひかりの口の怪我の有無を確認する。


「…っっ」

ひかりは狼狽えた。


--


ひかりは、自分でもいよいよやばいと感じ、竜輝には謝りその日は先に一人で帰ることにした。


「ひかりさん」


ひかりがとぼとぼと歩いていると、紗輝が後ろから声を掛けて来た。


ひかりは驚きながら振り返る。


「兄さんから聞きました…。ひかりさん、何かありましたか?」

紗輝は心配したような顔でひかりを見た。


「・・・っ」

ひかりは俯いた。


「もし、一人で何かを悩んでるなら…私にもそれ、分けて欲しいです。前に、ひかりさんが解決のきっかけをくれたように…もし私に出来る事があるなら、同じように返したいです」

紗輝は真剣な表情で真っ直ぐひかりを見た。


「…っっ、紗輝ちゃん…」

ひかりは目を潤ませた。


「私を頼ってください」

紗輝がひかりの手を握った。


「・・・」

ひかりは紗輝に握られる手をじっと見つめた。


「一つボタンを掛け違えたまま気づかないでいると、ずっとズレたままです。どこかで気づいて直さないと」

紗輝は珍しく力強い眼差しでひかりを見ていた。


すると、ひかりは静かに重い口を開いた。


「ちょっと…竜輝の事で…不安に思うことが…あって…」


紗輝はハッとした表情をさせると、力強い眼差しでひかりを見つめて言った。


「聞かせてください」 


するとひかりは、静かに話し始めた。


「この前の日曜日にね…私、ショッピング街に行ったんだけど…。そこで…竜輝によく似た人を見かけたの…。というか…あれは竜輝だった。ジュエリーショップから出てきたの…。その…女性と二人で…」

ひかりは俯きながら言う。


「え…」

紗輝は目を丸くさせる。


"ん…?何か…この会話…知ってる…"


紗輝は身に覚えのある状況に、地味に戸惑う。


「その女性ね…紗輝ちゃんに似てすっごく美人な子だったの…」

ひかりは目を潤ませた。


「え…」


"ひかりさんより美人な人いる…?"


紗輝は心の中でツッコむ。


「えっと…ちょっと待ってください…?つまり…兄さんが日曜日に、女の人と二人でショッピング街のジュエリーショップから出て来るのを、ひかりさんが目撃したと言う事ですか?」

紗輝がゆっくりと整理するように復唱した。


ひかりは静かに頷く。


「・・っっ」

紗輝は確信していた。

絶対に誤解が生じていることを。


すると、紗輝は静かに口を開く。


「前に…ひかりさんが私に言った言葉、そのまま返しても…良いですか…?」


「え…」


ひかりは驚いたように紗輝を見た。


兄妹きょうだいだから兄さんを庇うわけではないんですけど、本当の本当に…兄さんは裏切るような男ではないという事は、私も自信持って言えます。なのできっと…兄さんはひかりさんに誤解をさせてしまってるんだと思います。その事を、今度は私が…兄さんに気づかせます。なので…もう少し兄さんを信じて待っててくださいッ」


紗輝は真剣な眼差しでひかりを見つめながら力強く言った。


「紗輝ちゃん…」


それは、ひかりが以前、七央樹を思いながら紗輝にかけた言葉だった。

ひかりはその事を思い出すと、気の抜けたようにフッ…と笑みを溢した。


「うん…。そうだったね。ありがとう…待ってるね」


ひかりは久しぶりに優しい笑顔を見せた。


紗輝はひかりの表情を見て、安堵したように微笑んだ。


--


部活が休みだった七央樹は、連日のひかりの様子が気がかりで一足先に帰宅していた。


ピコン…


七央樹のスマホに、紗輝から連絡が来た。

七央樹は紗輝のメッセージに目を通すと、小さくため息をついた。


「だから気をつけろって言ったのに…」

七央樹はやれやれとした表情をさせた。


ガチャン…


ひかりが帰って来た。


「おかえり」

七央樹が声をかける。


「七央樹…もう帰ってたんだ。珍しい」

ひかりは目を丸くしながら七央樹を見る。


「うん…」

七央樹は小さく呟く。


すると、七央樹がひかりに言う。


「姉ちゃんさ、あの時…紗輝に言ってくれたみたいじゃん。俺は裏切るような男じゃないって自信持って言えるって。それ紗輝から聞いた時…俺泣いた…。すげぇ嬉しかった。姉ちゃんの言葉があったから、俺も紗輝も救われたんだよ。だからさ、今度は俺達が姉ちゃん達を救う番。姉ちゃんの彼氏は多少…いけ好かねぇとこはあるけど、紗輝の兄ちゃんだし、信じる価値あると思うんだわ。きっと大丈夫だからさ…気を落とすなよ、姉ちゃん」

七央樹は珍しく冷静な口調で言うと、ひかりに優しく微笑んだ。


「・・・七央樹…」

ひかりは目を潤ませた。


「へへ…俺は幸せもんだわ。愛しの姉ちゃんと彼女に信じてもらえて」

七央樹はニカッと笑った。


「七央樹ーッ!!」

ひかりはギューッと七央樹に抱きついた。


「ちょっ…姉ちゃん…苦しい…」

七央樹は照れながらも満更ではない顔をさせた。


ガチャ…


「何やってんだ…お前ら…」

一匡は目を見開き、ひかりに抱きつかれる七央樹を目の当たりにした。


「お兄ちゃん、おかえり」

「あ、兄ちゃん…おかえり」

ひかりと七央樹は抱き合いながら一匡を見た。


「オィッ!お前ら離れろッ!!」


一匡が若干ムッとしながらひかりと七央樹を引き離す。


"俺なんか、ここ何年もひかりに抱きついてもらってねぇのにッ!"


一匡は七央樹に嫉妬していた。


ニッ…

七央樹は一匡を見ながら不敵な笑みを浮かべた。


「…っっ!」

一匡は額に怒りマークを浮き上がらせた。



一方その頃…


竜輝は、三ヶ月ぐらい年老いたような感覚になっていた。


ひかりの様子がおかしくなってからというもの、まともにひかりと話せていない。

あげくにこの日、ついに先に帰るとひかりから言われたのだ。


「…っっ」

竜輝は自身の心当たりというものを、片っ端から探っていた。


ガチャ…


「ただいま…」

竜輝が元気なく呟いた。


「兄さん…」


すると、紗輝が玄関先で仁王立ちしていた。


「…っっ」

竜輝は、紗輝の得体の知れない殺気にたじろぐ。


「ちょっと良い?」

紗輝はジロリと竜輝を見た。


竜輝は、威圧感を身に纏う紗輝を見ながら思った。


"何か…戦闘モードの時の…ひかりに似てる…"


「兄さん、この前の日曜日、誰とどこで何をしていたか詳しく聞かせて」

紗輝は刑事のようにたずねる。


「え…。えっと…ショッピング街で一歌とプレゼントを買ってた」

竜輝はたじろぎながら言う。


「え、一歌さんと?珍しいじゃん、兄さんが一歌さんとなんて…。何で一緒に?」


二人が話す一歌という人物は、乙辺おとべ 一歌いちかという竜輝より一つ年上の女性で、竜輝と紗輝の父、航多郎の兄の子どもであり、血の繋がった従姉いとこであった。


「だって…お前が予定あるって言うから…。女性へのプレゼントなんて初めてだし…何買ったら良いか…分からなかったし…」

竜輝は恥ずかしそうに辿々しく話す。


「で、ひかりさんもその日、ショッピング街にいたみたいなんだけど」

紗輝はジロリと竜輝を見た。


「やっぱそうなんだ…。何で俺には言ってくれなかったんだろう…」

竜輝は首を傾げる。


「…っっ」

紗輝は思った。

自分の近くにいる男達は。どうしてこうも鈍感なのかと…。


紗輝はため息を吐くと、竜輝にズバリ言った。


「ねぇ、兄さん。ひかりさんってさ、一歌さんと会った事あるの?」


「え、ないと思うけど…」

竜輝はキョトンとする。


「だったら考えて見なよ。その日、ひかりさんもお兄ちゃん達と同じ場所にいて、もしひかりさんがお兄ちゃん達を見かけたとしたら…ひかりさんはどう思うかって」


紗輝はギロリと竜輝を見た。


「え…」


紗輝に言われ、その状況を回想した。


「…っっ!!」

竜輝はハッとした表情をさせた。

自分が重大なうっかりしくじりを犯していた事に、ようやく竜輝は気づいた。


・・ドタッ…ドタドタ…バタンッ…


竜輝は慌てた様子で自身の部屋に行くと、ある物を持って飛び出して行った。


紗輝は天井を見上げ大きくため息を吐いた。


ガチャ…


すると、竜輝が顔を出した。


「ん?」

紗輝がキョトンとする。


「ありがとう…助かった」

竜輝は紗輝にそう呟くと、慌てて走って行った。


「…っ」

紗輝は小さく笑みを溢した。


「ちゃんと…返せたかな…?」

紗輝は微笑みながら呟いた。


--


ピンポーン…


浦嶋家のインターホンが鳴った。


ガチャ…


一匡が出る。


そこには血相変えた竜輝が息切らしながら立っていた。


「・・・」

一匡は何かを察した。


「…っっ」

竜輝は一匡の厳しい眼差しにたじろぐ。


「ちゃんとひかりを元に戻せるんだろうな」

一匡が竜輝にギリギリと詰め寄る。


「必ず…戻す…」

竜輝は息を切らしながら呟いた。


「ちょっと待ってろ」

一匡はぶっきらぼうに言うと、ひかりを呼びに行った。


すると七央樹が顔をひょっこり出し、竜輝に小声で話しかけた。


「だから気をつけろって言ったじゃんかッ」


「…っっ」

竜輝は目を丸くさせた。


すると、ひかりが竜輝のもとへやってきた。


「竜輝…」

ひかりは気まずそうにしている。


「ひかり、ちょっと話がしたいんだけど…」

竜輝は真剣な表情で言った。


「じゃあ…ちょっと、そこの公園でも行こうか…」

ひかりはチラッと竜輝を見た。


「うん…」


--


ひかりと竜輝は早朝ランニングする場所でもある近くの公園にやって来くると、ベンチへ腰掛けた。


竜輝はベンチに座るとすかさず口を開く。


「ごめん…ひかり…」


竜輝は必死に頭を下げた。


「…っっ」

ひかりは目を丸くさせ竜輝を見た。


「日曜日、ひかり見てたんだろ?ごめん…誤解させた。俺と一緒にいたのは俺の従姉いとこなんだ…。俺の親父の兄弟きょうだいの娘…」

竜輝はゆっくりと説明した。


「・・っ!!」

ひかりは驚き固まる。


「そいつ、一歌って言うんだ。ちゃんと紹介してなかったから…変な誤解させちゃったよな…。本当ごめん…」

竜輝は真剣な眼差しでひかりを見た。


「何で…」

ひかりは呆然と呟いた。


「これ…ひかりに渡そうと思って…。一歌に相談しながら選んだんだ…」

竜輝は小さな紙袋をひかりに差し出した。

それは、ひかりが見た時に竜輝が持っていた紙袋であった。


「え…」

ひかりはキョトンとしながら受け取ると、その紙袋を見つめた。


「また、フェイントしちゃうんだけど…誕生日、おめでとう。明日だろ?ひかりの誕生日…」

竜輝は恥ずかしそうにチラッとひかりを見た。


「・・っっ!!」

ひかりは完全に忘れていた自分の誕生日を思い出し、驚きの表情を浮かべた。


「まさか…忘れてた?」

竜輝は微笑みながらひかりを見た。


ひかりは恥ずかしそうに頷いた。


「やっぱりな…。ひかりから全然誕生日の話出ないし。音海から聞いて俺ビックリしたんだよ。七央樹に確認してみたらそうだって言うから…ひかりは忘れてるんだろうなって思って。だったら一層の事、ひかりをビックリさせようって思ったんだけど…かえって心配かけちゃったな…。本当にごめんな…」

竜輝は苦笑いした。


ひかりは涙を浮かべながら首を横に振る。


すると竜輝はひかりに優しく微笑みながら言った。


「それ、開けて見て」


ひかりは竜輝からもらったプレゼントを開けて見た。


「・・・っっ!」


ひかりは目を丸くさせた。

それは、キラキラ輝く可愛いピンキーリングであった。


「小指にはめるやつだから…サイズとか分からなくても、だいたい…いけるかなって思って…」

竜輝は照れながら言う。


「…っっ、嬉しい…。ありがとう…っっ…」

ひかりは涙を溢した。


すると、竜輝がピンキーリングを手に取り、ひかりの左手の小指にはめた。


それはひかりの小指にピッタリだった。


ひかりはウットリ自身の左手を眺めた。


「今はとりあえず、約束って意味で…小指な…。もう少し大人になったら、その隣の指に…もっとちゃんとしたやつ、はめてやるから…」

竜輝は、赤くなった顔を逸らし照れたように言うと、チラッとひかりを見た。


「・・っっ!!」


ひかりは、もはやプロポーズのような事を言う竜輝に驚くと、目を丸くさせながら竜輝を見つめた。


竜輝は恥ずかしそうにしていた。


ギュッ…


ひかりは竜輝に抱きついた。


「…っっ!!」

竜輝は驚き顔を真っ赤にさせた。


「私もごめんね…。竜輝のこと、信じようとする程不安になって…変な感情になった…。竜輝に確認する勇気もなくて…ずっと変な態度とっちゃってて…。自分のこととなると、本当にダメだ…私…」


ひかりは涙を流しながら言った。


すると、竜輝はひかりの頭をゆっくり撫でながら言う。


「皆一緒だよ。自分のことになるとダメになるなんて。俺だって…今身に染みて感じてる…」


そして竜輝はそっとひかりの身体を離し両肩に手を置きながら呟く。


「大丈夫だから…」


ひかりはさらに溢れそうになる涙をぐっと堪え唇に力を入れた。


「あとさ…これだけは覚えといて。俺には、ひかりしかいないって事。俺はひかりじゃなきゃダメだから…これからもずっと。だから、俺が好きだって思うのは、ひかりだけ。俺、ひかりが思ってるよりもずっと、大好きだから…ひかりのこと」


竜輝は真剣な眼差しでひかりを見つめながら言った。


「…っっ」

ひかりは竜輝の言葉に涙を流しながら静かに頷いた。


竜輝は優しく微笑みながらひかりの涙を拭く。


すると、ひかりは安堵した表情になり、微笑みながら呟いた。


「私も…竜輝だけが…好き…大好き…」


そう言った後、ひかりはニコッと笑った。


「…っっ!」


竜輝はひかりの笑顔を見ると、胸をドキッとさせた。

ひかりの笑顔はやはり最高であると竜輝は改めて思った。

ひかりの笑顔だけに反応する竜輝の心臓は、ドンドン早くなって行く。

最近見ていなかったひかりの心からの笑顔に竜輝も安堵した表情になると、竜輝はゆっくりとひかりに顔を近づけ、和解の口づけを交わした。


互いを求めていたかのように、ひかりと竜輝の唇は心ゆくまで、くっつき合っていたのであった…。


ちなみに…

竜輝は、ひかりの誕生日プレゼントを一緒に買いに行った従姉いとこの一歌の事が、実は苦手であった。

その日は妹の紗輝に用事があった為、今回仕方なく決死の覚悟で一歌に頼んだのである。

意外とセンスの良かった一歌のアドバイスに、竜輝は目を輝かせながら終始「なるほど…」という言葉しか発していなかった。

そう、ひかりが目撃したあの時もそうであった…。


--


-翌日


無事に誤解も解けたひかりは、すっかり元通りになった。


ひかりと竜輝は、一匡と万莉華、七央樹と紗輝と共に登校していた。


「…ったく、人騒がせな奴だぜッ。今度は気をつけろよッ!」

一匡はギロリと竜輝を見た。


「はい…」

竜輝はボソっと呟いた。


「・・・」

七央樹は身に覚えある事満載だった為、何も言えなかった。


紗輝は、おとなしくしている七央樹をチラッと見ると小さく笑った。


「でも本当に良かった…ひかりが元通りになって」

万莉華が笑顔でひかりを見る。


「本当にお騒がせしました…」

ひかりはぺこりと頭を下げた。


「あと紗輝ちゃん、本当にありがとね。巡り巡ってありがとうだよ」

ひかりはニッコリ笑いながら紗輝を見た。


「お役に立てれて良かったです」

紗輝は照れながらひかりを見た。


すると、竜輝が静かに口を開く。


「昨日の紗輝は、何となくひかりに似てた…」


「え…」

ひかりは目を丸くさせながら紗輝を見た。


「…っっ!」

紗輝はひかりに見つめられ恐縮する。


「そうそう、紗輝は姉ちゃんに似てるとこあるんだよなァ」

七央樹はニヤニヤしながら紗輝を見る。


「い…いやいや…、似てるなんてそんな…私なんかが…」

紗輝はたじろいだ。


七央樹「なんかじゃないだろ」

ひかり「なんかじゃないよ」


二人から同時に声をかけられた紗輝は驚くと、小さく笑みを溢した。


七央樹とひかりが顔を合わせ笑うと、その場にいた皆も笑った。


--


「無事解決した…」


竜輝が真夏斗と凰太に事の経緯を一通り説明した。


「やっぱお前じゃねぇかッ!」


案の定、真夏斗と凰太から怒られる竜輝である。

竜輝はぺこりと頭を下げ詫びた。


真夏斗と凰太はやれやれとばかりため息を吐くと、安堵したように笑った。


「次は気をつけるんだぞ」


一匡から言われたセリフを凰太にも言われる竜輝。

竜輝は静かに頷いた。


「でも羨ましいな」

真夏斗が竜輝をジロリと見る。


竜輝はキョトンとしながら真夏斗を見た。


「それだけ浦嶋さんに愛されてるってことだろ?だっていつもしっかりしてるあの浦嶋さんがお前のことで、あんな風になっちゃうんだから」

真夏斗は口を尖らせながら言う。


「…っっ!!」

竜輝は真夏斗に言われ驚くと、チラッとひかりの方に目を向ける。


ひかりは楽しそうに笑っていた。


「・・・」

竜輝は顔を綻ばせると、愛おしそうにひかりを見つめた。


そんな竜輝を見た真夏斗と凰太は呟いた。


「いーなー」


--


「ひかり、誕生日おめでとう」


ひかりの誕生日であるこの日は、身内だけでなく帆乃加や有希など、友人達からも祝福された。


自分が忘れていた自身の誕生日を、周りの人間がちゃんと覚えていて祝ってくれている。その事実に、それだけでとても嬉しく喜びを噛み締める、ひかりなのである。


「ありがとう…」

ひかりは少し目を潤ませ満面の笑みを浮かべた。


自分は幸せ者だと、ひかりは改めて気づかされた誕生日なのであった。


--


その日の帰り道、ひかりと竜輝は竜輝の家の前で名残惜しそうに談笑していた。


すると…


「ひかりちゃん…」


突然、女の子に声をかけられひかりは驚きながら振り向く。


するとそこには、ひかりの従妹いとこである浦嶋 ことみが立っていた。


実は、ひかりの父である八洲雄には双子の弟がおり、ことみはその弟の娘であった。

浦嶋兄妹弟とは血の繋がった従妹いとこである。

ことみは、ひかりをおとなしくしたような感じだった。例えるなら、ひかりと万莉華を足して2で割ったような女性であった。

ちなみに…ことみは七央樹と同い年である。


「あれ!!ことちゃん、どうしたのー?」

ひかりは目を丸くさせながらことみを見る。


ことみは笑みを浮かべながらひかりを見ると、チラッと竜輝を見た。


竜輝がキョトンとしながらことみを見ていた。


「あ、竜輝…こちらは私の従妹いとこで浦嶋ことみちゃん」

ひかりは竜輝にことみを紹介した。


「ことちゃん、こちらは…私の彼氏で、竜輝です」

ひかりは照れながら竜輝を紹介した。


竜輝とことみは互いにぺこりと頭を下げた。


「今日…ひかりちゃんの誕生日でしょ?これ…」

ことみは恥ずかしそうに手渡した。


「え!!」

ひかりは驚いた表情を浮かべ、ことみからプレゼントを受け取け取った。


「ことちゃん…ありがとう」

ひかりはことみに感動の眼差しを向けた。


「よかったー。サプライズ大成功」

ことみは満足そうにニコニコしていた。


ひかりはことみからもらったプレゼントを開けてみた。

それは、たくさんの小さなウミガメで作られた可愛いブレスレットであった。


「わーッ!可愛い!!ありがとうッ!大切にするね」

ひかりは嬉しそうに笑った。


「うん…」

ことみも嬉しそうに微笑んだ。


すると、ひかりは素朴な疑問をことみに投げかけた。


「ことちゃん、まさかこの為にわざわざこっちに…?」

ひかりは目を丸くしながらことみを見た。


「実はね、一ヶ月ぐらい前にはもうこっちに引っ越して来てたんだ」

ことみは照れながら話す。


「えぇーっ!!そーなの!?私はてっきり、やつおじちゃんだけが単身赴任でこっちに来るんだとばかり…」

ひかりは目を丸くする。


ひかりが話すやつおじちゃんとは、ことみの父、八津雄やつおの事で、ひかりの父である八洲雄の双子の弟である。


一卵性の双子である八洲雄と八津雄は、顔も名前も酷似しており、身内など仲を極めた者しか見分けがつかない。


「え、じゃあ学校はー?」

ひかりはキョトンとしながらことみを見た。


「あ、かい殿でん高校に転入するの」

ことみが笑顔でひかりを見る。


「え…」

すると、竜輝が驚いたようにことみを見た。


ひかりとことみはキョトンとしながら竜輝を見る。


「亮丞の学校…」

竜輝はポツリと呟いた。


「え」

ひかりは目を丸くした。


ことみはキョトンとする。


「名前…浦嶋って聞いたら、絶対アイツ食いつくな…」

竜輝は亮丞を思い苦笑いした。


ひかりも苦笑いする。


「でも残念だなァー、ことちゃん同じ高校じゃないんだ」

ひかりは残念そうにことみを見た。


「アイツに…ちゃんと言っとかないとな…。迷惑な行為は慎むようにって」

竜輝は遠くを見ながら亮丞を思う。


「アイツって…?」

ことみはキョトンとしてひかりを見た。


「あ、えっと…押しが強めな竜輝の友達」

ひかりは笑いながら言う。


「へぇー」

ことみは目を丸くさせた。


「おッ、ことみじゃん」

するとそこへ七央樹と紗輝がやって来た。


「あ、ななすけ…」

ことみが七央樹を見ながらポツリと呟く。


「だからその名前で呼ぶなよッ!もはや名前変わってっしッ」

七央樹がギリギリと怒る。


「じゃあ、ななべえ…」

ことみはまたポツリと呟いた。


ことみは、皆にはおとなしくおしとやかに対応するが、七央樹には若干強気な態度を示す。


「おまっ…、何でそんなちょんまげがチラつくような名前をチョイスして来るわけ?」

七央樹が怪訝な表情でことみを見た。


するとひかりは笑いながら言った。


「ことちゃん、時代劇大好きだもんね!」


「うん。暴れん坊軍曹と遠山の銅さんが特に好き」

ことみはニコニコしながら言う。


「…っっ」

見かけによらない趣味を持つことみを、目を丸くしながら見つめる竜輝と紗輝である。


ひかりと七央樹は慣れているので大して驚いてはいなかった。


「そういえば…ひかりちゃんのそのプレゼント買うのもね、こっちに引っ越して来たばかりで土地勘がなかったから、ななすけに付き合ってもらったの。紗輝ちゃんには変な誤解をさせちゃって、その節はごめんなさい…」

ことみは紗輝にぺこりと頭をを下げた。


「え!いやいや、良いんだよ」

紗輝は慌てながらことみを見た。


「え…」

ひかりはことみの話を聞き呆然とする。


"一連の騒動は…もしかして…全部私の誕生日のせい…?"


「・・・・」

ひかりは自身の無知な不甲斐なさに呆然とした。


「あ、姉ちゃんこれ…誕生日おめでとう。毎度お馴染みの手紙」

七央樹は照れながらひかりに手紙を渡す。


浦嶋兄弟のひかりへのプレゼントは、ひかりへの感謝と愛を綴った手紙なのであった…。

浦嶋家では、ひかりの誕生日を「母の日」と同じように「ひかりの日」と呼んでいた…。

それは、浦嶋家の誰の誕生日でも同じである。


「あ…ありがとう…」

ひかりは呆然としながら七央樹の手紙を受け取る。


「あの…これ、私から…」

紗輝もプレゼントをひかりに手渡した。


「ありがとう…」

ひかりは呆然としたまま紗輝からの誕生日プレゼントを受け取った。


「竜兄は…?」

七央樹が竜輝をチラッと見た。


「もう昨日渡した…」

竜輝は照れながらひかりの左手の小指を見た。


「・・何だよッ、またフェイントかよッ!」

七央樹がツッコむ。


そんな会話をよそに、ひかりは何だか眩暈がして来ると、だんだん辺りが暗くなって行った。


グラッ…


ひかりはその場でよろける。


「…っっ!!」

いち早く気づいた竜輝がひかりを受け止めた。


「ひかりッ!!」

「姉ちゃんっっ!!」


ひかりは気を失った。


--


「・・・」


ひかりがゆっくりと目を覚ました。


ひかりが目を開けると、見知らぬ部屋の天井であった。


ひかりがゆっくり顔を横にした。


「…っっ!!」


竜輝がじーっと見つめていた。


「えっっ!あれ?どこ?」

ひかりは慌てて起き上がり辺りを見回した。


「俺の部屋…」

竜輝は静かに呟いた。


「…っっ!!」

ひかりは頭が真っ白になった。


ひかりは、自身が寝ていた場所が竜輝のベッドである事を理解し慌てふためいた。


「ダメ…今日はおとなしくして寝てて」

竜輝は取り乱すひかりを制止した。


「え…。私…何で…」

ひかりは呆然としながら竜輝を見る。


「ひかり倒れたんだよ、俺んちの前で。ひかりの家まで運ぶより俺んちで寝かせた方が良いと思って、俺の部屋に運んだんだ。近所の医者に来てもらって診てもらったけど、軽い貧血だって言ってた。明日は休みだから、今日はこのままうち泊まれよ…。さっき七央樹にひかりの荷物持って来てもらったから…。ひかりの親とうちの親にはもう伝えてある」

竜輝は冷静に淡々と説明した。


「え…」

ひかりは目を丸くさせた。


「それでー…代わりに今日は、紗輝がひかりの家に泊まる事になった…」

竜輝が気まずそうに話す。


「え!」

ひかりはさらに目を丸くさせる。


「そしたら、ひかりの兄さんが…万莉華の家に泊まる事になったらしい…」

竜輝が苦笑いした。


「・・・」


"何…そのシャッフル…"


ひかりは驚きながら竜輝を見つめた。


ひかりが竜輝邸前で倒れたおかげで、まるで宝くじの前後賞を当選させたかのような一匡と七央樹なのである。


「そうなんだ…。何か…いろいろとありがとう…」

ひかりは安堵した表情になると、微笑みながら竜輝を見た。


竜輝は首を横に振り静かに呟いた。


「良かった…無事で」


竜輝はそう言うと、ひかりの頬に手を当てた。

ひかりは微笑みながらながら自身の頬に当てる竜輝の手をそっと握った。


--


その日の晩、ひかりは竜輝と竜輝の両親の四人で乙辺家の食卓を囲んだ。


「ひかりちゃん、たくさん食べてね。ひかりちゃんの作るハンバーグほど美味しいかどうかは分からないんだけど…」

竜輝の母、瀬津子がひかりに微笑む。


「いえいえ、そんなそんな…。美味しくいただきます」

ひかりは恐縮しながら頭を下げた。


「竜輝、良い子を見つけたな。お前はずっと、恋とかそういうのには興味持たないんじゃないかって思ってたから、正直驚いた」

父、航多郎は安堵した表情をする。


「そうそう、うちの子ども達そういう話なんて、今の今まで…ほんっとに皆無だったからね」

瀬津子は目を丸くしながら竜輝を見た。


「うるさいよ…」

竜輝はぶっきらぼうに言う。


ひかりは柔かに笑いながら言った。


「でもそのおかげで、こうして私が竜輝くんといられるんです。ありがたい話ですよ」


「・・・っ」

竜輝は、ひかりのその言葉に胸をキュンとそながら、柔かに笑うひかりの横顔に見惚れた。


竜輝の両親、瀬津子と航多郎もうっとりとひかりを見つめた後、互いに顔を見合わせ笑みを溢した。


ひかりを交えた乙辺家は、ほっこり穏やかな食卓を過ごしたのであった。


一方その頃、浦嶋家では…


「紗輝ちゃん、遠慮しないでたくさん食べてねー」

浦嶋兄妹弟の母つゆかが笑顔で山盛りの昆布の煮付けを食卓に出す。


昆布尽しの浦嶋家の食卓に紗輝は目を丸くした。


「今日はひかりの誕生日で"喜んぶ"って事で、こんなメニューなんだけど、七央樹が初めて彼女を連れて来た記念すべき日だから…ちょうど良かったわねッ」

つゆかが嬉しそうに笑う。


「よろこんぶ…」


紗輝は、以前竜輝が食卓で口にしていた事を静かに思い出す。


「姉ちゃん様様だなッ!」

七央樹がニコニコしている。


キュンッ…

紗輝は七央樹の笑顔にときめく。


「七央樹に彼女なんて初めてだもんなァ。お前、成長したな…」

父、八洲雄は感慨深い様子で七央樹を見た。


「それを言うなら、一匡とひかりも同じじゃない?一気に時が来たわね…」

つゆかが目を丸くする。


「確かに…」

八洲雄も目を丸くさせた。


「うちの高校の文化祭には恋の神が宿ってるんだわ」

七央樹が口元にご飯粒を付けながら意気揚々に言う。


するとすかさず、紗輝がご飯粒を取りパクリと食べた。


「・・・!!」

つゆかと八洲雄は目を丸くしながら紗輝を見た。


「えへへ…」

七央樹は顔を赤くし照れ笑いする。


紗輝も微笑みながら七央樹を見た。


そんな二人の姿を、つゆかと八洲雄は心をほっこりさせ目を細めた。


そして、姉意外の女性に見せる七央樹の嬉しそうに笑う姿に、母つゆかと父八洲雄は安堵した表情を浮かべた。


--


時を同じくして、亀園邸では…


「一匡くんッ!万莉華はね、とっても優しい子なんだよ…。ここぞって時は強くてねぇ…うぐっっ…。万莉華が選んだ人なら…この亀園かめぞの 小悟朗こごろう、しかと受け止めたッ」


一匡の肩に手を回し、泣きながら力説する万莉華の父、小悟朗である。


「…っっ」

一匡は小悟朗のキャラの強さにたじろぐ。


その様子に万莉華は頭を抱えた。


「お父さん、恥ずかしいから辞めなさいッ!ごめんなさいね、一匡くん。つまり、皆大歓迎って事だから…」

母の万優子まゆこは微笑みながら一匡を見た。


「あ…いや…ありがとうございます…」

一匡は照れ笑いしながらペコリと頭を下げる。


万莉華はそんな一匡に、愛しさのこもった熱い眼差しを送る。


一匡がそんな万莉華の視線に気づくと、そっと万莉華に微笑んだ。


万莉華も静かに微笑み返す。


目線だけで愛を交わす一匡と万莉華の姿に、母の万優子はそっと胸を撫で下ろした。


「万莉華、あなたでかしたわね。こんなイケメンを捕まえるなんて」


母の万優子はコソッと万莉華に言った。


「…っ!」

万莉華は顔を赤くさせた。


「・・?」

一匡はキョトンとしながら万莉華を見た。


--


その日の夜-


「竜輝、本当に私がベッドで寝ちゃって良いの?」

ひかりは申し訳なさそうに竜輝を見る。


「うん、大丈夫。気にすんなよ」

竜輝は優しい表情でひかりを見る。


「あ…ありがとう…」

ひかりは照れながら、竜輝が普段寝ているベッドに横になると布団を被る。


布団は竜輝の匂いがする。

何だか竜輝に抱きしめられているような感覚になりひかりの鼓動が早くなる。


ひかりは何だか急に竜輝に触れたくなった。

ひかりはそっと布団から顔を出すと、チラッと竜輝の方を見た。


すると、竜輝もひかりを見つめていた。


「・・!!」

ひかりは竜輝と目が合うと恥ずかしくなり顔が急に熱くなる。


「やっぱ…俺もそっち行っていい?」

竜輝が静かに言った。


「え…」

ひかりは竜輝の言葉に驚き、目を丸くしながら起き上がる。


すると竜輝は、ひかりが返事をする間もなくひかりと同じ布団に入って来た。


「…っっ!!」

ひかりは驚き慄く。


すると竜輝はひかりを寝かせると自身も横になり、ギュッとひかりを抱きした。


ひかりは竜輝の胸に顔を埋め、竜輝の腕に包まれながら寝る。ひかりは、竜輝の落ちつく匂いと温かさが心地良くなり自然と目を閉じる。


竜輝もひかりの落ちつく香りと温かさに癒されゆっくりと目を閉じた。


竜輝とひかりの二人は、その日初めて人肌を感じながら寝る心地良さを知ったのだった…。

しかしそれは、竜輝とひかりだけではなく、実は…一匡と万莉華、七央樹と紗輝も同じであった。


ひかりは今までで一番最高な誕生日を過ごし、さらにその幸せは、ひかりを取り巻く者達までにも分け与えたのであった…。

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