十一.それぞれの決意
「音海さーん、お呼びだぞー」
帆乃加がどこかの男子に呼ばれて出て行った。
「浅風さん、一年の子が呼んでる」
有希も後輩の男子から呼ばれ出て行った。
体育祭の一件からというもの、帆乃加と有希にもモテ期が到来し、度々呼び出されてはニコニコして帰って来る帆乃加と有希であった。
「乙辺、女子が呼んでる」
「亀園さん、男子が呼んでるよ」
竜輝と万莉華のモテ度はさらに増し、頻繁に呼び出されてはゲッソリとした表情で帰って来る竜輝と万莉華なのである。
「あれ、浦嶋さんはどこ行った?」
「まだ戻って来てないよ?」
ひかりはというと…
尋常じゃないくらいの人気となり、ひかりは歩く度に声をかけられ、一度教室を出るとなかなか戻って来れないひかりであった…。
「何か…俺らは平和だな…」
「だな…」
真夏斗と凰太も、別にモテないわけではなかったが、竜輝達程ではなかった為、いつも通りの平和な日常を送っていた。
「やっと着いたーッ」
ひかりは息を切らしながら戻って来た。
「大丈夫だった?」
竜輝は隣の席でゲッソリしながらひかりを見る。
「う、うん…。今日初めて校内迷った…」
ひかりは額の汗を拭きながら言う。
「え…何が起こったの?」
凰太は目を丸くしながらひかりを見る。
「うまく交わそうと思ったら違う教室に入っちゃって、対応しながら歩いてたら違う階に行っちゃって…ってそれを何回か繰り返してたら自分がどこにいるのか分からなくなっちゃって…」
ひかりは苦笑いした。
「スーパースターだな…」
真夏斗はひかりを見つめながらポツリと呟いた。
「・・・」
竜輝達は心配そうにひかりを見つめた。
「ん?どうかした?」
あまりダメージを受けていないひかりは、キョトンとしながら竜輝達を見回した。
「・・・っ」
通常通りの表情を見せるひかりに、竜輝達は静かに驚いた。
「…っていうか、乙辺くんも万莉華も大丈夫?何かやつれてるけど…」
ひかりは、目を丸くさせながら竜輝と万莉華を見る。
「ダメかも…」
竜輝と万莉華は同時に呟き項垂れた。
「ねぇねぇ聞いて!最高のモテ期到来よッ!」
そこへ帆乃加が御機嫌な様子でやって来た。
「私も生まれてから今が一番かもしれないッ」
有希も目を輝かせながらやって来た。
「・・・」
初めてモテを経験する者と、そうでない者は、こうも違うものなのかと感慨深い様子で両者を見つめる真夏斗と凰太、ひかりなのであった…。
--
時は、早くも文化祭の季節となっていた。
ひかり達のクラスは、執事とメイドが客をもてなす「ようこそ、竜の館へ」というカフェをやる事になった。
ひかり達女子はメイドの格好をし、竜輝達男子は執事の恰好をする。
「私…メイド姿なんて…」
ひかりは珍しく弱気な様子を見せる。
「何弱気になってんのよッ!リレーの時の覇気はどこへ行ったの?」
帆乃加がひかりの顔を覗く。
「だ…だってさ、私似合わなくない?メイド服なんて…」
ひかりは苦笑いする。
「何でそう思うの?似合うに決まってるじゃん」
有希が首を傾げながら言う。
「・・っっ」
ひかりはたじろぐ。
「ひかりはどんな格好でも似合うよ。大丈夫」
万莉華が優しい表情でひかりを見つめた。
ひかりは万莉華の言葉に目を丸くすると、俯きながら小さく微笑んだ。
「うん…。ありがと」
ひかりは照れながら呟いた。
「楽しみだな」
竜輝はひかりの耳元で小さく囁いた。
ひかりは驚いて竜輝を見ると、竜輝は優しく微笑みながらひかりを見つめていた。
「…っっ」
ひかりは心臓が飛び出しそうになり、一気に顔を赤くさせ狼狽えた。
そんなひかりを見た竜輝は、胸をキュンとさせていた。
「そう言えば…うちの高校の文化祭って、ちょっとした伝説があるんだけどー…」
帆乃加がひかりをチラッと見た。
「…?」
ひかりはキョトンとする。
「後夜祭で好きな人に告白して両想いになったら、その人と永遠に結ばれるんだって」
帆乃加はニヤニヤしながらひかりを見た。
「え…。後夜祭で?」
ひかりは目を丸くする。
「そうそう!なんでも…うちの高校の理事長が発端で生まれた伝説らしいんだけどね!」
有希が身を乗り出しながら話す。
「まあでも…うちの学校って、後夜祭どころか文化祭自体がもう告白祭りみたいなもんだからねぇー」
帆乃加は苦笑いした。
「でも、ロマンチックだよねーッ」
有希が遠くを見ながらウットリ呟いた。
「・・・」
ひかりは呆然と帆乃加と有希の話を聞いていた。
--
文化祭当日-
ひかりは万莉華と共にメイド服を着て教室に入った。
「・・・っっ!!」
クラスメイト達は、ひかりと万莉華の麗しい姿に目を奪われた。
「・・・」
竜輝は固まりながらひかりを呆然と見つめる。
「…っっ!!」
ひかりもまた、執事の衣装に身を包んだ竜輝のかっこいい姿にドキッとする。
「・・・」
ひかりと竜輝は互いにじっと見つめ合っていた。
「ゴホンッ…!!」
横から真夏斗と帆乃加が、竜輝とひかりをジロリと見ている。
「…っっ!!」
竜輝とひかりは我に返り慌てふためいた。
そんな二人の様子を周りは目を細めながら見つめた。
すると有希は、ひかりと万莉華をまじまじと見ながら口を開いた。
「やっぱ二人ともメイド服似合うわ…」
「…っっ」
ひかりと万莉華は顔赤くしながら照れる。
「・・・っ」
竜輝達男子は、恥じらうひかりと万莉華の姿に胸をキュンとさせていた。
「ハイッ!じゃあ…ひかりと万莉華、この看板とビラを持って宣伝して来てちょーだい」
帆乃加はひかりと万莉華に、看板とチラシを手渡した。
「え…」
ひかりと万莉華は呆然としながら受け取る。
「ひかりと万莉華が宣伝したらうちのクラス、繁盛間違いなしだから」
帆乃加が笑顔で言う。
「・・っっ、…じゃあ…行ってきまーす…」
ひかりと万莉華はたじろぎながら教室を出て行こうとした。
すると…
「待ってッ!俺も行くッ」
竜輝はすかさず、ひかりが持つ看板を取り上げた。
「…っっ!!」
ひかりと万莉華、帆乃加は驚き目を丸くしながら竜輝を見た。
真夏斗と凰太は、初めて自ら名乗り出る竜輝に目を見張る。
「・・万莉華と浦嶋は、二人でビラを配れば良いだろ…」
竜輝はそう言うと、チラッとひかりを見た。
「…っ!」
竜輝と目が合ったひかりは心臓がドキッとなった。
「そうね…。まぁいっか!乙辺くんもいれば女性のお客さんも呼び込めるしねッ!いってらっしゃいッ!」
帆乃加は元気に竜輝とひかり、万莉華を送り出した。
--
「・・・」
竜輝は真ん中で看板を持ち、万莉華とひかりがビラを持ちながら竜輝の両側を歩いた。
竜輝達三人が校内を歩き出すと、すぐに人々の目を掻っ攫った。
「姉ちゃんッ!!」
そこへ七央樹と亀美也がやって来た。
「あ、七央樹。はい、これどうぞー」
ひかりは七央樹達にビラを渡した。
「姉ちゃん…その格好、すっげぇ似合う!」
七央樹は目を輝かせながらひかりを見る。
「それはどうも」
ひかりは照れくさそうに言う。
「万莉華さんも素敵っす!」
七央樹は万莉華にも目を向け笑顔で言う。
「ありがとう…」
万莉華は微笑みながら呟いた。
そして、七央樹は真ん中にいる竜輝に目を移した。
「・・・」
七央樹と竜輝は無言で目を合わす。
"クソッ…悔しいけどカッコイイ…ムカつく…"
七央樹は唇をぎゅっと噛み締めた。
「どういう表情よ…」
ひかりは七央樹を冷めた眼差しで見る。
「うっ…俺もすぐに執事の格好が似合う男になるからッ!!待ってろよーッ!」
七央樹はそう言い残し走り去って行った。
亀美也は慌ててペコリと頭を下げ、七央樹の後を追って行った。
「情緒不安定ね、あの子…」
ひかりは憐れな眼差しで七央樹を見送った。
--
七央樹が亀美也と共に庭を歩いていると、七央樹は足を止めた。
「あれ…アイツって…」
七央樹は呆然と、ある男子生徒を遠目に見つめた。
「七央樹、どうかしたか?」
亀美也が七央樹の顔を不思議そうに見る。
「えっ、あ…いや…」
七央樹は男子生徒をじーっと見ながら歩き出す。
七央樹は再度足を止め振り返り、男子生徒の方に目をやった。
「まさかな…」
七央樹はポツリと呟いた。
--
ひかり達がしばらく歩いていると、今度は一匡に会った。
万莉華「…っっ!!」
一匡「・・・っ!」
万莉華と一匡は互いに目が合うと顔を赤くしながら互いに見合った。
それは、先程の竜輝とひかりの現象と同じであった。
「コホン…」
ひかりが咳払いをする。
一匡と万莉華は我に返り、狼狽えた。
竜輝とひかりは、そんな二人を見て目を細めた。
「お前達…その格好、良いじゃん…」
一匡は照れながら呟いた。
「はいどーもー」
ひかりがサラリと言う。
万莉華は恥ずかしそうに小さく笑みを溢した。
一匡はチラッと万莉華を見て微笑むと、万莉華の頭にポンッと手を乗せた。
「…っっ!!」
万莉華は顔を赤くし、目を丸くさせた。
「じゃ、頑張れよー」
一匡がその場を去って行った。
「あッ、ちょっと待って!ビラ、ビラ…」
ひかりは慌てて一匡にチラシを渡した。
「あー…気が向いたら行くわー」
一匡はチラシを受け取ると、照れを隠すようにそっけない態度で歩いて行く。
だが、一匡の耳は赤くなっていた。
そんな一匡を見たひかりは、一匡の確かな心境の変化を感じ取っていた。
万莉華はうっとりとした表情で一匡を見送る。
ひかりは小さく笑みを溢すと、竜輝をチラッと見た。
竜輝はひかりと目を合わせた後、一匡の後ろ姿と万莉華に目をやった。
何かを察した竜輝もまた、再びひかりと目を合わせ小さく微笑んだ。
--
「兄ちゃーんッ!!」
一匡が歩いていると、血相を変えて七央樹が走って来た。
「何だよ、騒々しいなァ。せっかく俺は目の保養をしたばっかりなんだからなッ!」
一匡が怪訝な表情で七央樹を見た。
「なぁ…アイツが来てるかも…」
七央樹は目を見開きながら、一匡に言う。
「え…アイツって?」
一匡がキョトンとする。
「ほらッ、姉ちゃんの…」
七央樹が慌てた様子で言う。
「…っっ!!」
一匡は一気に顔色を変え、険しい表情をさせた。
「どこにいた?」
一匡は狩りをする肉食獣のような目つきで言った。
「あっち…」
七央樹は慌てて案内する。
二人は真剣な眼差しで走り出した。
--
"2年B組 ようこそ、竜の館へ"
ひかり達は、教室へ戻りカフェの接客をしていた。
「見て…どこの生徒だろう…?かっこいい人が来た…」
開店してしばらくした頃、クラスメイトの女子達が入り口の方で騒ぎ出した。
それは見慣れない高校の制服を来た男子生徒三人であった。
「・・っ!!」
ひかりがその男子生徒達の内、一人の男子生徒に目をやると、ギョッとした顔をした。
それは、ひかりの初恋相手である海七太であったのだ。
ひかりは海七太を見るやいなや、目を見開き硬直する。
「…っっ!」
海七太はメイド姿のひかりを見ると、顔を赤くさせ驚いたような顔をして固まった。
固まるひかりと海七太のただならぬ様子に、竜輝や周囲の生徒達は目が釘付けになった。
「・・えーっと…い、いらっしゃいませぇ…三名様入りまーす…」
ひかりは辿々しく言うと、三人を席に案内した。
ひかりは何故か変な汗をかく。
「・・・」
そんなぎこちない様子のひかりを、竜輝は心配そうに見つめた。
「・・しょ…少々、お待ちください…」
ひかりは動揺を必死で隠しながら注文を取ると、伝票をテーブルの上に置いた。
すると、すかさず海七太がひかりの手を握った。
「・・っ!!」
ひかりは驚き握られる手を凝視する。
海七太は、ひかりの顔を真っ直ぐ見つめながら静かに言った。
「俺がここに来たの偶然だと思う?」
「え…」
ひかりは目を見開きながら海七太を見た。
「後で話がしたい。時間作ってほしい…」
海七太は真剣な表情でひかりを見ながら言うと、握る手に力を入れた。
「えっ…ちょっ…」
ひかりは戸惑いながら狼狽えた。
「オィ、何してんだよ」
すると竜輝がひかりに握られている海七太の手を無理矢理離した。
「・・っ」
竜輝は鋭い眼差しで海七太を見た。
海七太は驚いた表情で竜輝を見た後、フッと小さく笑みを浮かべた。
「…っっ、行こう…」
竜輝はひかりを連れて行く。
すると、海七太はひかりに向かって叫んだ。
「ひかりッ!二人で話しが出来るまで俺待ってるから」
「・・・っ!!」
竜輝達は驚きながら海七太を見る。
辺りはざわつく。
ひかりは驚いた表情で海七太を見ると、ひどく慌てながら海七太に近づき小声で言った。
「わ…分かったからッ。静かにしてよ…」
竜輝は目を丸くしながらひかりを見た。
ひかりは赤い顔をしながら狼狽えている。
「・・っ」
そんなひかりを見た竜輝は不安と嫉妬で、どうにかなりそうな気分になった。
「乙辺くん…ごめん。後で…ちょっと抜けるね…」
ひかりはポツリと呟いた。
「大丈夫なのかよッ」
竜輝はすかさずひかりに詰め寄る。
「うん。大丈夫だよ」
ひかりは小さく微笑みながら竜輝を見た。
「・・っ」
竜輝は心配そうな表情を浮かべながらひかりを見つめた。
「・・・」
そんなひかりと竜輝の二人を、海七太はじっと見ていた。
--
「アイツ…何なのかな?大丈夫かなー?浦嶋さん…」
休憩に入るなり、真夏斗が開口一番に言う。
「名前呼んでたし…まさか、元彼とか…?」
凰太が険しい顔で言う。
「…っっ」
竜輝は俯いている。
すると万莉華が静かに口を開いた。
「たぶん…あの人、ひかりの幼馴染で…初恋の人だよ」
「・・っっ!!」
万莉華の言葉を聞いた竜輝達は驚きながら万莉華を見た。
"初恋の人…"
「・・っ」
竜輝の心に黒い雲がかかっていく。
万莉華は、ひかりから課外学習の時に聞いた話を一通り竜輝達に話した。
「・・・」
万莉華からの話を聞いた竜輝は、夏祭りの日に珍しく深刻な表情をするひかりを思い出していた。
"かっこ悪くなんかないよ"
"私のした事で…乙辺くんにかっこ悪いなんて思わせちゃうのは…私自身が悲しいよ"
あの時、ひかりが言っていた言葉であった。
ひかりはずっと、過去のトラウマと戦っていたのだと、竜輝はこの時初めて理解したのだった…。
「あっ!!思い出したッ!あの人、夏祭りにいたわ…」
帆乃加が思い出したように言う。
「そうだ!ひかり達見て声かけて来たイケメンッ!」
有希も目をパチクリさせながら言う。
帆乃加と有希は、思い出しのプロであった。
特に、夏祭りに関する記憶力は人一倍である。
「え…」
竜輝達は呆然としながら帆乃加と有希を見つめた。
--
ひかりと海七太は、中庭にあるベンチへ腰掛けた。
「ちょっと、何の真似よ!あんなに人が大勢いるところで…。海七太ってあんな事する人だったっけ?」
ひかりはすかさず海七太に先程の振る舞いについて追及した。
「ずっとあんな事したかったよ。ひかりの手を握るとか…」
海七太は顔を赤くしながら真剣な表情でひかりを見る。
「・・っっ、なっ…何よ急に…。こんないかにも女の子っぽい格好してるから、気でも迷ったァ?私、中身はあの頃と全然変わらない男っぽいまんまだけど」
ひかりは慌てて取り繕うように言う。
「ごめん…」
突然海七太がひかりに頭を下げた。
「…っっ!」
ひかりは驚きながら海七太を見た。
「中学の卒業式の日の事…ずっと謝りたかった。本当にあの時は、ごめん…」
海七太は俯く。
「い、いいよ…別に。私はもう何とも思ってないし…」
ひかりは慌てて海七太を宥める。
「俺はまだずっと引きずってる…」
海七太は真剣な表情でひかりを見る。
「・・・っっ。変なの…。自分から言ったくせに、何で引きずる事があんのよ。普通逆でしょうがッ」
ひかりは苦笑いする。
「本音じゃなかったから…」
海七太はひかりをじっと見つめる。
「・・・っ」
ひかりは海七太をチラッと見てすぐに視線を逸らす。
「あの日…あの後、一匡さんと七央樹くんが俺の所に来て言ったんだよ…」
--
あの日-
「お前…それ本心で言ったのか?」
一匡は真っ直ぐ海七太を見て言った。
海七太は静かに首を横に振った。
「フンッ…馬鹿だな、お前。そんなに周りと話合わせる方が大事だったかよ」
一匡は海七太に厳しい眼差しを向ける。
七央樹も一匡の横で海七太を睨んだ。
海七太は俯く。
「お前がたった一瞬素直になれなかったことが、ひかりに一生の傷を付けちまったかも知れねぇんだぞッ!外で話すってことは、誰がどこで聞いてるかわからねぇッ。どこで誰に話そうと、自分の吐いた言葉には責任持てッ!今更後悔してんじゃねぇよッ!!」
一匡は一気に捲し立てた。
「…っっ」
海七太は目を潤ませた。
「お前だけは、姉ちゃんのこと分かってくれてるって思ってたのに…」
七央樹は突き刺すような目で海七太を見た。
「…っ」
海七太はハッとした表情で七央樹を見た。
「お前だけは裏表なく俺らに接してくれてるって…、思ってた俺がバカだったよッ!!」
七央樹は海七太にそう吐き捨てるとその場を去って行った。
「…っっ」
海七太は俯いた。
「もうお前は信用ならねぇ…」
一匡も厳しい眼差しを向けたままそう言い去って行った。
「・・っっ」
海七太は俯きながら涙を流した。
--
「あの時、一匡さんと七央樹くんに言われて…あの一瞬でたくさんのものを失った事に気付かされた。ひかりも、一匡さんも七央樹くんも…恋も友情も…信用も…全部」
海七太は俯く。
「・・・っ」
ひかりは驚いて海七太を見た。
「後悔してもしきれない…。自分があの時発した言葉を消せるわけじゃない。でもどうしても、これだけはずっと言いたかった。あの時俺が言った言葉は本心じゃなかったんだ…。ひかりを傷つけて…本当に…ごめん…。」
海七太はひかりに頭を下げた。
「あ…頭を上げてよ…」
ひかりは慌てて海七太に言う。
すると海七太が続けて言った。
「あんな日に、冗談でもあんな事言うんじゃなかったって…すごく後悔した。あの時ひかりが俺に言ってくれた気持ちと、本当は俺も一緒だったから…。ひかりが男っぽくても、俺はずっと好きだった…」
「・・・っっ」
ひかりは顔を赤くさせ戸惑う。
「俺は今でもひかりのことが好きなんだ…。ずっと…ひかりが忘れられない…」
海七太は顔を赤くさせながら、真っ直ぐひかりを見る。
「…っっ」
「今更…こんな事言って、虫がいいのは分かってる。でも…俺の本当の気持ち、どうしてもひかりに分かって欲しかった…」
海七太は俯いた。
「・・・」
ひかりはなかなか言葉を口に出来なかった。
「前にひかりが言ってた、男っぽくても良いって言ってくれる人を見つけるってやつ…。もしまだ見つかってなかったら…俺にもう一度チャンスくれないか…?俺のこと…もう一度、好きに…」
「ごめん…」
ひかりは俯きながら呟く。
「…見つかったの…?」
「・・・」
「さっきの…男…?」
ひかりは何も言わず俯いた。
「あの人って…夏祭りでも一緒にいたよな…」
海七太は静かに言う。
「え…何で…」
ひかりは驚いて思わず海七太を見た。
「ごめん…たまたま夏祭りの時…ひかり達を見かけたんだ…」
海七太はそう言うと俯いた。
すると、ひかりは帆乃加達が言っていた夏祭りで見知らぬ人に話しかけられたという話を思い出した。
"海七太だったんだ…"
「・・・」
ひかりは海七太を静かに見つめた。
「アイツの事…好きなの?」
海七太はひかりをチラッと見た。
「…っっ」
ひかりは俯き顔を赤くさせた。
「…ハァー・・。そっか…」
何かを察した海七太は小さく呟いた。
「海七太の気持ち…正直に話してくれて、嬉しいよ。ここまで来てくれたのも、嬉しかった…ありがとう…。でもね…私にとって海七太はもう、思い出なんだ…。ごめん…」
ひかりは目を潤ませながら言う。
「…っっ。いや…こっちこそ、ごめん…」
海七太も込み上げて来るものをグッと堪えながら言葉を振り絞る。
「・・・っ」
ひかりは俯いたまま顔を上げることが出来なかった。
「あぁーッ。やっぱり素直にならないとダメだったなァ…。じゃないと、チャンスもタイミングも幸せも全部、逃しちゃうな…。今更だよな…」
海七太は天を仰ぎながら、涙が溢れないよう…これ以上涙が出ないよう…感情を紛らわせるかのように必死に取り繕う。
ひかりはそんな海七太をチラッと見ると、俯きながら口を開いた。
「お互い…良い勉強になったよね…。学べた事は…今更なんかじゃないよ」
「俺…ずっと自信なかったんだよ。ひかりの兄さんも弟もかっこよくて、お前までかっこいいから。俺が入る隙なんてないんじゃないかって…自分の本当の気持ちから、目を逸らして誤魔化してたんだ…」
海七太は俯いた。
ひかりは驚いた表情で海七太を見た。
すると、フッと笑みを溢した。
「ハァー…。どうして人間って、他人の良い部分ばかりが見えちゃうんだろうね。皆同じように、弱くてかっこ悪い部分は絶対あるのに…。そういうのって何で全く見えないんだろ…不思議。私からは逆に、海七太の方がかっこよく見えてたけどね…」
ひかりはそう言うと、微笑みながら優しい眼差しで海七太を見つめた。
「ひかり…」
海七太は優しい表情をするひかりに見惚れた。すると海七太は思わずひかりの肩に手を置いた。
「・・・」
海七太はじっとひかりを見つめる。
「ん?」
ひかりはキョトンとした顔をする。
「はい…終了。もう時間です」
突然、後ろから竜輝の声がした。
「…っっ!?」
二人は驚きながら振り返る。
「浦嶋、クラスの奴らが呼んでる」
竜輝が不機嫌そうに言う。
「えっ!あぁ…ごめんッ!すぐ行くッ」
ひかりは慌てて立ち上がる。
「ごめん…海七太。私、行かなきゃ…」
ひかりは申し訳なさそうに海七太を見る。
「あぁ…いいよ。こっちこそ、忙しいのに悪かったな…」
海七太は苦笑いした。
「ううん…。それじゃ」
ひかりは気の抜けた表情をしながら海七太に小さく手を振ると、校舎の方へ走って行った。
「・・・」
海七太は切なそうな表情を浮かべながら、ひかりの後ろ姿を見つめた。
すると突然、ひかりがくるりと振り返り、慌てて戻って来た。
海七太と竜輝は驚きながらひかりを見る。
「海七太ッ!」
ひかりが海七太の名前を呼んだ。
「・・?」
海七太はキョトンとした顔をする。
竜輝は目を丸くさせながらひかりを見た。
「さっき、海七太はもう思い出って言ったけど…それは、恋とか恋愛に感する事だけだからね」
ひかりが真っ直ぐ海七太を見ている。
「え…」
海七太は驚き呆然とする。
「私は今でも変わらず、海七太は大切な友達だって思ってる」
「ひかり…」
海七太は目を丸くしながらひかりを見た。
「じゃあ、またね」
ひかりはニッコリと笑いながら手を振り、再び走って校舎へ戻って行った。
海七太はしゃがみこみ顔を伏せ言った。
「・・・ハァー…。敵わねぇよな…ひかりには…」
海七太のその様子を見た竜輝は、静かに話し出した。
「本気で好きなら…周りなんて気にせずに、ただ
「・・っ」
「そういう思いがあれば、自然と行動できたはずなのにな」
竜輝はチラッと海七太を見る。
「・・・確かにな…。何であの時そんな風に思わなかったんだろ…。アホだな、俺…」
海七太はしゃがみ込みながら頭を抱えた。
「アンタはさ…最初から浦嶋が近くにいたから、浦嶋の存在の有り難みみたいなもんが分からなかったのかもしれないな」
竜輝はポツリと呟いた。
「・・・っ」
海七太は顔を伏せながら耳を傾ける。
「今年、この高校に浦嶋が転校して来た。それまでの学生生活は俺にとって地獄みたいなもんだったよ。でも…浦嶋が転校して来た日、浦嶋が俺の世界を変えたんだよ。俺は一瞬でアイツに救われた。俺だけじゃない…浦嶋に救われてる奴、何人もいる」
竜輝は真っ直ぐ前を見ながら言う。
すると、海七太は静かに口を開く。
「俺、ここの高校の体育祭、実は見に来てたんだ…。ひかり達のリレー、最高だったな」
「・・っ!」
竜輝は驚いたように海七太を見た。
「俺がひかりと一緒だった時は、ひかりのいるチームが必ず勝ってて、最初から早かった。それが当たり前の光景だったんだ。人間関係の問題とかも、ひかりがズバズバ言うから、あまり大きな問題とか起きてなくて平和なのが当たり前だった。でも今思えば、それは全部ひかりの強さがあってこそだったんだよな…。でも、あの頃の男子の中には、そんな勇敢で強いひかりの存在を疎ましく思ったりする奴もいたんだ…。俺もそんな奴らに乗っかっちゃった…。本当はひかりみたいに戦わないといけなかったのにな…」
「平和ボケだな…」
竜輝がポツリと呟いた。
「…っっ」
海七太は唇に力を入れた。
「浦嶋みたいな…あんなすごい奴、貴重だろ。俺は絶対に、
竜輝は落ち着いた口調で話す。
「お前…凄いな。ひかりのかっこよさに怯んでないんだな…」
海七太は竜輝を見上げながら呟いた。
「前に浦嶋に言われた事がある。かっこ悪いなんて思うなって。自分のせいでかっこ悪いなんて思われたら、悲しいって」
竜輝はそう言うとチラッと海七太を見た。
「・・・っっ」
海七太は俯いた。
「だから俺は言ったよ。俺がかっこ悪いって自分で思うのは、浦嶋のせいじゃないって…」
竜輝は真っ直ぐ前を見た。
「…っっ」
海七太はばつが悪そうにした。
「女が男より強いせいで一緒にいる男がかっこ悪く見えるなんてさ…ただの言い訳だよな。だから俺は…絶対に浦嶋の強さを否定したりなんかしない」
竜輝は力強い眼差しで海七太を見た。
「…っっ!・・うん…。それが正しいな…」
海七太は驚いた表情をして竜輝を見た後、気が抜けたようにポツリと言った。
すると、続けて言う。
「俺だって本当はそう思ってたさ…。かっこ悪いのは完全に俺の問題…。そう分かってたはずなのにな…。あの頃の俺に、お前のその言葉聞かせてやりてぇわ…。ほんと…バカだったよ、俺は…」
海七太が項垂れた。
「過去の事をいくら言ったって、どうしようもねぇよ。まぁ…これからの未来、アンタが好きになるのは、きっと浦嶋だけじゃねぇだろ。この先また、アンタがどんな人を好きになるか分からねぇけど…今度新しく好きになった奴に、ちゃんと素直になれば良いんじゃねぇの?」
竜輝は真っ直ぐ前を見ながら言う。
「他に、新しく好きになれんのかな…俺…」
海七太がポツリと呟く。
「無理矢理好きになろうとしてなれるもんじゃないけど…自分を認めてくれる人だったり、救ってくれる人だったり…笑顔が素敵な人とか…きっと他にも、心動かしてくれる人が現れるさ。そんな人に出会ったら、自然とまた好きになれんじゃねぇの?まぁ…俺も、そんな人いるわけないって諦めてたけど出会えたしな。ある意味、アンタには感謝しないとな」
竜輝はフッと笑みを溢しながら海七太を見た。
「…チッ。いけ好かねぇ奴」
海七太は顔を逸らした。
「でも…前に進もうとしてれば、また新しい人間や感情と出会うよ」
竜輝は真っ直ぐ前を見ながら言う。
「・・どうだか…」
海七太はため息吐きながら呟く。
「…少なくとも、ここまで浦嶋に会いに来たアンタは、確実に前に進んでると思うけどな」
竜輝はジロリと海七太を見た。
冷たい口調ながらもなぜか温かく感じる竜輝のその言葉は、海七太の心にじんわり染み込んで来るようだった。
それはまるで、辛味と甘味の調味料が絶妙な加減で同時に染み込んで来るような…そんな感じだった。
「…っっ。・・そう…かもな…」
海七太は、小さく微笑みながら呟いた。
「じゃ…」
竜輝はぶっきらぼうに挨拶すると、その場を後にしようとした。
「お前…」
海七太は、すかさず竜輝を呼び止めた。
「…?」
竜輝は振り返る。
「ひかりの事…よろしくな…。あと、まぁ…ありがと…」
海七太は照れ臭そうに辿々しく言う。
竜輝は海七太を見ながら小さく微笑むと、片手を上げて去って行った。
--
「浦嶋ひかりッ」
ひかりが教室へ戻ろうと歩いていると、後ろから誰かに呼び止められた。
ひかりは慌てて振り返ると、今度は亮丞が立っていた。
「あ…」
ひかりは目を丸くした。
「…っっ」
亮丞はひかりのメイド姿を見るなり顔を赤くさせ息を呑む。
「姫沢くん、来てたんだ…」
ひかりは驚きながらも笑顔で亮丞を見た。
ひかりの笑顔を見た亮丞は少し狼狽えながらも言葉を振り絞るように言った。
「お前に…会いにきた…」
「え…」
ひかりは呆然と亮丞を見る。
「浦嶋ひかり…話がある」
亮丞は真っ直ぐひかりを見た。
「…っっ」
ひかりはたじろいだ。
--
「・・っっ!!」
海七太が校舎を後にしようとすると、目の前にはひかりの兄弟である一匡と七央樹が立っていた。
「テメェ…何しに来やがったッ。こんな所まで来て、またひかりを傷つけに来たんかァ…?」
一匡がギリギリと怒りの形相で言う。
七央樹も黙って海七太を睨みつけている。
「ごめんなさいッ!!」
海七太がすかさずそう叫ぶと、頭を深々と下げた。
「・・・っ」
一匡と七央樹は険しい顔で海七太を見ている。
海七太はゆっくりと話し出した。
「俺…ずっと謝りたくて。ひかりだけじゃない…一匡さんと七央樹くんにも。だから今日は、ちゃんと謝りに来たんだ。さっき、ひかりには直接あの時の事、謝った…」
海七太は俯いた。
「…っっ」
一匡と七央樹は目を見開き黙って海七太を見た。
「・・それと…好きだって、告白もした…」
海七太はポツリと呟いた。
「・・っ!!テ、テメェ…何を今更…」
一匡はまたギリギリ怒る。
七央樹も再び睨む。
「ふ…振られたよ、ハッキリと…。俺はもう…思い出だって…」
海七太は慌てながら言う。
「・・フッ…だろうな…」
一匡は冷めた表情で静かに言った。
「・・・」
七央樹は冷めた表情で海七太を見ている。
「うん…。俺もそう思った…」
海七太は気の抜けた表情をした。
「・・・っっ」
一匡と七央樹は険しい顔をさせながら、何も言えずただ黙って海七太を見つめた。
すると海七太は静かに口を開いた
「俺…ずっと、一匡さんと七央樹くんを羨ましく思ってた…。ひかりと並んで歩いても、全然見劣りしなくて…かっこよくて…いつも憧れてた。浦嶋兄弟に…」
海七太は表情筋を緩ませ、穏やかな表情で一匡と七央樹を見た。
「・・っ!」
一匡と七央樹は驚いた表情で海七太を見た。
海七太は続ける。
「そんな風に、俺はひかりの周りばっか見て…気にして。いつの間にか自分の頭の中は…ひかりの周りのことばかりになってた…。本当の意味で、ひかりのことを見れてなかった…。それと…自分のことも…」
一匡「・・・っ」
七央樹「…っっ」
「さっきひかりには振られたけど、逆に嬉しい言葉ももらったんだよ…。もうそれだけで充分だって思った。前を向けるって…思った…」
海七太は穏やかな表情で一匡と七央樹を見た。
「・・・」
一匡と七央樹は黙って海七太を見つめている。
「今日は一匡さんと七央樹くんにも会えて良かった…。今改めて思ったよ。やっぱり一匡さんと七央樹くんは…かっこいいって。俺にとって憧れの兄弟。これからも…ずっと…」
海七太は笑顔を二人に向けた。
「…っっ」
一匡と七央樹はそれぞれ顔を逸らした。
「俺はもう…二度とひかりの前には現れない。だからもう、心配しないでください…。迷惑かけました…」
海七太は気の抜けた表情をしながらそう言うとペコリと頭を下げ、その場を立ち去ろうとした。
「オィッ!ちょ待てよッ」
一匡は、某俳優のように呼び止める。
"兄ちゃん…今のは言いたかっただけだな…"
七央樹は冷めた眼差しでチラッと一匡を見た。
「・・っ!?」
海七太は驚きながら一匡を見た。
すると、一匡は平然としながら続けた。
「お前…スマホ持ってる?」
一匡は唐突にスマホを取り出しながら海七太に近づく。
「え!!・・あぁ…」
海七太はさらに驚き、呆然としながら呟く。
「連絡先、交換しとくかァ…。ひかりの前に現れなくても、俺の前には現れてもいいんじゃねぇの?たまには…」
一匡がぶっきらぼうに言う。
「え…」
海七太は目を丸くしながら一匡を見つめた。
「それに…ひかりの前にはもう現れねぇなんて、お前が勝手に決めてんじゃねぇよ。お前らだって友達のくせに…」
一匡は海七太をジロリと見る。
「・・・っ!!」
海七太は目を潤ませた。
「俺の前にも現れても良いぜ?」
すると横から七央樹もスマホを持ちながら、海七太を見る。
「・・っ!」
海七太は、潤んだ目を丸くしながら七央樹を見た。
「まぁ俺たちは何てったって…七友だからなッ!」
七央樹はニヤニヤしながら言う。
「え…。七…友…?」
海七太はキョトンとする。
「だって俺ら、名前に漢数字の七が入ってんじゃーんッ!!」
七央樹がバシッと海七太の肩を叩く。
「うっ…。あぁ…確かに…」
海七太は狼狽ながらも、思わずフッと笑った。
今までの蟠りなど何処吹く風と浦嶋兄弟はケロッとしながら海七太と連絡先の交換をしている。
そんな浦嶋兄弟を呆然と見つめながら海七太は思った。
この浦嶋兄弟の心は、海のように広く深いのだと…。
そして自身もまた、海のようなでっかい人間になろうと思う海七太なのであった。
「えっ!お前のアイコンの画像、何で昆布なんだよッ!」
一匡が連絡先に現れた海七太の画像にギョッとし、驚き慄く。
「あれ…知らなかった?俺が無類の昆布好きなの…」
海七太は、キョトン顔で一匡を見る。
「知らねぇよッ!」
一匡は苛立ちながら吐き捨てる。
「ギャハハハッ!兄ちゃん、仲間じゃーんッ!この人…朝の海物占いで昆布だから…(笑)」
七央樹が大爆笑しながら海七太に言っている。
バシッ…
一匡がすかさず七央樹をはたく。
「テメェ…それ以上、占いを口にすんじゃねぇ…。シバくぞ…」
一匡が鬼の形相で七央樹に怒る。
「いてっ…ちょっ…何だよーッ」
七央樹は一匡に抗議する。
「・・・」
そんな一匡と七央樹を見て、海七太は思った。
浦嶋兄弟は昔も今も変わらず平和である事に。
そんな浦嶋兄弟に、より一層憧れを抱く海七太であった…。
--
ひかりと亮丞は、人通りの少ない場所へとやって来た。
「悪かったな…忙しいのに引き止めちまって…」
亮丞はチラッとひかりを見た。
「いや…大丈夫だけど…」
ひかりは俯きながら呟く。
「もう…言わなくても分かってると思うけどさ…。俺、お前のことが好き」
亮丞は真剣な表情でひかりを見た。
「…っっ」
ひかりはたじろぐ。
「俺と付き合って欲しい」
亮丞はひかりを熱い眼差しで見つめる。
ひかりは亮丞の熱い視線に狼狽えながら口を開いた。
「・・ごめん…なさい…」
ひかりはそう言うと、亮丞に頭を下げた。
「アイツか?」
亮丞はひかりの顔を覗いた。
「…っっ」
ひかりは顔を赤くさせ俯く。
亮丞はひかりの様子を見て何かを察したかのように天を仰いだ。
「アーッ!!何でだよーッ!」
亮丞は叫んだ。
「…っっ」
ひかりはたじろいだ。
「アイツよりもっと先に…お前と出会ってたら、違ったんかな?」
亮丞はひかりの顔を覗いた。
「え…っと…それは…」
ひかりは少々応えに戸惑う。
「アイツとは…永遠のライバルだわ…。いろんな意味で…」
亮丞は気の抜けた表情をさせた。
「・・良いコンビだね」
ひかりは静かに言った。
「良かねーよッ」
亮丞はムスッとした。
ひかりは小さく笑みを溢した。
ひかりの笑顔を見た亮丞はため息吐きながら言った。
「アイツに振られたら、ぜってぇ俺のとこに来いよ」
亮丞はじーっとひかりを見た。
「い…いやいや、何言ってんの」
ひかりはたじろいだ。
「俺、諦め悪いから」
亮丞はニカッと笑った。
ひかりもフッと笑った。
--
一匡と七央樹の二人は海七太と別れ校舎に戻る途中、何やら生徒達の話し声が聞こえて来た。
「なぁ、明日の後夜祭の伝説って知ってる?」
「知ってる知ってる、明日の後夜祭だろ?」
「そうそう、後夜祭で告白して成功すると永遠に結ばれるってやつ!」
「でもそれって成功しなきゃ意味ねぇよな」
「バカッ、今から諦めてどうするッ!当たってみねぇと砕けるかなんて分かんないだろッ!」
「あぁ、まぁね…」
「つーか、後夜祭だけじゃなくて、この文化祭自体がもう…告白祭りみたいなもんだよなー」
「確かにな」
「でもやっぱ明日が一番凄いんだろうな…」
「・・・・」
一匡と七央樹は二人して聞き耳を立てていた。
一匡と七央樹は、この文化祭自体が恋の戦場であり、クライマックスが明日の後夜祭なのだと悟った。
一匡と七央樹は、道理でいつもに増して朝からいろんな女子に声をかけられるわけだと思った。
「・・・」
一匡と七央樹はお互い顔を見合わせると、健闘を祈るとばかりに静かに頷いた。
--
「あれ、浦嶋まだ戻ってないの…?」
竜輝は教室に戻るなり、ひかりが戻ってない事を知る。
「うん…まだ戻って来てないよ?」
万莉華がキョトンとしながら竜輝を見た。
「・・・っ」
竜輝はひかりを心配した。
なぜなら、文化祭中は他校の生徒も来ているだけあり、いつもより告白率が高くなる。
現に竜輝自身も、頻繁に女子生徒達からの告白で呼び止められており、女子生徒達の目を掻い潜りながらやっと教室まで戻って来たのだった。
「ごめん、遅くなった」
すると、ひかりが戻って来た。
竜輝が慌ててひかりに目をやると、ひかりの隣りには亮丞がいた。
「…っ!!」
竜輝は驚き慄いた。
「あれ、亮丞じゃん。来てたんだ」
真夏斗が亮丞に声をかけた。
「あぁ、途中でひかりと会ったんだ」
亮丞はサラリとひかりの名前を口にする。
「・・・っっ!!」
竜輝はさらに驚き、亮丞を凝視する。
亮丞は竜輝の視線に気づきニヤッとした顔をする。
「…っっ」
竜輝はムスッとした。
「・・っ」
亮丞の馴れ馴れしい態度と竜輝の不機嫌な様子に、さすがのひかりも狼狽えた。
すると、亮丞はじーっと竜輝を見た。
「何だよ」
竜輝はジロリと亮丞を見る。
「何でお前なんだよ…」
亮丞はポツリと呟く。
「は?」
竜輝は怪訝そうな顔をする。
「俺はまだ諦めないからなッ」
亮丞は竜輝に言った。
「ブフォォーッ…!」
凰太がちょうど飲んでいたお茶を亮丞に向け吹き出した。
「・・ちょ…何だよーッ!!」
亮丞はギリギリ怒る。
「ごめん、フラッシュバック…」
凰太がポツリと言った。
「わけわかんねぇよーッ」
亮丞が怒りながら狼狽える。
「でも今回のはある意味、間違いじゃないな…言った張本人に向けてだから」
真夏斗は亮丞を見た。
「だから何なんだよーッ!俺客なんだけどーッ!!」
亮丞は苛立ちながら叫んだ。
「…っっ」
その場に居合わせたひかり達は、体育祭の時の出来事を思い出し笑いを堪えた。
--
竜輝からジャージを借りた亮丞は、竜輝と共に中庭にやって来た。
「俺、告った」
亮丞は真っ直ぐ前を見ながら言った。
「…っっ!!」
竜輝は驚き亮丞の顔を見た。
「まあ…振られたけど」
亮丞はチラッと竜輝を見た。
「…っっ」
竜輝は何て声をかけたら良いか分からなかった。
「お前は言わねーのかよ」
亮丞はジロリと竜輝を見た。
「…っっ」
竜輝は俯く。
「いつまでものんびりしてると、俺が奪うからな」
亮丞はサラリと言った。
「・・のんびりなんて…しねぇよ…」
竜輝はポツリと呟いた。
「あーぁ、ひかりと中学の時に出会いたかったなー」
亮丞は空を見上げながら嘆く。
「確かにな…」
竜輝も静かに頷いた。
「お前は良いだろッ!今高校同じなんだからよッ」
亮丞はジロリと竜輝を見た。
「まぁな。でもそのおかげでお前だって浦嶋と会えたんだろッ。体育祭といい、文化祭にまで会いに来て…。夏祭りの時までいたって言うじゃんか」
竜輝はジロリと亮丞を見た。
「まぁなッ」
亮丞はニカッと笑った。
「っていうか、いつの間に浦嶋のことを下の名前で呼んでんだよッ」
竜輝はギリギリと亮丞に詰め寄る。
「フンッ…お前も呼べば良いじゃん、別に」
亮丞は得意げな様子で竜輝に言う。
「…っっ。お前が羨ましいよ」
竜輝はムスッとした。
「は?お前、どの口が言ってんの?」
亮丞は自分の立場を分かっていない竜輝に鬼の形相で詰め寄った。
--
「万莉華ちゃんいる?」
ひかりの教室に万莉華を探す一人の男子生徒がいた。
クラスメイトの女子達はザワついている。
万莉華が呼ばれ教室の入り口の方に目をやると、そこには一匡が立っていた。
「・・っっ!!」
万莉華は驚き目を丸くしながら一匡を見る。
一匡は笑顔で手を振っている。
クラスメイトの視線を感じながら万莉華は一匡の方へ駆け寄る。
「ちょっと良い?」
一匡が静かにたずねた。
「・・っ」
万莉華も静かに頷くと、一匡の後について行った。
「・・・」
クラスメイト達は一匡と万莉華の後ろ姿を目を丸くしながら見送った。
--
一匡と万莉華は、人目のつかない屋上へとやって来た。
屋上の鍵は一匡が、ひかりのクラス担任である魚住から借りた。
一匡と教師の魚住は意外と仲良くなっていた。
「ごめんな…突然呼び出して…」
一匡は万莉華をチラッと見た。
「・・っ」
万莉華は顔を赤くさせながら静かに首を横に振る。
「えっと…夏休みの…返事…随分待たせちゃったんだけどさ…」
一匡は、夏休みに万莉華から受けた告白の返事を伝えようとしていた。
「・・っっ!!」
万莉華は驚き、鼓動が一気に激しくなる。
待ち侘びていた一匡からの返事を聞こうとする今、不安と期待を乗せて心臓という神輿が激しく揺れる。
万莉華は緊張しながら俯き目を瞑った。
「俺も・・・」
一匡がぽつりと呟く。
万莉華はゆっくり目を開けた。
すると、一匡が言った。
「俺も、万莉華ちゃんのこと…好きだわ…」
「え…」
万莉華は思わず一匡を見た。
一匡は真っ直ぐ万莉華を見ている。
ドキッ…
万莉華は一匡の視線に釘付けになった。
すると一匡は続けた。
「俺、万莉華ちゃんから告白されてから…気づくと万莉華ちゃんのことばっか考えてて…万莉華ちゃんを見かけるといつも目で追ってた…」
一匡は恥ずかしそうに俯きながら話す。
「・・・っ!」
万莉華は目を大きくさせ、一匡を見つめた。
「きっと俺は…万莉華ちゃんから告白された時点で、好きになれそうな予感してだんだろうなァ…万莉華ちゃんのこと」
一匡はそう言うと、微笑みながら万莉華を見た。
「…っっ」
万莉華は泣きそうになる。
「万莉華ちゃんはさ…ひかりの友達だし、そう簡単に返事が出来なかった…。でも思ったんだよ…
一匡は真剣な表情になり万莉華を見た。
「…っっ」
万莉華は息を呑んだ。
「俺で良ければ…付き合う…か…」
一匡は若干顔を赤くさせながら、照れたように言う。
万莉華は呆然と一匡を見つめながら一言だけ呟いた。
「はい…」
万莉華の目からは、涙が溢れた。
そんな万莉華を見た一匡は、優しく微笑みながら万莉華を抱き寄せた。
二人は一足早く、恋を成就させたのであった…。
--
ひかりと竜輝は、自分達が席を外している間に万莉華と一匡が一緒に出て行った事をクラスメイト達から聞くと、ひかりは気を効かせ竜輝と二人で帰る事にした。
竜輝とひかりは並んで帰路に就く。
「乙辺くん…今日は…その…ありがとね。いろいろと、助けてくれて…」
ひかりはチラッと竜輝を見ると気まずそうに呟く。
「いや…別に…」
竜輝は俯きながら呟いた。
「・・・」
二人の間には、沈黙が流れた。
ひかりは、どうしようか悩んでいた。
竜輝に告白しようか…。
"今日気まずいものを見せてしまった直後は、さすがにないか…"
しかし、明日になると後夜祭となり生徒達のラブな盛り上がりは、より一層加熱するであろう。
校内で女子に無愛想な竜輝であっても、アタックを狙う女子達はたくさんいる。
それに、明日こんな風に竜輝と二人きりになれる保証もない。
「・・・」
ひかりは一人悶々と考えていた。
すると突然、竜輝が静かに口を開いた。
「俺も…名前で呼んで欲しい…」
「え…」
ひかりは驚いて竜輝を見た。
「今日来た、海七太って奴…みたいに…」
竜輝は俯いている。
すると、ひかりも静かに呟いた。
「・・・うん…分かった。じゃあ…私も…」
「えっ…」
竜輝は思わずひかりの顔を見た。
「私のことも、ひかりって呼んで欲しいな…万莉華みたいに…」
ひかりは顔を赤くしながらチラッと竜輝を見た。
「・・・っ!」
竜輝は驚いた表情をさせた。
「実は、ずっと…万莉華のことがちょっと…羨ましいなって、思ってて…」
ひかりは照れくさそうに苦笑いする。
「・・っっ。分かった…」
竜輝は俯きながらポツリと呟いた。
「・・・」
二人の間にはまたもや沈黙が流れた。
しばらくして、竜輝がまた静かに口を開いた。
「あのさ…」
「ヘィッ!」
突然竜輝から声をかけられ驚いたひかりは、思わず素っ頓狂な声でおかしな返事をしてしまった。
「・・・!!」
竜輝は目を丸くしながらひかりを見る。
「…っっ、あ…ご…ごめん、ビックリして…。つ…つい、何か…変な返事…しちゃった…」
ひかりが顔を真っ赤にしながら、慌てて弁解した。
「・・フフ…。フハハハハハッ…何だよ…それ…っっ、ククッ…。寿司屋かよ…っっ」
竜輝が今まで見た事ないくらいの弾ける笑顔で爆笑している。
そんな竜輝を見たひかりも、つられて笑いが込み上げてきた。
二人はしばらく爆笑した。
「ハァー・・…。久しぶりにこんなに笑ったわ…」
竜輝が笑い疲れたように気の抜けた表情をする。
「私も…」
ひかりも、笑い涙を拭いた。
竜輝は笑ったおかげで緊張が消え、優しい表情を浮かべた。
そして、落ち着いた口調で話し出した。
「あのさ、うちの学校って…明日の後夜祭で何か、伝説ってあるじゃん?」
"後夜祭で好きな人に告白して両想いになったら、その人と永遠に結ばれるんだって…"
「えっ!!あ…うん…」
ひかりは、内心ドキッとしながら辿々しく返事をする。
「その伝説、気にしなくても良い…?」
「え…」
「俺、ひかりのことが好き。明日の後夜祭までなんて待てない。それぐらい…ひかりを
竜輝は、顔を赤くしながらも真剣な表情でひかりを真っ直ぐ見つめている。
「・・・っ!!」
ひかりは目を丸くし竜輝を見た。
ひかりの鼓動がどんどん速くなる。鼓動の速さに合わせるように自身の顔もどんどん熱を帯びていくのが分かった。
ひかりは自身の胸を手で押さえた。
確実に竜輝の前でしか起こらない激しい動悸。
確かにこの心臓は、竜輝に反応している。
そんな事ぐらい、ひかりは既に分かっていた。
「・・よ、良かった…」
ひかりはポツリと呟いた。
「え…」
竜輝は驚いた表情でひかりを見る。
「おと…っっ、た…竜輝…から、後夜祭の伝説の話をされた時…明日の夜まで待たないと行けないのかと…思った…」
ひかりは顔を赤くしながら言う。
「・・っっ!!」
竜輝は目を丸くする。
「…私も、明日の後夜祭までなんて待てないくらい…
ひかりは、耳まで熱くなっている自身の顔を真っ直ぐ竜輝に向けながら、ゆっくりと言った。
「…っっ」
ひかりのその言葉を聞いた竜輝は思わずひかりを抱き寄せた。
ひかりは耳元で初めて感じる竜輝の鼓動の速さを静かに聞き入っていた。
自身の動悸と同じリズムだった。
すると竜輝は静かに呟いた。
「じゃあ…付き合おうか。俺たち…」
「・・うん…」
ひかりもポツリと呟いた。
竜輝はひかりの返事を聞き、ようやく安堵した表情になると、より一層強くひかりを抱きしめた。
ひかりもそれに応えるように竜輝の背中に手を回しギュッと抱きしめ返す。
「・・っ!!」
竜輝はひかりの力強いハグに一瞬驚くが、すぐに優しく微笑み、自身の頬をひかりの頭にくっつけ目を閉じた。
しばらく二人は、熱い抱擁を交わした。
「オィッ!」
ひかりと竜輝が二人の世界に浸っていると、突然ドスの聞いた何処かで聞き覚えある声がした。
「・・・っ!!」
ひかりと竜輝は驚き、慌てて身体を離すと声のする方を見た。
そこにはひかりの兄、一匡がいた。
そしてその横には、万莉華もいた。
万莉華は恥ずかしそうにしている。
ひかりと竜輝は、二人の間を凝視した。
一匡と万莉華は手を繋いでいた。
「・・・っっ!!」
竜輝とひかりは目を丸くしながら、一匡と万莉華をまじまじと見た。
「道のど真ん中でイチャついてんじゃねぇよッ!」
一匡がギリギリと怒っている。
「えっと…それより…お二人は…?」
ひかりはそう言いながら、一匡と万莉華を交互に指差す。
「・・っっ。まぁ…お前らと同じようなもん」
一匡が照れ隠しをするように、顔を逸らしながら言う。
「ふーん・・なるほどねぇ…」
ひかりはニヤニヤしながら一匡と万莉華を見た。
そしてひかりは万莉華に呟いた。
「良かったね、万莉華」
万莉華は静かに微笑み頷いた。
嬉しそうな万莉華を見て、ひかりも微笑んだ。
「ひかりも…たっちゃんと良かったね…」
万莉華が笑顔で言う。
「・・っ!」
ひかりは驚きながら万莉華を見た。
「私は、気づいてたよ?二人が…両想いだって事…」
万莉華はニッコリ笑った。
「えっ…。えぇぇーっ!!」
ひかりは驚いて万莉華を見た。
ひかりは思った。
一番勘が鋭いのは浦嶋兄妹弟だと思っていたが、もしや万莉華の方が凄いのでは…と。
だが、ひかりは知らなかった。
ひかりと竜輝は互い想い合っているのがダダ漏れていたことに…。
意外と分かりやすい二人なのであった。
「オィッ!
一匡は竜輝をギロッと見た。
「え、りゅう?竜輝だよッ!たつき!」
ひかりは一匡に今一度説明する。
「どっちだっていいッ!お前…ぜってぇ、ひかりを泣かせんじゃねぇぞ…。そんな真似してみろ…ただじゃおかねぇからな…」
一匡が竜輝をギロリと睨む。
「お兄ちゃん…」
ひかりは目を潤ませながら一匡を見た。
「絶対に、ひかりを幸せにします…お兄さん…」
竜輝は真剣な表情で一匡を見た。
ひかり「…っっ!!」
一匡「・・・っっ!!」
結婚の挨拶をするかのような竜輝に、ひかりと一匡は目を見開き、驚きの表情で竜輝を見た。
「・・お…おに…お兄…さん…だぁ…?」
一匡が険しい顔で震えている。
ひかりは顔を赤くし、自身の頬に両手を当てながら照れていた。
万莉華はそんな浦嶋兄妹を微笑ましく思い目を細めた。
しばらくして、ひかりが静かに口を開いた。
「私からも言わせてもらうけど…お兄ちゃんこそ、万莉華を泣かせんじゃないわよ?ボサッとして何処ぞの誰かなんかに、二度と唇奪われんじゃわよ?分かってるわね?しばくわよ?」
ひかりは目を見開き、今にも目からビームを出しそうな勢いで一匡に詰め寄る。
「…っっ!!・・わ…分かってるよ…」
一匡は狼狽えながら呟く。
この時、竜輝と万莉華は悟った。
浦嶋兄妹弟の中で一番強いのは、やはりひかりなのだと…。
そして改めて竜輝と万莉華は思うのだった。
竜輝 "頼もしい彼女を持ったな…"
万莉華 "頼もしい友人を持ったな…"
二人は、ひかりの存在に心強く思い微笑むのであった…。
--
その後、ひかりと一匡は揃って自宅へと歩いていた。
すると、一匡がポツリと呟く。
「七央樹の奴、お前らの事知ったら荒れ狂うだろうなァ…」
一匡が苦笑いする。
「あ…忘れてた…」
ひかりも苦笑いした。
一方その頃…
七央樹は部屋で一人、明日の後夜祭の伝説を忠実に守ろうと胸を高鳴らせていた…。
意外と乙女心ある七央樹なのである。
「どうやったら無事に裏庭で二人きりになれんのかな…?アイツら何処までも付いて来そうだしな…」
七央樹は一人でぶつぶつ呟いている。
すると七央樹はある男に連絡した。
「あ、もしもしー?亀?」
『よッ!七央樹!世界一速ぇ俺に何の用だ?』
陽気な亀美也が電話に出る。
「明日の後夜祭の時にさー、俺…告ろうと思うんだけど…」
七央樹が照れながら言う。
『ついにかッ!!任せとけッ!あの女子達に突っつかれねぇよに、乙辺を護衛してやるッ!』
亀美也が意気揚々に言う。
「いや…そうじゃなくて、逆に俺を護衛して欲しい…。告る前に…」
七央樹が慌てて言う。
『え?』
「俺が一人になれないと告りに行けないだろ?アイツらしつこく引っ付いてくるから…」
『なるほどね!分かったッ!じゃあ助っ人に、
亀美也は電話の向こうで張り切っている。
「サンキュ、助かるわ。じゃあ明日よろしくな」
『おうよッ!』
「ふぅ…」
七央樹は何とか明日の手配を済ませた。
この時、七央樹は姉のひかりの件で荒れ狂う7分前であった…。
--
翌日、文化祭2日目-
ひかりと竜輝、一匡と万莉華はそれぞれ、手を繋いで登校した。
モテ人間達のカップル誕生は朝から話題騒然となった。
後夜祭の前日に結ばれたこの二組のカップルを見た生徒達は、嘆く者もいれば喜ぶ者もいて、"後夜祭イブ事変"として校内の話題を掻っ攫った。
生徒達の中には、後夜祭の伝説を待たずして起きたこの出来事を「フェイント現象」と気象現象のように呼ぶ者もいた。
「ついに結ばれたかッ!このヤローッ」
真夏斗は竜輝の肩に手を回した。
「ほんとほんと、じれったすぎたわ…」
凰太が竜輝の脇腹を突っつく。
「ちょっ…何だよ…」
竜輝は照れながら狼狽えた。
「何だー。万莉華もひかりも一気に彼氏持ちかァー…」
帆乃加と有希が二人して羨ましそうにひかりと万莉華を見た。
ひかりと万莉華は互いに目を合わすと照れ笑いした。
「まあでも、私としては一気に二人ライバルが減ったって事だから、ある意味嬉しいけどねぇー」
帆乃加はフッと微笑みながら万莉華とひかりを見た。
「そっか!そうだねッ!」
有希は単純であった。
そんな帆乃加と有希を見たひかりと万莉華は小さく笑った。
--
「ここで…ペンネーム、ウラワンさんからのリクエスト曲をお聴きください…」
放送部にピンチヒッターとして一時的に入部していた誠二郎は校内で流れる文化祭ラジオのDJをしていた。
そこで誠二郎は、一匡からのリクエスト曲を流した。
"甲羅にのせて"
〜♪
あの水平線ー♪輝くーのーはー♪
どこかぁーに亀をー♪隠して〜いるーかーらぁー♪
〜
さあ出ーかけーよおー♪ひときーれのカブー♪
〜♪
「うぐ…っっ、やばい…。海底の城リュウグを思い出しちまう…」
スタジオザブリ作品のアニメが好きである一匡は、誠二郎のいる放送室で感極まっている。
「浦嶋くんって、本当にザブリのアニメが好きなんだね」
誠二郎が目を丸くしながら一匡を見る。
前日にめでたく万莉華と付き合う事になった一匡は、余裕ある佇まいでザブリアニメの名曲を堪能していた。
一方、七央樹はというと…
「ちょ…っっ、誰だよもぉー!こんな時にこの曲リクエストしたのー…っっぐ…涙が止まらねぇじゃんかァァッ!」
七央樹は余裕のない様子で泣きながら怒っている。
「…っっ、俺…こんな泣きっ面で告白しになんて行けねぇよーッ」
七央樹は目頭を抑えながら嘆く。
「え、逆に良いじゃん!かえって本気っぽくて」
亀美也がケロリとした表情で言う。
「泣きながらなんて絶対かっこ悪いからヤダ…」
七央樹が涙を拭きながら言う。
「でもよ、俺は嬉しいぜッ!七央樹がこの曲で泣いてくれてるなんてさッ」
亀美也が七央樹の肩に手を置きながら満面の笑顔で言う。
「え…何で?」
七央樹がキョトンとする。
「だってこの曲、俺の歌みてぇなもんだからよ!亀を隠してるなんてさ、只事じゃねぇだろッ」
亀美也が笑い飛ばす。
「亀美也…。お前って、なんか…うちの兄ちゃんと姉ちゃん足して2で割ったような感じだな…。だから初めて会った気がしなかったのか…」
七央樹はそう言うと、亀美也を呆然と見つめた。
七央樹の涙はいつのまにか引いていた。
--
〜♪
『どこかぁーに亀をー♪隠して〜いるーかーらぁー♪』
「・・・この曲、お兄ちゃん達絶対泣いてるわ…」
ひかりはスピーカーを見上げながら呟いた。
ひかりはフッと笑いながら、横にいた竜輝に目をやった。
「・・・」
竜輝の目からは綺麗な一筋の涙が流れていた。
「…っっ!!」
ひかりはギョッとしながら竜輝を二度見した。
「た…竜輝…。絶対に仲良くなれると思う… うちのお兄ちゃんと弟と…」
ひかりは竜輝を呆然と見つめながら静かに言った。
「・・・っ!」
竜輝は我に返り、慌てて涙を拭った。
--
「春日亀先輩ーッ!」
七央樹が豪華に放送室のドアを開けるなり誠二郎を呼んだ。
「何だお前。もっと静かに入って来いよ!」
一匡は椅子に座りくつろぎながら言う。
「何だよ、兄ちゃん。何してんだよこんな所でッ」
七央樹は険しい表情で一匡を見る。
「ザブリメドレーを堪能してんだよッ」
一匡がニヤリと笑う。
「あッ!さっきの海底の城の曲リクエストしたの兄ちゃんだろッ」
七央樹は一匡をジロリと見る。
「バレた?」
一匡はニヤニヤしてみせる。
「ざっけんなよッ!涙で前見えなくなったわッ!こんな大事な時にッ」
七央樹がギリギリ怒っている。
「大事な時?」
一匡がキョトンとする。
「あ…いや…」
七央樹が顔を逸らした。
「七央樹くん、僕になんか用だった?」
誠二郎が七央樹の顔を覗く。
「あ…そうそう…。えっと…後夜祭が始まる前に…この子をこんな風に呼び出す放送をして欲しいんだけど…」
七央樹はモジモジしながら誠二郎に紙を差し出す。
誠二郎は七央樹から名前と組と用件が書かれた紙を受け取り目を通した。
「何だ、七央樹。告るのか?」
一匡がズバリと言う。
「…っっ!な…何だって良いだろ…」
七央樹は顔を赤くしプイッとそっぽを向く。
そんな七央樹の様子を見た誠二郎と一匡は、顔を見合わせ静かに笑みを浮かべた。
「分かった。ちゃんと放送するよ」
誠二郎は微笑みながら七央樹を見た。
「あ、ありがとうございます…」
七央樹は照れながら礼を言う。
「まぁ頑張れよ」
一匡がポツリと呟いた。
「…っっ、・・お、おぅ…」
七央樹は照れ隠しをするように顔を逸らしながらポツリと呟いた。
--
いよいよ、文化祭もクライマックスとなり後夜祭が始まろうとしていた。
〜♪
『全校生徒の皆さん、まもなく後夜祭が始まります…』
「亀美也…頼んだ…」
七央樹がボソッと言う。
「あぁ、任せとけ!アイツらがいれば心配ねぇ!」
亀美也は笑顔で言う。
亀美也の目線の先には、鋭い目つきで威圧感を身に纏う同級生の鮫島と、一際身体の大きい鯨田が七央樹を追っかけている女子達の前に立ちはだかっていた。
「あれ、浦嶋くんどこー?」
「見えないし…何か…怖い…」
女子達が騒いでいた。
「七央樹!」
亀美也が七央樹に声をかける。
七央樹が振り返った。
「頑張れよッ」
亀美也が拳を胸にやった。
「おぅ…ありがとな」
七央樹は微笑みながら呟くと、ある場所まで走って行った。
--
ピンポンパンポーン♪
『お呼び出しします。園芸委員、1年B組乙辺紗輝さん…園芸委員の仕事がありますので、至急、裏庭花壇までお越しください。繰り返します…』
「え…」
紗輝はスピーカーを眺めながら呟いた。
"こんな時に園芸委員の仕事?"
「まぁ…暇だし…」
紗輝は不思議に思い戸惑いながらも裏庭花壇まで行く事にした。
--
「乙辺さん、こんな時にも園芸委員だってぇー!かわいそー(笑)」
「さすが女子力ない子は違うわね…(笑)」
「ある意味尊敬しちゃう(笑)」
七央樹を追いかけていた女子達は口々にそう言っていた。
すると、ある人物がポツリと呟いた。
「何かに一生懸命になることは悪いことじゃないわよ」
それは七央樹の所属する男子バスケ部のマネージャーで、かつては紗輝をライバル視して瑚己奈であった。
「・・っ!!」
紗輝の陰口を言っていた女子達は驚いたように瑚己奈を見た。
「それに…一生懸命やって誰かに褒められた時は嬉しいもんよ。あなた達もそういうの見つけるといいわよ」
瑚己奈はそう言うと、颯爽とその場を後にした。
どこか雰囲気の変わった瑚己奈を女子達は呆然と見つめていた。
すると、一人の女子生徒が呟いた。
「それにしても…今日も良い声だわ…」
その女子生徒は一人、スピーカーの方を見つめている。
「・・・」
他の女子達は、呆然とその女子生徒を見つめた。
--
紗輝が裏庭の花壇にやって来ると、七央樹が一人しゃがんでいた。
「…っっ!」
紗輝は驚きながら七央樹を見つめた。
「よぉ…」
紗輝に気づいた七央樹は照れくさそうに呟いた。
「あ…れ…?呼び出されたの私だけかと思った…」
紗輝は驚きながら言った。
「うん…。そうだよ…」
七央樹は立ち上がるとポツリと呟く。
「え…?」
紗輝はキョトンとしながら七央樹を見た。
「俺が頼んだ…乙辺がここに来るように…」
七央樹は真っ直ぐ紗輝を見つめた。
「…っ!!」
紗輝は目を丸くしながら七央樹を見た。
「あのさ…。あの…俺…。俺、お前のことが…」
七央樹は真剣な表情で言葉を振り絞るように紗輝に言いかけたその時…
「好き」
七央樹の言葉に被せるように紗輝が言った。
「!!」
七央樹は目を丸くする。
「私、浦嶋くんが好き。ずっと前から…好き…」
紗輝は顔を赤くさせ七央樹を真剣に見つめながら言う。
「・・・っっ。ちょ…えっ!?…もぉー…何だよー…。それ俺のセリフじゃーん…。何で先言うんだよー・・」
七央樹は力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
すると、しゃがみ込む七央樹の前に紗輝も同じようにしゃがむと言った。
「何てったって私、乙女らしくない乙辺だから」
紗輝はニカッと笑った。
七央樹は紗輝の笑顔を見つめながらポツリと呟いた。
「うん…知ってる。そういう所も全部…好き」
七央樹は優しい表情で紗輝を見つめた。
「・・・っっ」
紗輝は目を潤ませた。
すると…
ドーン…バンバンバン…
校庭の方から打ち上げ花火が上がった。
二人は花火を見上げる。
「こっからも見えるんだな…」
七央樹は花火を見上げながら呟く。
「綺麗…」
紗輝も花火を見上げる。
七央樹はチラッと紗輝を見た。
「うん…綺麗」
七央樹は花火に照らされる紗輝の横顔を見つめながらポツリ呟いた。
紗輝は思わず七央樹を見ると、七央樹はじっと紗輝を見つめていた。
「…っっ!」
紗輝は驚き目を丸くした。
すると…
七央樹は紗輝に顔を近づけ唇を合わせた。
「・・・っっ!!」
紗輝は驚き固まる。
紗輝の顔が熱を帯びていく。
「・・・あ…ごめん、つい…」
七央樹は照れながら呟いた。
すると、紗輝が七央樹の肩に手をやった。
「…?」
七央樹はキョトンとしながら紗輝を見る。
「・・・っっ!!?」
すると今度は紗輝から七央樹の唇を奪った。
七央樹は目を丸くし狼狽えている。
「ごめん、つい」
紗輝はニカッと笑いながら言った。
「ちょっっ…もぉー・・」
七央樹は顔を真っ赤にし狼狽えながら言う。
すると、七央樹と紗輝は互いに笑い合った。
乙女心を兼ね備えている七央樹と勇敢な行動力を兼ね備えている紗輝が、後夜祭の花火の下で、無事に伝説通り結ばれた。
一方その頃、一匡と万莉華は屋上に来ていた。
「昨日告っといて良かったわ…」
一匡がポツリと呟いた。
万莉華は驚いたように一匡を見る。
「こんな中で告るなんて…まじでカオスじゃん。花火も落ちついて見れるしな…」
一匡が花火を見上げながら言う。
「わ…私も…そう思う」
万莉華は照れながら呟いた。
一匡はチラッと万莉華を見ると、そっと万莉華を抱き寄せた。
万莉華は驚いて一匡の顔を見た。
「…っっ!!」
一匡の顔が近いことに万莉華の心臓が激しく驚く。
すると一匡は、そっと万莉華に唇を合わせた。
「・・っ!!」
万莉華は目を丸くする。
「これが正真正銘、俺のファーストキス…」
一匡は照れながら呟く。
「え…」
万莉華は驚いたように一匡を見た。
「初めて好きな奴とするキスをファーストキスって言うんだろッ」
一匡は万莉華にニカッと笑った後、花火を見上げる。
万莉華は一匡に見惚れながら呟く。
「私も…ファーストキス…」
一匡は驚き万莉華を見た。
万莉華は優しい表情で一匡を見つめていた。
一匡と万莉華は、花火の音を聴きながら再び甘い口づけを交わした…。
--
時を同じくして、ひかりと竜輝は学校を抜け出し近くの海辺にやって来ていた。
「ここからも花火見えるんだねー!!穴場じゃんッ!さすが竜輝ッ」
ひかりは喜びながら後夜祭の花火を眺める。
「角度的に見れるかと思って…。来てみて良かった」
竜輝は照れながら言う。
ひかりは微笑みながら竜輝を見つめた。
すると、ひかりは腰掛けるのにちょうど良さそうな所を見つけ言った。
「ここ座ろうか」
ひかりと竜輝は二人並んで腰掛ける。
「最高だね…」
ひかりが花火を見上げながらポツリと呟いた。
「・・・」
竜輝はひかりの横顔に見惚れる。
続けてひかりは、静かに言った。
「なんか…まだ信じられないな」
「え…」
「私の好きになった人と両想いになって一緒に花火見てるなんて…」
ひかりは照れながら小さく笑みを溢す。
「ひかり…」
竜輝は呆然とひかりを見つめる。
「私は…恋なんて一方通行の道しか知らなかったから…こうして私の気持ちを鏡のように返してくれる竜輝に出会て、私すごく嬉しい」
ひかりは満面の笑みを浮かべて竜輝を見た。
「・・っ」
竜輝は思わずひかりを抱き寄せた。
ひかりは驚いた表情をする。
「それは…俺も一緒。そもそも…人を好きになることすら知らなかったから…。俺、ひかりと出会えて…好きになって、本当に良かった…」
竜輝はひかりを抱きしめながら言う。
「・・っ」
ひかりは目を潤ませたながら静かに頷く。
竜輝はそっとひかりの身体を離すと、じっとひかりを見つめた。
ひかりも竜輝の目に吸い込まれるように見つめる。
お互いに見つめ合った先は、自然な流れのまま二人とも静かに目を閉じ、そっと口づけを交わした。
花火など忘れた二人は、潮風に包み込まれながら、今までの想いを表すかのように長い時間…何度も唇を重ね合った…。
--
七央樹と紗輝は、恋人繋ぎをしながら亀美也達同級生の前に現れた。
「七央樹…」
亀美也が目を丸くしながら七央樹に声をかけると…
七央樹はニカッと笑いながら、紗輝と繋がれた手を掲げた。
「!!」
その光景を目の当たりにした七央樹の追っかけである女子達は悲鳴を上げ、亀美也や鮫島、鯨田は歓喜の声を上げた。
紗輝は顔を真っ赤にさせ恥ずかしそうにしているが、七央樹は顔を赤くしながらも弾けるような笑顔でご満悦な様子であった。
「瑚己奈ちゃん、凹んでないの?」
女子の一人が瑚己奈の顔を覗く。
「うん。私、もっと夢中になってる人いるから」
瑚己奈がサラリと言う。
「え!!だ、誰ー?!」
「んー?ナイショー」
瑚己奈は微笑みながら去って行った。
--
「あ、煙崎。顧問の入船先生が褒めてたぞッ!最近朝早く来て、部室掃除してくれてるって」
瑚己奈とたまたますれ違った亀美也が声をかけた。
「え、入船先生が?」
瑚己奈は目を丸くさせながら亀美也を見た。
「お前、だいぶ変わったよなッ!初めの頃なんて七央樹目当てなのバレバレだったけどさァ。今は違うよな」
亀美也は笑顔で言う。
「…っっ、まぁねッ!私だって成長するわよッ」
瑚己奈はツーンっとさせる。
亀美也はフッと笑いながら言った。
「とにかく、入船先生がお前のこと褒めてたぞー!本人には言うなって言われたけど。まぁ俺、口軽いからさァー!じゃあなー」
亀美也はニヤニヤしながらそう言うとご機嫌な様子で去って行った。
瑚己奈は亀美也の言葉を聞くと、小さく笑みを溢した。
--
ひかりと竜輝は恋人繋ぎをしながら、ゆっくり帰路に就いた。
家に着いてしまわないように、ゆっくりと歩いていた。
「こんなに名残惜しい帰り道は未だかつてないな…」
竜輝は静かに言う。
「本当…」
ひかりもポツリと呟いた。
二人は竜輝の家より数十メートル手前の所で、足を止めた。
すると、竜輝はひかりの手を引き抱き寄せた。
「あーッ、離れたくない…」
竜輝は嘆いた。
ひかりは、子供のような竜輝の珍しい様子に何だか嬉しく思った。
ひかりは小さく笑みを溢しながら竜輝を見上げた。
竜輝も微笑みながらひかりを見つめると、そっと唇を合わせた。
「ゴホン…」
すると、どこからか小さな咳払いが聞こえた。
「・・っ!!」
ひかりと竜輝は驚いてその方向に顔を向けた。
そこには、手を繋いだ一匡と万莉華の他に、手を繋いだ七央樹と紗輝までいた。
皆、顔を赤くし照れながら竜輝とひかりを見ている。
「…っっ!!」
竜輝とひかりは驚き顔を真っ赤にさせると、慌てて身体を離した。
「お前らまたかよッ!道のど真ん中でぇッ」
一匡が照れながら怒る。
「ほんとだよッ!大胆にも程があるぞッ!」
七央樹も続けて照れながら怒る。
「・・・」
初めて兄のラブな現場を目撃した紗輝は、顔を赤くさせながら俯いている。
「・・・っっ」
竜輝とひかりは互いに顔をチラッと見ると、苦笑いした。
すると、ひかりは七央樹と紗輝の繋がれている手を発見した。
「あれーッ!?二人…もしかして…?」
ひかりは目を丸くさせながら、紗輝と七央樹を交互に見た。
「・・っっ、その…もしかして…だよ…」
七央樹は赤くなった顔をそらしながら呟いた。
紗輝も恥ずかしそうに顔を逸らしている。
「へー、良かったな」
竜輝がクールに紗輝に向けて言う。
「…っっ!!」
紗輝と七央樹は驚いて竜輝を見た。
「・・うん…」
紗輝は小さく笑うと嬉しそうに頷いた。
そんな紗輝を見た七央樹も嬉しそうに微笑む。
ひかりも、紗輝と七央樹を見ながら微笑んだ。
「何か…この文化祭ってすげぇな…。一気にくっついたな…」
一匡は苦笑いする。
「凄いよね、さすが…後夜祭の伝説が語り継がれるわけだ」
ひかりは笑顔で言う。
「その伝説を忠実に守った奴がここに…」
一匡はそう言うと、チラッと七央樹を見た。
「…っっ」
七央樹は顔を赤くさせ照れたように顔を背ける。
そんな七央樹を見ながら紗輝は微笑んだ。
「いいじゃない…永遠に結ばれるってことで…」
ひかりはニカッと笑いながら七央樹と紗輝の顔を見た。
「…っっ!」
七央樹と紗輝は照れくさそうにした。
「俺らもフェイントはしたけど…永遠だからな…」
竜輝はそう言うと、ひかりの手を握った。
ひかりは驚きながら竜輝を見ると、小さく笑いながら頷いた。
「お前…たまには良い事言うじゃねぇか。俺らも永遠だからなッ」
一匡は竜輝を見た後、万莉華の肩を抱き寄せた。
「…っっ!!」
万莉華は目を丸くさせながら一匡を見た。
一匡は優しく微笑みながら万莉華を見つめる。
そんな一匡と万莉華の様子に、ひかり達は目を細めた。
「あ、そう言えば…俺言おうと思ってたんだったッ!!姉ちゃんを泣かせたら、ぜってぇに許さねぇからなッ!!」
七央樹は思い出したように言いながら、竜輝に詰め寄る。
昨日の一匡と同じ事を言う七央樹に、ひかりは小さく笑った。
「うん…大丈夫。ひかりを幸せにする…七央樹くん」
竜輝は真面目な顔をしながら七央樹に言う。
ひかりはウットリしながら竜輝の横顔を見る。
すると…七央樹はぶっきらぼうに呟いた。
「な…七央樹で良いよ…別に…」
竜輝とひかりは驚いたように七央樹を見た。
すると竜輝は小さく笑いながら頷いた。
「逆にお姉ちゃんからも、一言言わせてもらおうかな…」
ひかりは七央樹にズンッと近寄った。
「…っっ」
七央樹は近づいて来たひかりにたじろぐ。
「七央樹こそ、紗輝ちゃんを悲しませるような事はするんじゃないよ?女の子達が近寄って来ても、お兄ちゃんみたいにバシッと突き放すカッコ良さをしっかり身につけなさい?分かったわね?」
ひかりは威圧感を漂わせながら七央樹に詰め寄る。
「わ…分かったよ…」
七央樹はひかりの迫力に狼狽える。
「ひかりさん…」
紗輝は頼もしい姉さんが出来たようで嬉しく思った。
「ひかり…」
一匡は、ひかりにかっこいいと褒められ感動している。
万莉華は微笑みながら一匡を見つめていた。
「・・・」
竜輝は、ひかりがかっこいいと言った一匡の女子を突き放す術を、自分も学びたいと思いながら一匡を見つめた。
「・・っ!!」
竜輝の熱い視線に気づいた一匡は、バイト先で起きたべートーベン現象を思い出し、たじろいだ。
文化祭の期間に見事に結ばれた三組のカップル達は、伝説があろうとなかろうと、永遠の愛を誓い合うのであった…。
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