十.走れ、若人よ

夏休みが明け、いよいよ体育祭が迫って来た。


ひかり達は、夏休み中も公園や学校に時々集まっては、バトンパスや走り出し等の練習に励んでいた。


「いざ時が迫って来るとやっぱり緊張するな…」

帆乃加が不安げに言う。


「ほんとほんと…。最近リレーしてる夢ばっかり見ちゃう…」

有希が嘆く。


万莉華も不安そうに俯いている。


「何弱気になってんのッ!!」

ひかりは両手を腰にやりながら喝を入れる。


帆乃加や有希、万莉華はチラッとひかりを見た。


「信じるしかないでしょ?お互いのことと、自分のことッ」

ひかりは拳を自身の胸に当てた。


「…っっ」

帆乃加と有希、万莉華は互いに顔を見合わせた。


「私は知ってるよ、自信持って良いくらい皆が頑張ってたの。だから、そんな自分を否定しちゃダメだよ」

ひかりは微笑みながら帆乃加達を見た。


「ひかり…」

帆乃加達は、若干目を潤ませながらひかりを見た。


竜輝達は、そんなひかり達を優しい表情で見つめている。


「・・・」

そして竜輝はひかりを見つめながら、ある事を思っていた…。


--


それから数日が経ち、いよいよ体育祭前日になった。


帰り道、いつものように万莉華と別れひかりと竜輝は二人きりで歩いていた。


二人は竜輝の家の前まで来ると、竜輝がひかりに声をかけた。


「浦嶋…」


ひかりがキョトンとしながら竜輝を見る。


「これ…」

竜輝はひかりに、ミサンガを差し出した。


「え…」

ひかりは驚きながらミサンガを受け取る。


「やるよ…。明日のリレー…頑張れよ…」

竜輝が恥ずかしそうに顔を背けながら言った。


「これ…もしかして、乙辺くんが作ったの…?」

ひかりはミサンガを凝視しながらたずねた。


「あぁ…まぁ…」

竜輝が照れ臭そうに呟く。


「・・凄い…嬉しい…」

ひかりはミサンガを見つめながら呟いた。


竜輝は目を丸くしながらひかりを見た。


「嬉しすぎるよ、これッ!!こういうの私…憧れてた…。こういうのって、わりと女子から男子にあげるじゃない?ずっと羨ましいって思ってた。逆パターンもあったって良いのにってッ!最高だよッ、乙辺くん!ありがとう!!」

ひかりは目を輝かせながら、竜輝の手を両手で握りしめた。


「・・・っっ!!」

竜輝は顔を赤くしながらひかりを呆然と見つめる。


「じゃあこれ、着けてくれる?」

ひかりは竜輝にミサンガを渡し、自身の利き手を差し出した。


「えっっ!あぁ…」

竜輝は赤くなった顔を隠すように少々俯きながらひかりの手首にミサンガを固く結んだ。


ひかりはそれを見て満足そうな顔をした。


「これはもう…明日勝てる気しかしないわ」

ひかりは笑顔で言う。


竜輝は目を丸くさせながらひかりを見た。


「だって、こんな一番強いアイテム身につけちゃったら…もう私、最強じゃん」

ひかりはニカッと嬉しそうに笑いながら、ミサンガを着けた手首を挙げた。


「…っっ」

そんなひかりに竜輝はまた見惚れる。


竜輝は、自分が作ったものでこんなにも相手が喜んでくれることが、何より嬉しく幸せな事なのだと、改めて実感していた。


竜輝はそっとひかりの頭に手を乗せた。


「応援してる…」

竜輝はそう言うと、微笑みながらひかりを見つめていた。


ドキッ…

ひかりは竜輝に頭を触られ、胸がギュッとなった後、謎の激しい動悸が始まった。


「う…うん。あ…ありがと…」

ひかりは顔を赤く染めながら呟いた。


ちょうど夕焼けで辺りが赤く染まっていた為、ひかりの顔が夕焼けにまぎれた。


日頃ひかりにときめかされっぱなしだと思っている竜輝は、自分もまた、ひかりをときめかせていることには気づいていなかった…。


--


翌日-


-海の町総合運動場-

"海ノ宮高等学校 体育祭"


ひかり達の晴れ舞台となるこの運動場で、ついに体育祭の幕が開けた。


ひかり達の出場種目である二年女子リレーの番が刻一刻と近づく。


「・・・」

万莉華や帆乃加、有希は緊張のあまり顔が強張り、黙り込む。

クラスメイト達は誰も、帆乃加達に声をかけられずにいた。

さすがのひかりも、微かな緊張感を覚えていた。

竜輝や真夏斗、凰太も心配した面持ちで点でそれぞれの場所にいるひかり達を見ている。


「大丈夫かな…アイツら…」

真夏斗が小さく呟いた。


「俺まで緊張して来た…」

凰太がソワソワしている。


「・・・」

竜輝は黙ってひかりを見つめていた。


--


「B組女子リレー、集合ッ!」

しばらくすると突然、ひかりの声が響いた。


いよいよもうすぐ二年の女子リレーとなる時、ひかりは万莉華と帆乃加、有希に大きな声で号令をかけたのだ。


緊張した面持ちだった万莉華と帆乃加、有希は突然のひかりの号令に驚き目を丸くすると、慌ててひかりのもとへ集まった。


B組のクラスメイト達は驚いた表情でひかり達を見る。


竜輝達もひかり達の動向に目が釘付けとなっていた。


ひかりと万莉華、帆乃加、有希の四人は丸くなり向かい合った。


「皆、最後に何か言っておくことはない?思いの丈をぶつけようよ」

ひかりは万莉華達に言った。


万莉華達は驚いた表情でひかりを見た。


すると、帆乃加が静かに口を開く。


「こんな時に…今更言うことなのか…分からないんだけど…」


ひかりと有希、万莉華は静かに帆乃加を見た。


「万莉華…ずっと謝ろうと思ってたんだけど…入学してからずっと、辛く当たっちゃってて…ごめんね…」

帆乃加が俯きながら万莉華に言った。


「…っっ!!」

万莉華は目を丸くしながら帆乃加を見た。


「私もッ!私も…ごめん、万莉華。嫌な事ばかり言っちゃって…」

有希も恥ずかしそうに万莉華に言った。


万莉華は驚きながら帆乃加と有希を見た後、顔をほころばせ呟いた。


「ううん…」


すると、続けて万莉華が言った。


「私、皆との練習…楽しかった…。この後の本番で…終わりなんだって思うと…ちょっと寂しいな…」

万莉華が目を潤ませながら俯いた。


「万莉華…」

帆乃加と有希が若干目を潤ませる。


そんな万莉華達を見たひかりが言った。


「大成功だね」


万莉華と帆乃加、有希が驚きながらひかりを見た。


「この後がまぁ…本番なんだけど、練習が恋しくなるくらい楽しめたならもう大成功でしょッ!あとは、ラストランを楽しめば良いだけ。これまでの練習みたいに」

ひかりはそう言うと、万莉華と帆乃加と有希に笑顔を見せた。


「ひかり…」

三人は目をさらに潤ませる。


するとひかりは、両サイドにいる万莉華と有希の腰に手を回すと、自然と四人は皆腰に手を回し合い、互いの額を笑顔でくっつけ合った。


周りの生徒達は、B組女子リレーのメンバーであるひかり達の姿を驚いた表情で見つめていた。


かつては、女子の上っ面な友情でしかなかったような者だったり、陰口を言っていた者、言われていた者同士が今、肩を寄せ合い額をくっつけ合っている。


周りの目に映るひかり達四人は、真の友情で結ばれている女子達の姿であった。


竜輝や真夏斗、凰太も、これまでに見たことない光景に驚いた表情で見つめた。


担任の魚住は、ひかり達を見るなり何か込み上げて来るものがあり胸を熱くさせた。


「大丈夫…絶対」

ひかりがポツリと言うと、帆乃加と有希、万莉華は静かに頷いた。


すると、アナウンスが流れてきた。


『まもなく〜、二年生クラス対抗女子リレーです。選手の方々は準備して下さい…』


するとひかりは、ポンポンと両サイドの万莉華と有希の背中を叩いた。


「行こう」

ひかりが呟いた。


帆乃加と有希、万莉華も顔が少し緊張気味になり、スタート地点に向かう。


ひかりも後に続いて行こうとした時、ふと自身の手首にあるミサンガが目に入った。


「・・・」

するとひかりは突然立ち止まり振り返った。


「・・っ!」

竜輝は驚いたようにひかりを見ている。


ひかりは竜輝を見つけるやいなや、ミサンガの着いた方の腕を高々と上げ、笑顔でガッツポーズをして見せた。


「…っっ!!」

竜輝は驚いた後、フッと小さく笑みを溢し、グッと親指を立てて見せた。


竜輝のその様子を見たひかりは、満面の笑みを浮かべながら走って行った。


竜輝は愛おしい様子でひかりの後ろ姿を見つめた。


「・・・」

ひかりと竜輝の一連の様子を見ていた真夏斗と凰太は静かに思う。


"早く付き合っちゃえば良いのに…"


竜輝とひかりの関係をもどかしく思いながら、竜輝を横で見守る真夏斗と凰太であった…。


--


スタート地点に、帆乃加が立った。 

緊張のせいか、足に当たる風の感触が自分の足じゃないような気になって来る。

帆乃加の表情は緊張で強張る。

スタート前の静寂が、余計に帆乃加の緊張感を煽った。


パーンッ…


ついにスタート合図と共に、一斉に走り出した。


帆乃加の走り出しは悪くなかった。帆乃加は他のクラスの選手達と肩を並べて走る。しかし、だんだんと帆乃加に遅れが出始め、他のクラスに差が付き始めた。


「・・っ」

帆乃加は無我夢中で走り続けた。


帆乃加はなんとか走りきり、スムーズにバトンを有希へと託した。


「…っっ」

有希のスタートダッシュも綺麗に決まった。


だが未だ他のクラスとの差が縮まらない。

むしろ、少し差が開いて来ているようだった。


すると、周りの生徒達は口々に話し出した。


「やっぱ差が開いて来たな。いくら浦嶋さんでも最後巻き返すのは難しいんじゃないか?」


「やっぱり今年もB組が最下位か」


「…っっ」

竜輝や真夏斗、凰太は拳を握りしめた。


一方、ひかりの兄弟である一匡や七央樹達も真剣な表情で見守っていた。


すると、B組のリレーを見ながらこんな風に囁く者が現れ始めた。


「でも、B組のバトンパス…スムーズで綺麗だったよね」


「スタートダッシュも早かったよな…」


一匡や七央樹だけでなく、竜輝達も驚きながら耳を傾けた。


「走り方の迫力が去年の時とは全然違うよね」


「速度は別として、全体的な流れが綺麗」


いつの間にか、B組のリレーを貶す声よりも褒める声の方が多くなってきていた。

さらにそれは、B組への応援へと変わって行った。


そんな周りの様子に竜輝や真夏斗、凰太だけでなく、B組のクラスメイト達も表情が明るくなって行く。


一匡や七央樹達も、追い風を吹かせる周りの様子を感じ取っていた。


「頑張れB組ーッ!!」

七央樹は大声で叫んだ。


すると、周りも段々続けてB組に声援を送り始めた。


竜輝や真夏、凰太は目を潤ませながら同じく声援を送る。


有希が必死に走りきり、バトンをスムーズに万莉華へと繋いだ。


「・・っ」

万莉華も練習通りの綺麗なスタートダッシュを見せる。


万莉華も真剣な表情で必死に走った。


「…っっ!!」

そこへ、ちょうど体育祭を見に来ていた、万莉華と同じ中学で課外学習ではひかりを巡り竜輝とやり合った亮丞が、万莉華の走りを見て驚いていた。


亮丞は、中学の時にわざと意地悪で万莉華の走り方をバカにしていた事を思い出していた。


「アイツ…早いじゃん…」

亮丞はポツリと呟いた。

今の万莉華の走りは、中学時代いつも俯き感情をほとんど見せなかった万莉華からは想像できないほどであり、闘争心に満ち溢れた姿であった。


亮丞は柔らかい表情をさせながら、万莉華の走りを見守った。


一方、一匡も万莉華の走りに釘付けになっていた。


普段大人しそうな万莉華が、真剣な表情で必死に走っている。

負けてたまるかと言わんばかりの強く熱いオーラを身に纏いながら走っていた。


「・・っ」

一匡は呆然と万莉華を見つめた。


「あんな亀園初めて見た…」

真夏斗が万莉華を見つめながら呟く。


「あぁ…」

竜輝も優しい表情で万莉華を見つめた。


「頑張れーッ!亀園ーッ!」

凰太は思わず叫んだ。


まもなく万莉華が、ひかりへと近づく。


「万莉華ーッ!」


ひかりは、走ってくる万莉華に向け大声で叫んだ。


「…っっ」

万莉華は自分の名前を呼ぶひかりを見つめながら必死で走った。

じんわり溢れ出てくる涙を必死で堪えながら、ひかりにバトンを繋ぐべく、ただひたすら前へ走り続けた。


万莉華はようやくひかりのもとへ辿り着いた。


ひかりにバトンを渡した瞬間、ひかりは優しく微笑みながら万莉華を見ていた。


「…っっ!」

万莉華はひかりの微笑む優しい笑顔にハッとなると、一瞬で今までの疲れが吹き飛んだ。

一瞬、ひかりの微笑む顔が一匡にも見えたのだ。

万莉華は息を切らしながら、走り出すひかりの背中を見つめた。


ひかりは万莉華からバトンを託されると、一瞬で目の色を変え一気に走り出した。


「おりゃぁぁぁーッ!!」

ひかりは雄叫びを上げながら一気にスピードを上げる。


「勝ったな」

ひかりの雄叫びを聞いた一匡と七央樹は、それぞれ違う場所で同時に呟いた。


それぞれの隣にいた誠二郎と亀美也は、驚いたように一匡と七央樹をそれぞれ見た。


「アイツがああやって叫ぶ時はぜってぇ勝つんだよ」

「姉ちゃんがあんな風に叫んだら絶対勝つ」


一匡と七央樹は笑みを浮かべながらそう言うと、それぞれひかりを見つめた。


誠二郎と亀美也も驚きながら、それぞれひかりに目を移した。


すると、一匡と七央樹が続ける。


「俺らの中ではこう呼んでんだ…」


「勝利の雄叫び」


一匡と七央樹は不敵な笑みを浮かべながら、別々の場所で同じ事を呟いていた。


一匡と七央樹の言う通り、ひかりはどんどんと前を走っている他のクラスの選手達に詰め寄って行く。


「おぃ…あのB組のアンカー…ヤバくない?」

「えっ、嘘でしょッ!?」

「抜かれるぞ」

「あの子…早すぎだろ…。足にタイヤでも付いてんのか…?」

「浦嶋さん、凄すぎ…」

「マジかよ…」


他のクラスの生徒達は動揺し始めた。


ひかりのクラスメイト達は、必死に応援した。


「浦嶋ーッ!!」

「浦嶋さーんッ!」

「あとちょっと…」

「頑張れB組ーッ!!」


気がつけば、他の学年の生徒達は皆、2年B組を応援していた。


すると…ひかりはゴールまでわずか7mの地点の所で、前を走っていた他の全クラスの生徒達を一気に追い抜き先頭へ出た。


「やったっっ!!抜いたッ」

ひかりのクラスは歓声を上げた。


そして-…


ひかりは堂々と優勝のゴールテープを切った。


「やっ…やったぁぁー!!」

2年B組の生徒達だけでなく、他の学年の生徒達からも歓喜の声と拍手が上がった。


万莉華や帆乃加、有希はひかりに駆け寄り飛びついた。


ひかりは満面の笑顔で、万莉華や帆乃加、有希に抱きつく。


そして、ひかりは竜輝がいる方に向け、ミサンガを着けた方の手を高々と上げ、笑顔でピースサインをした。


「…っっ!」

竜輝は、自身が作ってあげたミサンガと共に高々と挙げられたひかりのピースサインに、今にも泣きそうになった。


そんな竜輝を見て、真夏斗と凰太はそれぞれ小さく笑みを溢す。


ひかり達は喜びながらクラスの方へ歩いて行った。2年B組のクラスメイト達も拍手しながら喜んでいる。


すると、他のクラスの女子達がわざとひかり達やB組のクラスメイト達に聞こえるように話し出した。


「結局アンカーの子が早かっただけじゃん」

「アンカーの浦嶋さんが一人で勝ったようなものじゃんね」

「浦嶋さんがいなかったら、また去年みたいになってたっつーの…(笑)」


「・・・っっ」

帆乃加や有希、万莉華は俯く。


「チッ、アイツら…」

竜輝達は額に血管を浮き上がらせ文句を言いに行こうとした。


するとその時、ひかりはB組の歓喜に水を差す女子達の方へスタスタ歩いて行き、大きな声で言った。


「それは違うよ」

ひかりは冷めた表情で水差し女子達を見る。


「・・・」


周りにいた生徒達は一瞬で静かになり、驚きながらひかりを見た。


ひかりは続ける。


「私がゴールテープを切れたのは、私の前に走ってた帆乃加と有希と万莉華のバトンパスが上手だったからよ。そもそも私が追い抜かす事が出来たのは、帆乃加と有希と万莉華の走りがあったからに決まってんじゃない」


「…っっ」

帆乃加と有希、万莉華は目を潤ませながらひかりを見つめる。

竜輝や真夏斗、凰太達も強い口調で話すひかりに目が釘付けになった。


すると、ひかりは首を傾げながら言った。


「リレーは繋いでやるものでしょう?誰か一人のせいとか、誰か一人のおかげだなんて話がそもそもお門違いよ。そんな事言ってるあなた達なんかに…来年も勝てる気しかしないんだけど…


ひかりは堂々と言い放つと、不敵な笑みを浮かべた。


「・・・っっ」

ひかりに言われた女子達に限らず、周りにいた生徒達は皆、ひかりの圧倒的な強いオーラに息を呑んだ。


「まぁー、素直に負けを認めることねぇ。私達を見縊ってたあなた達が悪いんだから。いくら素早いうさぎやチーターだって、勝負の世界は油断してたら負けんのよッ!あぁ…うさぎと亀のお話、もう一度読み直してみたらいいんじゃない?」


ひかりはそう言ってフッと笑みを浮かべると、堂々とした佇まいで仲間達の方へ戻って行った。


「・・・」

水差し女子達は何も返す言葉が見つからず、ただ呆然とひかりを見送った。


「本当、あなた達の走りとバトンパスは最高だった…」

ひかりはそう言うと、優しい表情で帆乃加と有希、万莉華を見回した。


「ひっっ…、ひ…ひかりーッ!」

帆乃加と有希はひかりに泣きついた。

ひかりは満面の笑顔で笑った。

するとひかりは万莉華に目を移した。


万莉華は目を潤ませながら恥ずかしそうにモジモジしていた。


ひかりはそっと万莉華の方へ手を伸ばし万莉華も自分の方へ抱き寄せた。


「・・っ」

万莉華も自然と涙が溢れ、ひかりの胸で静かに泣いた。


2年B組女子リレーのメンバー四人は、固く抱き合い喜び合った。

スタート前に固く組んだ円陣から、柔らかな笑顔に包まれた抱擁に変わっていた。


そんなひかり達の姿に、クラスメイト達だけでなく他の生徒達までもがもらい泣きをしていた。


--


「うぐ…っっ…うぅ…」

担任の魚住も珍しく泣いていた。


そんな魚住を宥めている男子バスケ顧問の史康は、ひかり達を優しい眼差しで見つめていた。


--


「こんなの…信じられねぇよな…ヤバイな、これ…」

真夏斗も目を潤ませながらひかり達を見ていた。


「あぁ…」

竜輝は胸に込み上げてくるものをグッと堪えながら、優しい表情でひかり達を見つめた。


「うぐ…うぅっ…」

凰太は既に号泣していた。


一方その頃、七央樹と亀美也達は…


「姉ちゃーん…うぅっ…」

七央樹も号泣していた。


「本当に七央樹の姉ちゃん、かっけーよ…。真のスポーツマンシップだよ…」

亀美也は目を輝かせながら呟く。


「…っっ」

"ひかりさん…かっこよすぎ…"

竜輝の妹、紗輝は憧れの眼差しでひかりを見つめた。


「凄すぎだわ…」

"どうやったらあのお姉様みたいになれるのかしら…私…"

男子バスケ部マネージャーである瑚己奈もひかりに対して憧れの眼差しを向けていた。


このように…各々、感動の嵐であった。


はたまた、一匡達は…


「浦嶋くんの言った通りだったね」

誠二郎が笑顔で一匡を見た。


「当然」

一匡は満更でもない顔をしながら、誇らしげにひかりを見つめた。


「浦嶋くんの妹さん…かっこいいね」

誠二郎の彼女である千華子は、目を丸くしながらひかりを見ている。


「だろ?俺の自慢の妹」

一匡がニカッと笑った。


誠二郎と千華子はそんな一匡を見て、心をほっこりとさせながら目を細めた。


「なんか…凄いね。浦嶋兄妹弟」

千華子がポツリと言った。


「うん…本当に。憧れるよ」

誠二郎も頷く。


そんな二人の会話を聞いていた一匡は、驚きの表情で二人を見た後、俯きながら静かに笑みを溢した。


--


「・・・」


グランドの片隅では、ある男子生徒がひかり達の様子を見ていた。一部始終を見ると、静かにその場を後にした…。


--


ドンッ…


「あ、すいません…」

亮丞が誰かにぶつかり顔を上げると、ある男子生徒が軽く頭を下げて歩いて行った。


「・・・」

"あれ?アイツ…どっかで…"

亮丞はその男子生徒の後ろ姿を呆然と眺めた。


--


しばらくして、一匡が笑顔でひかり達に近づき声をかけた。


「よぉよぉ、お前らすげぇじゃねぇかぁッ!俺はお前らの走りにすっげぇ感動したぜ!」


「あ…ありがとう…ございます…」

帆乃加と有希は目がハートになりながらウットリとして一匡を見ている。

万莉華も顔を赤くしながら一匡を見ていた。


「・・っ」

万莉華も顔を赤くしながら一匡を見ていた。


すると、万莉華の視線に気づいた一匡が優しい表情で万莉華に言った。


「よく頑張ったじゃん」


ドキッ…

万莉華は一匡を見つめながら、心臓が踊り出すのを感じた。

万莉華は照れながら笑みを溢すと、静かに頷いた。

一匡との一瞬のやり取りが、万莉華に取ってはスローモーションで流れるドラマのワンシーンのように感じられた。

万莉華の心臓はしばらくギュンギュンしていた。



「有言実行…だな」

竜輝は優しい表情でひかりに言った。


「えへへ…。でも、私にとっては有言実現…かな」

ひかりは兄の一匡をよそに、照れながら竜輝の方に顔を向け言った。


竜輝はキョトンとしながらひかりを見る。


「私だけが実行しても叶わなかった…。皆のおかげで実現したんだよ」

ひかりはそう言うと、ミサンガを触り見つめている。


「・・・っっ!!」

すると竜輝は顔を一気に赤くさせ、目を丸くしながらひかりを見つめた。

自身が作ってひかりに着けてあげたミサンガを嬉しそうに見つめるひかりの姿に、竜輝は今すぐにでもひかりを抱きしめたくなった。

そんな衝動を振り払うように、竜輝は思わずひかりの頭の上に手を乗せると、顔を赤くさせながら言った。


「よく…頑張った…な…」


竜輝は、ひかりに触れたい気持ちはどうしても抑えられなかった。


「・・っ!」

ひかりは驚きチラッと竜輝を見た。


竜輝は照れながらも優しい眼差しでひかりを見つめていた。


そんな竜輝の顔を見て、ひかりも照れながら小さく笑った。


「・・・っっ!」

真夏斗と凰太や周りの生徒達は、その光景を驚きの表情で凝視していた。

皆の前で初めて見せる、女子に対する竜輝の行動を、真夏斗や凰太だけでなく周囲にいる誰もが驚いていた。


ピキッ…

そんな竜輝とひかりの姿を、ある男達は額に血管を浮き上がらせながらギラギラと見ていた。


それは、七央樹と一匡、亮丞であった。


"オィッ…何アイツ姉ちゃんの頭触ってんだよッ"

七央樹はワナワナとさせ、苛立つオーラが溢れていた。

「何か…熱い…」

七央樹の横にいる亀美也がたじろいだ。


「手…」

一匡は威圧感を伴いながら竜輝達に近づきボソッと呟いた。


竜輝はハッと我に返りすかさず手を離した。


「・・・っっ」

竜輝とひかりは何とも言えない表情をさせていた。


「・・・っ」

"小僧…ひかりを惑わせてんじゃねぇぞ…。ひかりもひかりだぜッ!俺が労いに来てるっつーのに、コイツの方ばっか向きやがって…"

一匡もまたワナワナと苛立ちの炎を燃やしていた。

「熱ッ…」

近くにいた真夏斗と凰太は、一匡の熱気にたじろいだ。


"アイツ…あんな事する奴じゃなかったくせに…"

亮丞はギリギリ苛立つ。

「熱っ…誰…?」

亮丞の近くにいた生徒が亮丞の苛立つオーラと熱気にたじろいだ。


この時、竜輝がひかりに見せていた姿を周りの女子達も見逃さなかった。


「ねぇねぇ…乙辺くんもあんな笑顔で女子に笑ったり頭撫でたりするんだね…」

「あんな乙辺くん…初めて見たね…」

「なんか乙辺くんの印象変わった…」


女子達は、竜輝をウットリ見つめながら囁いていた。


この時を境に、竜輝に対する女子からの人気度はさらに増し、合わせて男子からのひかりと万莉華に対する人気もさらに急上昇となった。

そしてさらには、同じ女子リレーのメンバーであった帆乃加や有希までもが人気となり、B組の女子リレーメンバー、プラス竜輝がモテ全盛期に突入したことは、まだ当の本人達は知る由もなかった…。


--


「乙辺ッ」


紗輝が歩いていると、後ろから誰かに声をかけられた。


紗輝は驚き振り返った。


「…っっ!」


するとそこには、紗輝の中学時代の同級生だった一人の男子生徒が立っていた。

夏祭りの時、七央樹にスマホを見せ返り討ちにあったあの男子生徒である。


「…っ」

紗輝は俯いた。


「この前は…悪かったよ…」

その男子生徒は、ぶっきらぼうに言った。


「・・っ!」

紗輝は驚いて顔を上げた。


男子生徒は顔を赤くしながら紗輝を見つめていた。


紗輝は目を丸くさせた。


「夏祭りの時…お前と一緒にいた奴に言われた事…図星だよ」

男子生徒は顔を逸らしながら言う。


「え…」

紗輝は呆然と男子生徒を見つめる。


「す…好きだったんだよッ!お前のこと…」

男子生徒は狼狽えながら言った。


「…っっ!!」

紗輝は突然の告白にたじろいだ。


「だから…祭りの時、お前…綺麗になってて…お前が男と歩いてたから…つい、ムキになった…。・・ごめん…」

男子生徒は顔を赤くしながら俯いた。


「・・っっ」

紗輝は戸惑いながら男子生徒を見つめた。


「お前に散々嫌われてから言っても…もうしょうがないんだけど、一応…伝えておきたくて…」

男子生徒は気まずそうに言いうと、チラッと紗輝を見た。


すると、紗輝は静かに口を開いた。


「嫌ってはないよ…」


「え…」

男子生徒は驚きながら紗輝を見た。


「気持ちには応えられないけど…嫌ってない…。謝ってくれたし…」

紗輝は真っ直ぐ男子生徒を見つめながら言った。


「乙辺…」

男子生徒は呆然と紗輝を見つめた。


「ありがとう…。気持ちだけ受け取っとく」

紗輝は照れくさそうに言った後、小さく笑みを溢しながら男子生徒を見た。


「・・おう…」

男子生徒も小さく笑った。


「じゃあな…。アイツにもよろしくな」

男子生徒は紗輝にそう言うと、どこか清々しい様子で去って行った。


「・・・っ」

紗輝も笑みを浮かべながら男子生徒の後ろ姿を見つめた。

男子生徒の心をも動かした七央樹は本当に凄い人だと、紗輝は胸元のジャージをギュッと握りしめ七央樹への愛しい気持ちを抑えた。


--


体育祭も終わり、皆帰りの身支度をしていた。


すると、万莉華のもとへ亮丞がやって来た。


万莉華は驚きながら亮丞を見た。


「亀園、お前の走り…良かったよ…」

亮丞は照れながら呟いた。


万莉華は驚いて亮丞を見つめた後、笑顔で言った。


「ありがとう」


「悪かったな…中学の時…。酷いこと言って。前言撤回だよ」

亮丞は目を逸らしながら言う。


万莉華は静かに首を横に振ると小さく笑った。


すると亮丞は万莉華に手を差し出した。


万莉華は驚いたが、万莉華もそっと手を差し出し和解の握手を交わした。


万莉華と亮丞は互いに笑い合った。


すると、亮丞と万莉華の横からひかりがひょっこり顔を出し笑顔で見ていた。


「…っっ!!」

突然現れたひかりに亮丞は驚く。


「アンタだいぶ変わったね」

ひかりは亮丞を微笑みながら見る。


「そりゃぁ…前に好きな奴から教えられたからな」

そう言うとひかりをチラッと見た。


「…っっ」

ひかりは課外学習を思い出したじろぐ。


「俺は今日のお前を見て、ますます好きになった」

亮丞はそう言うと、ひかりの両肩にガシッと手を乗せた。


「…っっ」

ひかりは狼狽える。


「オィッ、何してんだよ」


すると、ハモるかのように二人の男性の声が同時にした。


それは、ひかりの兄一匡と、竜輝であった。


「・・っ」

竜輝は怒りの表情をさせながら、亮丞の手をひかりから剥がす。


「テメェ…さっきから女にベタベタくっ付いてんじゃねぇぞッ!小麦粉まぶすぞッ」

一匡もギリギリと亮丞に詰め寄る。


「え、誰…」

亮丞はポカンとしながら一匡を見た。


「あ、えっと…私のお兄ちゃん…」

ひかりは苦笑いしながら一匡を紹介した。


すると亮丞は目を輝かせた。


「お兄さんッ!!俺はコイツらと同じ中学で、ひかりさんとはこの前の課外学習で知り合いました、姫沢亮丞といいますッ!よろしくッす!!」

亮丞は、竜輝達を指差しながら自己紹介すると、一匡の手を強く握りしめた。


「…っっ!おぃ…離れろ…」

亮丞の推しの強さと、得体の知れない前向きな鈍感力に一匡はたじろいだ。


「・・・」

竜輝達は真顔で亮丞を見る。


「なんか…姫沢くんって、七央樹に似てるかも…」

ひかりは、兄の一匡と亮丞のやり取りを見てポツリと呟いた。


「ん?七央樹?」

亮丞がキョトンとする。


「あ、私の弟…」

ひかりは苦笑いする。


「俺が何だって?」

するとタイミング良く七央樹がやって来た。


「君が弟くんかッ!!よろしくッ」

亮丞は七央樹の手を握る。


「え…何…誰…」

七央樹は怪訝な表情をさせながら亮丞を見た。


「俺はコイツの中学の同級生でライバル!」

亮丞は竜輝を親指で指差しながら言った。


「よろしくお願いします」

すかさず七央樹は亮丞と握手をした。


「・・・」

その様子を竜輝達は皆、真顔で見つめた。


「ね?何か似てるでしょ?」

ひかりは一匡や竜輝達に言った。


「確かに」

一同頷いた。


--


しばらくして、ひかりと万莉華、竜輝と真夏斗、凰太の五人は、帰って行く亮丞を見送る。


「諦めないからなーッ」

亮丞はひかりに向かって叫びながら歩いて行く。


「・・・っ」

ひかりはたじろぎながら亮丞を見送った。


「…っ」

竜輝は険しい顔をしながら亮丞の後ろ姿を眺めた。


「また言ってるよ…。アイツ…女優の真与ミカのCM見過ぎなんじゃね?」

真夏斗が去って行く亮丞の姿を見ながら真顔で言った。


「・・・」


"諦めないないでッ!"


「ブフォーッ…!」


ひかりと真夏斗の間にいた凰太が、飲んでいたスポーツドリンクを真夏斗の方に向けて豪華に吹き出した。


真夏斗と竜輝は、凰太のシャワーを浴びた。


「ちょっっ…何だよもぉーッ」

真夏斗は凰太にギリギリ怒る。


「マジで勘弁してほしい…」

竜輝がビショビショになりながら真顔で言う。


「いやいやいや、お前が変な事言うからだろぉーッ!一瞬CM流れたわッ!」

凰太が反論する。


「知るかよッ!だいたい何で真横を向くんだよッ」

真夏斗はギリギリ怒り続ける。


「だって浦嶋ちゃん達にかかったらダメだろッ!」

凰太が抗議する。


「それは正しい…」

竜輝は冷静に呟いた。


「フフ…フハハハハハッ!!」

すると、ひかりが腹を抱えて豪快に笑い出した。


「フハハハッ!」

万莉華も、つられて笑い出す。


「・・・クク…フハハハッ」

竜輝も笑い出すと、真夏斗と凰太も一斉に笑い出した。


ひかり達の豪快な笑い声は歩いていた亮丞の耳にも届き、亮丞が振り返った。

ひかり達は何やら楽しそうに笑っている様子だった。


「・・?」


"まいっか"

亮丞は、不思議に思ったが特に気にも留めずに歩いて行った。


まさか自身の放った「諦めない」と言うセリフがきっかけで生まれた笑い声とは、亮丞は知る由もなかった…。

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