八.照らし照らされ照れる
「ねぇ、お兄ちゃん。あさっての夜って、何か予定ある?」
ひかりは一匡に夏祭りの日の予定を確認する。
「何もねぇけど?」
一匡はキョトンとする。
「あのね、あさって夏祭りなんだけど…」
「あぁ…何か女子達が騒いでたな。全部断ったけど」
一匡があっけらかんとしている。
「そのお祭りなんだけどさ…お兄ちゃん、万莉華と一緒に行ってくれない?」
ひかりは身を乗り出す。
「えぇっ!!」
一匡は驚き慄く。
何せ一匡は、占いが大当たりした日…そう、万莉華から告白されたあの日から万莉華と顔を合わせていない。
「・・っ」
一匡は狼狽えた。
ひかりはまだ、万莉華が一匡に告白した事は知らなかった。
「お…お前は行かねぇのかよ…」
一匡は慌ててひかりを見た。
えっとおー…私は…その…先約…?がね…あるからァー・・・…」
ひかりは辿々しく言う。
勘の鋭い一匡はすかさず言った。
「アイツだな…」
一匡はジロリとひかりを見る。
「…っっ!!」
ひかりは目を丸し顔を紅潮させる。
「アイツと二人きりで行くのかよッ!!」
一匡はひかりに詰め寄る。
「えっと…だったらさ…お兄ちゃんも万莉華と一緒にお祭りに来れば良いじゃーん…まぁ…私達とは、別行動だけど…」
ひかりは慌てながら説得する。
「だから何でその組み合わせなんだよッ!!しかも別行動って!!この前の東の友の時もそうだったけど、俺は軽く傷ついたんだからなッ」
一匡が抗議した。
「別に良いでしょー?万莉華と二人でお祭り行く事に何の不満があるのよッ」
ひかりは逆に一匡に詰め寄る。
「…っっ」
一匡はたじろいだ。
「じゃあ、決まりねッ!!あ、これ…万莉華の連絡先だから」
ひかりはサラリと言うと、部屋に入って行った。
「…っっ」
ひかりに言い包められた一匡は、一人狼狽えていた。
--
「万莉華?夏祭りなんだけどね、お兄ちゃんと二人で行ってくれる?」
ひかりは万莉華に電話をしていた。
『えぇーっ!!』
電話の向こうでは万莉華の驚き慄く声が響いている。
「お兄ちゃんには万莉華の連絡先教えといたから、あとは二人で連絡取り合ってねッ!」
ひかりは御機嫌な様子で話す。
『えっ!!ちょっ…ちょっと待って…』
万莉華は慌てふためき狼狽えている。
「じゃあ、そう言う事だから…夏祭り、二人で楽しんでねッ!じゃねッ」
ひかりは終始明るい声色で話し電話を切った。
--
「…っっ」
万莉華はひかりの行動力に狼狽えていた。
万莉華が告白してから初めて顔を合わせる事になる夏祭りを、万莉華は戸惑いと不安でいっぱいだった。
しかしその反面、嬉しく楽しみでもあった。
万莉華は複雑な心境であった。
--
翌日-
一匡は、友人の誠二郎に勉強を教えてもらう為、誠二郎の家に来ていた。
「なぁ…春日亀。春日亀が今鶴と付き合う時、俺何つったっけ…?」
一匡は教科書を見ながら呟いた。
「え…。えっと…確か…」
誠二郎は驚きながら一匡を見ると、思い出すようにゆっくり話し出した。
「
「そうなんだよなー…言ったな…」
一匡は遠くを見ながら言う。
「あと、こうも言ってた!例え今、自分がその人のことを何とも思ってなかったとしても、告白された時点で、好きになれそうな予感ぐらいはするんじゃないかって」
誠二郎は目を輝かせながら一匡を見た。
「好きになれそうな…予感か…」
一匡は呆然と誠二郎を見る。
一匡は考えていた。
ひかりの友人である万莉華に対して、中途半端な気持ちで返事は出来ないと。
ひかりの友人であるからこそ、決断に勇気がいることだった。
一匡は、自分の気持ちが定まるまではもう少し時間が必要だと思っていた。
「浦嶋くん、どうかしたの?」
誠二郎は一匡の顔を覗く。
「え…いや…」
一匡は我に返る。
「浦嶋くんが何を悩んでるかは分からないけど…僕は浦嶋くんの言葉があったから決断出来た。告白されてから、その人が気になり始めたら、それはもう…好きになれそうって事だと思うし、それがいつの間にか
誠二郎は微笑みながら一匡を見た。
「・・・あぁ…。そうだったな…」
一匡は驚きながら誠二郎を見ると、微笑みながら呟いた。
--
夏祭り当日-
ひかりは竜輝と公園で待ち合わせしていた。
ひかりは浴衣を着て行った。
「お待たせ…」
ひかりは竜輝に声を掛けた。
「…っっ!!」
竜輝はひかりの浴衣姿に驚いた。
「・・・」
浴衣姿のひかりに見惚れながら竜輝はしばらくひかりを見つめた。
「えっと…お、乙辺くん…?」
竜輝に凝視され、ひかりは恥ずかしそうに声をかけた。
「あ…ごめん…。つい、見惚れて…」
竜輝がポツリと呟いた。
「え…」
ひかりは目を丸くしながら竜輝を見る。
「あ…いや…えっと…行こうか…」
竜輝は狼狽えながら辿々しく言う。
「うん…」
ひかりは若干顔を赤くし、にやけそうになる口元をそっと引き締めた。
祭り会場に着くと、ひかりと竜輝はしばらく屋台を見て回った。
するとひかりは、射的コーナーのある景品に目が釘付けとなった。
「・・・」
呆然と射的コーナーを見つめるひかりに竜輝が気づき、声をかけた。
「何か気になる?」
ひかりは静かに口を開いた。
「ちょっとあれやっても良い?」
ひかりはそう言うと射的コーナーへ吸い込まれて行く。
「え…」
竜輝は戸惑いながらひかりの後をついて行った。
「おじさん、これで…」
ひかりはお金を払うと、スナイパーのように構えた。
「…っっ!」
竜輝は目を丸くしながらひかりを見つめた。
パコーンッ…
ひかりの狙った球は見事命中した。
「…っっ!!」
竜輝は目を丸くさせながらひかりの勇姿に見惚れた。
「君さすがだねーッ!あれ倒すの結構難しいんだよーッ!?」
射的のおじさんが驚きながらひかりを見た。
「えへへ…どうも…」
ひかりは照れながら景品を受け取った。
ひかりはご満悦な顔をしながら竜輝のもとへ戻ってきた。
「凄いな…浦嶋」
竜輝は笑顔でひかりを見た。
すると、ひかりは射的コーナーで獲得した紙袋を掲げて笑顔で言った。
「これ、開けてみない?」
「・・?」
竜輝はキョトンとさせた。
その紙袋には、何やら鳩っぽいシルエットの絵柄に「おたのしみ」と書かれていた。
竜輝とひかりは近くのベンチに腰掛けると、ひかりが射的で取った紙袋を開けてみた。
ガサガサ…
ひかりが紙袋の中に手を入れると、何かを取り出した。
「…っっ!!」
竜輝はひかりが取り出した物を見るなり驚き、目を丸くした。
それは、竜輝が唯一購入したスタンプのマスコットキャラクター「豆を食う豆鉄砲を食らったような顔の鳩さん」の小さなぬいぐるみのキーホルダーであった。
「はい、乙辺くん」
ひかりはそのキーホルダーを竜輝に渡した。
「え…」
竜輝は驚きながら受け取る。
すると、ひかりはもう一つキーホルダーを取り出した。
「…っっ!!」
竜輝はまたもや驚き目を丸くする。
「女の子バージョンの鳩さん。おそろい」
ひかりはそう言うと、ニカッと笑った。
「豆を食う豆鉄砲を食らったような顔の鳩さん」は女の子バージョンの鳩もいるらしい。
竜輝はそれを見ると、フッと笑顔になり静かに言った。
「ありがとう…大切にする」
ひかりは竜輝を見てニッコリと笑った。
「あとは全部乙辺くんのやつ」
すると、ひかりは紙袋ごと竜輝に渡した。
「え…」
竜輝は驚きながら紙袋を受け取る。
「あとは全部乙辺くんのやつ」
ひかりは微笑みながら竜輝を見た。
竜輝はキョトンとしながら紙袋の中身を見た。
「…っっ!!」
竜輝は紙袋の中から、ある物を取り出した。
それは、鳩がいろんなポーズをしているクッキーの型セットであった。
「これ…」
竜輝は呆然しながらクッキーの型を見つめる。
「このお楽しみ袋、大当たりだねッ!この鳩さんを見た時、私ピンッと来たんだ!」
ひかりは満足そうに話す。
ひかりの触角は今日も絶好調である。
竜輝は呆然としながらひかりを見つめる。
「それでまた、クッキー作ってね」
ひかりは笑顔で竜輝を見た。
「…っっ」
竜輝は今にもまた、ひかりを抱きしめたい衝動に駆られた。
そんな衝動をグッと抑えながら呟いた。
「うん…また作る…」
竜輝は嬉しそうにクッキーの型を見つめた。
竜輝の言葉と嬉しそうな表情に、ひかりも嬉しそうに笑った。
--
しばらくして、ひかりはお手洗いに行く為、竜輝のもとを離れた。
竜輝は、ふと近くの店に目を向けた。
するとある物が目に留まり、竜輝はそれを買うことにした。
--
「あれ?乙辺くんじゃんッ!一人?」
休憩場所で竜輝が一人ひかりを待っていると、竜輝の中学時代の同級生である一人の女子が竜輝に声をかけて来た。
「いや…。連れがいる…」
竜輝がぶっきらぼうに呟く。
「もしかして亀園さん?まさかまだ亀園さんに縛られてるのー?」
その女子が険しい表情で言う。
「・・っっ」
竜輝は一気に何も言う気になれず黙る。
ひかりがお手洗いから戻ると、誰か分からない女子と二人で話す竜輝の姿を目の当たりにした。
ドキッ…
ひかりの胸のあたりがザワザワする。
"でも…今日乙辺くんと来ているのは…この私だから…"
ひかりは意を決して竜輝の方へ足を進めた。
「乙辺くん、お待たせ」
ひかりが平常心を保ちながら笑顔で竜輝を見た。そしてチラッとその女子へ目を移す。
女子は驚いた様子でひかりを凝視した。
「あ、中学の時の同級生…」
竜輝はひかりにポツリと呟いた。
「あそうなんだ…どうも」
ひかりはキョトンとしながらペコリと頭を下げる。
すると女子が静かに口を開いた。
「乙辺くんって…何だかんだ言ってやっぱり、美人にしか興味ないんだね。中学の時だって…亀園さんと付き合ってないって言いながら、どうせ付き合ってたんでしょ?それで別れたからまた新しい美人と付き合ってるんだ…。中学の時も亀園さんを庇ってるふりして、結局下心あったんじゃん。乙辺くんもクールなふりしてるけど、やっぱり顔だけで選ぶ面食いなそこらの男と同じだったんだね」
その女子は感情を溢れさせるかのように、竜輝に向かって一気に言う放つ。
「・・・」
竜輝は何も言わず、ひかりと出会ったばかりの頃と同じ無の表情へと戻っていた。
するとひかりが静かに口を開いた。
「惨めにならない?」
「・・っ!」
その女子はハッとした表情でひかりを見た。
竜輝も目を丸くしてひかりを見る。
するとひかりは続けた。
「自分の思い通りにならないからって攻撃して、惨めにならないのかって聞いてんの!」
珍しく声を荒げるひかりに、竜輝は驚きながらひ呆然とひかりを見つめる。
「・・っ」
女子はひかりの迫力に怯み、顔を強張らせた。
ひかりは小さくため息をつくと、真っ直ぐその女子を見ながら言った。
「あなたから美人だとか、面食いで選ばれた女性だとかに私を認定してもらえて光栄だわ…ありがとう。でもね、乙辺くんは人を見かけだけで判断するような人間じゃないよ?」
「…っ!」
竜輝はハッとした表情でひかりを見た。
「乙辺くんの事を顔だけで選ぶ人間なんだって…あなたがただそう思いたいだけでしょ?そうやって思わないと悔しいんでしょ?」
ひかりは冷めた表情で女子の顔を覗く。
「…っっ」
女子はばつが悪そうにする。
「素直になりなよ」
ひかりは真っ直ぐ女子を見ながら言った。
「え…」
ひかりからの思いもよらぬ言葉に、女子は驚いた表情をさせる。
「あなたがちゃんと言えないようだから私が代わりに言ってあげるけど、あなた…乙辺くんのことが好きなんでしょ?」
ひかりがサラリと言った。
「なっ…!!」
女子は一気に顔を赤くさせ、目を丸くしながらひかりを見る。
「…っ!」
竜輝もひかりの言葉に驚く。
「せっかくこうやって乙辺くんとまた会えたんでしょ?何でそんな風に周りくどい言い方してんの。思い通りに行かないって分かった途端、何であなたは自ら嫌われるような事を言っちゃうの?後悔してんじゃないの?気持ち伝えられなくて」
ひかりは力強い眼差しで、じっとその女子を見る。
「・・っっ」
ひかりの眼差しに、女子は圧倒される。
「あなた、このままだとさらに後悔するよ?」
ひかりは諭すように言った。
竜輝は、ひかりから目の前の女子に目を移した。
女子は唇を噛み締めた。
すると、決心したようにその女子は拳を握りしめ静かに口を開いた。
「・・・私…乙辺くんが…ずっと好きだった…。中学の頃から……」
「・・・っ」
竜輝は驚きたじろいだ。
「さっきは…変な事言っちゃって…ごめん。その子の言った通り…。乙辺くんの隣にいる女の子は…いつも美人な人だって思ったら…つい…悔しくて…」
女子は俯いた。
すると、竜輝が静かに口を開いた。
「・・・俺の方こそ…ごめん。気持ちに気づけなくて…。あと、応えられなくて…」
竜輝も俯いた。
その女子は顔を上げ、すかさず首を横に振った。
すると竜輝は静かに続けて話した。
「でも…これだけははっきりと訂正しとく。中学の時、万莉華とは本当に付き合ってなかったし、俺は顔だけでは選ばない。中身で選ぶ。強くて優しい人…俺が選ぶのは、そんな人だから…」
竜輝はそうハッキリと言った後、ひかりをチラッと見た。
「…っっ!?」
ひかりは、竜輝と目が合いドキッとする。
"今のはどういう…"
ひかりは、意味ありげにこちらに目を向けた竜輝が気になって仕方がなかった。
ひかりの鼓動が早くなる。
竜輝に言われた女子は、静かに微笑むとポツリと呟いた。
「お似合いだね…」
「え…」
ひかりはキョトンとしながら女子を見た。
竜輝は隣で顔を真っ赤にさせ俯いている。
「ごめんなさい、邪魔しちゃって…。あと…ありがとう」
その女子は、竜輝とひかりに向かって気の抜けたような柔らかい表情をしながらペコリと頭をさげた。
すると、すかさず竜輝はその女子に向け言った。
「俺も!・・こちらこそ、ありがとう…」
竜輝と同じ中学だったその女子は、一瞬驚いた表情をさせた後、顔を綻ばせ手を振って去って行った。
「・・・」
ひかりと竜輝は去って行く女子の後ろ姿を呆然と見つめた。
「・・・・」
竜輝とひかりの間には、何だか気まずい沈黙が流れた。
「い、いこっか…」
ひかりは気持ちを切り替える為、竜輝に声をかけた。
竜輝は小さく頷くと、二人はまた屋台前を歩き出した。
すると、竜輝が静かに口を開いた。
「悪かったな…また変な事に巻き込んじゃって…」
竜輝は俯く。
「えっ!いや…全然大丈夫…。むしろ、また出しゃばった事して私の方こそ…ごめん…」
ひかりも俯く。
「いや…」
竜輝は静かに首を横に振った。
「・・・」
二人の間には、またしばらく沈黙が流れた。
すると今度は、ひかりが静かに口を開いた。
「乙辺くんは…やっぱすごいね…」
「え…」
竜輝は驚きながらひかりを見る。
「前に言ってたじゃない?万莉華が乙辺くんといつも一緒にいるから他の女子から攻撃されちゃうみたいな事。それってさ、裏を返せば乙辺くんが女子から大人気ってことでしょ?さっきの子だって…。そんなに人気者の乙辺くんと二人でいる私は、なんか申し訳ないなって…一瞬思っちゃった…」
ひかりは苦笑いする。
「そ、そんなのッ!!・・俺が誘ったんだから良いんだよッ。浦嶋は…気にしなくて…」
竜輝は一瞬大きな声を出すが、慌てて声のボリュームを落とした。
ひかりは驚いたように竜輝を見た。
竜輝は顔を赤くさせながら真っ直ぐ前を見ている。
「・・そっか…。…だね…」
ひかりは小さく笑みを溢しながら呟いた。
竜輝はチラッとひかりを見ると、安堵したような穏やかな表情をさせた。
すると、竜輝がポツリと呟いた。
「…さっきはありがと…」
「え…」
ひかりは目を丸くさせながら竜輝を見る。
「俺が人を見かけだけで判断するような人間じゃないって…あれ嬉しかった…」
竜輝は赤くなった顔を誤魔化すように真っ直ぐ前を向いたまま言う。
「あぁ…」
ひかりは照れながら微笑む。
「俺、浦嶋にはいつも助けてもらってばかりだな…。そんなんばっかじゃ、かっこ悪いよな…」
竜輝は苦笑いした。
「かっこ悪くなんかないよ」
ひかりは突然真面目な顔で竜輝を見た。
ドキッ…
「…っっ」
竜輝は、真剣な眼差しで真っ直ぐ見つめてくるひかりの表情に目を奪われた。
「助けられてかっこ悪いなんてこと絶対にないから…。私のした事で…乙辺くんにかっこ悪いなんて思わせちゃうのは…私自身が悲しいよ。それ言われちゃうと、私はもう何も出来なくなる…」
ひかりは珍しく暗い表情で話す。
すると、すかさず竜輝はひかりの手を握りしめ手を繋いだ。
「…っっ!!」
ひかりは驚きながら竜輝を見る。
「ごめん…。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。俺は、いくら自分で自分がかっこ悪いって思っても、それが浦嶋のせいだなんて絶対に思わない。浦嶋のせいなんかじゃないよ。完全に自分自身のせいだから。むしろ、浦嶋は浦嶋のままでいてくれないと、俺が困るッ!」
竜輝は真剣な表情でひかりを見つめながら強い口調で言うと、ひかりと繋ぐ手にさらに力を入れた。
「…っっ!!・・乙辺くん…」
ひかりはハッとした表情で竜輝を見つめた。
ひかりは竜輝の珍しく力強い様子に驚き息を呑んだ。
「だから、自分のせいだなんて思うなよ」
竜輝は優しい表情になると、そのままひかりを見つめた。
「・・うん…」
ひかりは目を潤ませながら頷き微笑んだ。
竜輝とひかりは手を繋ぎながらお互い笑い合った。
--
「・・ひかり…?」
竜輝とひかりの様子を人混みの間から見つめる、ある人物がいた…。
するとその人物の近くで、帆乃加と有希がひかり達を目撃し驚きながら話していた。
「ねぇあれって乙辺くんとひかりじゃない?」
「手繋いでない??えっ、二人って付き合ってるのー?!」
「リレーの練習する仲なのに、何も聞いてないんだけどーッ」
「後でひかりは事情聴取だな…」
「あの…すいません。ちょっと良いですか?・・」
人混みの間から見つめていたある人物は、帆乃加と有希に近づき何かをたずねた…。
竜輝とひかりの知らぬ所でそんな事が起きているとはつゆ知らず、二人は楽しそうにしていた。
--
「あ…そうだ。これ…」
しばらく歩いていると、竜輝は思い出したかのように、ひかりに何やら手渡して来た。
「…っっ!!」
ひかりはそれを見るなり目を丸くした。
それは、綺麗なガラスで作られた花の髪飾りであった。
「綺麗…。え、どうしたの…?」
ひかりはウットリと眺めた後、驚きながら竜輝にたずねた。
「浦嶋に似合うと思ったから…さっき買った…」
竜輝は照れながら顔を逸らす。
「…っっ!!・・嬉しすぎる…」
ひかりは驚くと、涙目になる。
竜輝はそんなひかりの表情に驚く。
すると眩しいほどの笑顔で竜輝を見て言った。
「ありがとう」
ひかりの笑顔を見た竜輝は、自身の顔を綻ばせると、ひかりに渡した髪飾りをそっと手に取り、ひかりの髪に着けてあげた。
「うん…似合う」
竜輝は微笑みながらひかりに言った。
「…っっ」
竜輝のその言葉と表情に、ひかりは急に胸がギュッとなる感覚を覚えた。
心臓が激しくドキドキしている。
「ありがとう…」
ひかりは顔を赤くさせ、言葉を絞り出すように呟いた。
するとひかりは、手鏡を取り出して自身の髪に着けられた髪飾りを見てみる。
ひかりは嬉しそうに照れながら笑みを溢した。
竜輝はひかりのその姿を見ているだけで、幸せな気分になった。
--
一方、一匡と万莉華はお互いに連絡を取り合い二人で夏祭りに足を運んでいた。
万莉華は浴衣姿で一匡と並んで歩く。
「浴衣…良いじゃん。似合ってる」
一匡は万莉華にそう言うと、優しく微笑んだ。
「…っっ!あ…ありがとう…ございます…」
万莉華は照れながら礼を言った。
内心気まずさの残る一匡と万莉華だったが、純粋に祭りを楽しむ事に頭を切り替えようとお互い思っていた。
一匡と万莉華はしばらく屋台を堪能していた。
すると一匡と万莉華は、いろんなブローチが売っている店の前で足を止めた。
「・・・」
万莉華はある一点をじっと見ている。
一匡が万莉華の様子に気づき声をかけた。
「何かほしいもんあった?」
「あ…いや、えっと…自分で…買います…」
万莉華は辿々しく応える。
「え…いやいや、いいよ。俺に買わせてよ」
一匡が食い下がる。
そんな一匡に万莉華は驚くと、再度売り場に目をやった。
「えっと、じゃあ…これ…」
万莉華はあるものを指差した。
それは、陶器で作られた可愛いマグカップのブローチであった。
一匡は微笑みながら万莉華を見ると、そのブローチを買った。
すると万莉華もその後に、すかさずあるブローチを買った。
「・・?」
一匡はキョトンとした顔で万莉華を見る。
「はい、これ」
一匡は買ってあげたマグカップのブローチを万莉華に渡した。
「ありがとうございます…。私からも…これ…」
万莉華はブローチの交換をするように、一匡にも自身が買ったブローチを渡した。
「…っっ!!」
一匡はそのブローチを見て驚いた。
それは、陶器製のコーヒー豆で作られた小さなリースのブローチであった。
「それ見た瞬間に、一匡先輩のだって思ったんです…」
万莉華は照れながら笑った。
「・・・っっ」
一匡はそんな万莉華に呆然と見惚れた。
「・・っ」
目を丸くさせて見つめてくる一匡に、万莉華はおろおろし始めた。
すると、一匡は優しい眼差しで万莉華を見つめながら言った。
「ありがとう。すっげぇ嬉しい…」
万莉華は驚いて一匡を見た。
「大切にする」
そう言うと、一匡は万莉華に微笑んだ。
優しく微笑む一匡に、万莉華は見惚れながら呟いた。
「私も…大切にします…」
一匡と万莉華は照れながら笑い合った。
二人は、お互いに気を遣っていた事など完全に忘れ、穏やかで楽しく過ごしていた。
しばらく二人が歩いていると、どこからか万莉華の話題が聞こえて来た。
「ねぇ、あれって亀園さんじゃない…?」
「本当だ…隣にいる人、誰だろ?乙辺くんじゃないよ…」
「乙辺くんと亀園さんって一緒の高校行ったんだよね…?」
「乙辺くん可哀想ー。亀園さんにわざわざ合わせて同じ高校行ったのに捨てられたってことー?」
「高校行って違うイケメン見つけたらそっちに乗り換えたんだ」
「亀園さんってやっぱりイケメン好きだったんだねぇ」
それは、万莉華と同じ中学だった同級生の女子達であった。
かつての同級生達は、万莉華と一匡に聞こえるように陰口を叩いている。
「・・・っ」
万莉華は黙って俯いた。
すると一匡が陰口女子にわざと聞こえるように言い放った。
「何だかガキのまんま脳みそが止まってる奴らがいるみてぇだなァー」
一匡がジロリと女子達を見た。
「…っっ!!」
陰口女子達は驚き固まる。
万莉華も驚き、目を丸くして一匡を見つめた。
すると一匡は続けて言う。
「進歩がねぇよなァー。ああいう言葉は全部、"羨ましい"って言葉にしか、俺らには聞こえねぇよなァ?」
一匡は満面の笑顔で万莉華に言うと、フッと不敵な笑みを浮かべながら陰口女子を一瞥した。
「・・・っっ!!」
陰口女子達は一匡の言葉と態度に驚き、言葉を失う。
さらに一匡は、万莉華に弾けるような笑顔を向けながら言った。
「さて俺らは、ちゃんと祭りを楽しもうぜッ」
すると、一匡は万莉華の肩に手を回しながら歩き出した。
「…っっ!!」
万莉華は驚き一匡を見る。
一匡は万莉華に微笑んでいた。
万莉華は一気に顔を赤くさせた。
「・・・」
陰口を叩いていた女子達は、羨ましそうに呆然と一匡と万莉華を見送った。
万莉華の鼓動が激しくなる。
一匡はまさに、万莉華にとってのスーパーヒーローのようだった。
先程の陰口なんか一気に全て吹き飛んだ。
万莉華はうっとりと一匡を見上げた。
しばらく歩き続け、一匡は万莉華の視線に気づくと何だか照れくさくなり、パッと手を離した。
「あぁ…悪い…近かったよな…」
一匡は顔を赤くさせながら辿々しく言う。
「い、いえ…」
万莉華も恥ずかしそうに俯きながら呟いた。
「・・・」
二人はしばらく沈黙した。
すると、万莉華が静かに口を開いた。
「さっきは…ありがとうございました…」
「あ…いや…」
一匡は照れながら顔を逸らす。
「一匡先輩って…やっぱり…かっこいいです。私の、スーパーヒーローです」
万莉華はそう言いながら笑顔で一匡を見た。
「…っっ!」
一匡は万莉華の嬉しそうな笑顔に胸をドキッとさせると、呆然と万莉華を見つめた。
「あの…どうかしましたか…?」
万莉華はじっと見つめてくる一匡に狼狽えながら呟いた。
「えっ!!あぁ…いや…何でも…」
一匡は我に返ると辿々しく呟いた。
一匡は、女性に対して感じる初めての胸の高鳴りに戸惑っていた…。
「・・・あのさ…」
しばらくして一匡が静かに口を開いた。
万莉華は一匡を見る。
「この前、万莉華ちゃんが言ってくれたこと…。ビックリしたけど純粋に嬉しかったよ」
一匡が目を逸らしながら言う。
「…っっ!」
万莉華は驚き恥ずかしそうに俯く。
「・・ちょっと待たせちまうかも知れねぇけど…しっかり考えてから…ちゃんと返事するから…」
一匡は静かに言った。
万莉華は驚いたように一匡を見た。
一匡は優しい表情で万莉華を見つめている。
「・・はい…。いくらでも…待ちます…」
万莉華は顔を赤くしながら一匡をウットリとした表情で見つめた。
一匡は照れくさそうに笑った。
万莉華も、つられて笑みを溢した。
--
「竜輝の奴…浦嶋ひかりと祭り来てるって情報…本当かよッ!どこにいんだよ…」
祭り会場には、課外学習で嵐を巻き起こした男、竜輝のライバルであり諦めない男の亮丞がどこからかの情報を得て、ひかり達を探していた。
「あれ、亮丞じゃん」
すると、真夏斗と凰太が亮丞の前に現れた。
「あ、お前ら…竜輝達は?」
すかさずたずねる亮丞。
「いやー、あいつらはなぁ…」
真夏斗と凰太がニヤニヤしている。
「チッ…、ぜってぇ見つけてやる…」
亮丞は頭から湯気を立てる。
「おいおい…また嵐の暴風、吹かせんじゃねぇよ」
真夏斗がジロリと見る。
「うるせえよッ」
亮丞は真夏斗に吐き捨てる。
「あの…ちょっと良いですかぁ?」
すると、数人の知らない女子達が亮丞達に声をかけて来た。
亮丞達もわりとモテるのである。
「え…」
亮丞と真夏斗、凰太がたじろぐ。
ドンッ…
「あ、すみません…」
亮丞が誰かとぶつかり慌てて謝る。
「いえ…」
それは、あまり見かけない顔の男であった。
「今の人も、かっこよかったね…」
すると、女子の一人が囁いていた。
「・・・」
亮丞は呆然とその男を目で追った。
--
時を同じくして-
紗輝は同じクラスの友人二人と共に、夏祭りへ来ていた。
ドンッ…
「すみません…」
紗輝が誰かにぶつかり慌てて謝りながら顔を見た。
「…っっ!!」
それは七央樹だった。
七央樹はバスケ部の仲間達と共に夏祭りに来ていた。
「あれ、偶然だなァッ。乙辺達も来てたんだ!」
七央樹は驚いたように言うと満面の笑顔で紗輝を見た。
「う…うん…」
紗輝は恥ずかしそうに呟く。
「浴衣、良いね。似合ってる」
七央樹は優しい表情で紗輝に言った。
「・・っっ!!」
紗輝は七央樹の言葉に、顔を紅潮させ目を丸くしながら固まる。
七央樹はニコニコしていた。
「あ…ありが…とう…」
紗輝は照れくさそうに呟いた。
「うん」
七央樹は笑顔で言った。
すると、七央樹の横から亀美也が顔を出した。
「あ、乙辺じゃんッ!浴衣着て来てんだーッ!良いじゃんッ」
亀美也が目を丸くしながらグイッと紗輝に近づく。
「どうも…」
紗輝はたじろぎながら、またもや照れくさそうに呟く。
するとすかさず七央樹が亀美也を押し退けた。
「近いよ…」
七央樹は若干ムスッとしている。
そんな七央樹を見た亀美也は何かを思い立ったように言った。
「なあ、七央樹。せっかくだし乙辺と周ったら?」
「えぇっ!!」
七央樹と紗輝は同時に声を上げた。
「いいじゃんいいじゃん。私達は瀬田くん達と周るから気にしなくて良いよ」
理解ある紗輝の友人二人も笑顔で言う。
「おーッ!一緒に周ろうぜッ」
亀美也はニコニコしながら言う。
「え…」
紗輝と七央樹は戸惑う。
「じゃあなーッ、七央樹!」
「紗輝またねー!」
亀美也達と紗輝の友人達はワイワイしながら行ってしまった。
「・・・」
七央樹と紗輝は呆然と友人達を見送った。
「えっと…じゃあ…行くか」
七央樹は照れながら言った。
「うん…」
紗輝も照れながら呟く。
七央樹と紗輝はしばらく屋台を眺めながら歩く。
「乙辺は何が好き?」
七央樹は屋台を眺めながらたずねる。
"君…"
そう答えたいのをグッと堪えながら紗輝は応えた。
「・・イカ…」
紗輝、苦渋の決断であった…。
「俺も好きーッ!!うまいよなーッ!家族でバーベキューやるときは絶対メンバーに入れるもーんッ」
七央樹は満遍の笑顔で紗輝を見る。
七央樹の言うメンバーとは、食すラインナップのメンバーと言う意味である。
ドキッ…
"俺も好き…"
あくまでもイカに対する想いだと分かってはいるが、紗輝はイカと答えて良かったと思った。
紗輝は顔を赤くさせながら七央樹をウットリ見つめていた。
すると七央樹と紗輝の目の前に射的のコーナーが現れた。
紗輝は景品の中のあるものに目が留まった。
「何か欲しいの?」
七央樹は紗輝の顔を覗いた。
「あ…うん…」
紗輝は辿々しく応える。
「何?俺取ってあげようか」
「いいッ!私が…取る」
紗輝は慌てて七央樹を制止した。
「・・?」
七央樹はキョトンとしながら紗輝を見る。
「おじさん、すみません。これで…」
紗輝は射的の店員にお金を払うと、スナイパーのように構える。
七央樹はそんな紗輝を目を丸くしながら見つめた。
七央樹には紗輝が何を狙っているのかが分からなかった。
パコーンッ…
紗輝が放った玉は見事に一発で命中した。
実は、紗輝は射的が得意なのであった。
「おッ!!すげーッ!!一発じゃん」
七央樹は驚きながら拍手をする。
紗輝は照れ笑いした。
「君も上手いねーッ!さっきの女の子も上手かったけど…今時の美人さんってのは射的が上手いのかねぇ…」
射的コーナーのおじさんが感心しながら紗輝を見た。
「え…」
紗輝と七央樹は目を丸くしながらおじさんを見た。
紗輝はおじさんから景品を受け取った。
「はい…あげる…」
紗輝はそのまま七央樹に手渡す。
「え!」
七央樹が驚きながら紗輝が取った景品を見た。
それは、コンパクトなソーイングセットであった。
「こ…れ…」
七央樹は呆然と見つめる。
「浦嶋くんのボタン付け…すごく綺麗で…私感動したんだ。浦嶋くん、手先が器用だよね…。バスケもすごいけど…お裁縫もすごいなって…やっぱり思ったから…」
紗輝が俯きながら必死に言った。
「・・・」
七央樹はソーイングセットを静かに見つめていた。
「・・っ」
そんな七央樹の様子に、紗輝は見当違いな事をしてしまったのではと思いおどおどし始めた。
「嬉しい…」
すると、七央樹がポツリと呟いた。
紗輝は七央樹の言葉を聞くと、目を丸くした。
七央樹は続けて話す。
「俺、実は裁縫が一番好きな事なんだ。バスケは二番目に好き」
七央樹はそう言うとニカッと笑った。
「・・っっ」
七央樹の爽やかな笑顔に紗輝は息を呑む。
「ありがとう…大切にする」
七央樹は穏やかな表情で微笑みながら、紗輝を見つめた。
紗輝も自然と笑顔になった。
射的が得意な女子に出会うのは、姉のひかり以外は初だと七央樹は思った。
七央樹は若干顔を赤くさせ小さく微笑みながらソーイングセットを見つめる。
横で嬉しそうにソーイングセットを見つめる七央樹の横顔を、紗輝もまた嬉しそうに見つめた。
七央樹と紗輝がしばらく歩いていると、向かいの方から同世代ぐらいの男二人、女一人の三人グループ歩いて来た。
紗輝はそのグループを見るなり、思わず七央樹の服の裾を掴んだ。
「・・っ!」
七央樹は驚きながら紗輝を見た。
紗輝は俯いている。
「・・?」
七央樹は不思議そうに紗輝を見つめていた。
「あれーッ!?乙辺紗輝じゃね?」
七央樹は声の方に目をやると、同い年ぐらいの二人の男と一人の女が立っていた。
一人の女は、目をハートにさせながら七央樹を見ている。
「・・・」
七央樹の目の面積が一瞬で狭まる。
「何、まさかデート??」
「うそー!?」
「あの乙辺が色気づいちゃって…(笑)」
紗輝は相変わらず俯いている。
「あ、俺ら中学の同級生なんすよーッ!こんな女っぽい格好してる乙辺が信じられなくて…(笑)」
「乙辺さん、男っぽかったもんねー(笑)」
「そうそう、ショートカットで活発っつーか、ガサツっつーか…(笑)」
紗輝の中学時代の同級生は、七央樹達の事などお構いなしに話し続ける。
「あ、中学時代の乙辺の写真見ますー?ビックリしますよ?」
「やばいってー、乙辺さんの男っぽい姿見たら彼ドン引きしゃうかもよーッ」
「アハハッ」
「あ、これこれ…」
男はスマホの中から紗輝の中学時代の写真を見つけたようだった。
「…っっ!!」
紗輝は思わず顔を上げる。
グイッ…
すると七央樹は強引にその男からスマホを取り上げると写真を見た。
「…っっ!!」
紗輝は驚きながら七央樹を見る。
「・・・」
七央樹は無表情でスマホの画面を見つめる。
「ほらな…」
男が言いかけたその時…
「かわいいじゃん」
七央樹がポーカーフェイスでサラリと言う。
「・・・!!!」
そこにいた皆、驚き固まりながら七央樹を見た。
ピッ…ピッ…
七央樹は何かを操作すると、男にスマホを返した。
「つーか、何でお前が乙辺の写真なんか未だに持ってんの?何?乙辺のことが好きなわけ?キモいんだけど」
七央樹が軽蔑の眼差しで男を見ながら毒舌を吐く。
「なっ…!!」
七央樹の言葉に、写真を見せて来た男は目を見開く。
他の二人も驚いた様子で七央樹を見つめていた。
七央樹は続ける。
「そもそも、乙辺の写真を本人の許可も無く他人に見せるのってどうなの?危ないから消しといてやったからなッ!乙辺ッ!」
七央樹はそう言うと真剣な表情で紗輝を見た。
「…っ!」
紗輝は目を丸くしながら七央樹を見つめた。
「…っ!!」
男は驚きスマホを確認すると、ゴミ箱にさえも紗輝の写真は残っていなかった…。
すると、七央樹は冷酷な眼差しで口を開く。
「乙辺の過去なんかマジでどうでもいいわ。お前らにだってあるだろ?ちっせぇ頃の恥ずかしい写真ぐらい。何を偉そうに言ってんだよッ!だいたい俺らの歳で、自分の昔の写真見て見惚れてる奴なんかいるか?いるとしたら、昔より今が退化してるって事じゃん。お前らの中学時代の写真は今より良いわけ?じゃあお前らは退化してんの?」
七央樹は紗輝の中学時代の同級生を一気に言い負かした。
「…っっ」
中学時代の同級生達は、七央樹の迫力に怯む。
「俺は今が良けりゃ過去なんてどうでもいいけど」
七央樹は真っ直ぐ突き刺すような眼差しで言った。
「・・っ」
紗輝はそんな七央樹を呆然と見つめる。
紗輝の同級生達は何も言い返せずに、ばつが悪そうにしていた。
そして七央樹は、紗輝の中学時代の写真を持ち合わせていた男に言った。
「お前、素直になった方がいいぞ?素直になれなくて自滅した奴、俺は知ってるからな」
七央樹はポーカーフェイスでその男を見た。
「…っっ」
その男は驚きの表情で七央樹を見る。
「あと、俺は男っぽい女の子の方が好きだぜ?俺はなぁ、素直で正直者だからお前らみたいに損しないんだわ」
七央樹はそう言うと不敵な笑みを浮かべた。
「…っっ!」
紗輝は七央樹の言葉に驚き目を丸くした。
堂々としている七央樹の佇まいに紗輝は目を奪われた。
「・・・!!」
紗輝の中学時代の同級生達も目を丸くしながら七央樹を見た。
「行こう」
すると七央樹は紗輝の手を掴み手を繋ぐと、紗輝の中学時代の同級生の間を堂々と割って歩いて行った。
「・・・」
紗輝の中学時代の同級生達は、呆然と七央樹と紗輝の後ろ姿を見つめていた。
「・・っ」
七央樹にズバリと言われた男は、握り拳を作り悔しそうな表情をしていた。
--
七央樹と紗輝はしばらく歩くと、腰を下ろせる場所までやって来た。
「あ、ごめん…手…つい…」
七央樹は力強く握っていた紗輝の手を慌てて離した。
紗輝も慌てて首を横に振る。
「ちょっと休むか」
七央樹はそう言うと腰掛けた。
紗輝も静かに腰掛ける。
「・・ありがとう…さっき…」
紗輝はポツリと呟いた。
「乙辺の中学時代の写真……本当に可愛かったぞ」
七央樹も静かに言う。
紗輝は驚き七央樹を見た。
七央樹は照れ隠しをするように真っ直ぐ前を見ている。
「・・っ」
紗輝も恥ずかしくなり顔を赤くさせ俯いた。
すると七央樹が静かに口を開く。
「男っぽいって言われて傷つく気持ち…俺分かるから…」
紗輝はハッとした表情になり、七央樹の横顔を見る。
「姉ちゃんがそうだったから…」
七央樹がポツリと呟いた。
すると紗輝は、以前ひかりが話していた事を思い出した。
「男っぽいってバカにしたりしてる連中よりも、姉ちゃんが一番良い女だってずっと思ってる」
「うん…」
紗輝は微笑みながら頷く。
「あと…乙辺もな…」
七央樹は静かに呟いた。
「・・え…」
紗輝は驚き七央樹を見た。
七央樹はニカッと笑うと言った。
「…っっ」
紗輝の胸がぎゅっとなる。
「だからさっきの奴らの事なんて気にすんな。今の乙辺がいるのは、中学時代の乙辺あってのもんなんだからさ。過去のお前も今のお前も、自信持てよッ」
七央樹は優しい眼差しで紗輝を見た。
「…っっ!!」
紗輝は今にも泣き出しそうになるのをグッと堪え俯いた。
「…つーかさァー、男っぽいとか女っぽいとか…何を基準に言ってんだっつーのッ。俺だって昔からよく言われてたぜ?お裁縫が得意だなんて女っぽい…とかさッ!・・っぽいって何だよッ」
七央樹は空を見上げながら文句を言う。
「私は…お裁縫が出来る男の人は…かっこいいって思うよ」
紗輝がポツリと言った。
「…っっ!!」
七央樹は驚いたように紗輝を見た。
紗輝が頬を赤く染めながら続けて言う。
「・・浦嶋くんは、お裁縫が出来て…かっこいいよ…」
「乙辺…」
七央樹は目を丸くしながら呆然と紗輝を見つめた。
七央樹の頬がピンクに染まってく。
「人間力…」
「え…」
「ひかりさんが言ってたんだ。女子力があるって褒められるよりも、人間力があるって言われた方が嬉しいって…。その方が強そうだって」
紗輝は微笑みながら言う。
「姉ちゃんが?」
七央樹はキョトンとした。
「うん…。私もそう思ったよ」
七央樹が目を丸くしながら紗輝を見つめる。
「浦嶋くんも、人間力あって…素敵だって…思うよ…」
紗輝は恥ずかしそうに俯きながら言った。
「…っっ!!」
七央樹は顔を一気に真っ赤にさせると、目を丸くして紗輝を見つめる。
紗輝は耳まで赤くなっていた。
そんな紗輝を見て、七央樹は小さく微笑むと静かに呟いた。
「ありがと…。乙辺もな…」
紗輝は驚き七央樹の顔を見ると、七央樹は微笑みながら紗輝を見ていた。
七央樹の優しい表情に、紗輝の表情も自然とほぐれ二人はお互いに笑い合った。
「あっ、ちょっとここで待ってて」
突然七央樹はそう言うと、慌ててどこかへ走って行ってしまった。
「え…」
紗輝は呆然としながら、七央樹を見送った。
紗輝は言われたとおり待つことにした。
しばらくして、七央樹が慌てて走りながら戻って来た。
「?」
紗輝はキョトンとしながら七央樹を見た。
すると七央樹は、紗輝に何やら手渡した。
「…!!」
紗輝は七央樹からもらった物を見て驚いた。
それは、綺麗な色の可愛いシュシュであった。
紗輝は驚いて七央樹の顔を見た。
すると七央樹は、照れたような表情をさせながら言った。
「さっき乙辺から嬉しいもん貰ったからな。これは俺から…」
「え…」
紗輝は目を丸くさせる。
「それ、絶対乙辺に似合う」
七央樹は微笑みながら紗輝を見た。
紗輝の胸はギューっとなった。
「ありがとう…嬉しい…」
紗輝は顔を赤くさせ照れながら呟いた。
そして嬉しそうな笑みを浮かべた。
そんな嬉しそうな紗輝を見た七央樹もまた、嬉しそうに笑った。
互いが互いの心を明るくさせるように…照らし照らされながら、照れる…そんな夏祭りであった…。
--
その夜、浦嶋家では…
「見て見てー、これ射的で取ったんだぁ!」
ひかりが七央樹に、鳩のキーホルダーを見せた。
「あ、やっぱあのおじさん言ってたのって姉ちゃんのことだったんだ…」
七央樹が静かに呟く。
「それでね、これ…乙辺くんがくれたの」
ひかりは照れながら七央樹に髪飾りを見せる。
「…っっ!!」
それは、七央樹が紗輝に買ってあげたシュシュと同じ店の物であった。
ひかりと紗輝、竜輝と七央樹…それぞれ選んだ店のセンスが全く同じという事実に、一人で衝撃を受ける七央樹なのであった…。
一方、乙辺家では…
「兄さん、その鳩…スタンプのやつじゃん」
紗輝が竜輝の持ってるキーホルダーを見ながら言う。
「これ、浦嶋が射的で取ってくれた…」
竜輝が嬉しそうにしている。
「…っっ!!」
紗輝は、射的の景品を七央樹に取ってあげたという自身の行動がひかりと被っていた事に驚きつつも、何だか嬉しく思った。
"おじさんが言ってたのって、ひかりさんのことだったんだ…"
一人で納得した紗輝なのであった…。
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