七.奪われて、夏

課外学習を終えたひかり達は、夏休みに入った。


夏休みになると弟の七央樹は部活動に、兄の一匡は喫茶店でのバイトに励んでいた。


ひかりは、そんな弟の七央樹と兄の一匡を応援すべく、たまには二人の顔でも見に行こうと思うのであった。


夏休みに入ってから数日経った頃、ひかりは意を決して、七央樹の部活姿を見た後に一匡のバイト先である喫茶店へお茶でもどうかと、家が近い竜輝と万莉華を誘った。


竜輝と万莉華からは、即答で「行く」という返事が届いた。


ひかりはスマホを見ながら嬉しそうに笑った。


--


約束の日の午後、ひかりは待ち合わせ場所の公園に到着した。


ひかりは約束の時間より少し早く着いてしまった為、一人ベンチに腰掛けていた。


「ひかりッ」

するとそこへ万莉華がすぐにやって来た。


「あれッ!万莉華も早いねッ!」

ひかりは驚きなから万莉華を見つめた。


「うん。楽しみでつい早く着いちゃった…」

万莉華は嬉しそうに話す。


そんな万莉華を見たひかりも、つられて笑みを浮かべた。


「私ね、初めてなの」

万莉華がポツリと呟いた。


ひかりはキョトンとしながら万莉華を見る。


「女の子の友達なんて今までいなかったから…夏休みにこうやって出かけたりするの初めてで…嬉しいの…」

万莉華は穏やかな表情で言う。


ひかりは万莉華の言葉を聞くと、ひかりも嬉しそうに笑う。


「ひかりと出会ってから…初めて尽くしで…楽しい」

万莉華は笑顔でひかりを見た。


「そう言ってもらえると、私もこの町に来た甲斐があるな」

ひかりはニカッと笑った。


「か…一匡先輩は、元気…?…って、今日これからバイト先に行くんだけど…」

万莉華は恥ずかしそうにたずねる。


「うん、元気だよー」

ひかりはキョトンとしながら万莉華を見た。


万莉華は少し顔を赤くさせていた。

そんな万莉華を見たひかりは、ピンッと触覚が反応した。


「万莉華…もしかして、お兄ちゃんに恋してる?」

ひかりはズバリたずねた。


「えっ…!!」

万莉華は一気に顔を赤くさせた。


「フフン…やっぱりね」

ひかりはニヤッとする。


「・・っっ」

万莉華は狼狽えた。


「良いんだよ、恥ずかしがったり…隠したりしなくても」

ひかりは優しい表情で万莉華を見た。


「・・・っ」

万莉華は呆然とひかりを見つめた。

ひかりの表情と言葉に救われる。


「万莉華だったら、大賛成ッ!!私分かってるもん、万莉華が優しくて強いこと。お兄ちゃんと上手く行ってくれたら、私も嬉しいなーッ」

ひかりは笑顔で言う。


「ひかり…」

万莉華は目を潤ませる。


「私は応援するし、協力するよッ!せっかく万莉華が好きになれた恋だもんねッ」

ひかりはニカッと笑った。


万莉華は小さく笑みを溢し呟いた。


「ありがとう」


「悪い…待たせた?」

そこへ竜輝がやって来た。


「ええっ!あ、いや全然ッ!」

突然現れた竜輝に、ひかりが驚きながら応えた。


ひかりがひどく驚いた様子に、竜輝はキョトンとする。


万莉華は小さく微笑みながらひかりを見つめた。


三人が学校へ向かっていると、竜輝の妹の紗輝にバッタリと会った。


「あ、紗輝ちゃんッ」

ひかりが紗輝に手を振る。


「あれ、皆さんどうしたんですか?」

紗輝が驚きながらひかり達を見る。


「これから七央樹の部活の応援にチョロッと行ってからお茶しに行くんだよーッ」

ひかりが笑顔で話す。


「・・っ!!」

紗輝は、"七央樹の部活の応援"という言葉に目を見開く。


「あ、もしよければ紗輝ちゃんも一緒に行くー?」

ひかりがサラリと紗輝を誘う。


「え…じ、じゃあ…部活見に行くだけなら…」

紗輝は辿々しく応えた。


「・・・」

"アイツ…分かりやすいな…"

竜輝には紗輝の心がお見通しであった…。


「じゃあ一緒に行こうッ!」

ひかりは満面の笑みで歩き出した。


「・・・」

竜輝と紗輝は真顔でお互いをチラッと一瞥した。


紗輝は気まずさを振り払うようにそそくさとひかりの後をついて行った。


--


ひかり達は、体育館の二階へ上がると、下にいる七央樹達を眺めた。


「あッ、おーいッ!!」

七央樹はひかりに気づき笑顔で手を振る。


男子バスケの部員達も見上げ、ひかりがいる事が分かると目を輝かせた。


ひかりは笑顔で、男子部員達に大きく手を振った。


男子部員達は皆照れている。


「・・・っ」

その様子に、竜輝と七央樹はそれぞれ複雑な心境になる。


紗輝はずっと七央樹を目で追っている。


七央樹の横にいた亀美也は紗輝に気づくと、紗輝に手を振った。


七央樹は亀美也の視線の先に目をやると、紗輝もいる事に気づき、七央樹も笑顔で手を振った。


「…っっ」

紗輝は恥ずかしそうに小さく手を振り返した。


ひかりはそんな紗輝を見て、何だか微笑ましく思いながら目を細めた。


「キャーッ!浦嶋君カッコいいーッ」


同じ二階には、七央樹のファンである女子生徒達が黄色い歓声を上げている。


「・・・っ」

ひかりと紗輝はたじろぎながら女子生徒達をチラッと見た。


「すごいね…」

ひかりは苦笑いした。


そんな黄色い声を出す女子達がいる中でも、男子バスケ部員のほとんどが、ひかり達の方を意識しながら動いていた。


七央樹を含めた部員達がチラチラとひかり達の方を気にしている事に気がついた七央樹のファンである女子生徒達は、ムッとした表情をさせる。


「もぉー、あの子達何なのー?何で来てんのよ!」

七央樹のファンである女子生徒達は、ひかり達を横目に囁く。


「でもさ…あの人って、たしか浦嶋くんのお姉さんじゃない…?」

「えっ!!そうなの…?」

「どおりでお美しいわけね…」

「嫌われないようにしないと…」


苛立ったり、安堵して褒めちぎったりと…何とも忙しい女子生徒達である。


ひかり達が七央樹達の練習風景をしばらく眺めた後、ひかり達は七央樹達に挨拶しその場を後にした。


紗輝は図書室に用事があると言い、校内で別れた。


ひかり達は一匡のバイト先である喫茶店へと向かった。


--


カランカラン…


ひかり達は一匡が働く"喫茶ハマベ"へとやって来た。


店に入ると、四人掛けテーブルに前と同じような配置でひかり達は座った。


「いらっしゃいませ…」


するとそこへ、見慣れない女性店員がやって来た。


パッと見る限りでは、年上の大学生といったところだろうか。


容姿は綺麗系のお色気美人であった。


ひかり達は、ハマベ特製のシフォンケーキと、スペシャルウィンナーコーヒーをそれぞれ注文した。


「あの人…初めて見るね…」

ひかりは女性を見ながらポツリと呟いた。


竜輝はひかりの言葉を聞き、カウンターにいる女性店員に目をやった。


カウンターでは、コーヒーを淹れる一匡に近すぎるぐらいの位置で女性店員が一匡に話しかけていた。


「・・・」

万莉華は呆然と一匡と女性店員の様子を見ている。


そんな万莉華の様子を、ひかりと竜輝はそれぞれチラッと見た。


万莉華は一気に浮かない表情を浮かべた。


ひかりは慌てて話題を変えた。


「ここのシフォンケーキも美味しいって言ってたよッ!乙辺くん、甘いもの好きだよね?」


「あぁ…うん、好き…」


「よかった、楽しみだね」

ひかりは笑顔で万莉華を見た。


「う…うん…」

万莉華は作り笑いをした。


「・・・っっ」

ひかりと竜輝は、まいったなと言う表情をそれぞれさせた。


「お待たせしましたー」


そこへ運んで来たのは一匡であった。


ひかり達は一斉に一匡を見た。


「よぅッ」

一匡は照れくさそうに言う。


万莉華は恥ずかしそうにする。


一匡からコーヒーとケーキを受け取ると、ひかりは笑顔で一匡を見ながら言った。


「どうも」


「最強コンビだな…これ。ぜってぇうまいよ」

一匡は得意げに言った。


「へぇー、どれどれ…いただきます」

ひかりは早速、シフォンケーキを一口頬張った。


「んーッ!!美味しいッ!!」

ひかりは目を輝かせながら唸った。


すると一匡は、ひかりの口元に付いた生クリームを手で取るとパクッと食べた。


「・・っ!!」

万莉華と竜輝は、課外学習の時にひかりが凰太に言っていた事が実際に目の前で起き、目を丸くさせた。


「…っっ!!」

すると、その様子を見ていた女性店員も酷く驚いた表情をさせていた。


「…ったく、またかよ」

一匡は慣れている様子で微笑みながらひかりを見た。


「へへ…」

ひかりは照れ笑いした。


「・・・」


"羨ましい…"

竜輝と万莉華が同時に同じ事を思っていたことは、誰も知る由がなかった。


そして、二人はさらにこんな事を思っていた。


"傍から見たら恋人にしか見えない…"


竜輝と万莉華は、兄妹だと分かっていながらも少々複雑な胸中であった。


「・・・っ」

そしてもう一人、そんな誤解をしている者がいた。

それは、一匡に接近する女性店員であった。


"あの子…友人カップルを引き連れて彼氏の様子を見に来たってとこかしら…"


その女性店員は、苛立ちながらひかりを敵視する眼差しで見ていた。


「ひかり、そう言えば俺がこの前貸した辞書どうした?」

一匡はひかりをじーっと見る。


「教室のロッカーにあるよ」

ひかりはキョトンとしながら一匡を見た。


「あーじゃあ、あさってで良いから返してくれねぇ?課題で使うからさー。俺、まづっちの課題がなぞかけ過ぎてて辞書ねぇと解けねぇんだわ…」

一匡が苦笑いする。


一匡が言う「まづっち」とは、馬詰まづめ 広敏ひろとしという国語教師である。


「アハハッ!まづっちの課題かぁ…!なぞかけで有名だよね、あの先生。あの高校で一番漫談愛が強い教師とも言われてるしね!私もこの前の国語の授業でなぞかけ問題当てられたけど、全然答えられなかったな…」

ひかりが笑いながら話す。


「あぁ、あのトレンディ俳優の岩田純二みたいな答えのやつな…」

竜輝がポツリと言った。


「何それ…」

一匡が思わず竜輝を見た。


「何かね、双子の卵探し大会と掛けて、キザ野郎ととく。その心は…?ってやつなんだけど…」

ひかりが苦笑いする。


「え、何?」

一匡が真顔でひかりを見る。


「黄身(君)の一身(瞳)に完敗(乾杯)…」

ひかりがポツリと呟いた。


「くだらねぇーッ!!」

一匡が目頭を抑えた。


ひかり達は苦笑いした。


「マジで何の授業だよッ!…ったく」

一匡は項垂れた。


「ねぇ…(笑)。辞書…明日また高校行くから、その時渡すね」

ひかりは笑いながら一匡に言った。


「おぅ、頼んだ」

一匡はそう言うと、優しい眼差しでひかりを見つめながら、ひかりの頭に手を乗せた。


「じゃあ、ゆっくりしてけよー」

一匡は手をヒラヒラさせながらカウンターへ戻って行った。


「・・・・」

"やっぱり…恋人にしか見えない…"

竜輝と万莉華はじーっとひかりを見つめていた。


二人の視線に気づいたひかりは、キョトンとしながら竜輝と万莉華を見た。


「…っっ」

一匡とひかりの様子を見ていた女性店員は悔しそうな表情を浮かべながらひかりを見つめていた。


ガシャンッ…

「痛ッ…」

しばらくすると、カウンター越しで皿が割れる音と共に、女性店員の声がした。


「オィ…大丈夫かよ…」

一匡が慌てて女性店員に駆け寄りバックヤードへ女性店員を連れて行く。

女性店員は、カウンター越しからひかりに目をやると、クスッと不敵な笑みを浮かべながら一匡に連れて行かれた。


「・・?」

ひかりは、女性店員の笑みの意味が分からなかった。


"あれは一体…どういう心境??痛みが快感ってこと…?"


ひかりはポカンとしながら女性店員を見送った。


ひかりの横では、またもや浮かない表情をさせる万莉華がいた。


竜輝はそんな万莉華を心配そうに見つめた。


「私ちょっとお手洗い行ってくるね」

しばらくして、ひかりは席を立った。


「あぁ、うん」

万莉華と竜輝はひかりを見送った。


ひかりは一人化粧室へ歩いて行った。


竜輝と万莉華は二人になると、竜輝がポツリと万莉華に言った。


「なあ、万莉華。お前って…浦嶋の兄さんの事好きだろ」


「…っっ!!」

万莉華は驚きながら竜輝を見た。


「・・うん…。やっぱり、たっちゃんにもバレてたか…」

万莉華は恥ずかしそうに照れ笑いする。


「え…」

竜輝は目を丸くさせながら万莉華を見た。


「今日ね…来る前に、ひかりにも同じ事言われたの…」

万莉華は苦笑いした。


「そりゃ分かるわ…お前意外と分かりやすい。だいたい、十年近く一緒にいて初めてだからな…お前が男に対してあんな表情するの」


竜輝はコーヒーを一口飲みながら冷静に分析している。


「そう言うたっちゃんだって…ひかりの事好きでしょ?」

万莉華がサラリと言う。


「ブホッ…っっ、おまっ…!!」

竜輝は驚いてコーヒーを吹き出しそうになる。


「たっちゃんだって初めてじゃん、あんな表情したりするの。私からしたら、たっちゃんも分かりやすいよ」

万莉華は笑っていた。


「…っっ。う…浦嶋には言うなよ…」

竜輝は顔を赤くさせながら万莉華をジロリと見る。


「うん、言わないよ。でも、いつかはちゃんとひかりに伝えるんでしょ?いつ言うの?」

意外とグイグイ聞いてくる万莉華。


「…っっ。まだッ!俺だって…こんな事、初めてで…自分でも戸惑ってんだよ…。だから、俺にも時間と勇気が必要っていうか…」

竜輝は狼狽えながら言う。


「そっか…。そうだよね。背中をもう一押ししてくれる何か大きな出来事でもないと…なかなか思い切れないよね…」

万莉華は、頬杖をつきカウンターで働く一匡をウットリ見つめながら言う。


「そうだな…」

そう呟くと、竜輝も万莉華の視線の先の一匡に目をやった。


万莉華と竜輝は、呆然と一匡を見つめた。


「浦嶋の兄さん…かっこいいよな…」

竜輝は頬杖をつきながらポツリと呟く。


「うん…」

万莉華もポツリと呟く。


「良かったな、お前…出会えて…」

竜輝はまたもやポツリと呟く。


「たっちゃんもね」

万莉華も呟いた。


「あぁ…」

竜輝が静かに呟くと、万莉華と竜輝はそのまま呆然と一匡を見続けた。



「・・・っ」


"アイツら…何でさっきからこっち見てんだ…?"


一匡は、竜輝と万莉華の視線に気がつくと、戸惑いながら竜輝達の視線から外れるように自身の身体を逸らした。

すると一匡は、竜輝達とは反対側である後ろを念のため確認した。


「・・・」

そこには特に何もなかった。


一匡はチラッと竜輝達を一瞥すると、やはりこちらを見ている。


一匡はサササ…と横へ移動してみた。


「・・・」

一匡はチラッと竜輝達を見てみる。


「・・・っっ!!」


竜輝と万莉華は目だけこちらを見ていた。


一匡は静かに驚きたじろぐと、今度は反対側の横に戻ってみた。

そしてまたチラッと竜輝と万莉華を確認する。


「・・・っっ!!!」


やはり竜輝と万莉華は目だけこちらを見ている。


"何なんだよッ!!音楽室に貼ってあるベートーベンかよッ!"


一匡は恐怖に慄きながら、何度か横に移動してみる。


ゆっくりめの反復横跳びのような動きをしている一匡に、横からマスターが声をかけた。


「浦嶋くん…さっきから何してるの…?」


「・・・えっっ!!…あ…いや…えっと、ちょうど良い…ベストポジションを…探ってました…」

一匡は辿々しく言う。


「あ…そう。まあ、君の好きな場所でやってくれて良いけどね…?君の所だけ揺れてんのかと思って、おじさんちょっと怖かったよ…。何か君、険しい顔してたし…」

マスターが目を丸くさせながら一匡を見ている。

マスターはマスターで、自分だけが揺れを感じていないのではと身構えながら、辺りをキョロキョロ見回し、地味に恐怖に慄いていた。


「ハハ…すみません…」

一匡が苦笑いした。


"アイツら…マジで何なんだよッ!"

一匡がギラギラした目つきで竜輝達を見ると、ひかりが戻って来ており三人で楽しそうに話していた。


「・・・」

一匡は拍子抜けをし、キョトンとした表情で三人を見つめた。


--


少し時を戻し…


化粧室では、ひかりもまた戦っていたのであった…。


ひかりが化粧室で手を洗っていると、そこへ一匡に接近気味の例の女性店員が入って来た。


するとその女性がひかりへ話しかけて来た。


「浦嶋くんと私…この夏休みの間、結構長い時間一緒になる事が多くてねぇ…とっても仲良くさせて頂いてるの」

女性は不敵な笑みを浮かべながらひかりを見た。


「あぁ、そうですか。それはめでたいですね」

ひかりは手を洗いながらポーカーフェイスでサラリと返す。


「…っっ!!」

その女性は、全く動じる気配のないひかりに驚き苛立ちを覚えた。


"何なの?この子ッ。自分が彼女だからって余裕ってことッ!?"

女性は心の中で思った。


「そ…そういえばこの前、浦嶋くん言ってたわぁ。やっぱり年上の女性の方が良いって。浦嶋くん、本当はお子さまな女子高生なんかよりも、年上の大人な女性の方が好みなんじゃないかしら?あぁ、それと…こうも言ってたわね…あなたにバイト先まで来られるのも迷惑だって…。浦嶋くんって優しいから、本当の事は直接本人に言えないのねぇ。あなた、ちょっとは察してあげた方がいいんじゃない?」

女性はまたしても不敵な笑みを浮かべながら、ひかりを見る。


"フンッ、これでこの子も余裕なんて無くなるわよ。今までのカップル達みたいにケンカでもして、さっさと別れたら良いのよッ"

女性は心の中で笑った。


「・・・」

ひかりは、なるほどね…と納得した。

この女性は、自分と一匡が恋人であると誤解しているから挑発的なのだと。

先程の不敵な笑みも理解できた。

ひかりは女性の誤解に乗っかってみる事にした。


「別にあなたの意見なんて興味ないんで」

ひかりはまたもやポーカーフェイスで髪を整えながら流れるように言った。


「なっ…!!」

女性は、ひかりの予想外な返しと態度に驚き目を見開いた。


"何なのよッ!今までだったら大抵泣きながら逃げてくか、狼狽えたり怒ったりするのにッ"


その女性は、経験にない想定外の出来事に驚愕していた。


するとひかりが静かに口を開いた。


「私、本人以外の第三者が話す事は、本人じゃなくて話してるその人の意見だと思って、いつも聞いてるんです」


ひかりは表情ひとつ変えずに話す。


「なので私、第三者の言葉は信じない主義なんです。彼が私にかける言葉が全てだと思ってますよ。悔しかったらそれ、どうぞ…彼本人の口から言わせてみたらどうですか?この私に…」

ひかりはキョトンとした顔をしながら、女性の顔を覗いた。


ひかりが言う「彼」とは、英語の「he」の感覚である。


「…っっ!!」

女性は酷く驚きながら唖然とし、何も言い返せなかった。


「それに…もし優しさで本当の気持ちが言えないなんて事があるなら、それは逆に優しくないですね。彼の優しさは、そんな偽物じゃありませんよ」


ひかりはそう言うと、逆に不敵な笑みを返した。


「…っっ!」

女性は目を見開き硬直した。


「あと…女子高生だからってお子さま扱いしないでもらえます?色気がないなんて…これ見てもそう言えますか?」


ひかりはそう言うと、自身の首元をチラッと女性に見せつけた。


「…っっ!!!」

女性はひかりの首元を見るなり、さらに目を見開き言葉を失う。


ひかりの首元には何かに吸われたような小さな赤いアザがあったのだ。


そう…ひかりの首元にあったのは、何か勘違いしそうになるぐらいに紛らわしい…蚊に吸われた跡であった。

蚊に吸われてから何日か経っており、見た目だけでいうと変な勘違いをされやすい跡となっていた。


女性もまんまとその勘違いの罠にかかり、さらに誤解を重ねる…。


「・・・っ」

女性は目を見開いたまま、固まっていた。


「じゃ、お先失礼しまーす」

ひかりはサラリと言いながら、颯爽と化粧室を後にした。


「…っっ」

女性は固く握り拳を作り、悔しそうな表情をさせた。


浦嶋兄妹は、それぞれ珍妙な出来事を地味に戦い抜いたのであった…。


--


喫茶店からの帰り道、万莉華はポツリと呟いた。

「あの女性の店員さん…美人…だったね…」


ひかりと竜輝は驚きながら万莉華を見た。


「大人な女性…って感じて、色気もあって、積極的な感じだったし…。一度狙った獲物は逃さないって感じだったな…」

万莉華は不安げな様子で歩く。


「…っっ」

珍しく不安な心境を口にする万莉華に驚き、何て言葉をかけたら良いか戸惑う竜輝である。


すると、すかさずひかりが口を開いた。


「見た目がどうこうじゃないよ」


竜輝と万莉華はピシャリと言うひかりを驚きながら見た。


「美人、色気、落ち着いた雰囲気、大人っぽい…そんな外見的イメージは何の当てにもならない。一番大切なのは、性格だよ。絶対に取り繕う事が出来ない、隠しててもボロが出やすいもの…。いくら外側やイメージを完璧に作ってても、絶対に性格が顔を出して来て綻びが出てくるんだよ」

ひかりはそう言うと、万莉華を優しい表情で見た。


万莉華は目を丸くさせながらひかりを見た。

竜輝を呆然とひかりを見つめる。


「私は確信してるよ。あの女性よりも、万莉華の方が数万倍魅力があるって事。だから自信持ちな。何てたって、相手は私のお兄ちゃんでしょ?あんな女性に惹かれるはずがないわ…」

ひかりはそう言うと、フッと笑った。


「ひかり…」

万莉華はギュッと、胸を押さえ涙が出そうになるのを堪えた。


竜輝は、優しい表情でひかりを見つめていた。


--


「あ、乙辺…」

七央樹は部活からの帰宅途中、前を歩く紗輝に声をかけた。

夏休みにもなると、七央樹は紗輝を呼ぶにあたり、さん付けしなくなる程度に打ち解けていた。


「…っっ!!」

紗輝は七央樹に声を掛けられ驚いた。


「あ…浦嶋くん…。おつかれ…」

紗輝は照れながら呟いた。


「今帰り?」

七央樹はチラッと紗輝を見た。


「うん…。図書室に長居しすぎちゃって…」

紗輝は苦笑いした。


「本読むの好きなんだ」

七央樹は目を丸くしながら紗輝を見た。


「うん。本なら何でも好き。漫画とかも…」

紗輝は照れながら言う。


「へぇー!うちの姉ちゃんも少女漫画めっちゃ読んでるぜ?今度うちに遊びに来ると良いよ、姉ちゃんの部屋少女漫画だらけだから」

七央樹はニコニコしながら言う。


「え…う、うん…」

サラリと自宅に招く七央樹に若干の戸惑いと嬉しさを噛み締める紗輝である。


「今日、練習見に来てくれてたよな…」

七央樹は照れ笑いする。


「あぁ…うん…」

紗輝も照れくさそうに応える。


「何か…乙辺達に見られてると思うと、結構緊張した…。普段誰かに見られててもそんな事ないのに、何でかなー?」

七央樹は空を見上げる。


「…っっ」

紗輝は、七央樹の言葉にまたもや若干の戸惑いと何か期待してしまう上向きな感情が湧き上がる。


「また暇な時見に来てよッ!」

七央樹はニカッと笑いながら紗輝を見た。


「えっ!…う、うん…」

紗輝は顔を赤くさせながら俯いた。


紗輝は、夕焼けのおかげで幸いにも顔の赤さが紛れる事に安堵した。

それは、七央樹も実は同じであった。

二人とも同じように思っている事は、お互い知る由もなかった…。


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その夜、浦嶋家では週一で行われる浦嶋兄妹弟セキララトーク(通称:ウラトーーク)が開かれていた。


浦嶋兄妹弟の仲の良さの秘訣である。


「なぁ、ひかり。いつもお前と一緒に来てるあの二人。今日俺んとこ、ずーっと見てたんだけど…あれ何?俺が移動しても移動しても見て来んだぜ?あれ何?」

一匡がひかりに詰め寄る。


「アハハッ!それ、目の錯覚じゃないのー?ほらぁ、音楽室に貼ってあるベートーベンみたいなさッ!」

ひかりが笑いながら言う。


「・・うん。それ俺も思った…。生身の人間でもそういう事ってあんの?絵じゃなくても…」

一匡が真顔で言う。


「いやいや、それは完全に見てるだろッ!」

七央樹が豪快にツッコむ。


「だよなァッ!何なんだよもうッ!マスターに俺だけ揺れてる男だと思われたじゃねぇかッ」

一匡が苛立ちながら言う。


「え、兄ちゃん揺れてたの?」

七央樹が真顔で一匡を見る。


「・・・」

一匡は説明するのが恥ずかしくなり無言で七央樹を見た。


「それより、お兄ちゃん。お兄ちゃんって女子高生より年上の女の人の方が好きなの?」

ひかりは、すかさず一匡にたずねた。


「はぁあ?何だよ急に。別にそんな事ねぇけど?」

一匡は炭酸水を飲みながら応える。


「だよねー」

ひかりも炭酸水を一口飲む。


「どうしたんだ?姉ちゃん」

七央樹も炭酸水をグビグビ飲む。


酒の代わりに炭酸水を飲んでトークをする浦嶋兄妹弟である。


「いやね、お兄ちゃんのバイト先にいる女性の店員さんいるでしょ?その人が突然化粧室で私に言って来たの。女子高生より年上の女性の方が良いってお兄ちゃんが言ってたって」

ひかりが何の躊躇いもなくサラリと言う。


「はぁあー?!何の為にそんな根も歯もないことを?…っつーか、何でそんな事をひかりに言うんだァ?」

一匡は首を傾げる。


「たぶんあの人、私とお兄ちゃんが恋人同士だと勘違いしてるみたい…」

ひかりが苦笑いする。


「え…。っていうか、仮にお前の事を彼女だと思ってたにしてもよぉ、彼女に対してそんなデタラメ言うのかよ…。そんな事したら喧嘩になるに決まってんだろ」

一匡は険しい顔をさせる。


「それがあの女の狙いなのよッ。別れさせる為に嘘の情報を吹き込む荒手の別れさせ屋みたいなもんだね。確信犯と見たッ!」

ひかりの勘が冴え渡る。


「だとしたら…あの女、めちゃくちゃ性格わりぃじゃねぇかッ!」

一匡は眉間に皺を寄せる。


「あぁ、確かこうも言ってたわね。バイト先に私が来るのをお兄ちゃんが迷惑がってるって」

ひかりが一匡の顔を覗く。


「チッ…。七央樹、あの女の口にボタンでも縫い付けて二度と開かねぇようにして来いッ」

一匡はギリギリ怒りながら言う。


「あの女って…俺会ったことねぇし…。つーか、そのボタンの付け方は姉ちゃんだからな」

七央樹が苦笑いしながら言う。


「私が縫い付けて良いって言うならいくらでも…。っていうか、七央樹は絶対会っちゃダメよッ!丸飲みされちゃうからッ」

ひかりは青ざめながら言う。


「え、妖怪…?」

七央樹はキョトンとする。


「ある意味、妖怪ね…。自分の欲しいモノは手段を選ばずに、人を傷つけても…人の幸せ壊してまでも…絶対に手に入れたがる…妖怪…」

ひかりはカッと目を見開きながら言う。


「・・っっ」

七央樹と一匡は恐怖に身震いした。


「・・つーかよぉ…ひかりが来るのを俺が迷惑がってるって言うけど…俺はむしろあの女の方に迷惑してんだけどッ!いっつもベタベタくっ付いて来て鬱陶しいしさ…マジで俺の修行の邪魔…」

一匡は苛立ちながら言う。


「というわけで、何か面白そうだからその女の人には私達が恋人同士って事にしとこうよ」

ひかりがニヤニヤしている。


「・・・まぁ…いいけど」

一匡は可愛い妹の頼みとベストポジションな設定に満更でもない様子を見せる。


「何それッ!兄ちゃんずるいッ!面白そうッ」

七央樹が一匡とひかりに詰め寄る。

一匡は勝ち誇ったように七央樹に微笑む。

そんは一匡に七央樹はムッとする。


「七央樹は部活頑張ってなさい。練習の応援、また行くから」

ひかりは七央樹を宥める。


「・・・っ」

七央樹は拗ねながらも、ひかりが応援に行くという言葉で少し機嫌が戻った。


「でもお兄ちゃん。本当あの女の人は要注意だからねッ!気をつけてよッ」

ひかりは険しい表情で一匡を見た。


「大丈夫だよ。この俺があんな女にどうにかなるわけねぇだろッ」

一匡は意気揚々に言う。


この時の一匡はまだ知らなかった。


この後、一匡の身に災難が起こるという事に…。


--


翌日、ひかりは辞書を取りに高校へ行った帰り、一匡のバイト先である「喫茶ハマベ」の前を通りかかった。


すると、ちょうど向かいの方から二人の女性が歩きながら大声で話していた。

ひかりの耳に自然と話が入ってくる。


すると、女性達はこんな会話をしていた。


「ねぇ、この前ここの喫茶店入ったらさ…私が前に付き合ってた彼の浮気相手が働いてたんだけどッ」


「え、それって…彼氏奪われたとか言ってた時の?」


「そうそう…。そしたらさぁ、今度はここで働いてるイケメンを狙ってるみたいだったの!本当腹立つッ」


「え、じゃあ元彼とは別れたってこと?」


「そう思って連絡取ってみたらさ、あの時あの女が言ってた事…全部嘘だったみたいなのッ」


「はぁー?じゃあ二人を別れさせる為に?」


「そうみたい…。どんだけ私達、あの女に振り回されてたのか…」


「・・・」

ひかりは黙って耳を傾けていた。


「へぇー・・なるほどねぇ…」


ひかりは喫茶ハマベを見つめながら呟いた。

 

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〜♪

「今日の海物占いッ!・・最下位は…ごめんなさいッ!昆布のあなた!女難の相が出てますっ!気をつけてッ!でも大丈夫!そんな昆布のあなたに協力者が登場!思わぬご縁を繋いでくれるかも!心を強く持ってねッ!今日も元気にぃー、面舵いっぱーいッ!!」

〜♪


「・・・」


"チッ…何だよ、女難の相って…ふざけんなよッ"


一匡は、毎朝流れるテレビの占いに目をやる。

誕生日などで割り出す海物占いは、一匡の場合、昆布なのである。

以前、ひかりと竜輝が課外学習の夜に電話でたずねていた、あの占いである。


あまり当てにしてない占いだが、毎朝何となく昆布を気にして観てしまう一匡であった。


「協力者…?ご縁…?・・何のこっちゃ…」


一匡はポツリと呟くと、バイト先に向かう為家を出た。


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同じ日、ひかりと万莉華、竜輝と紗輝の四人は、先日のように七央樹のバスケ練習を見た後、紗輝とは別れ、ひかり達三人は一匡のバイト先である喫茶店に足を運んだ。


この日は少し遅くなってしまい、三人は閉店まであと一時間という所で店に入った。


「・・・」

万莉華は顔を赤くさせながら、チラッとカウンターにいる一匡を見た。


一匡は万莉華の視線に気づくと、優しい眼差しで微笑んだ。


「…っっ」

万莉華の好き度数がマックスになる。

万莉華は鼓動が早くなって行くのを感じた。


「…っっ」

一匡の優しく微笑む眼差しが、ひかりに向けられているものだと勘違いした女性店員は、苛立ちを覚えた。


するとその女性は、ここぞとばかりに一匡に身体を密着させながらあれやこれや質問したり話しかけたりしていた。


一匡は無表情で女性に接している。


ひかりは女性を憐れな眼差しで見つめていた。


"お兄ちゃんに一番やっちゃらいけないやつ…"


ひかりは一匡が嫌う女性のタイプを理解していた為、一匡がいつキレ出すかヒヤヒヤしながら見ていた。


一匡の表情が「無」になり出したら、だいぶ怒りのマグマが蓄積されている証拠である。


ひかり達のテーブルに一匡がコーヒーを運んで来た。


「・・・」

ひかりはチラッと一匡を見た。


一匡が苛立ちを抑えているのが分かった。


「・・・っ」

ひかりはどうにかならないものかと考えた。


するとそこへ、女性店員がやって来て一匡の腕に手を絡ませながら言った。


「浦嶋くん、あの上の棚にあるクロスダスターが届かないのーッ」

女性店員は自身の胸を一匡に押し付ける。


「…っっ」

一匡は怪訝な表情をする。


ひかりは何か声をかけようかと思っていると、すかさず横にいた万莉華が声を上げた。


「あのッ!!」


その場にいた皆、驚いたように万莉華を見た。


「・・こ…ここは…喫茶店で…ゆっくりと、珈琲を楽しむ場所で、せっかく良い雰囲気の…お店なのに…店員さんが自らその雰囲気を壊すように、お、お客の前で…そちらの男性にそうやってベタベタして…なんだか…夜のお店みたいになっちゃってるのは…い、いかがなものでしょうかァーッ!?」


万莉華は必死で叫んだ。


「・・・」

店内はシーンとした。


竜輝とひかり、一匡は、初めて見る万莉華の勇敢な姿に目を丸くさせた。


「…っ」

女性店員はツンッとした表情をさせた。

"フンッ…友達なんかの為に世話焼いちゃって…"

女性は、カップルの友人が彼女の為に声を上げたと思っていた。


「・・ごもっとも…」

一匡が無表情で女性にボソッと言うと、女性を突き放した。


「…っっ」

女性は悔しそうに俯きながら、そそくさとバックヤードへ消えて行った。


すると、一匡は万莉華を優しい眼差しで見つめながら呟いた。


「サンキュー」


「…っっ!」

万莉華は目を丸くし、顔を赤くさせた。


そんな万莉華を、見た竜輝とひかりはフッと笑みを溢した。


ひかりは思った。

自分が一匡を守らなくても、ちゃんと万莉華が守ってくれるのだと。

万莉華に一匡を託したいと秘かに思うのであった。


竜輝もまた思っていた。

万莉華は確実に成長しているのだと。

本気の恋とは、人を強くさせるのだと改めて思うのであった。


「今日マスター午後から休みで、あと三十分したらもう店じまいするから、ちょっと待ってて。一緒に帰るわ…」

一匡はひかり達に言う。


「分かった」

ひかりは笑顔で一匡を見た。


--


ひかり達は珈琲を飲み終えると、店じまいする為、一旦外へ出た。


しばらくすると、ひかり達は一匡を迎えに店の裏口に向かった。


すると、裏口の扉が開いていた。


店の中からは、一匡の話し声が聞こえてきた。


「ああいう事はほんと勘弁して…。客もいるんだから…」

一匡が女性に苦言を呈する。


「ごめんなさい…」

女性店員が俯く。


「…っっ」

一匡がムッとした表情をさせながら、勤務表を書き出す。


すると、裏口の扉付近にひかり達が覗いていることに気づいた女性店員は、ひかり達に不敵な笑みを浮かべた。


「…?」

ひかり達はキョトンとした。


「浦嶋くん…」

その女性が一匡の名前を呼ぶと、一匡が顔を上げた。


するとすかさず女性が一匡の唇を奪った。


「…っっ!!」

一匡はギョッとする。


「・・・!!」

一部始終を見ていたひかり達も驚愕した。


「…っっ」

すると、万莉華は目を潤ませその場を立ち去ろうとした。


ひかりはすかさず万莉華の手を掴むと言った。


「ダメッ!逃げちゃダメだよッ。少女漫画と同じになっちゃう!」


「・・・っっ!」

万莉華と竜輝は驚いた表情でひかりを見た。


「ちゃんと最後まで見守るのッ!」

ひかりは一匡達を見ながら力強く言った。


「・・・っ」

万莉華は力を抜きその場に留まることにすると、一匡達にゆっくり目を移した。


「…っ」

竜輝は戸惑いながらなす術なく、共に見守る。


すると一匡は、グイッと両手でその女性を押し除けた。

そして能面のような顔をしながら、自身の袖で力強くゴシゴシと口を拭くと、冷めたように言った。


「これって、セクハラ?」


「なっ…!?」

その女性は未だかつてない相手の反応に酷く驚いた。


「俺アンタの事何とも思ってねぇのに、いきなり唇奪われて不快以外の何ものでもないんだけど」

一匡は自身のファーストキスを奪われ、これまでにない程の怒りに満ちていた。

意外にピュアな一匡なのである。


「…っっ!!」

女性は目を見開き固まる。


「アンタ…相当自信過剰みてぇだなァ。男ならこれでホイホイ乗っかってくるとでも思ってんの?男が皆アンタの誘惑に引っかかると思うなよ?自惚れんな」

一匡は冷酷な表情をしていた。


「・・・っっ」

女性はたじろぎ顔を歪ませる。


「何の関係もねぇ奴が相手の気持ち無視して、強引に人の唇奪うなんてさ…例えアンタが女でも、やってる事は痴漢と一緒じゃねぇかッ」


「…っっ!!」

女性は一匡の言葉に驚愕する。


「アンタは男漁りにバイトしに来てんのかもしれねぇけどなァ…こっちは純粋に金稼ぎと修行の為にバイトしてんだよッ!仕事中もベタベタしてきやがって…俺の稼ぎと修行の邪魔すんなッ!恋人探しなら他行けッ」

一匡は一気に捲し立てた。


「・・・っっ」

女性は一匡に怒りに圧倒され青ざめていた。


パチパチパチパチ…


すると、ひかりが拍手をしながら陰から出て来た。その横には万莉華が目を潤ませながら俯き立っており、竜輝も気まずそうに立っている。

竜輝は人生初の修羅場を目の当たりにし、内心戸惑っていた。


「お前ら…っっ!!いたのかよッ」

一匡は驚きながらひかり達を見た。


「ま、まだいたのッ!?」

その女性は驚きながら、ひかり達を見た。


「え…。まだいたのって…?」

一匡はその女性をジロリと見る。


「・・・っっ」

女性はばつが悪そうにした。


「残念でしたね。ホントはキスしてる良い所だけを見て欲しかったんでしょうけど…あなたがコテンパンに言われる所まで、ばっちり見てしまって」

ひかりは不敵な笑みを浮かべながら言った。


「・・・っ」

女性はツンとしながら顔を逸らした。


「どうも、うちの兄がいつもお世話になってますねぇ…」

ひかりは冷酷な笑顔で言う。


「え…兄…?」

女性はキョトンとした顔でひかりを見た。


「あなた、私の事をなんか勘違いしているみたいですけど…。残念ですが、私…あなたが今しがた襲ったその人の妹です」


「・・っっ!あなた…私を騙してたの!?」

女性は血相を変えながらひかりを見る。


「騙してなんかいませんよ」

ひかりはしれっとしている。


「だ、だって…この前、彼って…」

女性はたじろぐ。


「あぁ、私が言った彼っていうのは、よく英語の教科書に載ってるやつと同じですよ。"He helped the turtle"彼は亀を助けた…これと一緒です」

ひかりは淡々と説明をする。


「うっ…じゃ、じゃあ…あなたの首にあったのは…?」

女性は顔を引き攣らせた。


「虫刺されです」

ひかりは無表情でサラリと言う。


「…っっ」

女性は言葉を失った。


「っていうか…どちらかと言うと、あなたの方が私を騙そうとしてたじゃないですか」

ひかりはため息混じりに言う。


「…っっ、何の事よ…」


「私を恋人だと勘違いしたあなたは私に言いましたよね?兄は年上の女性の方が好きで?私に来られるのが迷惑だとか?」

ひかりがジロリと女性を見た。


「…っっ」

女性は気まずそうに目を逸らした。


「私達、兄妹弟きょうだいをナメめないでもらえます?週一で本音を語り合う"ウラトーーク"であなたの嘘も魂胆も、全部バレバレなんですよッ」

ひかりは名探偵の如く、ビシッと女性に指を差した。


「うっ…」

女性はたじろぐ。


「ハァー・・それにしても…あなたの強引な姿をそんなに披露したかったですか?そうやって今までも、同じような手口で男性を奪って来たんですか?随分手慣れているようでしたけど」

ひかりは呆れたように腕を組みながら女性を見る。


「…っっ」

女性はツンとした。


「人を傷つけて力づくで自分の欲しいものを手に入れて、幸せになったような気になる…随分と変わった趣味をお持ちなんですね」

ひかりは真顔で女性を見る。


「なっ…」


「あなた…兄に対して自分をゴリ押ししたり、周りの女性にマウントを取ることだけに躍起になるあまり、兄がどんな女性が嫌いだとか兄にどんな家族がいるかなんて知ろうともして来なかったみたいですねぇ…。兄が一番嫌いな女性のタイプご存知ですか?」


「・・っっ」


「あなたみたいに、人の気持ちや考えを無視して強引に迫ってくる女性ですよ」


「・・・っっ」

女性は顔を逸らす。


一匡は険しい表情で女性を見ている。


「さっきあなたは、私達が見ている事に気づいていながら、わざと私達に見えるように強引に兄の唇を奪いましたよね?それを見た私達がどう思うかまであなたは想像していたはずです。なぜなら…兄の唇を奪う直前に、わざわざこちらを見て、あなた笑ってましたもんねぇ?確信犯って事で良いですよね?」


「…っっ」

女性はズバリ言われると、唇を噛み締めながら俯いた。


「・・はっ?マジかよ…。アンタが俺を襲う姿を他人にわざと見せつけるなんて…変態じゃねぇか…」

一匡はしかめた顔をしながら女性を見る。


「…っっ!!へ…変態って…」

女性は一匡の言葉に驚き動揺する。


「だってそうだろ?年上のアンタが、男子校生である俺の唇を強引に奪う様子を、わざわざ他人に見せつけるなんてさ…」

一匡の顔が青ざめる。


「し…失礼ねッ!この私にキスされたんだから、むしろ良かったと思いなさいよッ!」

女性は苛立ちながら言う。


「アンタ…さっき俺の言った事もう忘れたんか?それが自惚れてるって言うんだろ。アンタは自分がどんだけのもんだと思ってんの?俺はアンタに唇奪われて、ただただ不快なだけなんだよッ!」

一匡は鬼の形相で激怒した。


「・・・っ」

その女性は、一匡の迫力に圧倒され言葉を失う。男性からこんなに怒られる事は初めてだった。

この浦嶋兄妹は、女性にとって初めて遭遇する人種であった。


「あなた、随分と兄を見縊っていたようですね。あなたの安っぽい誘惑なんかに、兄が靡くわけないじゃないですか。さっきから言うように、浦嶋家をナメないでください。私達は中身第一なんです。例えどんなに外見や容姿に優れていようと、女子高生相手に対抗心燃やして…その相手が傷つくと分かっていながら、わざと傷つけに行くような事を平気でするあなたのような意地悪な人間なんか、そもそもお呼びじゃないんですよ!」

ひかりはギロリと女性を見た。


「・・・っ」

女性はひかりにも圧倒され何も言えなくなる。


「仮にも、あなたが本当に兄の事が好きだったなら、周りを潰しにかかったり、身体で攻めたり、強引に奪うなんて事せずに…まずはきちんと本人に直接、言葉で伝えるべきでした。あなた…自惚れすぎている割には余裕なさすぎですね。蓋を開けてみれば自信なんて皆無じゃないですか」


「・・・っっ!」

女性は痛いところを突かれたように一気に顔を強張らせた。


「あなたの為に、もう一つ忠告しといてあげます。前私にしたように嘘を吹き込んで、わざと二人の仲を壊して、もし仮にそれであなたが狙ってる相手を手に入れることが出来たとしても…あなたは所詮、妥協して選ばれただけの女って事ですからね…ずっと」


「…っっ!!」

女性は目を見開いた。


「だってそうでしょ?あなたがわざと仲違いさせなければ、今でもその二人は想い合ってたわけなんですから。事実を捻じ曲げた嘘だと知っているあなたなら、当然一番よく分かりますよね?本当の愛を手に入れたわけじゃないってことに…」

ひかりは女性に突き刺すような厳しい眼差しを向けた。


「…っっ」

女性は苦虫を噛み潰したような顔をさせる。


「あなたはきっと、諦める強さと当たって砕けて打ちのめされる経験が不足してるんですね」

ひかりは冷静に言う。


「…っ!!」

女性はハッとした表情をさせた。


「嫌でも諦めなきゃいけない時はちゃんと諦めるっていう強さを身につけないと、ずっと執着し続けてしまいますよ。それはもはや、手に入れたいものが好きなわけでもなければ、そこに愛があるわけでもない…。ただ手に入れるまでの自分の事が好きなだけ。そんな自分に執着してるだけなんですよ」

ひかりは冷静に分析する。


女性は顔をしかめる。


「それに…人間何度も打ちのめされて強くなるんです。刀だってそうじゃないですか。何度も何度も打たれて綺麗な刀になるんですよ。人間だって同じだと思いますよ…って、これは"情熱上陸"って番組に出てた無人島で生活する刀鍛冶の方の受け売りですけど」


ひかりは…というか、浦嶋家の兄妹弟は皆、テレビっ子なのである。


「・・・っ」

女性はひかりの言葉を黙って聞きながら俯いた。


「これから先…あなたにまた新しく好きな人が出来たら、今度は誠実な行いをする事をおすすめします」

ひかりは真っ直ぐな眼差しで女性を見た。


「・・・っっ」

すると、その女性は何も言わずに悔しさを滲ませながら、足早にその場を立ち去って行った。


「・・・」

一連のひかりの言葉を真剣な表情で聞き入っていた一匡と竜輝、万莉華は、黙って女性を見送った。


その夜…マスターのスマホに、その女性からバイトを辞める旨の留守電が残されていた事を一匡が知るまでには、そう時間はかからなかった…。


「あの人…きっとプライドがズタズタね…」

ひかりはため息を吐きながら、やれやれとばかりに言う。


「まぁ…人生の良い勉強になったんじゃねぇの…?って、俺もだけど…」

一匡もため息混じりに言う。


「・・・っっ」

竜輝と万莉華は学校以外で起きた修羅場を始めて経験し、呆然としている。


「まったくね…。でもお兄ちゃんはともかくとして、あの女の人はその勉強を高校生に教えられるなんて…きっとプライドが相当ズッタズタね」

ひかりが念を押すように力強く言う。


「・・・っっ」

一匡と竜輝、万莉華は何も言えなかった。


「でも…あの高く積み上がり過ぎたプライドを一度ぶっ壊してやった方が、あの人の為にも良いのよ」

ひかりは落ちついた口調で言う。


一匡と竜輝、万莉華は目を丸くしてひかりを見た。


「だって…何度も壊して新しく作り直して、その繰り返しで良いものが出来上がるってもんでしょ?」

ひかりはフッと笑って見せた。


ひかりの大人びている姿に皆、目を奪われ呆然とひかりを見つめた。


「・・・ひかり…。お前ってやっぱ…、本当は俺の姉さんなんじゃねぇか?母さん、俺ら出す順番間違えたんじゃね?」

一匡は目を丸くしながらひかりを見る。


「ねぇ…それ、お母さんに言ったらまたバカにされるからやめときなよ?」

ひかりは冷めた目で一匡を見た。


「フッ…」

万莉華は思わず笑みを溢し小さく笑った。

そんな万莉華につられて、皆笑った。


すると、万莉華はポツリと呟いた。

「ハァー…。でも…あの人は今までずっと、あのやり方で男の人を落として来たのかな…?」


竜輝はチラッと万莉華を見る。


「こわいな…」

竜輝はポツリと呟くと、改めて女の恐ろしさを実感し身をすくめた。


するとひかりは、ため息混じりに言う。


「今まであんなやり方が通用してたなんて、あの人は逆に運が良かったのか…それとも、今日この日の為に…自分の身に降りかかる災いを貯めてたのか…」

ひかりは苦笑いした。


「男って奴は…ったく…」

一匡は呆れながら言う。


「…っっ」

竜輝は険しい顔をする。

そして改めて竜輝は思うのだった…。

色仕掛けで寄ってくる女には、なおさら気をつけようと…。


「じゃあ、あの人が落とせなかったお兄ちゃんみたいな男は希少なのかな?特別天然記念物に指定されるかな?」

ひかりはじーっと一匡を見つめた。


「されねぇよ」

すかさず一匡はツッコむ。


「お、俺も絶対落ちないッ!」

竜輝が珍しく慌ててひかりに言う。


ひかり達は驚いたように竜輝を見た。


「じゃあ乙辺くんも特別天然記念物だね!」

ひかりは弾けるような笑顔で笑う。


「…っっ」

竜輝はひかりの笑顔に思わず見惚れる。


「んなもん、口では何とだって言えんだよッ!」

一匡がギロリと竜輝を見た。


「・・っっ」

竜輝が一匡の圧にたじろぐ。


「でも…お兄ちゃんのあれは許せないわね。あれだけ気をつけろって言ってたのに、何唇奪われちゃってんのッ!」

ひかりは思い出したようにギリギリと怒りながら一匡に詰め寄る。


「…っっ」

一匡も思い出し意気消沈する。


「ったく、何の為に空手の形を極めてんのよッ!あそこは俊敏にかわしなさいよッ!こうやって…シュッ…シュッ…」

ひかりは怒らながら、空手の形をやってみせる。


「・・ハァー…。情けねぇよな…マジで。今度こそ絶対気をつけるわ…」

一匡は、珍しくしおらしい様子でポツリと呟く。

一匡は相当ショックを受けているようであった。


ひかりと竜輝、万莉華は驚いたように一匡を見ると、お互いに顔を合わせ気の抜けた表情をさせた。


「まぁ…お兄ちゃんも、本当に良い勉強になったねぇ。でも、唇奪われた後のお兄ちゃんの対応は、かっこよかったよ」

ひかりは一匡の肩をポンッと叩き、ニッと笑った。


「ひかり…」

一匡は若干涙目になる。


「あッ!お兄ちゃん、もう遅いし…万莉華を送って行ってくれる?私、お母さんに"スーパー東の友"で特売の昆布買って来てって頼まれてるから、ちょっと乙辺くんと一緒に寄ってく」

ひかりはサラリと言い、万莉華を一匡に託した。


「…っっ!!」

万莉華は驚き、目を丸くさせながらひかりを見る。


「えっ!!」

竜輝は、ひかりから突然、二人きりでの"スーパー東の友"行きを言い渡され驚き固まる。


「え、何でその組み合わせなんだよ…。普通、俺が一緒に行くとこだろ…ヒガトモ(東の友)に」

一匡はキョトンとしながらひかりを見る。


「私は乙辺くんと行きたいのッ!お兄ちゃんは今日の反省でもしながら、万莉華を無事に送り届けてッ!」

ひかりはビシッと一匡に言う。


「うっ…」


"私は乙辺くんと行きたいの…"


一匡はひかりの言葉に何気にショックを受けた。


一方、ひかりの同じ言葉で喜ぶ者がいた。

それは竜輝である。

喜びのスキップする心臓を、竜輝はそっと抑えた。


一匡はギロリと竜輝を見る。


「…っっ」

竜輝は一匡の視線を気まずそうにかわす。


"チッ…。ニヤける口を必死で抑えてんじゃねぇぞ小僧ッ!バレバレなんだよッ"

一匡は悔しさを滲ませる。


「…分かった」

一匡は観念し、シュンとしながらポツリと呟いた。


「じゃあ頼んだよ!私達は昆布争奪戦に勝ってくるからッ」

ひかりは意気揚々に言う。

そしてひかりは万莉華をチラッと見て微笑んだ。

万莉華は驚きながらひかりを見た後、そっと笑みを溢した。


"・・・昆布…"


その瞬間、一匡はふと朝の占いを思い出した。


"女難の相…"


「…あっっ!!・・…当たった…」

一匡は目を見開き大きな声をあげた後、ポツリと呟いた。


「ん?何が?」


ひかり達はキョトンとしながら一匡を見る。


一匡は目を丸くさせたまま、ひかりを呆然と見ながら呟く。


「昆布…」


「うん!任せて!絶対戦いに勝つから大丈夫!」

ひかりはガッツポーズをしながら笑顔で一匡を見た。


「・・・」


昆布違いで話が噛み合わない浦嶋兄妹であった…。


"戦い…?勝つ…?"

竜輝は新たな不安に駆られていた…。


--


一匡と万莉華は二人帰路に就いていた。

すると、一匡が静かに口を開く。


「なんか…今日は悪かったなァ、変なもん見せちまって」

一匡が苦笑いする。


「いえ…。私…あのまま…逃げ出さなくて、本当良かった…」

万莉華が顔を赤くさせながら呟いた。


「え…」

一匡はキョトンとしながら万莉華を見る。


「ひかりに…止められたんです。逃げちゃダメって」


「え、アイツに…?」

一匡は驚いた表情をする。


「たぶんひかりは、一匡先輩を信じてたんだと思います。一匡先輩があの女性を、バシッと突き放すってことを…」

万莉華は微笑みながら言う。


「・・ひかりが…」

一匡は呆然としながら呟いた。


「本当にその通りでしたね。ひかりは一匡先輩のことよく分かってますね。私は浦嶋家の兄妹愛に感動しました…」

万莉華は笑顔で一匡を見る。


「・・っっ」

一匡は万莉華の初めて見る満面の笑顔に驚くと、フッと笑みを溢した。


「…怖くても最後まで信じて見てて私も良かったです…。あんな所で逃げたままだったら、今頃私…頭がモヤモヤしたままで…きっと家で泣いてました…」

万莉華が顔を赤くしながら恥ずかしそうに言う。


「えぇっ!そんなにぃ!?・・・あぁ、まぁ…そうか…。あんなもん見せられて気持ち悪いもんな…」

一匡がたじろぎながら言う。


「えっと…気持ち悪いとか…そんなんじゃ…なくて…」

万莉華は俯く。


「・・?」

一匡は不思議そうに万莉華の顔を覗いた。


「私…あの人が一匡先輩を狙ってるの分かってましたし、あの人…押しが強そうだったし…大人の色気もあって…美人だったから…。きっといつか、一匡先輩はあの人と恋人に…なってしまうんじゃないかって…思って…その…不安で…」

万莉華は俯きながら言葉を振り絞る。


「いやいやいや、ないないない。色気とか美人とか、俺あんま興味ねぇし。押し強いのとか、むしろ嫌だし…」

一匡は苦笑いしながら、すかさず否定する。


「・・・一匡先輩は…やっぱり、…か、かっこいいですね…」

万莉華は顔を赤くしながら言った。


「え…?・・えーっと…それはー…どうも…」

万莉華の言葉に、さすがの一匡も何だか照れくさくなり若干顔を赤くさせた。


そして一匡は思った。

"今のどこら辺がかっこいいって思ったんだ…?"


「・・・っ」

万莉華は恥ずかしそうに俯いた。


「そーいやぁ…今日、あの時バシッとあの女に言ってくれてありがとなァ。俺も本当迷惑してたからさ…マジで助かった。客の前で俺が怒るのも嫌だったしさ…。万莉華ちゃんもすげぇじゃんッ!一瞬ひかりに見えたわッ」

一匡が笑顔で言う。


「・・っ!・・嬉しい…」

万莉華は驚きポツリと呟いた。


「え…」

一匡は万莉華の言葉にキョトンとする。


「私…ひかりみたいになれたら良いなって…思ってたんで…」

万莉華は照れながら言う。


すると、一匡は万莉華に優しい表情をさせながら言う。


「ひかりはひかりで凄いけどさ、何もひかりみたいにならなくても良いんじゃね?確かにひかりみたいだとは思ったけどさ、でもあの時凄かったのは、間違いなく万莉華ちゃんだからなァ。俺は万莉華ちゃんがひかりみたいだから褒めたんじゃねぇよ?万莉華ちゃん自身の凄さに感動したんだよッ」

一匡はそう言うと、ニカッと笑いながら万莉華を見た。


「…っっ!!」

万莉華は一匡の言葉と弾ける笑顔に衝撃を受け、呆然と一匡に見惚れた。


すると、万莉華は立ち止まり、何かを決心したように一匡を見た。


「・・?」

一匡は、突然立ち止まる万莉華を不思議に思いながら見つめる。


「私…さっきの女性みたいにはなりたくないので…ちゃんと、言葉にして言います…」


万莉華は静かに話し出した。


「わ…私は……、か、一匡先輩のことが……す、好きですッ!!」

万莉華は力を振り絞り、必死で一匡に想いを告げた。


「・・・っっ!!」

一匡は、思いもしなかった万莉華の告白に驚き目を丸くしながら万莉華を凝視した。


「・・あの…ですので、その…私のことも…こ、恋人候補…として…考えてくれたら…う、嬉しい…です…。えっと…返事は…すぐじゃなくても…良いので…」

万莉華は恥ずかしくなり辿々しく言う。

万莉華は走った後のように心臓がバクバクしている。


「え…」

一匡が戸惑っていると、すかさず万莉華が言った。


「わ…私、こ…ここ曲がってすぐなのでッ!今日は送っていただいて…ありがとうございました!で、ではまたァッ」

万莉華が慌てながらそう言うと、走り去ってしまった。


「・・・・なんて日だよ…」

一匡は呆然としながら、去って行く万莉華の後ろ姿を見つめていた。


"協力者…思わぬご縁…"

一匡は、またもや朝の占いが頭をよぎった。


一匡は推理した。


協力者…ひかり、思わぬご縁…万莉華…


「マジかよ…」

一匡は、極たまに大当たりする朝の占いに驚愕した…。


--


「乙辺くんのおかげで昆布を勝ち取れたよーッ。ありがとね…」

髪を乱しながら笑顔で言うひかり。


「あぁ…いや、役に立てて良かった…」

髪と服を乱しながら竜輝が苦笑いする。


「それとー・・今日はいろいろとごめんね…。お見苦しいところを…」

ひかりが俯く。


竜輝は珍しく元気のないひかりに驚きながら、慌てて諭すように言った。


「・・いいよ…謝らなくて…。浦嶋のせいじゃないだろ」


すると、ひかりが静かに話し出した。


「私ね…普段は少女漫画ばっかり読んでるんだけど、あんな場面に実際遭遇したの初めてで…本当にこんな事起こるんだって、正直驚いた。少女漫画とかにもね、たまーに出てくるの…ああいう人。その度に思ってた…。人を傷つけてまで手に入れた幸せなんて、本当は誰も幸せになんかならないのにって…」


「・・・」

竜輝は黙ってひかりの話に耳を傾けている。


「だからね、そういう少女漫画見る度に日頃から思ってた事が一気に溢れた。あの人は、ああいうやり方でしか男性を振り向かせられないって思ってる…実はかわいそうで不器用な人…。それに気づいてないなんて…もし気づいてたとしても目を背けたままじゃ…今後あの人に関わる人達だけじゃなくって、あの人自身の為にもきっとよくないって思った」


「・・・」

竜輝は目を丸くしながらひかりの横顔を見た。


すると、ひかりは続けた。


「これからは、後ろめたさのない…気持ちの良い恋愛が出来るようになれると良いな…あの人」

ひかりは空を見上げた。


そんなひかりの横顔を呆然と見つめながら竜輝が口を開く。


「なれるさ…きっと」


ひかりは驚いたように竜輝を見た。


竜輝は優しい表情をしてひかりを見つめながら話す。


「浦嶋の言葉は強くて厳しいのと同時に、何か愛みたいなもんを感じる。きっとあの人も、浦嶋の言葉を聞いて何かが変わったんじゃないかって…俺は思う…」


ひかりはハッとした表情をさせ竜輝をまじまじと見つめる。


「・・っ」

ひかりの視線がだんだん恥ずかしくなった竜輝は思わず正面に顔を向けた。


すると、ひかりは照れ笑いしながら言った。


「ありがとう…。そう言ってもらえると、救われる。前向きになれた…」


「・・っっ」

竜輝は顔を赤くさせながらチラッとひかりを見ると再び目線を前に戻した。


「万莉華の恋も、上手く行けば良いなァ…」

ひかりがポツリと呟いた。


「・・あぁ…。万莉華があんな風になるの始めて見た…」

竜輝は微笑みながら言う。


「乙辺くんも、やっぱり気づいてたんだね」

ひかりはニッコリ笑った。


「いち早く気づいた…」

竜輝は苦笑いした。


「そうなの!?」

ひかりは目を丸くしながら竜輝を見た。


竜輝は小さく笑いながら頷く。

すると竜輝はポツリと呟いた。


「本当に変わったよ、アイツ…」


「目覚め…」

ひかりがポツリと呟いた。


「え…」

竜輝はキョトンとする。


「万莉華の中の小人がきっと、目覚めたんだね。自分の中で眠ってた"動けッ!"って指示を出す小人が…」

ひかりが笑顔で竜輝を見る。


竜輝は呆然とひかりを見つめながら静かに言った。


「それ、目覚めさせたの…浦嶋だよ」


「え?私?」

ひかりは驚きながら竜輝を見た。


「うん。万莉華のだけじゃない、俺のだって…」

竜輝は俯きながら言う。


「・・乙辺くんのも…?」

ひかりはキョトンとした表情で竜輝を見る。


「浦嶋…。今度の夏祭りさ…、一緒に行かないか…?・・その…二人で…」

竜輝は赤くなっている顔を逸らし、今にも飛び出してきそうな心臓を沈めながら言った。


「・・っ!!」

ひかりは竜輝の言葉に驚き固まった。

そして、ひかりにとって衝撃的な最後の言葉だけがリピートする。


"二人で…二人で…二人で…"


「う…うん…。よ、喜んで…」

ひかりは顔を赤くさせながら呟いた。


竜輝はハッとさせひかりを見ると、ひかりは照れ笑いしている。


「…っっ」

そんな愛らしい表情をさせているひかりに、竜輝は今にも抱きつきたくなるが、ここはグッと堪える。


「じゃあ…また連絡する…」

竜輝はニヤけそうになる表情筋に喝を入れながら冷静を装い呟いた。


「う…うん…」

ひかりは表情筋には甘い為、ニヤけたまま返事をする。


そんなひかりを見た竜輝は、理性を必死に保ちながら呟く。

「・・っっ。じ…じゃあ…」


「うん…。あッ!!ちょっと待って…」

ひかりは思い出したように竜輝を引き止めた。


「・・っっ!?」

竜輝は緩みかけた口元を引き締め直し振り向く。


「これ…今日の報酬…。乙辺くん戦い頑張ってくれたから…」

ひかりはそう言うと、大量の昆布を分け与えた。


「えっっ!!そんなん…良いのに…」

竜輝はたじろぐ。


「受け取って!これは…私の気持ち…。ほら、お節料理でもあるでしょ?昆布は…よろこんぶって…」

ひかりはニヤニヤしながら言う。


「・・っっ、よろこんぶ…」

竜輝は呆然とひかりを見つめポツリと呟きながら昆布を受け取る。


「そうッ!喜んぶ!!今日、乙辺くんと東の友に行けた事も、乙辺くんに励まされた事も、夏祭りに誘われたことも…私にとっては全部、喜んぶ!!」

ひかりは竜輝を見ながら弾ける笑顔でニカッと笑った。


「…っっ」


ギュ…

竜輝はひかりの言葉と笑顔に、思わずひかりを抱きしめた。


「…っっ!!」

ひかりは課外学習以来、再び竜輝に抱きしめられ驚き固まる。

ひかりの心臓太鼓が一足先に、祭りのごとく軽快にドンドコ鳴らしている。


しばらくして、ひかりはまたもや心臓太鼓が破れそうになり竜輝に声をかけた。


「あ…あの…おと…乙辺くん…?」


竜輝は我に返りパッと身体を離した。


「ごめん…じゃぁ…」

竜輝は俯きながら呟いた。


「え、ううん…それじゃ…」

ひかりも辿々しく呟く。


「あ、これ…。ありがと…」

竜輝は顔を赤くさせ、緊張した表情をさせながら昆布を軽く持ち挙げ呟いた。


するとひかりは微笑みながら呟く。


「よろこんぶ」


竜輝は思わず笑みを溢した。


--


その日、浦嶋家の夕食では…


「今日は昆布の煮付けよ」

母のつゆかが笑顔でテーブルにドンッと出す。


「昆布、凄い量だな…」

父である八洲雄やすおがたじろぐ。


「勝ったんだよ…戦いに…」

ひかりはウットリとした表情でポツリと呟く。


「さすが我が娘ッ!」

つゆかはご満悦な様子である。


「俺…昆布はいいや…」

一匡は呆然としながらポツリと呟く。


「え、兄ちゃん…どうしたんだァ?」

弟の七央樹は驚いたように一匡を見る。


「もう腹いっぱい…いろんな意味で…」

無表情で一匡は言う。


「兄ちゃんってそう言えば朝の海物占い、昆布だよなァ?仲間なんだから食べなきゃダメじゃーんッ」

七央樹がニタニタしながら一匡を突っつく。


「テメぇ…しばくぞ」

瞬時に鬼の形相になる一匡。

しばらく、昆布に敏感になる一匡であった…。


「よろ…こんぶ…」

箸で取った昆布の煮付けをウットリと見つめながら、ポツリと呟くひかり。


「・・・・」

そんなひかりを、驚きと不審な眼差しで浦嶋家一同凝視した。



一方、乙辺家では…


「よろこんぶ…」

味噌汁に浮かぶ昆布を見つめながらポツリと呟く竜輝。


「・・・」

乙辺家一同、最大限に目を丸くさせながら竜輝を凝視した。


--


数日後-


一匡がバイト先の喫茶店に出勤する途中、目の前には "女難の相"で一悶着あった、かつて一緒に働いていた女性が立っていた。


「・・っ!」

一匡は驚き咄嗟に身構える。


「・・そんな警戒しなくても大丈夫よ…何もしないから…」

女性は俯く。


「・・・」

一匡は依然警戒しながら女性をジロリと見た。


「今日はちゃんと浦嶋くんに謝りたくて…。この前は、その…本当に…ごめんなさい…」

女性は深々と頭を下げた。


「…っっ」

一匡は驚きながら女性を見つめた。


「それと…私…浦嶋くんの事が、好きです」

女性は恥ずかしそうに言った。


「・・っっ」

一匡は突然の告白に目を丸くした。


「今日は…浦嶋くんの妹さんが言ってたように、当たって砕けて…打ちのめされてみようって思って来たの…。自分にけじめをつける為にも…ね」

女性は気の抜けた表情をする。


「…っっ」

一匡は俯く。


「それに…せっかくちゃんと好きだったのに、浦嶋くんとの思い出を嫌な思い出のまま終わらせたくなかったから…。あの時私、変われたなって…ちゃんとした良い思い出にしたいの。だから…私をしっかり振ってください」

女性は一匡を見つめながら言った。


一匡は女性の言葉を聞き身体の力を抜いた。

すると、一匡は静かに口を開いた。


「ごめん、アンタの気持ちには応えられない…」


女性は一匡の言葉を聞き、目を潤ませながら静かに頷いた。


「まぁでも、アンタがどこかで幸せになってる事を祈るよ」


一匡が顔を逸らしながらポツリと呟いた。


女性は驚き顔を上げ、目を潤ませながら一匡を見た。


「…今度はきたねぇ手なんか使わないで、今みたいにすりゃ良いんだよ。そうすれば、今度アンタが新しく好きになる別の奴は、ちゃんと向き合ってくれるんじゃねぇの?」

一匡はぶっきらぼうに言う。


女性は一匡の言葉を聞き、緊張した顔を緩めると静かに頷いた。


「二度と他人の幸せ壊したり、傷つけるような真似すんじゃねぇぞ」

一匡はジロリと女性を見た。


「はい…。すみませんでした…」

女性はシュンとしながら呟いた。

そして、続けて話す。


「妹さんにも…謝っておいて。あと、ありがとうって…伝えといて…」


「え…」

一匡は目を丸くして女性を見た。


「私…妹さんに言われた事でも、目が覚めたの。浦嶋くんの妹さん、凄いわね。堂々としてて、強くて…。年上の私が言うのもなんだけど…妹さんみたいな女性に憧れる。かっこいいわね」

女性は微笑みながら言う。


すると、一匡は小さく笑みを溢した。


「・・だろ?俺の自慢の妹」

一匡はニカッと笑いながら言った。


女性は一匡の笑顔を見てフッと笑うと言った。


「それじゃあ…。私も浦嶋くんの幸せを願ってるわ」


「おぅ。じゃあな」

一匡がそう言うと、二人は別れた。


女性は何だか、晴れやかな気分だった。

初めて自分からちゃんとした告白をして、初めてちゃんと振られた経験が、とても新鮮だった。

そして、いつかまた…今度はちゃんとした恋をしようと思うのであった…。


一方、一匡は妹のひかりを褒められ嬉しく思うのであった。

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