六.課外学習の力
翌日-
ひかり達は、題して「山も知ろう課外学習」という二泊三日の夏休み前のイベントへ参加した。
各学年それぞれ違う日程で行われる年間行事の中の一つである。
山にはコテージがいくつかあり、ひかり達はそこで寝泊まりする。
このイベントには、他校の生徒達も来ていた。
竜輝達や万莉華とひかりが歩いていると、早速他校の生徒達の熱い視線が向けられた。
「ねぇ…あの人かっこよくない?」
「あの人達かっこいいね…」
「おぃ…見ろよ、あの子達めっちゃ美人…」
「やべぇ…どっちも可愛い…」
他校の女子生徒達や男子生徒達は口々に囁き騒ついた。
「さすが、もうざわつき始めたな…」
真夏斗が周囲に目をやりながら呟く。
「今回は浦嶋ちゃんもいるから余計に目立ってんじゃない?」
凰太が苦笑いした。
「…っっ」
竜輝はチラッとひかりを見た。
自分はともかく、ひかりに向けられている他校の男子生徒達の眼差しは気が気でない。
「あの…ちょっと良いですか?」
すると、他校の女子生徒数人が竜輝達に声をかけてきた。
「・・っ」
竜輝と真夏斗、凰太はついに来たと思いたじろぐ。
ひかりはそんな竜輝達の様子にギョッとした様子で目を丸くする。
すると…
「ねぇ、君達…。ちょっと良いかな…」
ひかりと万莉華のもとへ他校の男子生徒達が声をかけて来た。
「え…」
ひかりは男子生徒達を驚いた表情で見る。
万莉華はついに来たかとばかりに俯いた。
「…っっ!!」
そんなひかり達を見た竜輝は、すかさず女子生徒達に言った。
「ごめん…今忙しいから…」
すかさず女子生徒達を突き放す竜輝に真夏斗と凰太は驚いた。
女子生徒達は残念そうにしている。
すると竜輝はすぐさまひかり達の所へ駆け寄って行った。
「浦嶋達…こっち」
竜輝は他校の男子生徒達をかき分け、ひかりと万莉華を連れ出した。
他校の男子生徒達はおもしろくなさそうにひかり達を見送った。
珍しく勇敢な行動を執る竜輝に、真夏斗と凰太は目を丸くし竜輝達の後を追った。
「竜輝、お前…変わったな。去年は地蔵のようになってたのに…」
真夏斗が驚いた表情で竜輝を見た。
「そうそう、どっちかっつーと俺らが援護してたよな…」
凰太も竜輝の勇姿に目を見張りながら言う。
「そうか?」
竜輝はクールに言う。
「そうだよッ!!去年の俺らの苦労を忘れたとは言わせねぇぞッ」
真夏斗は竜輝に詰め寄った。
「ほんとだよッ!去年も今ぐらいに行動してくれよッ!」
凰太も参戦する。
「…っっ」
竜輝はそんな真夏斗と凰太にたじろいだ。
「さっきのが昨日言ってた、絡まれるってやつか…」
ひかりは驚いたように呟く。
万莉華は困った顔をしながら頷いた。
「極力、人が少ない所にいた方が良いかもね…」
ひかりは苦笑いした。
万莉華は静かに頷く。
「乙辺くん、ありがとね…助けてくれて」
ひかりは微笑みながら竜輝を見た。
「いや…」
竜輝は赤くなった顔を背けながらポツリと呟く。
ひかりは笑顔で竜輝を見つめた。
「・・・」
竜輝に向けるひかりの表情に、真夏斗と凰太は静かに見つめた。
--
竜輝達は、人の少ない所を選び昼食にした。
「海も良いけど、山も良いね!木陰でのご飯も一段と美味しいねッ」
ひかりはニコニコして口元にご飯粒をくっ付けながら言っている。
「・・・っっ」
竜輝と真夏斗はご飯粒を取ってあげたい気持ちをグッと堪えていた。
すると、凰太がサラリとひかりの口元に付くご飯粒を取りパクリと食べた。
「…っっ!!」
竜輝と真夏斗はギョッとしながら凰太を見た。
「本当だ、美味しいッ」
凰太はニッコリ笑った。
ひかりは目を丸くして凰太を見た後、満遍の笑顔で言った。
「アハハッ!ごめん、ありがと…(笑)。私どうしても口にご飯付けちゃうんだよねぇ。よくお兄ちゃんにも毎回同じ事されて、治さなきゃって思ってるのに…どうしてもダメだなーッ」
ひかりはニコニコしながらおにぎりを頬張る。
「・・・・」
その場に居た凰太や竜輝、真夏斗と万莉華は思った。
ひかりは日頃、浦嶋兄弟に訓練されているおかげでちょっとやそっとの事ではときめかない免疫が付いているのだという事を…。
竜輝達は、ひかりのときめく扉の分厚さを思い知った。
「なあ、凰太…。集合」
昼食を食べ終えると、真夏斗と竜輝は凰太を連れてどこかへ行ってしまった。
「・・?」
ひかりと万莉華はキョトンとしながら竜輝達を見送ると、互いに顔を見合せ首を傾げた。
「おぃ…凰太!何だよさっきのやつッ!お前あんな事するキャラだったっけ!?」
真夏斗は凰太に詰め寄る。
竜輝もムスッとしている。
「え、好きな子の口にご飯粒付いてたら取りたくなるじゃん」
凰太はサラリと言う。
「はっ…!?」
竜輝と真夏斗は目を見開き驚く。
「お…凰太…、まさかお前も…浦嶋さんの事…」
真夏斗がゆっくりと言いかけるとすかさず凰太が言う。
「好きだよ」
「なっ…!!」
真夏斗と竜輝は驚き固まった。
真夏斗は思った。
"凰太はノーマークだったわ…"
竜輝は思った。
"凰太、お前もか…"
「・・おまっ…何で今まで俺達に黙ってたんだよッ!」
真夏斗が抗議する。
「・・・」
竜輝は唖然とし言葉を失っている。
「え、何で言わなきゃいけないの?そういうのって各々で頑張ればいいじゃーん。どうせ選ぶのは浦嶋ちゃんなんだしさー」
凰太が呑気な表情で話す。
「…っっ」
真夏斗と竜輝は呆然としながら凰太を見た。
「あ、ちなみに君らが浦嶋ちゃんを好きな事ぐらい、俺分かってたからね?言われなくても」
凰太はまたしてもサラリと言う。
「…っっ!!」
真夏斗と竜輝は目を丸くしながら凰太を見た。
二人は、凰太の勘の鋭さと己の勘の悪さに驚愕した。
そして真夏斗と竜輝の二人は思うのであった。
友人同士、同じ人を好きになった時のやり方は人それぞれであり、どちらも間違いではないという事に…。
「・・・」
清々しくさっぱりしている凰太に、何だか気の抜ける真夏斗と竜輝であった…。
--
「浦嶋ちゃん、うおっちが筍大量に収穫したから運ぶの手伝ってって言ってるから行かね?浦嶋ちゃん、筍好きって言ってたろ?」
凰太がひかりに笑顔で声をかけた。
実は筍好きなひかりである。
ひかりが筍好きというのは、凰太が以前、ひかりと二人で話していた時に得た情報であった。
ちなみに…うおっちとは、担任の魚住の事である。
「…っっ!!」
竜輝と真夏斗はギョッとしながら凰太を見た。
「好き好きーッ!筍どこに生えてたの!?行きたい!」
ひかりは嬉しそうに話す。
「じゃあ俺らちょっと行ってくるわーッ」
凰太はニカッとした笑顔を竜輝と真夏斗に見せながらひかりと歩いて行った。
「・・・っ」
竜輝と真夏斗はお互い真顔で顔を見合わせた。
万莉華はキョトンとしながらそんな皆の姿を見つめた。
ひかりを好きだと互いに把握した凰太と真夏斗、竜輝の三人は、さらにひかりを巡る戦いに拍車がかかる。
ひかり達が戻ってくるなり、今度は真夏斗がひかりに声をかけ二人で出かけて行った。
「…っっ」
いつも乗り遅れ静かに悔しがる竜輝である。
竜輝と万莉華は二人になると、ベンチに腰を下ろした。
「たっちゃん、何か元気ないね」
万莉華は竜輝の顔を覗く。
「なんか…ライバルが多くて…」
竜輝は静かに言いながら、背もたれに寄りかかり天を仰いだ。
「ライバル…?」
万莉華はキョトンとした。
「あ…いや…」
竜輝は顔を逸らした。
万莉華は何かを察すると、ポツリと呟いた。
「たっちゃんなら…大丈夫だよ。慌てなくても…」
万莉華は真っ直ぐ前を見ながら静かに言った。
「え…」
竜輝は驚いたように万莉華を見た。
万莉華は微笑みながら竜輝に目をやると続けて言う。
「無理に頑張らなくても、あの子にならちゃんと届くと思うよ」
万莉華は竜輝にニコッと笑った。
「…っっ!万莉華…お前…」
竜輝は驚きながら万莉華を見た。
この時、万莉華には全てお見通しなのだと竜輝は悟った。
万莉華は静かに微笑んでいる。
「・・うん…」
竜輝は俯き静かに笑みを溢した。
そんな竜輝と万莉華の二人を、ある人物が見ていた。
「お前ら…相変わらず一緒にいるんだなァ」
その人物は竜輝と万莉華に近づきながら声をかけて来た。
「…っっ!!」
竜輝と万莉華はその人物を見るなり驚く。
それは、竜輝と万莉華と同じ中学の同級生であり、万莉華にちょっかいを出していた男子生徒の
亮丞は相変わらず刺々しい態度である。
中学時代も、何かと万莉華と竜輝に突っかかる生徒であった。
「・・・」
竜輝と万莉華は俯いた。
また厄介な奴に遭遇してしまったと竜輝と万莉華は同時に思った。
「竜輝は中学の頃から変わってねぇな。相変わらず無表情で何考えてんのか分かんねぇ。黙って亀園の側にいるだけでさ。ただの幼馴染ってだけでそこまで一緒にいるかよ。実はお前ら付き合ってんだろ?だから俺が亀園にちょっかい出す度に突っかかって来たんだろ?結局未だに二人で一緒にいるしよぉ…」
亮丞は竜輝に詰め寄る。
「・・・」
竜輝は無表情で黙る。
すると凰太と真夏斗とひかりが同時に戻って来ると、少し離れた場所で竜輝達が一人の男子生徒に絡まれている光景を目の当たりにした。
「あれ…アイツ、亮丞じゃん…」
真夏斗も竜輝達と同じ中学であった為、亮丞を知っていた。
「あの人、知ってるの?」
ひかりは目を丸くしながら真夏斗を見た。
「あぁ、同じ中学だった。アイツ、何かと竜輝と亀園に突っかかっててさァ。きっとアイツ、亀園の事が好きだったんだろうなァ。だからいつも一緒にいる竜輝を目の敵にして、挙げ句には亀園にも意地悪な事言ったりしてたんだよ…。アイツ、素直じゃねぇから…」
真夏斗はやれやれとばかりに言った。
「へぇー…」
ひかりは呆然と亮丞を見た。
「何だよー…亮丞もいたのか…。また厄介な奴がいたもんだな…」
真夏斗は頭を抱えた。
「そんなヤバい奴なの?」
凰太は目を丸くしながら亮丞を見つめる。
「いや、ヤバい奴っつーか…めんどくさい」
真夏斗は真顔で言う。
凰太とひかりは真夏斗を見た。
「アイツも結構モテる奴だからさ、何かと竜輝をライバル視してて。竜輝にとっては、かなり面倒な相手なんじゃないかな…」
真夏斗は苦笑いする。
「まぁ…アイツ、黙ってればモテそうだもんな。竜輝に劣らずイケメンだし…」
凰太も苦笑いする。
「・・・」
ひかりは竜輝にそんな相手がいたのかと目を丸くしながら竜輝達を見守った。
「また黙んのかよ。お前はいつも、付き合ってないって事以外は喋らねぇよなァ?俺に勝てねぇって分かってるからだんまり決め込んでんだろ?」
「・・・」
「…っっ、何とか言えよッ!」
すると、亮丞の怒号が響いた。
「…っっ!!」
ひかり達は驚き目を丸くした。
「お前見てるとほんとイラつくんだよッ!」
亮丞は竜輝の胸ぐらを掴んだ。
「あ、浦嶋さんッ…」
ひかりは見かねて竜輝のもとへ駆け寄って行った。
真夏斗と凰太は、すかさず飛び出して行くひかりを驚きながら見送った。
そして、ひかりは現場に着くなり竜輝の胸ぐらを掴む亮丞の手首を掴んだ。
「・・っ!!」
突然現れたひかりに竜輝と亮丞は驚き、目を丸くする。
「誰…」
亮丞は自身の手首を掴むひかりを凝視した。
ひかりは亮丞の手を竜輝の胸ぐらから離すと静かに口を開いた。
「乙辺くん、万莉華…5歩下がってくれる?」
「えっ…」
竜輝と万莉華は驚きながら言われた通りゆっくり後ろに下がる。
「とりゃぁッ!!」
すると、ひかりは亮丞を背負い投げした。
「・・・!!」
竜輝と万莉華、真夏斗と凰太は驚きながらその光景を呆然と見つめた。
亮丞は何が起きたか分からない様子で呆然としている。
そして、ひかりは倒れる亮丞の上から胸ぐらを掴み話し出した。
「乙辺くんはねぇ、人の為に考えて行動してちゃんと守れる強い人間なのよ。喧嘩に勝つことだけが強さなんかじゃないの。黙っててもねぇ、人間勝てる事だってあんのよッ。昔からそうやって来た乙辺くんの本当の強さに、いい加減気づきなさいよッ。アンタは既に負けてんのよ」
「…っっ!!」
亮丞は目を見開きひかりを見る。
「・・・っっ」
竜輝はひかりの言葉に驚き、顔を紅潮させた。
真夏斗と凰太も呆然とひかりの言葉を聞いている。
「それとも…気づいてるのに認めたくないってとこなのかしら」
ひかりは首を傾げながら亮丞を見る。
「・・っ」
亮丞はひかりから目を逸らした。
「アンタ、好きな人にいじわるしちゃうみたいだけど…一体、何に怯えてるわけ?アンタ、強く見せてるだけで、全然強くなんかないじゃない。そんな風にしてたって自分の思い通りにはならない事ぐらい分かってるくせに…」
ひかりは不敵な笑みを浮かべる。
「・・・っ」
亮丞は顔をしかめるも、何も言い返せなかった。
「つまりそれって、ただ自分を守ってるだけでしょ?つまらんプライド守らなきゃならないほど、自信がないってことでしょ?そんなに自分のご機嫌とって、一生そうやって自分に支配されて生きてくの?」
ひかりは真っ直ぐ亮丞を見つめる。
「・・・」
ひかりの力強い眼差しに狼狽えながら、亮丞はチラッとひかりを見るが、すぐ目を逸らす。
亮丞が竜輝を攻め立てる普段の構図とは逆になっていた。
「世の中で一番厄介な相手は自分だよ。自分ばかり相手にしてんな…」
ひかりは鋭い眼差しで亮丞を見た。
「…っ!」
亮丞はハッとした表情でひかりを見た。
「たまには人を思って行動してみなよ。好きな人の前で自分ばかり意識してんな。自分ばかり守ってんじゃないよ」
ひかりはため息を吐きながら言う。
「・・ゴクリ…」
亮丞はひかりの言葉と、どこか大人びている様子にゾクッとし息を呑んだ。
「好きだって思う人の事ちゃんと意識して、その人の方を守るんだよッ。自分の方じゃなくて…」
ひかりは表情を緩ませた。
「…っっ」
ドキッ…
ひかりの優しくなった顔を見た亮丞は一瞬、心臓がビックリしたような感覚になった。
「・・・」
竜輝や万莉華、真夏斗と凰太は終始ひかりに目が釘付けになっていた。
「そうすれば…、少なくとも今のイライラしてるアンタの気持ちよりは楽になるんじゃない?そろそろ自分から開放されてみなよ」
ひかりはそう言うと、亮丞の胸ぐらから手を離し、ピシッと胸元のシャツを整えてあげた。
そして、ひかりは亮丞に手を差し伸べた。
「・・っっ」
亮丞は照れ臭そうにひかりの手を借り起き上がる。
「背負い投げしちゃって悪かったね。先生に言うなら…乙辺くんじゃなくて私の名前を言いなよ。"浦嶋ひかり"ってね」
ひかりはフッと微笑みながら亮丞を見た。
「・・・っ!!」
亮丞は顔を赤くさせながら、ひかりを呆然と見つめる。
亮丞が誰かに対して、全く何も言い返せないのは初めてだった。
亮丞は終始ひかりに圧倒されっぱなしであった。
「さて乙辺くんと万莉華、行こうかッ!」
ひかりは竜輝と万莉華の背中を押した。
するとひかりは振り返り、亮丞を見ながら言った。
「まっ、次の恋は頑張れよッ、青年ッ!」
ひかりはいたずらにニカッと笑った。
「・・・っっ!!」
亮丞は、初めて感じる激しい胸のざわつきに、自身の胸ぐらをギュッと掴みながらひかりの後ろ姿を見つめた。
「・・・」
しばらくして亮丞は、ひかりに手を借りた方の手を見つめた…。
--
ひかりは竜輝に視線を移すとニカッと笑いながら言った。
「ちゃんと護衛出来たかな?」
すると、竜輝は小さく笑みを溢し呟いた。
「あぁ…。ありがとう…」
ひかりは竜輝の言葉を聞き嬉しそうに笑った。
「・・・」
竜輝はひかりが亮丞に言っていた数々の言葉を思い出していた。
"乙辺くんはねぇ、人の為に考えて行動してちゃんと守れる強い人間なのよ"
"喧嘩に勝つことだけが強さなんかじゃないの。黙っててもねぇ、人間勝てる事だってあんのよッ"
"昔からそうやって来た乙辺くんの本当の強さに、いい加減気づきなさいよッ"
竜輝はひかりを見た。
ひかりは万莉華と笑いながら話している。
竜輝は万莉華の言葉を思い出しながらひかりを見つめた。
"無理に頑張らなくても、あの子にならちゃんと届くと思うよ"
竜輝は、熱を帯びた眼差しでひかりを見つめていた。
「・・・」
一方、一部始終のひかりの言葉を聞き、ひかりと竜輝の様子を見ていた真夏斗と凰太は、互いに顔を見合わせた。
--
その日の夕方-
凰太は真夏斗と二人になると言った。
「なぁ…俺、分かっちゃった気するんだよなァ」
真夏斗は凰太に聞くまでもなく頷く。
「うん…俺も…」
「アイツらってさ…」
「両想いだよな」
二人同時に呟いた。
「じゃあさ…」
真夏斗がポツリと呟いた。
凰太は真夏斗を見た。
「これから当たって砕けに行く?」
凰太は真夏斗の言葉に若干驚きながらも、小さく笑みを溢しながら頷いた。
--
万莉華はお手洗いから出て一人歩いていると、目の前に亮丞が立っていた。
「…っっ!」
万莉華はたじろぐ。
「亀園ッ!」
亮丞が万莉華に声をかけた。
「・・・っっ」
万莉華は身構える。
「中学の時は…悪かった。俺、お前の事…ただ、好きなだけだった…」
亮丞は顔を赤くし背けながら言う。
「・・っ!」
万莉華は亮丞の意外な言葉に驚く。
「・・なのに嫌がるような事して…今までごめん…。素直になれなくて…悪かったよ…」
亮丞はそう言うと、チラッと万莉華を見た。
「・・いいよ。もう気にしてない…。こっちこそ…姫沢くんの気持ち…気づかなくて…あと、応えられなくて…ごめんなさい…」
万莉華は俯きながら言った。
「・・っ!いや…いいよ…」
亮丞は驚きながら万莉華を見た。
「よく考えたら、まともに話したの…初めてだね…」
万莉華は微笑みながら亮丞を見た。
「あ…あぁ…だな」
亮丞は照れながら呟いた。
「これからも…お互いに、頑張ろうね…」
万莉華はそう言うと、小さく笑った。
「・・おぅ…」
亮丞も笑みを溢しながら呟いた。
--
ひかり達は、割と人の少ない場所で夕食を食べていた。
夜になると山の中は、夏休み前のこの時期でもさすがに少し寒い。
所々焚き火が設置されており、生徒達は各々暖をとっている。
ひかりも呆然と焚き火を見つめた。
竜輝と真夏斗、凰太、そしてひかりと万莉華の五人が座りながら焚き火を囲っていると、突然真夏斗が立ち上がった。
皆、真夏斗を見つめる。
「浦嶋さん、俺…浦嶋さんの事が好き」
真夏斗はひかりを真剣な眼差しで見つめながら言う。
「…っっ!!」
竜輝はギョッとしながら真夏斗を見た。
「えっ…!」
ひかりは真夏斗の突然の告白に驚き固まる。
すると続いて凰太も立ち上がり口を開いた。
「俺もッ!俺も、浦嶋ちゃんが好き」
凰太は真っ直ぐひかりを見つめる。
「…っっ!?」
竜輝はさらにギョッとしながら凰太を見た。
「えぇっ…!?」
ひかりもさらに驚き唖然としながら凰太を見た。
「だから…キッパリ振って」
真夏斗が言った。
「…っっ!!」
竜輝は真夏斗の言葉に驚いた。
「俺も…ちゃんと振ってほしい」
凰太も続いて言った。
「・・っ!」
竜輝は目を丸くしながら凰太に目を移す。
友人二人に突然何が起きたのか戸惑う竜輝である。
万莉華は真夏斗と凰太にキョトンとしている。
「・・・っっ」
ひかりは驚きながら真夏斗と凰太を見た。
真夏斗と凰太の二人は優しい表情を浮かべながらひかりを見つめている。
「…っっ、えっと…その…ご、ごめんなさいッ!!」
ひかりは慌てて深々と頭を下げた。
真夏斗と凰太は小さくため息付くと、力の抜けた表情をさせ互いに顔を見合わせた。
竜輝は呆然とひかりを見つめる。
「でも…」
ひかりはすかさず顔を上げ口を開いた。
「ありがとう…。こんな私に…そう言ってくれて…嬉しかった…です」
ひかりは恥ずかしそうに言った。
そんなひかりの言葉と様子に、真夏斗と凰太は笑顔を浮かべた。
「良かった、伝わって」
真夏斗は笑顔でひかりを見た。
「ハァー、すっきりしたッ!」
凰太は天を仰いだ。
「じゃッ、これからも友達ってことで」
凰太がひかりにそう言うと、真夏斗と顔を合わせニカッと笑った。
ひかりは目を潤ませ静かに頷くと、小さく笑った。
「お前ら…」
竜輝は呆然と真夏斗と凰太を見つめた。
真夏斗は竜輝の肩にポンッと手をやると、静かに頷いた。
竜輝は驚きながら真夏斗を見ていると、凰太がポツリと呟いた。
「託したぞ」
「え…」
竜輝は驚いて凰太に目を移した。
凰太はニヤッと笑った。
「…っっ」
竜輝は二人の思いを察すると、目を潤ませ唇を軽く噛みながら俯いた。
--
その夜-
万莉華とひかりは部屋でくつろぎながら話していた。
「びっくりしたな…」
ひかりは真夏斗と凰太の告白を思い出しながら呟いた。
万莉華は微笑みながらひかりを見つめる。
「何かさ…この学校って、私にとっては夢の国みたい」
ひかりは天井を見上げる。
万莉華はキョトンとした表情をさせた。
「私、今まで…中学時代とか前の高校とか、結構どん引かれる事が多くて。見た目だけで近づいて来る男の子とか、私が強くて男勝りだって分かると引いちゃうんだ。それかー…女としてあまり見てくれなかったりして、恋愛とは程遠かったの」
ひかりは苦笑いする。
万莉華は驚いた様子でひかりを見つめた。
「だから…さっき宮本くんと城坂くんに告白された時は…驚いたけど、正直嬉しかった。私を女として見てくれる人がいるんだって。それが二人もいるんだって事に…何か感動した」
ひかりは小さく笑った。
すると万莉華は静かに口を開いた。
「二人だけじゃないよ…。もっといるよ、そう言う人」
万莉華は微笑みながらひかりを見つめた。
ひかりは驚いて万莉華を見ると、笑みを溢しながら呟いた。
「ありがとう…。だと良いんだけどね…」
「ひかりって…過去に、何かあったの…?」
万莉華はチラッとひかりの顔を見た。
「え…」
ひかりは目を丸くさせ万莉華を見た。
「ひかりが…そんなに弱気なの…珍しいなって…。何かあったのかな…って思って…。その…恋…とか…」
万莉華は気を遣うように辿々しく言う。
ひかりは万莉華の質問に驚きながらも、気の抜けた表情をしながら呟いた。
「うん…。あった…かな…」
万莉華は目を丸くしてひかりを見ながらたずねた。
「…どんな恋だったの…?」
ひかりは意外と積極的に聞いてくる万莉華に若干驚くも、微笑みながら静かに口を開く。
「甘くて美味しいってずっと思ってたのに…後味がすごく苦い…私の初恋…」
ひかりが苦笑いする。
「え…」
万莉華はキョトンとした表情で見つめた。
すると、ひかりがゆっくりと話し出した。
「私の初恋…近所に住んでた同級生の男の子だったの。小学生から仲良かった幼馴染だったんだ。私の兄弟ともすごく仲良くてね…。ずっと私は好きだった。気軽に話せて楽しかったから…」
ひかりは遠くを見つめている。
ひかりは続けて話す。
「中学の卒業式の日にね、
--
中学の卒業式の日-
ひかりが教室のドアを開けようとした時、ちょうどひかりの幼馴染である
ひかりはドアを開けようとする手を止め、そのまま会話を聞くことにした。
「なぁ海七太、お前卒業したら浦嶋と付き合うの?二人仲良いじゃん」
海七太「え…」
「でもさー、浦嶋って美人だけど強くない?浦嶋と付き合ったら、一緒にいる男が皆かっこ悪く見えちゃうよなー」
「確かに。男殺しの浦嶋だよな…(笑)」
海七太「・・・っ」
「アイツと釣り合うのって、浦嶋の兄弟だけだよな(笑)」
「でどうなの?海七太は浦嶋にチャレンジするの?」
海七太「し、しねぇよッ!」
「あれ、だってお前浦嶋の事すき…」
海七太「す、好きじゃねぇしッ!ただ家近くて男みたいな奴だから気軽に話せる仲良い友達ってだけだしッ」
「え、そうなの?てっきりお前は…」
海七太「ちげぇよッ!変な勘違いすんなよッ」
「まあーそっかぁ。浦嶋を女として見てたら、もうちょっと緊張ぐらいはするもんなァー。お前、浦嶋に対してそんな感じねぇもんなァ」
「まぁ、アイツの普段の姿を見て、女として見る男なんていないよな…(笑)」
「強いもんな、アイツ…(笑)」
海七太「だ…だよな…」
ガラガラガラ…
ひかりは教室の扉を開けた。
海七太達は驚き慄いた表情でひかりを見た。
ひかりは平常心を保ちながら笑顔で言った。
「海七太、帰ろうか!」
「・・っっ。…おぅ…」
海七太は引き攣った表情をさせながら呟いた…。
--
「でも…それは、照れ隠しだったんじゃ…」
万莉華は切なそうな顔をさせながらひかりを見た。
「そうかもしれないね…。でも、例え照れ隠しだったとしても、卒業式の最後の日なんだし…冗談でも言ってほしくなかった。本人が居ないから良いやって思ってたとしても、言ってほしくなかった…。友達の言葉を、ちゃんと否定して欲しかった…」
ひかりは俯きながら話す。
「ひかり…」
万莉華は目を潤ます。
ひかりは続ける。
「でもね、言われっぱなしも癪だし、一応私は好きだったって事をちゃんと伝えてから、この気持ちを終わらせようって思ったの。だから私、彼にこう言ったんだ・・・」
--
卒業式の帰り道-
ひかりと海七太は気まずい雰囲気の中、沈黙したまま歩いた。
「あのさ…ひかり…さっき…」
海七太が静かに言いかけると、すかさずひかりが被せるように言った。
「ねぇ海七太。私、男みたいだけど…ちゃんと女だよ」
「・・っっ」
海七太の顔が凍りついた。
「ごめん…さっき海七太が友達と教室で話してるの聞いてた…」
ひかりが俯く。
「…っっ!!ひかり…」
海七太は驚き狼狽えている。
「男みたいなこんな私でも好きだって言ってくれる人、この先絶対に見つけるから…私…」
ひかりは苦笑いしながら言う。
「…っっ…ち…違う…それは…」
海七太は顔を強張らせる。
「それで今度は…そんな人を好きになる」
ひかりは真っ直ぐ海七太を見つめた。
「・・っ!!」
海七太は目を見開きひかりを見た。
「私は好きだったよ、海七太のこと。例え海七太に弱い所があっても、それを含めて全部…私は男として海七太を好きだった。でもそれは、私の一方通行だったんだね…」
ひかりは目を潤ませながらも、じっと海七太を見つめた。
「ひ、ひかり…俺…」
海七太の表情が曇る。
「海七太が女っぽい人が好きだとか、男っぽい子は女として見れないとか…そんなのもう私には関係ない。これからは、ありのままの私をちゃんと女として見てくれて、好きになってくれる人を探すだけだから。自分を変えてまで好かれようとは思わない。だから…海七太も、この先自分の好みに合う素敵な女の子に出会えるといいね。自分がかっこ悪いだなんて…思わなくても良い人に…」
ひかりは気の抜けた表情をした。
「…っっ」
海七太は何も言い返せなかった。
「・・・今までの学校生活、楽しかったよ。ありがとう」
ひかりは必死で笑顔を作った。
そして、力を振り絞りながら最後に言った。
「バイバイ」
--
万莉華はひかりの話を聞き、目を潤ませていた。
「その後、家に帰ってもう大号泣…(苦笑)。不思議に思ったお兄ちゃんと弟が海七太に話を聞きに行ったらしくて。そこで海七太から話を聞いて事情を知った二人は相当激怒したらしくてね…。それから海七太とはもう一切関わることがなくなった…。それまではお兄ちゃんと弟も海七太とは仲良かったのに…お兄ちゃん達の友情まで壊してしまった。それがちょっと心残りでね…。何であの時、私は我慢して聞かなかった事に出来なかったんだろうって…。自分の子どもっぽさを恥じたよ」
ひかりは苦笑いする。
万莉華は首を横に振ると、心配そうにひかりを見つめる。
「…でも私は、冗談とかその場しのぎだったとしても、思ってない言葉だったり…一瞬でも人を傷つけてしまうような言葉を口にしてしまうのは…やっぱり良くない事だって思うの。人が話す言葉って、言ってしまえば目に見える形では残らないけど…一度聞いてしまったら、それがずっと頭と心には残る…強力な魔法みたいなものだから…。だから私は、自分の発する言葉には責任を持ちたいって思う。たとえ冗談のつもりでも、心に一生残るような冗談にならない傷を作らせるなんて事は…したくない。かける言葉ひとつで、その人の人生とか価値観とか…性格だって変えてしまうことがある。関係だって簡単に壊れちゃうんだって…学んで欲しかった…海七太に…」
凛として話すひかりの横顔を、万莉華は真剣な眼差しで見つめる。
「あと、まぁ…自分にもね…」
ひかりはポツリと呟いた。
「え…」
万莉華はキョトンとする。
「だから自分で関係を切っちゃったんだ…。自分も気をつけるように…戒めとしてね。敢えて仲良かった幼馴染から離れることにした…。今まで気軽に話せてた友達と距離置くのは辛い事だったけど、少し頭も心も整理する時間が必要だった…。せめて、私が他に好きになれる人が現れるまでは…」
ひかりが苦笑いする。
「・・・」
万莉華は静かにひかりを見つめる。
「・・・」
ひかりはその時、何故か自然とある人物の姿を思い浮かべていた。
「誰か…見つかった?」
万莉華がひかりの顔を覗いた。
「えっ!!」
ひかりは我に返り驚いた表情で万莉華を見た。
万莉華はなぜか小さく微笑んでいた。
「・・・?え、ナニナニーッ?」
ひかりは目を丸くしながら万莉華を見た。
「フフッ…何でもないよ。早く気づくと良いね」
万莉華が微笑みながらひかりを見た。
「・・?」
ひかりはキョトンとしながら万莉華を見た。
「あ、そういえば今日ね、ひかりが怒ってくれた姫沢くんから謝られたよ。まともに話したの初めてだったけど…姫沢くんも、素直になれなかっただけで本当は良い人だったんだな…って思った。やっぱり、ちゃんと話してみないと分からないものだね。私も怖がってばかりで避け続けちゃってたから…。素直になるって大事だなって改めて思ったんだ…」
万莉華は柔らかい表情でひかりを見た。
「そっか…。アイツも反省したんだね。和解出来て良かったね」
ひかりは安堵した表情になる。
「ひかりのおかげ…。ありがとね」
万莉華はニコッと笑った。
ひかりも、つられて笑顔になった。
山での課外学習は、筍よりももっと沢山の人生の学びを収穫出来た一日目であった…。
--
課外学習二日目の早朝、ひかりは早く目が覚めてしまい外の空気を吸いに一人で近場を散歩していた。
海近くの潮風香る空気とは違い、山の空気もまた新鮮で心地良い。
「スー…ハァー…」
ひかりは両手を上げ、天を仰ぎながら思いっきり深呼吸をした。
ガサガサ…
突然、落ち葉の上を歩く音がした。
「…っっ!?」
ひかりは驚き、音のする方を見た。
すると、そこには竜輝がいた。
「ハァー・・良かった…」
ひかりは竜輝を見るなり安堵した。
「あ…ごめん。驚かした…」
竜輝は冷静な口調で話す。
「ううん、おはよう」
ひかりは小さく笑った。
「おはよう…早いな、浦嶋」
竜輝はひかりの隣へとやって来た。
「うん、ちょっと目が覚めちゃって。乙辺くんも早いね!」
「あぁ…俺も…目が覚めちゃって…」
ひかりは笑顔で竜輝を見ると、近くにベンチがあるのに気づいた。
「あ、あそこ座ろうか」
ひかりはベンチを指差した。
「うん…」
竜輝な照れながらポツリと呟いた。
二人はベンチに腰掛けた。
「山の空気も良いね。海の潮風も好きだけど」
ひかりは周りに聳え立つ木々を見つめながら言う。
「あぁ…」
竜輝も木々がどこまでも続いている遠くの景色に目をやる。
すると、竜輝が静かに口を開いた。
「昨日…アイツらが言った事、ちゃんとした本気の告白だから…。その…揶揄ってとかじゃないから…な…」
竜輝は友人二人のフォローをする。
ひかりは竜輝に笑顔を向けると言った。
「うん…分かってるよ。大丈夫。宮本くんと城坂くんは、そんな事する人じゃないって分かってるよ。だって、乙辺くんの友達だもん…類は友を呼ぶって言うでしょ?乙辺くんは誠実な人だから、乙辺くんの友達も誠実ッ」
ひかりはニコッと笑った。
「…っっ」
竜輝は、清々しい程のひかりの言葉と笑顔に驚き呆然とひかりを見つめた。
何でこの人はいつも想像以上の言葉をくれて自分の心を温かくするんだろう…と、竜輝はひかりを見ながら思った。
「・・浦嶋は…凄いな…」
竜輝はポツリと言う。
「…?」
ひかりはキョトンとした顔で竜輝を見た。
「俺が欲しい言葉以上の言葉をくれる…。ストレートにちゃんと言ってくれる…。そんなん、なかなか出来ねぇよ…」
竜輝は若干頬を赤くさせ目を逸らしながら言う。
ひかりは竜輝の言葉を聞くと、顔を綻ばせながら言った。
「うん…私には、苦い過去の失敗があるからね…。常に正直な気持ちを、ちゃんと伝えて行こうって決めてるの。それで、その言葉にはちゃんと責任持とうって…」
竜輝は目を丸くしながらひかりを見た。
「だから…私は、本当に思った事しか言わないよ。私にお世辞なんて言葉は存在しない。だからそのまま受け取ってね、私の言った言葉」
ひかりは優しい表情で竜輝を見た。
「…っっ」
竜輝の鼓動が激しくなる。
竜輝は自分の心がどんどんと、ひかりにハマって行くのが分かった。
ひかりの声も言葉も笑顔も仕草も全てが、愛しいと思った。
「・・・」
竜輝が呆然とひかりに見惚れていた。
「ん?乙辺くん?」
ひかりは竜輝の視線が気になり、不思議そうな様子で竜輝に声をかけた。
竜輝は我に返り慌てて目を逸らした。
「う…浦嶋にも…か…過去の苦い経験なんて、あったんだな…」
竜輝は辿々しく言うと、チラッとひかりを見た。
「うん…。そりゃあるよー。何だかんだ言って私、未だに今の自分に自信持てないもん。あ、前に乙辺くんの妹さん…紗輝ちゃんがね、女子力あるって言われたいって言ってた事があって、その時私は、女子力あるって言われるより人間力あるって言われた方が嬉しい…みたいな事を言ったんだけど…。それは確かにね、もちろんそう思ったんだけど…やっぱり私もどこかで…女子力に欠ける自分に嫌気が差す時があるんだよね…。昔、結構そのせいで恋愛とかに縁がなかったからさ…」
ひかりは苦笑いした。
「う…浦嶋はそのままで良いよッ!」
すかさず竜輝は大きな声で言った。
そして竜輝は、真剣な表情でひかりを見つめる。
「…っっ!!」
ひかりは驚きながら竜輝を見た。
「あ…ごめん、つい…」
竜輝は俯いた。
「う…ううん…」
ひかりは俯きながら首を横に振る。
「俺は…女子力あるかどうかよりも、人間的に魅力ある人の方が惹かれるよ…」
竜輝は赤くなった顔を背けながら言った。
「え…」
ひかりは目を丸くしながら竜輝を見た。
「だから…その…つまり、自信持てよ。今の浦嶋に…」
竜輝はチラッとひかりを見た。
「・・・っっ」
ひかりは竜輝の言葉に涙が出そうになり、ぐっと堪えた。
しばらくしてひかりは、ポツリと呟いた。
「うん…ありがとう」
竜輝は目を丸くしてひかりを見ると、ひかりはニコッと笑った。
ひかりの嬉しそうな笑顔は、竜輝の気分も幸せにした。
お互いに清々しい気持ちで笑った。
--
日中、ひかりは偶然通りかかった先生に頼まれて、一人薪を運んでいた。
ヒョイッ…
すると突然、ひかりが運んでいる薪を誰かが取り上げた。
「あっ!!ちょっ…え、誰…?」
ひかりは驚きながら、その男の顔を覗いた。
それは、竜輝のライバルと豪語している亮丞であった。
「え…君…昨日の…」
ひかりはキョトンとしながら亮丞を見る。
「俺、君じゃねぇよ」
亮丞はぶっきらぼうに言う。
「え」
「姫沢…。姫沢亮丞」
亮丞はチラッとひかりを見た。
「あぁ…えっと、姫沢くんは…なぜここに…?」
ひかりは目を丸くしながら亮丞に声を掛ける。
「これ、どこまで持ってくんだよ」
「え!い…いやいや、いいよ…。っていうか、ほんと何してんのよッ。アンタ違う学校でしょぉが…」
ひかりは慌てながら再度たずねる。
「お前が言ったんだろ?自分ばかり相手にしてんなって」
亮丞は真っ直ぐ前を向きながら言う。
「言ったけど…だからって何でここに来てんの?私が言ったのは好きな人の前での事であって…」
ひかりはずんずん歩く亮丞の後ろ姿を眺めながら言いかけると、亮丞が被せるように言った。
「だからじゃん。好きな奴を意識して守れって言った」
亮丞は歩くのを止めた。
「・・・うん。…え?」
すると、亮丞は振り返るとひかりの方を真っ直ぐ見て言った。
「俺、お前のこと好きになった…」
「は?」
ひかりはキョトンとする。
「だからお前を意識してんだよッ、浦嶋ひかり」
亮丞は顔を赤くしながらひかりを見つめている。
「・・・え。…えぇぇーっ!!」
ひかりは驚き慄いた。
"背負い投げしてボロクソに言っただけなのに…どこでそんな気持ちに…?"
ひかりの頭は真っ白になった。
「あんなに俺にズバズバ言って来る女、初めてだった。俺、一瞬でお前の事好きになった…」
亮丞は照れながら言っている。
「・・っっ」
「お前、次の恋は頑張れって言ったじゃん…」
亮丞はチラッとひかりを見る。
「ちょっ…ちょっと待ったァ!それはきっと、勘違いだってぇッ!私の背負い投げの衝撃でドキドキしたのが好きになったって勘違いしてんだよ!」
ひかりは慌てて説得する。
すると亮丞は持っていた薪を地面に下ろすと、ひかりの腕を掴んで言った。
「勘違いかどうか、試してみようか?」
「え…」
ひかりは驚いた顔をして亮丞を見た。
亮丞はひかりの腕を引き寄せ、顔を近づけてきた。
「ちょ…っっ!!」
ひかりが仰反る。
すると…
ガッ…
突然、誰かが亮丞を押し除けた。
それは竜輝であった。
「乙辺くん…」
ひかりは驚きながら竜輝を見た。
竜輝は殺気のある目つきで亮丞を睨んだ。
「…っっ!!・・お前…」
亮丞は、初めて感情を露わにする竜輝の表情に酷く驚いた。
「浦嶋に近づくんじゃねぇよ…」
竜輝は威圧感ある声色で言う。
ひかりは、これまでにない程の怒りオーラに包まれている竜輝の姿に驚き息を呑んだ。
「お前…まさか…」
亮丞は竜輝を見ながらポツリと呟いた。
竜輝は亮丞の何かを察したような表情に気づくと、すかさずひかりの手を引き歩き出した。
「…っっ!!」
ひかりは驚きながら竜輝を見た。
"あ、薪…"
すると、ひかりは自身が運んでた薪を思い出し、振り返った。
「浦嶋ひかりーッ!!俺は諦めねぇからなーッ」
亮丞は大声で叫んだ。
「・・っ!!」
ひかりはギョッとしながら亮丞をみた。
「・・っっ」
竜輝は顔を赤くし険しい表情をしながらひかりを連れ歩き続けた。
1ライバルにまた1ライバル、
まとめて2ライバル去って、
また1ライバル…
ゲームの世界のように、次々と竜輝の前に現れるライバルに絶望する竜輝なのであった。
"アイツもあんな表情すんのかよ…"
亮丞は、竜輝がひかりを本気で好きだという事を悟った。
そして、もう一つ亮丞は悟った。
"アイツ…本当に万莉華とは何ともなかったんだな…"
万莉華といる時とは明らかに様子の違う竜輝の姿に、竜輝が本気で恋をした時の態度はこんなにも分かりやすいものだったのかと、亮丞は内心驚いたのだった…。
「じゃあ…今のこれが、本当のライバルって事か…竜輝…」
亮丞は去って行く竜輝達の姿を見つめながらボソッと呟いた。
「あ…薪…」
亮丞は自身の足元に残された薪に気づき呆然と見下ろした。
--
竜輝とひかりは少し離れた所まで歩いて来た。
「・・・・」
竜輝は黙って俯いている。
ひかりは狼狽えた。
「さっきは…ありがとう…。助かった…」
ひかりはポツリと呟いた。
「いや…。俺の方こそ、巻き込んでごめん…」
竜輝は俯きながら静かに言った。
「え…。ううん…」
ひかりは慌てて首を横に振る。
すると、竜輝がひかりを真っ直ぐ見て言った。
「浦嶋はさ…強いのは良い事だけど、それでもやっぱり女子なんだから…もっと危機感持てよ…」
"女子…"
ひかりは、竜輝の何気ないワードにドキッとさせた。
「あ…はい。すいません…」
ひかりは何だか恥ずかしそうに俯く。
「・・っ」
ひかりの恥じらう姿に竜輝の胸はギュッとなる。
すると竜輝は静かに口を開く。
「男はさ…本気で自分を叱ってくれたり褒められたりすんのに弱かったりするんだよ…。そういうのって、言われた本人だけじゃなくて…それを見てる周りの奴らも魅力的に思ったりする…」
「・・・」
「だから…浦嶋の事を好きだって言う奴、もうこれ以上増やすなよ…」
竜輝は顔を赤くさせながら切ない表情でひかりを見た。
「え…」
ひかりは目を丸くして竜輝を見つめる。
するとすかさず、竜輝がひかりを抱きしめた。
「…っっ!!」
ひかりは驚き固まる。
ひかりは激しい動悸に襲われる。
自身の鼓動が竜輝に伝わってないか心配になった。
"これは…一体…どういう…ハグ?"
ひかりの頭の中が純白になる。
これ以上は心臓が持たないと思い、意を決してひかりが声をかける。
「あの…お、乙辺くん…っっ」
すると竜輝は我に返ったように、パッと手を離した。
そしてすぐさま後を向き言った。
「ごめん…戻るか…」
竜輝がどんな顔をしているのかは分からなかったが、耳たぶは赤くなっているのがひかりからは分かった。
ひかりの激しい動悸はしばらく治らなかった。
"さっきのって…幻かな…"
長かったような短い衝撃的な竜輝の行動を、ひかりの脳みそは解析に手間取っていた。
ひかりのデータ処理はなかなか進まなかった。
--
「なぁ、さっき亮丞の声しなかった?」
竜輝が戻ると、すかさず真夏斗がたずねた。
「なんか、諦めないからなー…とか言ってたよな?」
凰太がキョトンとしながら言う。
「…っっ」
竜輝は先程の状況を思い出し、唇を噛み締めた。
そんな竜輝の表情に真夏斗と凰太は心配そうに見つめた。
「何かあった?」
真夏斗が思わず声をかける。
「・・・ハァー…」
竜輝は深いため息を吐き項垂れた。
「え、さっきの諦めないからが何か関係してんの?」
凰太が竜輝に詰め寄る。
「ハァー…」
竜輝は、もはやため息しか吐かなくなっていた。
真夏斗と凰太は互いに顔を見合わせ首を傾げた。
--
「ハァー…」
そしてここにもう一人、ため息しか出なくなっていた者がいた。
それは、ひかりである。
ジャー…
呆然と椎茸を洗いながらひかりは物思いに耽ていた。
「ひかり…どうかした…?」
万莉華は心配そうにひかりを見つめる。
「ハァー…」
ひかりは遠くの方を呆然と見つめていた。
万莉華は首を傾げた。
「ひかり、どうかしたの?」
帆乃加と有希がやって来て万莉華にたずねた。
「それが、よく分からなくて…」
万莉華は困った顔をする。
「何かさっき、どっかの男子が大きい声で叫んでたわよね」
帆乃加が思い出したかのように言った。
「あ、そうそう!ひかりの名前呼んだ後に、諦めないからなーって…」
有希はそう言うと、帆乃加と万莉華を見た。
そして、三人は静かにひかりを見た。
「ハァー…」
ひかりは深いため息を吐いた。
「恋の嵐の予感…」
帆乃加がポツリと呟いた。
「・・・」
万莉華と有希は静かに帆乃加を見た。
--
ひかりが水の入ったバケツを持ちながらとぼとぼ歩いていると、すかさず亮丞がバケツを奪いにやって来た。
「…っっ!!」
ひかりはギョッとしながら亮丞を見る。
亮丞はニカッと笑った。
「薪、運んどいてやったからなァ」
亮丞がサラリと言う。
「あぁ…ごめん、ありがとう…」
ひかりは気まずそうに呟く。
「ちょっとは俺を意識してくれてる?」
亮丞はひかりの顔を覗く。
「え…いや…」
ひかりは狼狽える。
「うん、意識してくれてるな」
亮丞は気持ち良いぐらいの前向きな男であった。
そんな亮丞にひかりはたじろぐ。
すると、ひかりは反対側からグイッと腕を引っ張られた。
それは竜輝であった。
ひかりはまたもやギョッとしながら竜輝を見た。
「お前何でまたこんな所にいんだよ」
竜輝はギロリと亮丞を見る。
「好きな奴が運んでる物を持ってあげてるだけだけど?」
亮丞は悪びれる様子もなくサラリと言った。
「…っっ、お前…」
竜輝はギリギリと苛立つ。
「浦嶋、こっち行こう」
竜輝はひかりを引っ張り反対方向へ連れて行く。
「あっ!!オィッ!こら、待てッ!!」
亮丞は竜輝達の後を追った。
「ついて来んなッ」
竜輝は苛立ちながらひかりの手を掴み逃げる。
「何だよッ!お前一人が行けよッ!」
亮丞も苛立ちながら後を追っている。
「…っっ」
ひかりはただただ狼狽えていた。
「・・・・」
そんな三人の様子を見つめていた真夏斗と凰太、万莉華と帆乃加と有希は何かを察し、同時に呟いた。
「なるほどね…」
皆、竜輝達の光景に目を細めた。
--
「何か…どっと疲れた…」
その夜、ひかりは万莉華と一緒の部屋に戻るなり、項垂れた。
万莉華は苦笑いしている。
すると何かを思い立ったように、すぐさま兄の一匡に電話をかけてみた。
かろうじて電波が届いた。
「あ、もしもし?お兄ちゃん…?」
ひかりがそう言うと、隣にいた万莉華は首を90°に回し、ひかりを凝視した。
そんな万莉華にたじろぎながらも、ひかりは話を続けた。
「あ…あのさ、毎朝テレビでやってる占いあるじゃん?そうそう、海物占い。それ、今日のヒトデってどうだったか覚えてる?」
ひかりは一匡にたずねる。
毎朝テレビで流れている海物占いは生年月日から割り出した海の物で占うものであり、その結果ひかりは、ヒトデなのであった…。
すると一匡が電話の向こうで応える。
『俺、昆布しか見てねぇから知らねーわ』
「ハハ…お兄ちゃんいつも自分の所しか見ないもんね…」
ひかりが苦笑いする。
『あ、七央樹なら分かっかも!七央樹ーッ!お前、朝の占いヒトデってどうだったか分かるかー?…あ、もしもし?ちょっと待って、今七央樹と変わるわ…』
「あ、うん…」
『もしもし姉ちゃん?どうしたんだよ急に』
七央樹が不思議そうにたずねる。
「いや…ちょっとね…気になっただけなんだけど…一応確認で…」
ひかりは誤魔化す。
『ヒトデならよく覚えてるぜッ!何てたって…珍しく昨日と今日連続で1位だったからなァッ』
七央樹は意気揚々に応える。
「え!昨日と今日?二日続けて1位?」
ひかりも驚く。
『あぁ、珍しいよなッ!何でも、最高潮のモテ期到来だとか言ってたな…』
「最高潮の…モテ期…」
『だからってなァ、男が寄って来ても蹴り倒すんだぞッ!!姉ちゃん気をつけんだぞッ!』
七央樹は何故か怒っている。
「うん、分かってる…。ありがとう…七央樹」
ひかりは苦笑いしながら言う。
『おぃ、ほんとに大丈夫かぁー?俺と兄ちゃんで今からそっち行こうか?』
七央樹が大きな声で言っている。
『ん?ひかりの身に何かあったのか?』
一匡は七央樹にたずねている。
「だ…大丈夫だよーッ!!ありがとね、じゃね!」
ひかりはそう言うと、慌てて電話を切った。
ガチャ…
--
「あっ!切られた!大丈夫かよー姉ちゃん」
七央樹が険しい顔をする。
「何だよ…。ひかりに何かあったのか?」
一匡が七央樹を見る。
「姉ちゃん、昨日と今日最高潮のモテ期到来って朝の占いでやってたからさァー…」
七央樹は真剣な表情で一匡を見る。
「んなもん、当たらねーよッ、占いなんて」
一匡が鼻で笑う。
「じゃあ何で毎日昆布のとこばっか見てんだよ」
七央樹が冷めた目で一匡を見る。
「・・っ。たまたま見えてるだけだからー」
一匡が辿々しく誤魔化すと自身の部屋にそそくさと入って行った。
七央樹はそんな兄を冷めた目で見つめていた。
--
"最高潮の…モテ期…到来…"
ひかりは心当たり満載である占いに驚愕し震えていた。
「大丈夫?ひかり…」
万莉華は心配そうにひかりを見た。
「ウン…ダイジョウブ…」
カチカチに固まったひかりの笑顔が、もはや彫刻なのでは?と思う万莉華なのであった…。
一方その頃、竜輝もいろいろ不安になり、ひかりと同じ事をしていた。
「あ、もしもし…紗輝、あのさ…ちょっと聞きたいんだけど…今日のウニ…何だった…」
竜輝が真面目な顔をして妹に今朝の占い結果を確認している。
「ブホッ…」
真夏斗と凰太はそれぞれ飲んでいたお茶を吹き出した。
「ゲホゲホ…」
真夏斗と凰太は二人で咳込んだ。
そんな二人を横目に竜輝は表情一つ変えずに紗輝との電話を続けた。
「何…強敵が現れる模様…?気を引き締めろ…?」
竜輝は険しい顔で復唱する。
「ブホォーッ…」
「ヤバい…鼻に入った…」
「気管に入った…」
凰太と真夏斗は、飲み直していたお茶をまたもや吹き出し、二人で苦しんでいた。
「ちょっ…お前ら…乙辺の電話中は飲み物飲むなよッ!」
他の男子生徒が真夏斗と凰太に向かってツッコミを入れる。
「・・・」
竜輝は電話を切ると、意外と当たっている占い結果に言葉を失っていた。
--
翌日-
二泊三日で行われた課外学習もようやく終わり、ひかり達は帰宅へ向けバスへと乗り込んだ。
すると…
バスに座るひかりに向け、亮丞が大きな声で叫んだ。
「浦嶋ひかりーッ!!俺は絶対、諦めないからなーッ!!」
ひかりと竜輝はギョッとしながら亮丞を見た。
「アイツ…」
竜輝はギリギリと鬼の形相で亮丞を見た。
「…っっ」
ひかりは目を丸くさせ呆然と亮丞を見ていた。
「亮丞の奴…相当本気っぽいな…」
真夏斗はたじろぎながら亮丞を見た後、竜輝に目を移した。
「本当に諦めなさそうだな…」
凰太もそう言いながら竜輝を見た。
「…っっ」
竜輝は険しい表情で亮丞を見ていた。
「ついに来たわね、恋の嵐が」
帆乃加は目を輝かせる。
「・・・」
有希と万莉華は静かにひかりを見た。
「…っっ」
ひかりは静かに頭を抱えていた。
こうして-
山を知るどころか、恋の荒波を知る事になった課外学習は幕を閉じたのだった…。
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