五.動き出す

「おはよう」

ひかりは、竜輝と万莉華に声かける。


万莉華と竜輝もひかりに笑顔を向ける。


「そういえば…今日の放課後、二人とも空いてる?」

ひかりは万莉華と竜輝を見た。


「え…うん。何もないけど…」


竜輝と万莉華はキョトンとしながらひかりを見た。


「じゃあさ、うちのお兄ちゃんのバイト先の喫茶店、行ってみない?」

ひかりはニカッと笑う。


「行く」

万莉華と竜輝は即答した。


「じゃあ決まりねッ!」

ひかりはニコニコしながら歩いてく。


万莉華と竜輝はそれぞれ、放課後を楽しみに今日一日頑張ろうと思うのであった。


--


キーンコーンカーンコーン…


「乙辺くん、そう言えば…昨日何か言おうとしてなかった?」

ひかりが目を丸くしながら隣の席に座る竜輝を見る。


「えっ!!…あぁー、えっと…忘れた…」

竜輝は辿々しく誤魔化す。


「そう?じゃあまた思い出したら言って!」

ひかりは竜輝に笑顔を向けた。


「あぁ…」

竜輝は忘れるはずもない事をいつ伝えようか一人悩んでいた…。


「浦嶋さん、何で…机の上にコッペパン置いてんの…?」

真夏斗が目を丸くさせながらひかりの机上を見ている。


「え…」

ひかりは真夏斗の言葉を聞き自身の机の上を見た。


「…っっ!!」

ひかりは驚愕した。

ひかりが筆箱だと思い持って来て机の上に出していたものが、なんとコッペパンだったのだ。


ひかりは回想した。

朝、自身の部屋の机にあったコッペパンそっくりな色と形をした筆箱を手に持ち、そのまま朝食が置いてあるテーブルに置いた。そして、洗面所へ行き戻ると時間がない事に気づき、朝食を食べずテーブルに置いておいた筆箱をカバンに入れ慌てて家を出た…はずだった。

しかし、筆箱だと思い持って来たのが皿に乗っていた色も大きさも形もそっくりな、食べなかった朝食のコッペパンだったのである。


「ハァー・・…うそでしょー…。完全に筆箱だと思って…」

ひかりは頭を抱えた。


そんなひかりを見た真夏斗と竜輝、凰太と万莉華の四人は、揃って笑った。


「コッペパン生身で持ってくる人初めて見た…」

凰太がそう言うと、竜輝や真夏斗、万莉華はさらに笑った。


ひかりは苦笑いした。


竜輝がペンと消しゴムをひかりに貸そうとした時、一歩先に真夏斗がサッとひかりの机の上にペンと消しゴムを置いた。


「…っっ!」

竜輝は驚き真夏斗を見た。


「それ貸すよ。無いと困るだろ?」

真夏斗は笑顔でひかりに言っている。


「わぁー、ありがとう。助かります…」

ひかりは真夏斗を拝んだ。


「ハハッ」

真夏斗は笑った。


「・・・っ」

竜輝はその一瞬で、笑いからモヤモヤに変わる。


「・・・」

その様子を凰太は冷静に眺めていた。


--


「あれ、浦嶋は?」


休み時間、竜輝が万莉華にたずねた。


「あぁ、お手洗いに行ったけど…遅いね」

万莉華はキョトンとしながら入り口を見た。


竜輝はもしかして真夏斗と…と思い教室を見渡すと、真夏斗は他のクラスメイトと話していた。


ほっ…

竜輝は静かに安堵した。


「それでね、あの後に春日亀先輩、シーウォーズの名ゼリフ"フィッシュと共にあらんことを…"ってあの眼鏡の先生に言ったんだって!」

ひかりは笑顔で凰太に話しながら教室に入って来た。


「えっ!何それーッ。ずるいじゃん!俺も聞きたかったなーッ」

凰太も笑顔で話す。


「でしょー?聞きたかったよね!」

ひかりは目を輝かせながら凰太に言っている。


「・・・っ」

竜輝は、凰太と二人で楽しそうに話しながら教室に入って来たひかりを見るなり、またもや気持ちをモヤッとさせた。


「何話してんだよーッ」

ひかりと凰太の元へすかさず真夏斗が駆け寄る。


「あぁ、昨日図書室での春日亀先輩の話ッ!あの後さー・・」

凰太が笑顔で言うと、真夏斗にひかりが話していた事を伝えていた。


ひかりは自身の席に戻ると、隣の席で竜輝が何だか浮かない表情をしていた。

ひかりは気になり竜輝に話かけた。


「乙辺くん、どうかした?」

ひかりは竜輝の顔を覗いた。


「あ、いや…」

竜輝は俯いた。


ひかりは不思議そうな顔をしながら竜輝を見る。


「浦嶋…、凰太と何してたの…?」

竜輝は静かにたずねた。


「え…」

ひかりはキョトンとする。


「あ、浦嶋がトイレ行ったって聞いてたから…」

竜輝が辿々しく言う。


「あぁ、トイレから出たらちょうど先生と鉢合わせしちゃって授業で使った備品運ぶの頼まれちゃったんだー。そしたら城坂くんと会って運ぶの手伝ってくれたんだよ」

ひかりは笑顔で言った。


「そう…だったんだ…」

竜輝は元気なく応えた。


「あれ、乙辺くん。やっぱり具合悪い…?」

ひかりは心配そうに竜輝の顔を覗いた。


「だ…大丈夫だからッ!何でもない…」

竜輝はそう言うと、慌てて席を離れ教室を出て行った。


「・・・」

ひかりはキョトンとしながら竜輝を見送った。


「竜輝の奴、どうしたんだ?」

真夏斗がキョトンとしながらひかりにたずねた。


「あ、宮本くん…。乙辺くん、大丈夫とは言ってたんだけど…何かちょっと…」

ひかりはキョトンとなりながら真夏斗を見た後、竜輝が出て行った方向に目をやった。


「ふーん…」

真夏斗は竜輝の席に目をやった後、チラッとひかりを見た。


ひかりは心配そうな顔をしながら、竜輝が出て行った先を見つめていた。


「…っ」

そんなひかりの姿を見た真夏斗は胸がギュッとなるような感じを覚えた。


「・・・」

真夏斗の意味深な表情を凰太は冷静に見つめていた。


--


「あー腹減った」


放課後、七央樹は部室でカバンからアルミホイルに包まれた物を取り出した。


「おいおい、昼食ったってのにまだ腹減ってんのか?」

バスケ部仲間の亀美也が驚いた表情で七央樹を見た。


「何か最近…俺、あの弁当箱じゃ足りないかもしれない。俺も兄ちゃんみたいなお重にしてもらおうかな」

七央樹は天井を見上げる。


「それで今は何を食おうとしてんだよ」

亀美也が七央樹の持っているアルミホイルを見た。


「へへ…うちから持ってきたパン」

七央樹が笑顔で言いながらアルミホイルを開けた。


「…っっ!?」


七央樹と亀美也は、アルミホイルの中身を見て固まった。

アルミホイルに包まれていたのは、なんとコッペパンに良く似たひかりの筆箱であった。


「・・何…イリュージョン…?」

七央樹は呆然と筆箱を見つめながら呟き、なかなか事態を飲み込めずにいた。


「俺…筆箱をアルミホイルで包んで持って来る奴、初めて見たわ…」

亀美也は呆然と七央樹を見つめながら言った。


「・・・」

七央樹の食欲は一気に失せたのであった…。


ここに、ひかりよりも強者がいた事を、ひかりは知る由もなかった…。


--


「じゃあねー」

校門前で、ひかりと竜輝、万莉華の三人は、真夏斗と凰太と別れた。


「さて、お兄ちゃんのバイト先に行ってみようッ!」

ひかりは張り切って歩く。


万莉華は嬉しそうに笑っている。


「・・・」

竜輝は元気に歩くひかりをチラッと見ながら静かに一緒に歩いていた。


「そう言えば乙辺くん、今日本当に大丈夫だった?」

ひかりは竜輝の顔を覗く。


「あぁ…大丈夫」

竜輝はクールに返事をした。


「そう?…なら良かった」

ひかりは竜輝にニッコリ笑った。


「・・・」

ひかりの笑顔を見た竜輝は自然と顔が綻ぶ。

竜輝にとって、ひかりの笑顔には竜輝の心を安定させる魔法のような力があった。


"喫茶ハマベ"


カランカラン…


「いらっしゃいませ…」


ひかり達が一匡のバイト先である喫茶店に入ると、マスターらしきダンディな男性が穏やかな表情で迎えてくれた。


ひかりはマスターの横で背を向けている男性に注目した。


振り返ったその男性は、兄の一匡であった。


「…っっ」

一匡は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに冷静を装う。


ひかりはニヤニヤしながら席に着いた。


ひかり達は窓側の四人掛けテーブルに座った。

窓の方に万莉華が座りその隣にひかりが座る。

万莉華の前に竜輝が座った。


ひかりはメニューに目を通す。


「・・・」

白シャツに黒いエプロンをしている一匡を万莉華はウットリと眺める。


竜輝は、目の前で明らかに目をハートにしながら一匡を見ている万莉華を見て、瞬時に万莉華の気持ちを理解した。


長年幼馴染として付き合って来た万莉華が初めて見せる表情であった。


確実に万莉華も変わり始めているのだと、竜輝は心の中で安堵していた。


「何にする?」

ひかりは笑顔で竜輝と万莉華にたずねた。


すると、一匡が水を運んで来た。


「よぉ、お前ら…本当に来たんか」

一匡は照れくさそうに言う。


「うん!私、有言実行だからね」

ひかりはニカッと笑う。


「・・・」

妹のひかりの笑顔に癒される一匡。

竜輝と同じように、一匡にもよく効くひかりの笑顔である。


すると一匡は、ひかりの隣の万莉華に目を移した。


万莉華は顔を赤くさせながら一匡を静かに見つめていた。


「いらっしゃい」

一匡は万莉華に優しい笑みを溢しながら言った。


「…っっ!!」

万莉華は顔を真っ赤にさせ慌てて会釈した。


そんな万莉華を微笑ましく思う一匡であった。


すると一匡は、万莉華の向かいに座る竜輝に気がついた。


「…っっ!」

"お前もいたのか…小僧ッ"


一匡は竜輝を見るなりクールな表情になった。


竜輝は、目が合った一匡に軽く会釈をした。


一匡はムッとさせた。


「お兄ちゃん、おススメは何?」

ひかりは一匡の顔を見る。


「まぁー…どれもうまいけど、俺的にはハマベ特製スペシャルウィンナーコーヒーかな」

一匡は得意げに言う。


「じゃあ…それにしようかな。万莉華と乙辺くんは?」

ひかりは二人を見た。


万莉華と竜輝も同じものを注文した。


カウンターでは、一匡がコーヒー豆を挽いている。店内にはコーヒーの香ばしくて良い香りが漂う。


普段家では見せない真剣な表情の一匡を見たひかりは、何だか誇らしく思った。


ひかりの隣では、万莉華が一匡に向け熱い視線を注いでいた。


竜輝も釣られて二人の視線の先である一匡に目をやった。


真剣な表情でコーヒーを淹れている一匡を見た竜輝は、憧れの眼差しで見つめた。


「…っっ」

そんな三人の思考をよそに、ビシビシと自身に刺さってくる三人の視線に耐えながらコーヒーを淹れる一匡であった。


「おまたせ…」

一匡は、ひかり達にスペシャルウィンナーコーヒーを運んだ。


「わーい、ありがとう」

ひかりはご満悦な表情でコーヒーを見た。

コーヒーの良い香りがひかり達を包み込む。


「いただきます」


ひかり達はコーヒーを一口飲んだ。


「美味しい…」

ひかりと万莉華、竜輝は口を揃えて言った。


そんな三人の様子に一匡は満更でも無い表情をさせた。


「だろー?ここのコーヒーは最高にうまいんだよ」

一匡はニカッと笑った。


「・・・」

万莉華は弾ける笑顔を見せる一匡に目を奪われる。


「まあ、ゆっくりしてきなァ」

一匡はそう言うと、万莉華に目をやり微笑んだ。


「…っっ!」

万莉華はまたしても顔を一気に赤くさせた。

その後、ひたすら見惚れながら一匡を目で追った。


「ごちそうさまでしたッ」


カランカラン…


しばらくして、ひかり達は穏やかなひと時を過ごし店を後にした。


「今日は、ありがとう…ひかり。素敵なお店に連れて来てくれて」

万莉華は嬉しそうに笑った。


「ううん、こちらこそありがとうだよ…一緒に来てくれて。でも良かったッ!お兄ちゃんのバイト姿見れたし、コーヒー美味しかったし、何より楽しかったしねッ。また行こうね!」

ひかりは万莉華と竜輝に笑顔を向けた。


「うんッ」

万莉華も笑顔で返事をした。


竜輝も小さく笑みを溢す。


しばらく歩いて、ひかりと竜輝の二人は万莉華と別れた。


ひかりと竜輝は二人きりになった。


「今日…何か、悪かったな…」

竜輝はポツリと呟いた。


「え…」

ひかりは驚いて竜輝を見た。


「何か…学校で俺、変だったから…」

竜輝は俯いた。


「あ、いや…そんな謝ることでは…」

ひかりは慌ててフォローする。


「俺…今日、モヤモヤしてた…。浦嶋が真夏斗のペン使ってるのとか…凰太と一緒に教室戻って来たのとか…何か嫌な気分になった…っていうか…」

竜輝は俯きながら話す。


「え…」

ひかりは驚いたような表情をさせ竜輝を見る。


「こんなふうになるの…俺初めてだから…ちょっと戸惑ってて…。また俺が変な感じだったら…そう言う事だから。浦嶋は別に心配しなくていいから…」

竜輝は顔を背けながら言った。


「…っっ、え…」

ひかりは竜輝の言葉に驚き戸惑う。


「…今日はありがとう。じゃあな」

竜輝は足早に家に入って行った。


「・・・っ」

ひかりは思った。

"さっきの乙辺くんの言い方って…まるで嫉妬してたみたいじゃない…?"


ひかりは自身の胸が高鳴っていくのが分かり、戸惑いを隠せなかった。


ひかりにとって、竜輝の言う"心配しなくて良いから"は、ミュージカル「獅子キング」の名ゼリフよりも破壊力があった…。


"心配ないさーァァァーッ!!"


ひかりは、ミュージカル獅子キングのセリフを頭の中で木霊させながら思った。


"いやいやそんなの、尚更心配しちゃうよ…"


--


その夜、浦嶋家では-


「姉ちゃん…俺、コッペパンをアルミホイルに包んで持ってったはずなのに、どういうわけか姉ちゃんの筆箱だったんだけど…」

七央樹はひかりに筆箱を手渡しながら言う。


「そうそう、私も筆箱をカバンに入れたはずだったのに、なぜかコッペパンだったんだよね…」

ひかりは首を傾げる。


「なぁ、それってさ…俺らのカバンの中で入れ替わっちゃったんじゃね?」

七央樹が険しい顔をする。


「え…どういうこと?本当は間違えないで持ってったのに、いつの間にか私と七央樹の持ってたものがカバンの中で入れ替わったってこと?」

ひかりは目を丸くする。


「ついに時空越えだよ、姉ちゃん」

七央樹は目を輝かせる。


「まさか、そんなことが…」

ひかりは驚きの表情で筆箱を見る。


「おぃ、お前ら。バカも休み休み言えよ」

一匡が冷めた表情で言う。


"ムムッ…"

七央樹とひかりは、一匡をジロリと見た。


「なあ、兄ちゃん。弁当箱替えてくれよ」

七央樹が一匡に詰め寄る。


「ハァ?ぜってぇヤダし」

一匡は冷たくあしらう。


「何でだよッ!俺成長期なんだから良いだろーッ!」

七央樹は抗議した。


「俺だってまだ成長してっし。大体、お前の玉手箱みてぇな弁当箱じゃ午後震えちまうわッ」

一匡がギリギリ怒る。


「…ってか、アンタ達の胃ってホントどうなってんの…?それこそ時空超えてんじゃないの?」

七央樹と一匡を心配そうに見つめるひかりであった…。


--


「おはよう」


翌日、竜輝に挨拶するひかり。

ひかりは昨日の竜輝の発言が気になり寝不足であった。


「おはよう」

竜輝もいつも通り挨拶を返す。


ひかりはチラッと竜輝を見た。

竜輝はいつも通りクールな表情で歩いている。


「・・・っ」


ひかりはひとまず、昨日の竜輝が話していた事は自身の中にある保留の引き出しへ、そっとしまい込んだ。


--


「えー、今年も夏休み明けには体育祭があります。という事で、今のうちに女子リレーのメンバーを決めようと思う」

朝のホームルーム、ひかりのクラス担任の魚住が声をかけた。


「えっ…早くない?」

「もう決めるの?」

クラスメイト達はざわつく。


「リレーはチームワークと練習あるのみ!早く決めるに越した事はないよッ!誰か出たい人はいるかな?」

担任の魚住がクラスを見渡した。


「はいッ!」


すかさず、ひかりが真っ直ぐ手を挙げた。


クラスメイト達は驚いた表情でひかりを見た。


他の女子達は皆俯いている。


ひかりは転校初日の職員室にて、担任の魚住からこんな話をされていた。


--


転校初日の職員室にて-


「浦嶋さんは何か得意なことってある?」

担任の魚住がひかりにたずねた。


「走るのは得意です」

ひかりはすぐに応えた。


すると担任の魚住は、パッと表情が明るくなった。


「そうか!走るの得意かッ!じゃあ、リレーとかは?」

魚住が身を乗り出しひかりにたずねた。


「勝てる気しかしないですね」

ひかりがポーカーフェイスでサラリと言う。


「・・・っ!!」

魚住は、当たり前のように強い自信に満ち溢れているひかりに驚き、目を丸くさせた。


「私リレーでは今まで、毎回アンカーをやらせてもらってて一番でゴールした経験しかないので、自信はあるんです」

ひかりは真っ直ぐ魚住を見ながら言う。


すると魚住はひかりに希望の眼差しで言った。


「浦嶋さんに頼みたい事がある…」


ひかりはキョトンとしながら魚住を見た。


「うちのクラスの女子リレー、去年の屈辱を晴らしてやってほしいッ」

魚住は力強い口調でひかりに言った。

ひかりは、事の経緯と事情を魚住から一部始終聞いた。


するとひかりは静かに口を開いた。


「分かりました…。その体育祭はいつなんですか?」


「夏休み明けの2週間後だ…」


「じゃあ女子リレーのメンバー、早めに決めちゃいましょう。早い内からチームワークの構築と練習をするんです」

ひかりは力強い眼差しで魚住を見た。


「分かった…。じゃあ…夏休みに入る前に、山で課外学習もあるから…その前にでも決めちゃおうか…」

魚住は顎に手をやり考えるように言う。


「それがいいと思います」

ひかりは力強く同意した。


「分かった。じゃあそう言う事で…浦嶋さん、よろしく頼む…」

魚住はひかりに頭を下げた。


「いえいえ、頭を上げてください先生。屈辱を晴らすリレーなんて、ますます燃えます。そんなリレーは初めてなんで…私、ワクワクします。楽しみです」

ひかりは弾ける笑顔で言った。


そんなひかりを見た魚住は呟いた。


「浦嶋さんは…もしかすると、うちのクラスを変革させる力があるかもしれないな…」


ひかりはキョトンとすると、魚住は小さく微笑んだ。


こうして、担任魚住とひかりの"体育祭リレー汚名返上同盟"が密かに結ばれたのであった…。


--


「えーっと…他にリレーやりたい人は?」

担任がクラスメイトを見回す。


「・・・」

他に手を挙げる女子生徒はいない。


「あのー・・」

すると、ひかりが静かに口を開く。


皆一斉にひかりを見る。


「浦嶋さん、どうぞ」

担任の魚住がひかりにたずねた。


「私が指名してもいいですか?」


突然、ひかりが突拍子もない事を言い出した。


クラスメイト達はギョッとした表情でひかりを見つめた。


「ああ…誰か良さそうな人はいるかい?」

担任の魚住が目を丸くしながらひかりを見た。


「はい。亀園さん、音海さん、浅風さんが良いです」

ひかりはサラリと言った。


「・・・!!」

指名された三人はさらにギョッとなり目を見開いた。


それは、友人である万莉華の他に、ひかりが転校して来た初日に、万莉華の悪口を言ってひかりにピシャリと言われていた女子である音海おとうみ 帆乃加ほのかと、浅風あさかぜ 有希あきであった。


するとすかさず、帆乃加がひかりに抗議した。


「ちょ…ちょっと待ってよ、浦嶋さんッ!あなた、うちのクラスの女子がどんだけ足が遅いか分かってないのよッ!去年なんて他のクラスにもの凄い差がついて挙句にビリだったんだからッ!私はもうあんな恥かくのごめんよッ」


「そうよッ!私も嫌よッ」

帆乃加に合わせるように有希も言う。


「・・・っ」

万莉華は黙って俯いている。


するとひかりが静かに口を開いた。


「それ、去年の話でしょう?」


「え…」

帆乃加達はたじろぎながらひかりを見た。


竜輝や他のクラスメイトも皆、驚いたようにひかりを見る。


「去年は私、いなかったんだけど」

ひかりが立ち上がり堂々と言う。


隣の席に座る竜輝や、真夏斗、凰太達は目を丸くしながらひかりを見つめた。


「大丈夫、私がフォローするから。その代わり私にアンカーやらせてください」

ひかりが力強い眼差しで担任の魚住を見た。


帆乃加や有希、竜輝と真夏斗と凰太等のクラスメイト達は皆、驚いた表情でひかりを見つめる。

万莉華も驚きながら顔を上げた。


「よしッ!分かった!じゃあ浦嶋さんがアンカーだね!音海さんと浅風さん、それに亀園さん、頼んだよッ」

担任の魚住が笑顔で言う。


「・・・っっ」

ひかりの気迫に負けた帆乃加と有希、万莉華は何も言えなかった。


竜輝や真夏斗、凰太はひかりを呆然と見つめていた。



休み時間-


早速、帆乃加と有希がひかりに詰め寄る。


「ちょっと、浦嶋さん!!大丈夫って…どこからそんな自信が出てくるのよッ!あなた去年のリレーを見てないから呑気でいられるのよッ」


「去年がそうだったからって、今年もそうとは限らないでしょ?そもそも、今年もどうせ去年と同じだから…なんて諦めてたら、そりゃあ去年と同じ結果になるでしょうよ。でもね…去年と違う結果を想像した時、そこから変わってくの」


ひかりが淡々と話す。


「・・・っっ、で…でもでも、今年はやる場所が去年と違うのよッ!」

帆乃加は険しい表情で言う。


「え?」

ひかりはキョトンとする。


「今年は体育祭の時期に、ちょうど学校のグランドが改修工事と重なっちゃうから…町の総合運動場でやるのよ…。きっと…町の人だって…他校の生徒達だって…絶対に見に来る…」

有希が青ざめた様子で言った。

帆乃加も横で頭を抱えている。


「燃えるわ…」


するとひかりがポツリと呟いた。


帆乃加や有希、周りの生徒達は呆然とひかりを見た。


「何それ。燃える!!ますますテンション上がるじゃんッ!!」

ひかりが身を乗り出す。


「・・・っっ」

帆乃加や有希、近くにいた竜輝達は皆、ますます燃料を注がれてやる気の炎を燃やすひかりに呆気にとられた。


「去年恥かいたって…どうせ他のクラスの人達からバカにされて笑われたりしたんでしょ?あなた達、見返したくないの?いいじゃん、観客が多い方がその分去年の名誉挽回が一気に出来るってもんでしょ。去年と今年は明らかに違うよ?私がいる。それに…総合運動場だなんて、私達の為の絶好の舞台じゃん」

ひかりはグイッと帆乃加と有希に近づいた。


「・・・っ」

帆乃加と有希はたじろいだ。


竜輝と真夏斗、凰太はひかりを驚いた表情で見つめている。


「ねぇ、たまには人を信じてみても良いんじゃない?」

ひかりは穏やかな表情で言う。


「え…」

帆乃加と有希は初めて自分達に見せる優しい表情に驚いたようにひかりを見た。


前の席に座る万莉華も目を丸くしている。


竜輝や真夏斗、凰太の三人もひかりの全く物怖じしない穏やかな表情に目が釘付けとなっていた。


「私達四人なら大丈夫。ね?万莉華?」

ひかりは万莉華に声をかけた。


万莉華が呆然とひかりを見つめていると突然ひかりと目が合い、万莉華はハッとした。

ひかりは、優しい表情で万莉華を見ている。


ひかりの優しい眼差しは、ひかりの兄一匡と似ており、万莉華は何だか一匡に言われているような気分になった。


万莉華は静かにポツリと呟いた。


「・・うん…。私…見返したい…」


万莉華の意外な言葉に、帆乃加と有希、さらには竜輝や真夏斗、凰太も驚きの表情を浮かべた。


万莉華の言葉を聞いたひかりはニカッと笑って言った。


「よしッ!見返してやろうじゃんッ、去年笑ってた奴らをッ。今年は私達が、そいつらの笑顔を奪うッ!」

ひかりは拳を自身の胸に当てた。


その場に居た皆、目を丸くしながらひかりを見ていた。


「じゃあ早速今日の放課後、校庭に集合ね」

ひかりがサラリと言った。


「え」

帆乃加と有希と万莉華は、ギョッとした表情をする。


「走り出す練習とバトンを繋ぐ練習するよ」

ひかりはニヤッと笑う。


「え…。えぇぇえーっっ!!」


帆乃加と有希の悲鳴が廊下まで響き渡った。


--


放課後-


ひかり達四人は、校庭の片隅へ集まっていた。


ひかりは、万莉華たち三人にバトンのスムーズな渡し方と受け取り方を指導している。


「・・・」


竜輝と真夏斗、凰太の三人はベランダから揃ってひかり達の様子を眺めていた。


「凄いよなー・・浦嶋ちゃん」

凰太がポツリと呟く。


竜輝と真夏斗は凰太をチラッと見た。


「浦嶋ちゃんが大丈夫って言うと、本当に大丈夫に思えてくるって言うか…何か自信が湧いてくるんだよな…」


凰太がひかり達を見ながら話す。


「確かに…」

真夏斗もひかり達に目を移しながら同意する。


「万莉華達があんな風に練習してるのも…奇跡だよな…」

竜輝が静かに言った。


「ほんとそれッ!亀園があんな風に言ったのも驚いたわ」

真夏斗が目を丸くさせる。


「浦嶋ちゃんが良い感じにかき混ぜて、味を変えてるって感じだよな。どんどんうまい味付けにしてくれてるっていうか…」

凰太が笑顔で言った。


「うん…。だな…」

竜輝と真夏斗も優しい表情でひかりを見つめた。


--


「違う違ーう!タイミングが遅ーい!」

ひかりは帆乃加と有希のバトンパスを指導する。


「浦嶋さんッ、難しすぎー」

帆乃加と有希は抗議した。


「大丈夫。こういうのはやった分だけ出来るようになるんだからッ!ハイッ、最初から!」


「・・っっ」

帆乃加と有希、万莉華は黙ってひかりの指示どおり練習をした。


「クスクス…(笑)。あれ、B組の子達だよね…。もうリレーの練習なんかしてるよ…(笑)」

「去年のB組の走り、笑えたよね…(笑)」

「練習したってどうせ去年と同じじゃん…(笑)」


近くを通りすぎる他のクラスの女子生徒達がひかり達を見ながらコソコソ笑いながら喋っている。


「・・・っっ」

帆乃加や有希、万莉華は黙って俯く。


パン ッ!パンッ!

「集中!」


すると、ひかりが雑音をかき消すかのように、手を叩き叫んだ。


帆乃加や有希、万莉華は驚いてひかりを見た。


「ねぇ、うさぎと亀のお話知ってる?あと、アリとキリギリスのお話も知ってる?」

ひかりが腕組みをしながら帆乃加達にたずねた。


「え…そりゃぁ、まぁ…」

帆乃加はたじろぎながら応える。


「その話知ってるなら、もう答えは分かるよね?」

ひかりが帆乃加達の顔を覗く。


「え…」

帆乃加達はキョトンとする。


「どっちが勝つか」

ひかりは不敵な笑みを浮かべる。


「・・・っっ」

帆乃加達は、ひかりの鋼の心臓を悟り息を呑む。


「私達は私達で、地道にコツコツ…備えあれば憂いなしなのよッ!ハイッ!続けるよ!」

ひかりは帆乃加達に喝を入れた。


--


ひかりや万莉華、帆乃加と有希の四人がギャンギャン騒ぎながらも、わりと楽しそうに練習をしている。


そんな一連のひかり達の様子を、竜輝達はずっと見ていた。


「・・・」

竜輝はベランダの手摺りの上で腕を組み、自身の顎を乗せながらじーっとひかりを見つめていた。

竜輝は、頬を若干赤く染めながら愛おしそうな表情でひかりを見つめている。


「・・・」

横では、そんな竜輝の表情を真夏斗と凰太が見ていた。


女嫌いである竜輝が初めて見せる表情を、真夏斗と凰太は感慨深く思った。


真夏斗は少々複雑な心境であった。


--


「お、ひかり…」

たまたま外を通りかかったひかりの兄である一匡がリレーの練習をするひかり達を見た。


「あれ、浦嶋くんの妹さん…」

誠二郎がひかり達を見ながらポツリと呟く。


「アイツやっぱリレー出るんだな…」

一匡は優しい表情を浮かべた。


「たしか…妹さんのクラスって、亀園さんと同じ2年B組だよね…?」

誠二郎が目を丸くする。


「B組?あぁ、確かそうだったかな?」

一匡が首を傾げながら言う。


「去年…B組の女子リレー、大変だったんだよ…結構な差が着いちゃって…。大丈夫かな…?あの時のB組の子達、周りからいろいろ言われてて可哀想だったんだ…」

誠二郎が険しい顔をさせた。


「まぁ大丈夫じゃね?」

一匡がケロッとしながら言う。


「え…」

誠二郎が驚いて一匡を見た。


「ひかりが居りゃあ、大丈夫だわ」

一匡が笑みを浮かべながら歩き出した。


誠二郎は余裕ある一匡の様子を目を丸くしながら見つめた。


「なんか…凄いね」

誠二郎がポツリと呟く。


「何が?」

一匡がキョトンとしながら誠二郎を見る。


「浦嶋くんが大丈夫って言うと、本当に大丈夫なんだって思う…」

誠二郎が照れながら言う。


そんな誠二郎の言葉を聞いた一匡は、フッと笑みを溢した。


誠二郎は思った。

一匡は、真のかっこいい男だと。

一匡の背中を見て育とうと心に決める、誠二郎なのであった…。


--


「あれ、亀美也は?」

園芸委員のこの日、七央樹は紗輝を見ながらたずねた。


「あ、今日瀬田くん早退したんだ。熱出ちゃったみたいで…」

紗輝が七央樹をチラッと見ながら言う。


「え…そうなんだ。大丈夫かよ、アイツ」

七央樹が驚きながら紗輝を見た。


「なんか、昨日の夜に…庭で乾布摩擦やってたせいじゃないかって…瀬田くん言ってたよ…」

紗輝は苦笑いした。


「乾布摩擦…?アイツ何を目指してんだよ…」

七央樹は驚きの表情を浮かべた。

七央樹と紗輝は笑い合った。


「じゃあ、やるか」

七央樹はホースを紗輝に差し出した。


「うん…」

紗輝は若干顔を赤くしながらホースを受け取った。


すると七央樹達の背後から複数の女子生徒達の話し声が聞こえて来た。


「ねぇねぇ、今年の2年B組のリレー浦嶋さんが出るみたいだよ」


「え!あの女子リレーに?!去年のB組の惨劇知らないで出るのかなー?かわいそー浦嶋さん」


「B組の女子の走り、まじでヤバかったもんね…(笑)」


「ほんと、亀並みの遅さだったよねー(笑)」


「B組の女子って皆足遅いんだってよー。去年リレーに出たメンバーだって、あれでもクラスの中で早い人達だったらしいよー(笑)」


「まじ?それもう終わってんじゃん…。浦嶋さんが仮に早かったとしてもダメじゃない?(笑)」


その女子生徒達は笑いながら歩き去って行った。


「・・・っ」

紗輝は俯いた。


「アイツらバカだな」

七央樹がポツリと言った。


「え…」

紗輝は驚きながら七央樹を見た。


すると、七央樹は笑っていた。


「・・・っ!」

紗輝は七央樹の表情を見て目を丸くさせた。


決して良い話ではなかったはずなのに、何故か笑っている七央樹に紗輝は目を奪われた。


「アイツら…姉ちゃんの恐ろしさを知らねぇんだな…バカな奴ら」

七央樹はフッ…と不敵な笑みを浮かべながら、何事もなかったように植物に水を撒き出した。


七央樹の余裕あるオーラに紗輝は呆然と見惚れた。


ガサッ…

「うわッ…」

七央樹を見つめながら、紗輝は足を進めると、低木に当たりブレザーのボタンが引っかかってしまった。

紗輝はボタンに絡まる細い小枝を外そうとするが、なかなか取れない。


七央樹はそんな紗輝に気づくと慌てて紗輝に駆け寄った。


「おぃおぃ…何してんだよ…」

七央樹は、枝に引っかかる紗輝のボタンを外そうとするがなかなか取れない。


「・・・」

紗輝は顔を赤くしながら狼狽える。


「ダメだなー…。一旦このボタン切るか」

七央樹がポケットからミニソーイングセットを取り出すと、中から小さなハサミを出した。


紗輝は目を丸くする。


「わりぃ…ちょっと切るぞ」

七央樹がそう言いながらボタンが縫い付けられている糸を切った。


「・・・っ」

紗輝は手際の良い七央樹の手元を呆然と見つめる。


「これ、後で俺が付けてやるよ。これ終わったら時間ある?」

七央樹が紗輝の顔を覗く。


「え!・・あ、うん…」

紗輝は顔を赤くしながら応えた。


「じゃあ、それまでこのボタン預かっとくわ」

七央樹がそう言うとニカッと笑った。


「・・・っっ」

紗輝は七央樹の笑顔を見て胸がギュッとなった。


--


ベランダからひかり達の様子を見ていた竜輝と真夏斗と凰太であったが、凰太がその場を離れ、そこには竜輝と真夏斗の二人きりになった。


「なぁ…竜輝…」

真夏斗はひかり達を見つめながら静かに口を開いた。


竜輝は静かに真夏斗を見る。


「友達だから…ハッキリと言っとく…」

真夏斗はそう言うと、竜輝を真っ直ぐ見た。


竜輝は驚きながら真夏斗を見た。


「俺、浦嶋さんが好き」


「…っっ!!」

竜輝は真夏斗の言葉に目を見開いた。


「お前は?どうなの?」

真夏斗は竜輝をじーっと見る。


竜輝は俯いた。


「・・好きだよ…俺も、浦嶋が…」

竜輝はポツリと言う。


真夏斗は竜輝の言葉を聞き、気の抜けた表情をさせた。


「じゃあ…俺らは友達だけど、ライバルってことだな」


真夏斗はそう言うと、ニッと笑った。


「・・あぁ…」

竜輝も穏やかな表情で真夏斗を見た。



「おーい、お疲れーッ」


すると、ひかり達が練習している場所の方から何故か凰太の声が聞こえて来た。


真夏斗と竜輝の二人はひかり達の方を見た。


「練習頑張ってんじゃん。はい、これ差し入れ」

凰太はひかり達にジュースを一人ずつ手渡していた。


「…っっ!?」

それを見た真夏斗と竜輝はギョッとする。


「あいつ…いつの間に…」

真夏斗と竜輝が呆然と凰太を見ていると、凰太は竜輝達の方を見上げ、してやったりな顔をさせた。


「・・っっ!!凰太の奴ッ!」

そんな凰太を見た真夏斗と竜輝は、ムッとした表情をさせた。


ライバルを誓い合う竜輝と真夏斗をよそに、我が道を行く凰太なのであった…。


--


「これでよしッ」

七央樹は紗輝のブレザーのボタンを付け直した。

隣では紗輝が七央樹の手際の良さに終始目を奪われている。


「あ…ありがとう…」

紗輝は七央樹からブレザーを受け取った。


「どういたしまして」

七央樹はニカッと笑った。


「…っっ」

紗輝の胸はまたぎゅーっとなる。


「俺こういうの得意なんだー。裁縫するの好きなんだよね、昔から」

七央樹は照れ笑いする。


「凄いね。凄く良いと思う…そういうの」

紗輝は目を輝かせながら七央樹を見つめた。


「…っっ!!あ…ありがと…」

七央樹は顔を若干赤くさせ紗輝を見た。


紗輝は小さく笑いながら続けて言った。


「そういう好きな事、自信持って堂々とやった方が良いよ。じゃないと、勿体ない」

紗輝は優しい表情で七央樹を見つめながら言った。


ドキッ…

七央樹は、一瞬心臓に電流が走ったような感覚になった。


七央樹は呆然と紗輝を見つめた。


紗輝は七央樹の視線にたじろぎながら慌てて言った。


「これ、本当に上手ッ!すごく綺麗」

紗輝は笑顔で話す。


「・・うん…ありがとう…」

七央樹は小さく笑みを溢しながらポツリと呟いた。

姉のひかり以外の女子に初めて自身の好きな事を認められ、七央樹は嬉しく思った。


「それ、こっちのセリフ。ありがとう」

紗輝はニッコリ笑った。


七央樹は紗輝を見て、つられて笑った。


--


「ヤァァーッ!!」


「押忍ッ!!」


ある日曜日の朝、ひかりと兄一匡、弟の七央樹は、兄妹弟きょうだい揃って町の中心部にある空手道場にいた。

浦嶋兄妹弟は、隔週で空手を習いに通っている。

ちなみに、柔道も月に一回通っている。


「ふぅー・・良い汗かいたわ」

ひかりは清々しい様子で言う。


道場の帰り道、ひかりを間に挟み浦嶋兄妹弟の三人は仲良く揃って家路を歩く。


「俺、前よりも身体が軽くなった気がするッ!何か足が早く上がるもんッ」

七央樹は笑顔で言う。


「まぁ、俺に比べりゃまだまだだけどなッ」

一匡は不敵な笑みを七央樹に見せる。


「むっ!絶対兄ちゃん超えてみせる!」

七央樹は一匡をギロッと見た。


「ハイハイ」

一匡は余裕ある表情で言う。


「…っっ」

七央樹はジロリと一匡を見た。


「私を挟んでケンカすんの辞めてくれない?」

ひかりは冷めた表情で言う。


交差点に差し掛かり、ひかり達は赤信号の為立ち止まった。


すると近くにいた女性達が、ひかりを見ながらコソコソと話し出した。


「ねぇ見てあの子、イケメンをはべらかしてるよー」

「逆ハーレムじゃん…」

「ああやって堂々と何人もの男と遊んでるのかねぇ…あの子」

「ちょっと美人だからって調子乗ってるよね」


ひかりと一匡、七央樹は同時に耳をピクリと動かした。


ひかりは、またかとばかりにため息吐きながらも、特に気にも留めなかった。


すると一匡は、ひかりの肩に手を回すと、ひかりの頭に自身の顔をくっつけながら、陰口女子達に向かって不敵な笑みを浮かべた。


「・・っっ!!」

陰口女子達は驚き、羨ましそうに見た。


そして七央樹もまた、ひかりの腕にギュッとしがみつき自身の顔をくっつける。


「・・っっ!!」

陰口女子達はさらに驚き、悔しそうな表情をさせた。


交差点の信号が青に変わると、陰口女子達はそそくさと歩いて行った。


「ちょっと…暑苦しいんだけど。アンタ達がこういう事するから誤解されんでしょうが」

ひかりは冷めた顔をしながら言う。


「別に良いじゃん。何も知らねぇくせに勝手に悔しがって人の悪口言ってんだろ?そう言う奴は誤解したまま、末永く無駄に悔しがってろって話しじゃん」

一匡はケロリとした表情で言う。


「そーだよッ!何も知らない奴が勝手に決めつけて悪口叩いてさーッ」

七央樹はギリギリと怒る。


「まぁ…関係ない人には別に誤解されても良いけどさ。でももしアンタ達に好きな人ができたら、その人に対してだって、また変な誤解させちゃうでしょ?こんな事してたら、お兄ちゃんと七央樹の恋愛が破綻するわよ」

ひかりは苦笑いする。


「それは大丈夫だわ。俺は、俺達が兄妹だって知る奴じゃねぇと恋愛になんか発展しねぇし。誤解されて困る事にはならねぇよ」

一匡は平然としながら応える。


「俺もーッ!そもそも、好きになった子にはすぐに姉ちゃん紹介するし、俺と姉ちゃんが恋人だって誤解されて困るような事にはならねぇから大丈夫」

七央樹は笑顔で話す。


「あっそう…。まぁそれは私も同じだけどね…」

ひかりはポツリと言った。


「えっ!まさか…それってハンバーグ野郎じゃねぇだろうなッ!?」

七央樹がギラギラした目つきでひかりを見る。


「ナニッ?!確かにハンバーグの奴は俺ら兄妹だって知ってるから誤解される心配はねぇけどッ!だから安心してんのか、お前ッ」

一匡は目を見開きながらひかりに詰め寄る。


「ちょっっ…そんなんじゃないってば!もぉーッ」

ひかりは一匡と七央樹を追いやる。


「オィッ、はぐらかすな!」

「怪しーッ」

一匡と七央樹はひかりに詰め寄る。


「・・・」

そんな仲睦まじい浦嶋兄妹弟を、たまたま反対側の歩道に居合わせた乙辺兄妹が見ていた。


「ねぇ兄さん、浦嶋さん達って…義理の兄妹弟きょうだいとかじゃないよね…?血、繋がってるんだよね?」

竜輝の妹である紗輝は真面目な表情で七央樹達を見ながら言う。


「・・・たぶん…」

竜輝もひかり達を呆然と見ながら呟いた。


乙辺兄妹に、また別の誤解が生じているとは知る由もない浦嶋兄妹弟であった…。


--


翌日-


「なぁ…浦嶋…。浦嶋の兄妹弟って…その…義理の…とかではないんだよな…?」

竜輝は辿々しくたずねる。


「え?うん…正真正銘の同じ血の兄妹弟きょうだいだよ?」

ひかりはキョトンとしながら竜輝を見る。


「だよな…」

竜輝は苦笑いする。


するとひかりは続けて話す。


「うちの家族って、皆同じ血液型なんだよ!しかも…私達兄妹弟に至っては手相まで一緒なのッ!前にお兄ちゃんと弟と一緒に手相占いしてもらった時にね、こんな事があったんだァー・・・」


--


浦嶋兄妹弟が手相占いに立ち寄った日…


占い師「あらヤダッ!!あなた達、見事に同じ手相をしてるわねッ!瓜三つ!!」


浦嶋兄妹弟「えっ…」


その日の夜-


ひかり「お母さん、私達兄妹弟って…実は三つ子だったとかじゃない?一年おきに小出ししたんじゃ…」


(母)つゆか「は?そんな事出来るわけないでしょ。どこの人類の話をしてんのよ」


--


「・・ってな事があったんだよ。私達兄妹弟、あの時は本気で三つ子だったんじゃないか説を真面目に考えてたわ…」

ひかりが険しい顔をしながら話している。


「・・・っっ」

竜輝は、間違いなく浦嶋兄妹弟は血の繋がった兄妹弟であると確信したのであった…。



一方その頃、竜輝の妹である紗輝もまた、七央樹に意を決して同じ事をたずねていた。


「浦嶋くんのお姉さんって…もしかして…義理のお姉さんとかでは…ないんだよね…?」

紗輝はチラッと七央樹を見る。


「えっ!義理?!違うけど…」

七央樹はキョトンとしながら紗輝を見る。


「ア…ハハッ…だよね…」

紗輝は苦笑いしながら誤魔化す。


すると七央樹もまた、姉と同じエピソードを語り出した。

「俺達家族、皆同じ血液型なんだッ!しかも俺ら兄妹弟なんて、みーんな同じ手相してんだぜ?手相占いのおばちゃんがそう言ってた!」

七央樹は嬉しそうに笑う。


「…っっ」

紗輝は無邪気に笑う七央樹に胸がキュンとなる。


「マジであん時、俺ら兄妹弟って実は三つ子だったんじゃないかって三人で話してたけど…正直、今もその説捨てきれてないんだよね…俺」

七央樹は顎に手をやりながらそう言うと、眉間に皺寄せ遠くを見た。


「・・・」

紗輝も静かに悟るのであった。

浦嶋兄妹弟は、正真正銘の血の繋がった兄妹弟であると…。


こうして乙辺兄妹の疑問は、いとも簡単に解決したのであった。


--


数日が経ち、女子リレーの選手を決めてから、ひかり達は時間があれば地道にバトンパスや走り出しの練習をした。


今では女子リレーのメンバーである帆乃加と有希とも打ち解け、女子リレーのメンバー四人は普通に会話する仲となっていた。


「ねぇ、ひかり。明日から課外学習だから今日はその準備したいんだけど」

帆乃加がひかりに言う。


「じゃあ今日は練習無しね!」

ひかりは笑顔で返す。


「うん!ありがとッ」

帆乃加達は笑顔で返した。


「何かこのクラスの女子の雰囲気、だいぶ変わったよな…」

クラスの男子達がひかり達を見ながら囁いた。


「まあ、本来の姿はこうだったのかもな」

そこへ真夏斗が声をかけた。

真夏斗は柔らかい表情でひかり達を見た。


「だな…」

男子達も関心しながらひかり達を見つめた。


真夏斗達の会話を聞いていた竜輝も、感慨深い様子でひかりを静かに見つめた。

竜輝がひかりに向ける眼差しは、愛のこもった眼差しであった。


「・・・」

そんな竜輝の表情を、凰太が静かに見つめていた。


--


「浦嶋さん、今日俺ら日直だなッ」

真夏斗は笑顔でひかりに言う。


「そうだね!よろしくッ」

ひかりも笑顔で返す。


「…っっ」

真夏斗とひかりのやり取りを隣では気が気でない様子で耳を傾ける竜輝であった。

なにより、日直がこの二人の組み合わせだという事に、竜輝は内心胸を騒つかせる。



放課後-


真夏斗とひかりは同じ机で向かい合い日誌を書いていた。


そんな二人を横目に、竜輝と凰太は担任の魚住に荷物運びの手伝いを任され、渋々職員室へ行った。


万莉華はお手洗いに教室を離れた。


教室には真夏斗とひかりの二人だけになった。


そのことにいち早く気づいた真夏斗は、日誌を見つめるひかりをチラッと見た。


「…っっ」

髪を耳にかけるひかりの仕草に真夏斗はドキッとした。


真夏斗は机の上に置くひかりの片手に目を移す。


「・・・」

すると真夏斗は、おもむろにひかりの手を握った。


「・・・?」

ひかりはキョトンとした顔で真夏斗を見つめた。


真夏斗はひかりをじっと見つめる。


「ん…?どうした?」

ひかりが目を丸くしながら真夏斗を見る。


「・・・」


ひかりは真っ直ぐ真夏斗を見つめた。

真夏斗も真っ直ぐひかりを見つめる。


しばらく沈黙が流れた。


「・・・っっ、ごめん…ふ、筆箱と…間違えた…」

ひかりの眼差しに真夏斗の心臓が持たなくなり、狼狽えながら咄嗟に呟く。


そんな真夏斗の言葉にひかりは笑顔で言った。


「アハハッ!あぁ!あるあるッ!私もよくパンと間違えて弟の手掴んじゃったり、逆にお兄ちゃんにリモコンと間違われて手掴まれることあるよ!よくある、よくあるッ!」


ひかりはニコニコしながら言った。


「アハハ…ハハハ…ッ」

真夏斗は何だか複雑な心境になりながら苦笑いした。


ひかりは鈍感なのか、はたまた日頃イケメンの兄弟に囲まれて生活しているせいで感覚が麻痺しているのか…真夏斗には分からなかった。


「・・・」

ひかりをときめかせ、自分を意識させるには相当な労力が必要であると悟った真夏斗であった…。


竜輝達が教室に戻ると、ひかりはニコニコしており、真夏斗は若干顔を赤くさせていた。


「・・?」

竜輝はそんな二人の様子を不思議そうに見つめた。


「明日から課外学習だなー。いつも海だからたまには山も良いよなー」

凰太が窓の外を眺めながら言う。


「そうだね!楽しみだなー」

ひかりは笑顔で言う。


「何かまた他校の奴らもいるらしいぜ」

真夏斗が天井を見上げながら言った。


「ああ、他校と合同だとか言ってたな」

竜輝が静かに言う。


「面倒な奴とかいなけりゃ良いよなー。ただでさえ俺らって絡まれやすいじゃんッ」

凰太が嘆く。


「竜輝は特にな」

真夏斗は竜輝を見る。


「え…」

ひかりは驚いた表情で竜輝を見た。


「コイツ、イケメン過ぎて目立つから男女問わず絡まれるんだよ。俺達もつられて絡まれたりしてさ…去年なんて大変だったんだから…」

真夏斗はやれやれとばかりに言った。


「あったなー…」

凰太は思い出すかのように遠くを見た。


「その理由は分からんけど…。万莉華もな…」

竜輝は万莉華を見た。


万莉華は小さくため息を吐いた。


「でも今年は浦嶋さんも目に付けられそうだよな…」

真夏斗はひかりを見ながら呟いた。


「…っっ」

竜輝は心配そうな眼差しでひかりを見た。


そんな周りの様子にひかりは笑顔で言う。


「私なら大丈夫」


「え…」

竜輝達は目を丸くしながらひかりを見た。


「こう見えて私、空手と柔道を少しやってんだァ。だから乙辺くんと万莉華の護衛も私に任せて!いざとなったら、私が受けて立つッ!」


シュッ…シュッ…


ひかりはそう言うと立ち上がり、空手の形をやって見せた。


「プハッ…すげぇな…浦嶋…」

竜輝は弾けるような笑顔で笑いながら言った。


竜輝の未だかつてない笑顔に真夏斗と凰太、万莉華は驚きながらも、つられて笑う。


そんな周りの反応にひかりは照れ笑いした。

竜輝の初めてみるような笑顔に、ひかりは心弾ませた。


「…っっ」

竜輝は、ひかりの照れた表情に胸をギュッとさせた。


一方ひかりは、山での課外授業が一段と楽しみになり心躍らせるのであった…。

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