三.運と勘と心強さと

翌朝-


「おはよー!」

ひかりは前を歩く竜輝に声をかけた。


竜輝は驚いて振り返るとポツリと挨拶を返す。


「おはよう」


するとひかりは笑顔で竜輝を見ながら口を開く。


「乙辺くん、あの鳩のスタンプ可愛いねッ。私も思わず買っちゃったよッ」

ひかりは小さく笑った。


「あぁ…あれ」

竜輝も思わず照れながら小さく笑う。


「乙辺くんとスタンプとのギャップにすごく驚いたけど、何か良いね!そのギャップ私は好きだなーァッ」

ひかりは笑顔で言った。


「・・・っっ!!」

竜輝は驚きながらひかりを見た。

ひかりはニコニコしながら前を見て歩いている。

竜輝は、近くで和太鼓を叩たかれているように心臓が激しく振動した。

同時に顔が燃えるように熱くなった。

竜輝はしばらくひかりの顔を見る事が出来なかった。


ひかりは…というか浦嶋兄妹弟は、相手をときめかせる言葉をサラリと言ってのける、天然たらし記念物であった…。


「おはよう」

途中から万莉華が合流した。


「あッ!おはよーッ」

ひかりは笑顔で挨拶した。


竜輝は若干顔を赤く染めながら「よぉ」と手を上げた。


「たっちゃん…どうかしたの?」


万莉華は目をぱちくりさせながら竜輝を見た。


「え?」


万莉華のその言葉に驚いたひかりも竜輝の顔を覗く。


「・・・っっ!!べ、別にどうもしてねぇよ…」

竜輝は慌てながらスタスタと前を歩いた。


ひかりと万莉華は不思議そうに竜輝の後ろ姿を見つめた後、お互いに顔を見合わせた。


--


「…っっ!!」


一匡が校舎に向かい歩いていると、突然誰かにガッと腕を掴まれ、一匡は裏庭の人通りの少ない方に引っ張られて行った。一匡の腕を引っ張るのは、一人の女子生徒であった。


「ちょ…っっ、オィ…な、何なんだよ…お前…」

一匡は腕を引っ張る女子生徒にたじろぎながら声をかけた。


女子生徒は足を止めるとポツリと呟いた。


「すみません…突然…」


「ホントだよッ!…ったく、一体何だよッ」

一匡はジロリとその女子生徒を睨む。


「あの…私は同じクラスの、今鶴いまづる 千華子ちかこです。その…昨日の…お礼が言いたくて…」

千華子は俯きながら呟いた。


「ん?昨日のお礼…??俺何かしたっけ?」

一匡は首を傾げた。


「春日亀くんの…です。私…春日亀くんの事が…その…好き…で…」

千華子は赤い顔をしながら俯く。


「えっ!!」

一匡は、自分には関係ないカミングアウトに驚き戸惑う。


「昨日…数学の授業で…アイツらに一撃を入れてくれて…スカッとしました…。日頃から春日亀くんに対するアイツらの態度が酷かったんで…」

千華子はため息混じりに言った。


「あぁ…そうだったんだ…」

一匡はたじろぎながら呟く。


「昨日廊下で春日亀くんに"良い声してる"って言ってたじゃないですか。あれ、私もずっとそう思ってたんです。むしろ私は春日亀くんの声がきっかけで春日亀くんを…す、好きになったので…。私の他にも春日亀くんの声の良さに気づいてくれる人がいた事が…すごく嬉しくて…」

千華子は興奮と照れとの狭間で溢れる想いを口にした。


「お…おぅ、それは良かったな…」

一匡は苦笑いした。


「春日亀くん、結構引っ込み思案なので…男子の友達といるのあまり見た事がなくて…。なので、どうか…春日亀くんの事、よろしくお願いしますッ!!」

千華子は深々と頭を下げた。


「えっ!!あ…おぉぅ。わ、分かった…」

一匡は千華子の渾身のお願いにたじろぎながら返事をした。


千華子は一匡の返事を聞き安堵すると、笑顔を浮かべた。


そんな千華子の表情に一匡も気の抜けたように笑顔を溢した。


千華子と一匡の二人は、誠二郎の友人同盟を密かに結び、入り口の方に向かって歩いた。


「なあ、今鶴…だっけ。お前、陰から見てばっかりいねぇで、さっさと春日亀に告りゃ良いじゃん。もう俺ら三年だぞ?」

一匡は千華子をチラッと見る。


「えぇっっ!!そんなの…む、無理です…」

千華子は恥ずかしそうに俯く。


「何情けねぇこと言ってんだ?無理って思った時点で本当に終わりなんだよッ!告ってもいねえのに勝手に終わらせんな」

千華子をギロリと睨む。


「うっ…」

千華子はたじろいだ。


「俺のとこまで頭下げに来る根性があんなら、春日亀にだって言えるだろ。お前も春日亀を直接喜ばせてやれよッ」

一匡はニッと笑いながら千華子を見た。


「喜んで…もらえますかね…」

千華子は俯く。


「そりゃあ誰だって、告白されれば嬉しいもんだろッ。そいつが好きかどうかは別として」

一匡は涼しげな表情で言う。


「好きかどうかは別として…ですか…」

千華子の表情が曇る。


「お前はさー、今自分の事しか考えてないから尻込みしてんだろ。告白した後の自分の行く末を心配してっから告白できねぇだけだろ?そうじゃなくてさ…さっきのお前みたいに、春日亀を何とか救ってやりてぇって思いながら俺に頭下げたように、ただ単純に春日亀を喜ばせてやりてぇって思いだけで、気持ちを伝えれば良いんじゃねぇの?春日亀がお前に告白されたってだけで喜んでもらえるなら、お前が春日亀に振られようが振られまいが…結果なんてどっちだって良いじゃねぇか。伝えるだけタダだしなッ」

一匡はニカッと笑った。


「喜んでもらう為だけに…告白する…ですか」

千華子は目を丸くしながら一匡を見つめた。


「まぁ頑張れよ。それで成功したらラッキーじゃん」

一匡は千華子の肩をポンッと叩いた。


「・・はい」

千華子は小さく微笑んだ。


そんな二人の様子を、ちょうどひかりと竜輝と共に登校して来た万莉華だけが目撃した。


万莉華は呆然と立ち止まり一匡を見つめていた。


「ん?万莉華どうかした?」

ひかりは突然立ち止まる万莉華を不思議そうに見た。


「ううん…何でもない…」

万莉華は俯きながら呟いた。


そんな万莉華をひかりと竜輝は心配そうに見た後、お互い顔を見合わせた。


万莉華はチラッと一匡の方を見ると、もう相手の女子生徒はおらず、一匡が一人で歩いていた。


「・・・」

万莉華は胸をざわつかせた。


--


一方その頃、体育館では七央樹がバスケ部の朝練に励んでいた。


ピピーッ。


「はい、今日の練習はここまでッ」

男子バスケ部の顧問である体育教師の入船いりぶね 史康ふみやすが声をかけた。体育教師の史康は、教師の中でも一番若くイケメンであり女子生徒達からの人気は根強いが、その反面、学校一怖い教師としても有名である為、全校生徒達からは恐れられていた。


「お前らッ!いちいち隣の女子バスケ部の連中に反応してんなッ」

顧問の史康は、一部の男子バスケ部員を怒っていた。


「お疲れ様ッ。ハイッ、これタオルッ」

男子バスケ部のマネージャーとなった瑚己奈は真っ先に七央樹の所へ駆け寄る。


「・・・」

七央樹達の様子を見た男子バスケ部の二、三年の一部の部員達は不服そうな顔をさせた。


「一年のアイツ…ちょっと顔が良いからって俺らより目立ちやがって…」

ある一人の三年の男子バスケ部員はギリギリと七央樹を見ながら呟いた。


「午後の練習でちょっとシバきますか?」

一人の二年の男子部員が三年の先輩にすり寄る。


「そうだな…」

その三年の男子生徒は、フッと不敵な笑みを浮かべながら七央樹を見つめた。



「ねぇ、煙崎さん。俺まだ一年だし、先に先輩達の方にタオル持ってってあげてよ」

七央樹は真面目な顔をして瑚己奈を突き離す。


「えっ…!…わ、分かった…」

瑚己奈はシュン…としながら他の部員の方へ行った。


「お前のそう言うとこ、俺は好きたぜッ!」

亀美也は七央樹の肩に手を回してながら笑顔で言う。


「だってあの子、何か遊びに来てるみたいじゃない?」

七央樹がポーカーフェイスで言う。


「まぁな…。俺と同じクラスの乙辺さんがマネージャーやるかと思ってたからビックリしたよ」

亀美也が目を丸くしながら言う。


「え…。昨日水くれに来てた子?」

七央樹は驚きながら亀美也を見る。


「そうそう!」


「ふーん…」

七央樹は不思議そうな顔しながら亀美也を見ていた。


しばらくして、七央樹は着替えを終えて部室から出ると、瑚己奈が立っていた。


「ねぇ浦嶋くん…。虫取るのって、百歩譲って…虫取り網でも…良い?」

瑚己奈は前に七央樹が言っていた事が気になり、デレデレしながら七央樹に擦り寄りたずねた。


「はっ!?えっ…な、何ィ?!俺、虫取って来てなんて頼んでなけどォッ!?」

七央樹はギョッとしながら瑚己奈を見た。


「えぇっ!!いや…だからぁ…素手じゃなくて、虫取り網でも…」

瑚己奈はたじろぎながら再びたずねる。


「な…何の虫をォォーッ!?カ、カブトムシとかだったら俺要らねぇよッ!!」

七央樹は酷く恐怖に慄いている。


「え…いや…あの…」


「俺の所には虫は持って来なくていいからッ!カブトムシだったら、亀美也にあげてッ!!」

七央樹は真剣な眼差しで言うと、逃げるように走って行った。


「あ・・・えー…っと…」

瑚己奈は呆然としながら七央樹の後ろ姿を見つめた。


「俺が何だって?」

そこに亀美也が現れキョトンとしながら瑚己奈の顔を覗く。


「・・・」

瑚己奈は無表情で呆然としながら亀美也を見た。


--


昼休み-


「ねぇ、ひかり…。ひかりのお兄さん…か、一匡先輩は…誰か付き合ってる人って…いるの?」


万莉華は俯きながらひかりにたずねた。


「えっ!お兄ちゃん??そんな人はいないと思うけど…??そんな様子微塵も感じないし…」

ひかりは空を見上げながら言う。


「そう…なんだ。一匡先輩って…家では…どんな感じなの…?」


万莉華はチラッとひかりを見る。


「お兄ちゃんはねぇ…テレビ観てる。この前なんて、私と弟が蛾を捕獲するのに騒いでたら、ちょうどお兄ちゃんが観てた銀田一耕二ってドラマの犯人が分かんなかったって激怒してたわ…」

ひかりは笑いながら言う。


''事件モノが好きなんだ…"

万莉華はこっそり頭にメモをした。


「俺それ観てたよ」

竜輝の友人の一人、真夏斗が言った。


「あ、観てた?犯人誰だった?」

ひかりが目をぱちくりさせた。


「鬼ヶ島教授」


「えぇっ!!見たまんまじゃんッ!最初から挙動不審だった人じゃんッ」

ひかりが驚き慄く。


「うん。トリックもへったくりもねぇよ…。そのまんまだったわ…」

真夏斗が真顔で言う。


「お兄ちゃんに言ったら怒りそう…」

ひかりはそう言うと、真夏斗と一緒に苦笑いした。


「俺もそれ観れば良かった…」

竜輝がポツリと呟いた。


「はぁっ!?俺らさっきから面白味のなかった犯人に苦笑いしてたんだぜ?」

真夏斗は驚きながら竜輝を見た。


「うん…そう言う会話、俺もしたかった…」

竜輝がスンッと拗ねている。


「・・お前って…まさか…」

真夏斗は驚きながら竜輝を見た後、チラッとひかりを見た。


「・・・っっ!!まさかって何だよッ!もういいよッ」

竜輝は慌てふためきながら弁当を頬張る。


「・・・」

真夏斗はジロリと竜輝を見つめていた。


真夏斗もまた、未だかつてない現象が竜輝の身に起きている事を察した。


しかし真夏斗は、そんな竜輝の姿に少々複雑であった。

なぜなら真夏斗もまた、ひかりに対して特別な感情が芽生えていたからである。


真夏斗がチラッとひかりを見た。

ひかりは自身に向けられている恋の矢などつゆ知らず、万莉華と楽しげに話していた。


真夏斗もまた平常心を保とうと慌てて弁当を頬張った。


「どうしたぁ?二人とも」

二人の友人である凰太は不思議そうに竜輝と真夏斗を見た。


「え…別に…」

竜輝と真夏斗は同時に呟いた。


--


放課後-


「・・・・」

紗輝は体育館の入り口から男子バスケ部の様子を見ていた。


「あら乙辺さん。こんな所で何してるのかしら?男子バスケ部のマネージャーならもう、瑚己奈に決まったんだけど?」

瑚己奈が上から目線で紗輝を見下す。


「別に煙崎さんの邪魔しに来たわけじゃないから…」

紗輝は口を尖らせながら俯く。


「浦嶋くんなら無駄だって言ったでしょ?浦嶋くんはあなたみたいに女子力低くて男っぽい子は好みじゃないわよッ!男子は皆、女子力低い女の子なんて恋愛対象として見てないんだからッ」

瑚己奈が声高な声で話す。


「そんなことないと思うけど…(笑)」


突然、紗輝と瑚己奈の後ろから声がした。


二人は驚いて振り返ると、ひかりが立っていた。


「な…何よ、あなた…」

瑚己奈はたじろぎながらひかりを見る。


「七央樹は女子力ある女の子より、男気ある強い女の子の方が好きよ、間違いなく」

ひかりは瑚己奈に不敵な笑みを見せた。


「なっ…七央樹って…。あなた何なのよッ!浦嶋くんの事何でも分かってますみたいな言い方しちゃって!彼女面したってそうは行かないんだからねッ!瑚己奈の方が浦嶋くんといる時間長いんだからッ!クラス一緒だし、部活だって一緒なんだからねッ」

瑚己奈は頭から湯気を立てながらひかりを睨む。


「あらあら、それはめでたいわね」

ひかりはクスッと笑った。


全く動じないひかりの様子に瑚己奈はさらに苛立つ。

そこにいた紗輝は驚いたようにひかりを見ていた。


「じゃあ…七央樹が一番得意な事って何か、あなた知ってる?」

ひかりは不敵な笑みを浮かべながら瑚己奈を見た。


「え…っ、バ、バスケでしょ…」

瑚己奈はムスッとしながら応える。


「ブブーっ!不正解!七央樹はねぇ、裁縫が得意なの。特にボタンつけるのが神的に上手ッ!それこそ、コートのボタンの取り付けなんてお店で買った時の状態みたいな仕上がりでプロ顔負けの技術なんだからッ!裏に絶対に結び目が出ないんだもん…さすがよッ」

ひかりは自慢げに言う。


「なっ!!」

瑚己奈はたじろぐ。

紗輝は目を丸くしながらひかりを見た。


「七央樹がお裁縫得意なのって、ある意味女子力高いって事なんだけど…女子力高い男の子って、つまり…女っぽいって事だよね?そんな男の子…あなたは嫌いになるの?男は皆、女子力の低い男っぽい女の子なんて恋愛対象として見ないってさっき言ってたけど…同じ事だよね?逆に女子力高い女っぽい男の子なんて、女は皆恋愛対象として見ないってことなんでしょう?」

ひかりは瑚己奈ににじり寄る。


「うっ…」

瑚己奈は何も言い返せなかった。


紗輝は呆然とひかりを見つめていた。


「姉ちゃーん!」

体育館の方から七央樹の叫ぶ声がした。


"姉ちゃん…?"

瑚己奈と紗輝は驚きながら七央樹を見た。


「あぁ、七央樹ッ!お疲れ」

ひかりは、にこやかに手を振りながら七央樹の方へ歩き出した。


「お…お姉さん…?」

瑚己奈は一気に血の気が引いて行くのが分かった。


「あぁ、言い忘れてたけど私、七央樹の姉の浦嶋ひかりって言うの…ちゃんと覚えといてね。私はもうあなたの顔と名前ちゃんと覚えたから。煙崎瑚己奈さんッ」

ひかりは振り返り瑚己奈にそう言うと不敵な笑みを浮かべた。

そしてひかりは七央樹の方へ駆け寄って行った。


「・・っっ!!」

瑚己奈は目を丸くしひかりの後ろ姿を呆然と見つめ立ち尽くした。


「姉ちゃん何してたの?」


「あぁ、可愛い女の子達とガールズトーク」


「何だそれ…」

七央樹が苦笑いする。


「そうそう、七央樹。帰ったらで良いんだけど、私のブレザーのボタン、付け直してくれない?取れそうなの」

ひかりが七央樹の顔を覗く。


「えっ!!わざわざそれ言いにここまで来たのかよッ!」

七央樹は驚き慄く。


「ううん、違うよ。アンタ部活初日だし、どんなもんか様子を見に来たの」

ひかりはサラリと言う。


「あっそう。まぁ…良いけど…」

七央樹が照れながら満更でもない様子で呟く。


「でもまぁ…姉ちゃんがボタン付けると全部閉じちまうからなァ(笑)。この前のカーディガンだって、姉ちゃんがボタン付けたら背中の生地まで貫通したもんな…。あれはマジでウケたわ…(笑)」

七央樹が爆笑しながら言う。


「アンタのその口もボタン縫い付けてやろうか…」

ひかりがワナワナと怒りながら七央樹に言う。


「それは勘弁…」

七央樹は無邪気に笑いながら言う。


すると、朝練習で七央樹を目の敵にしていたニ、三年の男子部員が目を丸くさせながらひかりを見ていた。


その視線に気がついたひかりはニッコリ笑顔を向けた。


「・・・っっ!!」

ひかりの眩しい笑顔に、その部員達は忽ち見惚れる。


「あ、あの…うちの姉っス」

七央樹は慌ててひかりを部員達に紹介した。


「どうも、七央樹の姉の浦嶋ひかりです。七央樹がお世話になります」

ひかりは部員達にペコリと挨拶した。


「あっ、い…いやいや…こちらこそ…」

朝練習では七央樹に対して苛立っていたニ年や三年の一部の部員達は一斉に手の平を返した態度を取る。


「七央樹をどうかよろしくお願いしますねッ!先輩ッ」

ひかりは、一番、七央樹に苛立っていた三年の部員である男子生徒を見てニッコリ笑って言った。


ひかりはこの男子生徒が七央樹を目の敵にしている事を知っていたのだった。

なぜなら、この男子生徒が今朝の朝練習から帰る途中に放課後の部活にて七央樹をしばくと話しているのを、たまたま前を歩いていたひかりが耳にしたからである。

浦嶋家の兄妹弟きょうだいは、兄妹弟の危機には運をも味方する力を兼ね備えていた。

伊達に一匡と七央樹が空に向かってゆんゆん言っていただけではない。


「お…おぅッ!任せてくれッ!」

その三年の男子生徒は目を輝かせながらひかりを見た。


「頼りにしてますねッ!先輩ッ」

ひかりは爽やかな笑顔で言った。


その三年の男子生徒は、鼻の下を伸ばしデレデレしている。


「・・・っ」

七央樹はその様子を複雑な眼差しで見つめていた。


「あ…皆さんにスポーツドリンクの差し入れ持って来たんで、飲んでくださいッ」

ひかりはそう言うと入り口の方を指差した。


そこにはいつの間に持って来たのか、スポーツドリンクの箱が置いてあった。


「え!姉ちゃん、いつの間に…」

七央樹は目を丸くした。


「あざーっす!」

男子バスケ部の部員達は一斉にひかりにお礼を言った。


ひかりは笑顔でペコリと頭を下げた。


すると男子バスケ部の隣にいた女子バスケ部の女子達は、ひかり達の様子を面白くなさそうに見ていた。


「ねぇ、男子バスケ部の中でちやほやされてるあの女子って最近二年に転校してきた子でしょ?」


「そうそう、何か転校初日にあざといで有名な亀園さんをかばったとか…」


「あの子も男子達に取り入ろうとしてんじゃない?」


女子バスケ部員は、ひかりの陰口を口々に囁いていた。


「ねぇ…あの子にさ…」

すると、ある女子バスケ部員が何かをコソコソと話しニヤニヤしていた。


隣の男子バスケ部にいた七央樹は、女子バスケ部の不穏な空気をいち早く察知した。

七央樹もまた、姉に向けられる敵意センサーに優れている。


「・・・っ」

"アイツら…姉ちゃんを見ながらコソコソ喋りやがって…"

七央樹は額に怒りマークを浮き上がらせ、ワナワナとしたオーラを身に纏いながら隣の女子バスケ部の女子達を険しい表情で見ていた。


「七央樹、どうした?」

ひかりが七央樹の顔を覗く。


「えっ!いや…何でもない…」

七央樹は俯きながら応えた。


「そう?じゃあ私はそろそろ行くね。頑張ってねー」

ひかりは七央樹にそう言うと、笑顔で周りに会釈して去って行く。


ひかりが体育館の出入口に向け歩いていると、女子バスケ部の方からひかりを目掛けてバスケットボールが飛んで来た。


「…っっ!!姉ちゃんッ!!」

七央樹がひかりに向け叫んだ。

確実に女子バスケ部の方から飛んで来たそのボールは、わざと姉のひかりに投げられたものだと七央樹は思った。

七央樹は慌ててひかりに駆け寄ろうとした…。


--


「お前、体育館に何か用あるのか?」

凰太が真夏斗に声をかける。


真夏斗と凰太はバスケ部が練習している体育館を覗く。


「ちょっとな…」

真夏斗はポツリと呟きながらある人物を探していた。

それは、ひかりであった。


放課後に弟の七央樹の様子を見に行くとひかりが話していたからである。


すると…


「姉ちゃんッ!!」


誰かの叫ぶ声が聞こえきた。

真夏斗と凰太はその声の方に目を向けてみると、ひかりに向かって後方からバスケットボールが飛んで来ている所であった。


真夏斗「浦嶋さんッ!」

凰太「危ないッ!!」


二人もまた同時に叫びながら、ひかりの方に駆け寄ろうとした。


--


「・・?」


ひかりは七央樹の声に驚き振り返ると、自分を目掛けてバスケットボールが飛んで来ているのを目の当たりにした。


ひかりは、咄嗟に身体をボールの方へ向かせ身構えると、ジャンプをしながら両手でバスケットボールをキャッチした。


「…っっ!!」


その場に居合わせる七央樹を含めた生徒達は皆、瞬時にボールをキャッチするひかりの姿に驚いた。


すると、ひかりはボールをキャッチするなりすかさず女子バスケ部の方を目指し軽快にドリブルをし始めた。


「・・・っっ!?」


その場にいる生徒達はひかりの素早いドリブルにさらに驚き呆然と見つめる。


ひかりはスリーポイントのラインまでドリブルを進めると足を止め、すかさずバスケットゴールに向けてシュートした。


スポッ…


ひかりが放ったスリーポイントシュートは、綺麗な弧を描きながら迷いなくゴールに吸い込まれた。

ひかりのシュートは見事なまでに決まった。


ゴールネットをすんなりと潜り抜けたバスケットボールは体育館の床をリズム良く打ちつけている。


女子バスケ部の部員達や、ひかりに故意でボールを投げた女子生徒は唖然としながら固まっている。


男子バスケ部の部員達は言葉を失い、ひかりにただただ見惚れていた。


「地区大会、もちろん優勝目指してるんですよねぇ?期待してますね、女子バスケ部の皆さんッ」

ひかりは女子バスケ部のメンバー達にニッコリと笑顔で言った。


「・・・っっ」

女子バスケ部の生徒達は皆、顔が青ざめていた。


ひかりがちょうどボールをキャッチした時に体育館に入って来て、ひかりの一連の動作を見ていた女子バスケ部の顧問の教師は、すぐさまひかりに声をかけた。


「ねぇ君ッ!バスケ部に入る気はないか?」


「夕飯作んないといけないんで無理っす」

ひかりはポーカーフェイスで応える。


「でも君には才能が…」


「先生。私なんかをスカウトするよりも、今いる部員の方々の邪念にまみれた精神を鍛え直した方が良いと思いますよ?バスケは個人プレーじゃないんで…私一人入れた所で何も変わらないっすよ」

ひかりは顧問の教師に冷めた表情をしながら大きい声でそう言うと、颯爽と体育館を去って行った。


体育館を出る間際、ひかりが七央樹をチラッと見ると七央樹もひかりを見ていた。


七央樹と目が合ったひかりは、小さく微笑み体育館を後にした。


七央樹はひかりが去った後、俯きながら小さく笑った。


「・・・」

一部始終を見ていた真夏斗と凰太は、ひかりの華麗なバスケ姿に言葉を失っていた。

そして真夏斗がポツリと呟く。


「ヤバいな…」


真夏斗は顔を赤くしながら、ひかりの去って行く後ろ姿を見ていた。

凰太はそんな真夏斗をチラッと見た後、ひかりの後ろ姿を眺めた。


一方、体育館の二階部分の手すりでは兄の一匡が下の様子を見つめていた。一匡も妹弟愛きょうだいあいが強い為、弟である七央樹の部活初日の様子をこっそり見に来ていた。

そこへ、たまたまひかりも来ているのを発見し七央樹とひかりの様子を内心ハラハラしながら見つめていたのである。


その隣ではもう一人、男子生徒が見つめていた。

それは竜輝であった。

ひかりが弟の部活の様子を見に行くと言いながら体育館に向かって行った為、竜輝もこっそり体育館の二階に上がり、体育館内の様子を見に来ていた。


「ハァー…焦った…」


一連のひかりの様子を見ていた一匡と竜輝の二人は、同時にため息吐き同じ言葉を呟いた。


「え…」

一匡と竜輝はお互い見つめ合った。


ちなみに…ひかりにボールが投げられた瞬間、一匡と竜輝が同時にひかりの名前を叫んでいた事はお互いに気づいていない、一匡と竜輝なのであった…。


"この人…どこかで見たことある…"

竜輝は一匡を見ながら静かに思っていた。


一方、一匡はひかりの方に目を移すと、去って行くひかりの姿を微笑みながら見つめていた。

勇敢なひかりの姿に誇らしく思う兄の一匡であった。


--


「ちょっと女子バスケ部の人良いですかー?」


七央樹の友人であり同じ男子バスケ部の仲間である亀美也が女子バスケ部の方へ歩いて行った。


七央樹は驚きながら亀美也を見た。


「さっきの浦嶋先輩に飛んで行ったボール、アンタ達わざと投げてましたよね?俺、ずっと見てたんすけど。ボール投げた後、アンタら笑ってましたよねぇ?」

亀美也がジロリとボールを投げた女子生徒を睨んだ。


「ナ…ナニィッ!?」

そこにいた女子バスケ部顧問は驚きながら女子生徒を見た。


「・・・っっ」

女子生徒達はばつが悪そうに俯いた。


「アンタらにはバスケ部の誇りみたいなもんはねぇのかよッ!後ろ向いてる人間にボールをわざと投げるなんてさ、下手したら殺人行為だぞッ!バスケットボールをバスケ以外の事で…ましてや人を傷つける為に使うなんてさ…マジで信じらんねぇよッ!」

亀美也は怒りを溢れさせるように捲し立てた。


「亀美也…」

七央樹は驚きながら亀美也を見ていた。


女子バスケ部顧問は険しい顔をしながら女子生徒達を見ていた。そして思った。

"さっきあの子が言ってたのは、この事だったのか…"

女子バスケ部の顧問は深いため息を吐いた。


「アンタら何でバスケやってんの?バスケ部なんて、辞めた方がいいんじゃないっすか?」

亀美也は冷酷な顔をしながら女子部員達に吐き捨てると、男子バスケ部の方へドスドス戻って行った。


「・・詳しく話しを聞かせてもらおうか…。これは部活だけの問題じゃなくなるからな…お前ら覚悟しとけよ…」

女子バスケ部顧問は、初めて見せる鬼の形相で女子バスケ部の部員達に言った。


一連の騒動に関わった女子部員達は青ざめた顔をしながら項垂れた。


「亀美也ッ!お前、ちゃんと見ててくれてたんだな…」

七央樹は目を丸くしながら亀美也を見た。


「おぅ。七瀬樹が最初に女子バスケ部の方を恐い顔して見てたからさ…何だろうと思って俺も見てたら、アイツらわざと七央樹の姉ちゃん目掛けてボール投げたから…。七央樹の姉ちゃんが運動神経良くて、本当に良かったわ…」

亀美也が気の抜けた表情をする。


「亀美也…」

七央樹は目を潤ませながら亀美也を見つめた。


「バスケ愛強い俺としては、ぜってぇ見過ごせねぇよッ!それに…七央樹の姉ちゃんの、あのカッケー姿見てたら俺も動かずにはいられなかったんだッ」

亀美也は興奮しながら言う。


すると七央樹はすかさず亀美也に抱きつき叫んだ。


「亀美也ーッ!ありがとなーッ」


「うっ…えっ!ちょっっ、わ、分かったから…離れろって…」

亀美也はたじろぐ。


そんな様子を男子バスケ部の部員達は、ほのぼのと目を細めながら見ていた。


「瀬田くん…ずるいッ」

瑚己奈はプリントを握りしめながらギリギリとその様子を見つめ亀美也に嫉妬していた。

が…しかし、先程七央樹の姉であるひかりにしてしまった自身の失態を思い出すと、途端に顔を強張らせ、瑚己奈は呆然としながら天を仰いだ。


「ちょッ!煙崎さんッ!何プリントぐしゃぐしゃにしちゃってんのッ!」

男子バスケ部顧問の史康が来るやいなや、マネージャーである瑚己奈の手元を見て怒った。


「…っっ!!す…すいません…」

瑚己奈は慌ててプリントを伸ばす。


「あ、煙崎さんに言い忘れてたんだけどさ…うちの男子バスケ部、部内の恋愛は絶対禁止だから。そこんとこ肝に銘じとくようにな」

男子バスケ部顧問である史康はサラリと言った。


「え…。えぇぇーっっ!!」

瑚己奈は思わず声を上げた。


「マネージャーの仕事に集中してね」

史康は爽やかながらも威圧感あるオーラで言う。


「・・・っっ」

瑚己奈は言葉を失った。


--


「あのッ!浦嶋くんのお姉さんッ」

ひかりが歩いていると、後ろから声がした。


ひかりが驚きながら振り返ると、先程体育館の入り口で男子バスケ部のマネージャーである瑚乃香にマウントを取られていた紗輝が立っていた。


ひかりがキョトンとしながら紗輝を見ていると、紗輝はひかりに近づいてくるなり静かに口を開いた。


「あの…ハンバーグ…ごちそうさまでした」


「え…。えぇぇっっ!!」


ひかりと紗輝は学校の庭にあるベンチに腰掛けた。


「私は一年の乙辺紗輝と言います…。兄がお世話になってます」

紗輝はペコリと頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそ。…って、あなたが乙辺くんの妹さんだったなんて驚いたなーッ!乙辺くんも一年生に兄妹いたんだねッ」

ひかりは笑顔で紗輝を見た。


「はい…。あの…さっきのシュート…かっこよかったです…」

紗輝はチラッとひかりを見ると恥ずかしそうに俯いた。


「あぁ…あれ…(苦笑)。私、小学校と中学校の時にバスケやってたんだ。久しぶりに血が騒いじゃった」

ひかりはテヘッと照れ笑いする。


「高校ではやらないんですか?」

紗輝は俯きながらひかりにたずねた。


「うん。放課後は何かと忙しいし、バスケ以外の他の事にも時間を注ぎたくなった…なんて」

ひかりは笑顔で紗輝を見た。


「そう…なんですか…」

紗輝は呆然とひかりを見つめた。


「それに、私には七央樹ほどのバスケ愛はないからね…」

ひかりは苦笑いする。

すると続けてひかりが紗輝にたずねた。


「紗輝ちゃんは、バスケに興味があるの?」

ひかりは紗輝の顔を見た。


「いえ…ただ、マネージャーっていう仕事に少しだけ興味があっただけです」

ひかりは俯きながら応える。


「ふーん…そっか」

ひかりはキョトンとしながら紗輝を見た。


しばらくして、紗輝が静かに口を開いた。

「マネージャーって、女子力大事じゃないですか…。私は女子力ないから…」


ひかりは驚いて紗輝を見た。


「私…虫とか平気で素手で取れるんですけど…」

紗輝が俯きながら話す。


「えっ!もしかして、紗輝ちゃんが七央樹をカナブンから救ってくれた子ッ!?」

ひかりが目を丸くする。


「あぁ…はぃ…」

紗輝が苦笑いする。


「へぇー!そっかそっかー!紗輝ちゃんだったんだ!私も七央樹から聞いて感心してたんだよッ!この学校にもそんな子がいるなんてッ。本当にありがとねッ。七央樹もお礼言おうと思ってたみたいだよ!」

ひかりは笑顔で紗輝を見た。


「あ…はい。昨日、委員会の仕事がたまたま同じで…お礼を言ってもらえました…」

紗輝は顔を若干赤くさせながら言った。


「あ、そうなんだッ。それは良かった。私も紗輝ちゃんに今日会えて良かったわ」

ひかりは笑顔で紗輝を見た。


「こちらこそ…私もお姉さんに会えて良かったです…。それで…昨日、七央樹くんから聞いたんですけど…その…お姉さんも素手で虫取れるって…。お…お姉さんは、周りから何か言われたりしませんでしたか…?その…女子力がない…とか…」

紗輝は俯いた。


「言われた言われたーッ。っていうか、そんな事は小学生の頃からずっと言われるよー。女の子らしくない…とか、男っぽいとかねー」

ひかりは笑いながら話す。


「嫌じゃなかったですか…?」

紗輝はひかりを見た。


「最初は凹んでたよ。でも…うちのお兄ちゃんと弟がね、その度に励ましてくれるの。"お前は魅力ある最高の女なんだから気にすんな"とか、"姉ちゃんはカッコいい最強な女子だぜッ"とか言って…(笑)」

ひかりは苦笑いした。


するとひかりは優しい表情を浮かべ、続けて言った。


「でも兄弟が決まってかけてくれるその言葉は、例えお世辞でも気休めだけの言葉でも…私にとっては救いだったな。今まで私が自信を失わずに踏ん張って来られた理由」

ひかりはニッコリ微笑んだ。


紗輝は呆然とひかりを見つめていた。


「紗輝ちゃんは、女子力あるって言われたいの?」

ひかりは紗輝の顔を覗く。


「え…。・・まあ…はい…」

紗輝は俯いた。


「何でそう思われたいの?」

ひかりはさらに紗輝にたずねた。


「えっと…男子から、ちゃんと女の子として見てもらえる…から…」

紗輝は恥ずかしそうに言う。


「じゃあ紗輝ちゃんに質問です!女子力って…何?じゃあ、逆に男子力ってのもあるの?それって…何?」

ひかりは紗輝をまじまじと見た。


紗輝は驚きながらひかりを見たが、ひかりの質問になかなか答えられず俯いた。


「私はねぇ…女子力あるねって褒められるよりあるねって言われた方が嬉しいけどな…」


「人間…力…?」

紗輝はキョトンとしながらひかりを見る。


「そう、人間力。なんか強そうじゃない?私、強い女性って憧れる。テレビドラマとかアニメとか…主人公の女性が強かったりすると食い入るように見ちゃう」

ひかりは嬉しそうに語り始めた。


「私ね、少女漫画が好きでよく読むんだァ。少女漫画の世界は好きだよ。キラキラしてるし夢の国って感じでキュンキュンできて」


紗輝は驚いた表情でひかりを見つめた。

ひかりは続けて話す。


「でもね…少女漫画の主人公を反面教師にする時もある。少女漫画のヒロインの女の子って、けっこう女の子ッ!って感じの主人公が多いんだけど…可愛いくて世話好きで、すぐに泣いちゃったり、逃げちゃったり、転んじゃったりしてね…。内気でなかなか本音を言えなくて、素直じゃなかったりしてさ…。そういう感じの女の子が、か弱くて可愛げがあって、いわゆるがある…男が守りたいって思う女の子なんだろうけど…。私のなりたいと思う女性像じゃない」


ひかりは、力強い眼差しを真っ直ぐ向けている。


紗輝は呆然としながらひかりの横顔を見つめた。


「だから…か弱いヒロインが主人公の物語の時は、"私はこんな風にはならないぞ"って思いながら少女漫画を読んでるの…(苦笑)。まぁーでも、何だかんだ言ってそんなヒロインをいつも応援しちゃうんだけどね」

ひかりは静かに笑った。


紗輝は、真剣な表情でひかりの話を聞いていた。


「ザックリとした不特定多数の男の人の間では、そう言う少女漫画のヒロインみたいな女の子がウケるのかもしれない。でもそのウケるって言うのはただ単純に「いいね」のウケだと思う。実際のところ男の人って、好きになっちゃえばもはや、好きになった相手の女の人に女子力あるかないかは関係ないんだよ。男勝りだっていい。好きになった時点で、もうその相手は、人間力がある人って事なんだから」


「人間力がある人…?」

紗輝は目を丸くしながらひかりを見た。


「そう。人間として生きる力だったり…魅力がある人間ってこと」

ひかりは微笑みながら紗輝を見た。


「魅力…」

紗輝はポツリと呟いた。


「その人なりのその人だけの魅力だよ。紗輝ちゃんにもちゃんとあるじゃない」

ひかりは紗輝の肩に手を置いた。


「え…」

紗輝は驚いた表情でひかりをまじまじと見る。


「例えば…同級生の中で、虫を捕まえられなかったり、お化け屋敷を怖がったりする女の子ばかりいる中で、それが全部平気な女の子が一人だけいたら逆に目を惹くし、それが他の人にはないその人だけの人間力なんじゃないかな。紗輝ちゃんの虫が平気なところも、他の女の子達にはない紗輝ちゃんオリジナルの魅力だよ」

ひかりは紗輝の背中をポンッと軽く叩いた。


「私のオリジナルの魅力…」

紗輝は目から鱗が出たような表情をしていた。


「うん。まぁそもそも…人間生きてるだけで、もう既に人間力はあるんだけどね…。生きるってだけで凄い事だもん。だから…特別何か才能が無くたっていいんだよ。そんなに頭に力入れなくてもいい。周りの人間と比べる必要なんてないんだよ」


「生きるだけで…」

紗輝はポツリと呟いた。


「そう。だからつまり…ありのままの自分でいれば良いってことッ!それで、自分が興味ある事だけに目と耳を向けてればいいのッ」

ひかりは紗輝にニカッと無邪気な笑顔を向けた。


「・・・っ」

ひかりに初めてかけられた言葉は新鮮で、ひかりの眩しい笑顔とほっこり温かくなる言葉に、紗輝も自然と笑顔になった。


「私が昔飼ってた柴犬の大豆だいずは賢かったわよッ!自分の興味あるものにしか目を向けなかったし、"お散歩ッ!"とか、"ごばんッ!"とか自分にとって都合の良い言葉にだけパラボラアンテナのように耳を向けるんだからッ!私が求める究極な人間像は、柴犬の大豆のような人間ねッ」

ひかりは笑顔で言う。


「フフッ…」

それを聞いた紗輝は思わず小さく笑った。


「・・会いたいなァ…大豆に。私が人生で初めて命は永遠じゃないって事を大豆に教えられた…。ワンちゃんって人間より寿命が短いからね。後にも先にもあんなに泣いた事は無いわ…。しばらく浦嶋家が涙の海に溺れてた…。あの時、三歳ぐらいは皆老けた…」

ひかりは目を潤ませる。


「ひかりさん…」

紗輝は思わずひかりの名前を呼んだ。


ひかりは驚いたように紗輝を見た。


「あ…ごめんなさい…つい…」

紗輝は我に返り慌てて俯いた。


「いいよ、気軽に呼んでくれて。こっちこそ、しんみりした話になっちゃってごめんね…。大豆の話になるとつい自然と目の蛇口が緩んじゃう…」

ひかりが苦笑いする。


紗輝は首を横に振る。


「あ、そうそう!私ね、もう一つ少女漫画見て反面教師にしてることがあるの」


「えっ」


「主人公のヒロインが雨に打たれたら、絶対に翌日熱出しちゃうところッ」


「…っっ」

紗輝は思わず吹き出しそうになった。


「だから私、身体を鍛える為に毎日早朝ランニングしてるんだァ」

ひかりは笑顔で言う。


「へぇー。どこを走ってるんですか?」

紗輝は目を丸くしながらひかりを見た。


「近くの"たつ宮公園みやこうえん"のランニングコースを走ってるよ!あの公園わりと大きくて良いね」

ひかりはニッコリ笑う。


「早朝って…何時に走ってるんですか…?」

紗輝はポツリと呟いた。


「5時!5時に公園行って走りだすんだァッ!良かったらどう?一緒に」

ひかりは紗輝の顔を覗いた。


「えぇっ!?い…いやぁ…気が向いたら…」

紗輝はしどろもどろに応える。


「うん!気が向いたら、いつでもおいでッ」

ひかりは笑顔で紗輝を見た。


「あ…はい…」

紗輝はたじろぎながら返事した。


「あ…。兄さん…」

突然、紗輝が真っ直ぐ前を見ながら呟いた。


ひかりは紗輝の目線を辿ると、そこには竜輝が立っていた。


竜輝が目を見開きながら二人を見ている。


「え…。何で、紗輝と浦嶋が…」


「あっ、乙辺くんッ!紗輝ちゃんって乙辺くんの妹さんだったんだね!さっき体育館の外でたまたま会ったんだよ!ね、紗輝ちゃん」

ひかりは笑顔で紗輝を見た。


「はい…」

紗輝は照れながら応える。


「・・・。紗輝…ちょっと…」

竜輝は小声で紗輝を呼んだ。


ひかりはそんな竜輝の様子をキョトンとしながら見る。


「何よ…」

紗輝は怪訝そうな表情をしながら竜輝に近づく。


「お前…俺の何か変な事喋ってたんじゃないだろうな…」

竜輝は険しい表情で紗輝を見る。


「喋ってないわよッ。兄さんの話題なんて一つも出てきてないから安心してよ」

ツーンとした表情をする紗輝。


「・・・っ」

それはそれで何だか寂しくなる竜輝である。


そんな二人の様子をホッコリと眺めているひかりであった。


「あ…。私、用事思い出したので先に帰ります。ひかりさん…ありがとうございました…」

紗輝はペコリと頭を下げた。


「え、いえいえ。紗輝ちゃん、またね」

ひかりは笑顔で手を振った。


紗輝は照れた様子で会釈しながら小さく手をふり返すと、足早に去って行った。


「・・何だよ…アイツ…」

竜輝はムスッとした顔で紗輝の後ろ姿を見つめた。


「紗輝ちゃん、良い子だね」

ひかりは笑顔で紗輝の後ろ姿を見つめる。


「そぉか?」

竜輝はぶっきらぼうに応える。


ひかりは笑顔で竜輝を見ながら静かに頷いた。

ひかりに笑顔を向けられた竜輝は、思わず顔を逸らした。


「あれ、そういえば万莉華は?」

ひかりはキョトンとしながら竜輝を見た。


「あぁ…先に帰った…」


竜輝は、"体育館に寄ってくから先に帰ってて"と万莉華に言ったとは言えなかった。


「ふーん、そっか。じゃあ…私達も帰ろうか」

ひかりは特に気にも留めず笑顔で竜輝を見た。


「えっ…あぁ…」

竜輝は、ひかりと二人きりで学校から帰る事に内心ドキドキしていた。

竜輝はなかなか表情に出ない為、こういった状況でもクールを装える事がせめてもの救いであった…。


--


「春日亀?わりぃ、今から図書室行くからッ」


少し時を遡り、体育館を後にした一匡は誠二郎に電話していた。


『僕も今図書室に向かっているところだから大丈夫…。ちょ…ちょっと…ハプニングがあって…』

電話の向こうでは誠二郎が辿々しく話す。


「ハプニング?何か事件か?」

一匡がキョトンとした顔をする。


『そ…そうだね…。僕にとっては…大事件…』

誠二郎の声が遠のく。


「おいおい、大丈夫なんか…?」

一匡が驚きながら言う。


『今日の勉強会…逆に僕が君に教わらないといけないかもしれない…』

誠二郎は小さい声で話す。


「は?俺がお前に?いやいや、何の勉強だよッ」

一匡が驚き慄く。


「って事で、今日はよろしくお願いします」

誠二郎が一匡の目の前でスマホに耳を当てながら話している。


「何をだよッ」

一匡もスマホに耳を当てながら目の前にいる誠二郎に言った。


「・・実は…今しがた…ある女性から…その…こ、こ、告白を…されまして…」

誠二郎は顔を赤くしながら呟く。


・・・ピコンッ!


"今朝の女か…"

一匡は思い当たる事満載であった。


「・・それでどうしたんだよ」

一匡は誠二郎の顔をチラッと見る。


「未知の事過ぎて…何て返事をしたら良いか…分からなくて…。だから一旦、保留にしたんだけど…。と、とりあえず…学生証見せてもらって…名前と住所と連絡先だけ聞いておいた…」

誠二郎は恥ずかしそうに話す。


「おいおいおい、警察の職質かよッ!」

すかさずツッコミを入れる一匡。


「だ…だって…こんな僕に告白だなんて…学生に扮した荒手の詐欺師かもしれないし…念のため…確認しておかないと…。それに…もし本当の告白だったとしたら…そんな貴重な人、のがすわけにはいかないから…一応、名前と住所と連絡先だけは聞いておかないとって…思って…」

誠二郎は自身を落ちつかせるようにゆっくりと話すと俯いた。


のがしたくないって、それ…ほぼOKしてるようなもんじゃねぇかッ!」

またもやツッコミを入れる一匡。


「保留にしたのは…浦嶋くんに相談してからって思ったんだ…。浦嶋くんは僕にとって…初めての友達だし…信頼できる人だって…思うから…」

誠二郎は照れながら言葉を振り絞るように言った。


「春日亀…」

一匡はそんな誠二郎の言葉を聞き胸をキュンとさせ、何だか嬉しさが込み上げて来る。


「しょ…しょうがねぇやつだなッ!まあ、お前には数学の勉強教えてもらう借りもあるしなッ」

一匡は満更でもない顔をさせた。


すると、一匡は続けて言う。


のがしたくないって思ったなら、OKしてもいいんじゃねぇの?自分の魅力に気づいてくれてそれをわざわざ伝えてくれる人間なんてのは、確かに貴重だもんなッ!自分もそいつの事、そんなに悪くねぇなって思うなら…断る理由もねぇだろ。例え今、自分がそいつの事を何とも思ってなかったとしても、好きになれそうな予感ぐらいはするんじゃね?告白された時点で」


一匡は誠二郎の顔を覗く。


誠二郎は驚いたような顔して一匡を見た。


「たしかに…そうかもしれない…。さっき…今鶴さんに告白されてから…正直僕、今はもう今鶴さんの事で頭がいっぱいになってしまっているんだよね…」

誠二郎は顔を赤くさせ照れながら言う。


"今鶴…?あぁ、そんなような名前だったな…。やっぱアイツだな…"


一匡は、今朝の "突撃、春日亀救済のお礼珍事" をこっそり思い出した。


「早く返事してやれよ。まだ学校にいるんじゃねぇの?」

一匡は誠二郎をせかす。


「えっ…でもこれから数学を…」

誠二郎は目を丸くさせ一匡を見た。


「俺は明日でもいいぜ?ちょうど明日もバイト休みだからな」

一匡はケロッとしている。


「ほ…本当に…?」

誠二郎は目を輝かせる。


「おう」


「じゃあ…お言葉に甘えて…。この埋め合わせは必ずッ!」

誠二郎は頭を下げた。


「そんな大袈裟な」

一匡は苦笑いした。


早速誠二郎は、千華子に電話をかけた。


「あ…か、春日亀ですけど…。えっと…ま、まだ学校に…いる?…うん。じ、じゃあ…そ、そこにいてくれますか?えっと…今から、行くので…。うん…じ、じゃあ…」

誠二郎は緊張しながら話している。


それを目の前で聞いていた一匡も何だか緊張してくる。

近くにいる人の緊張は、どうやら伝染するらしい…。

一匡は心配そうに誠二郎の電話を見守った。


「まだ学校にいるって…。じゃあ、僕…返事しに行くよ」

誠二郎は緊張した顔つきで一匡を見た。


「おう、頑張れよ」

一匡は誠二郎にエールを送る。


「ありがとね、浦嶋くん」

誠二郎は微笑みながら一匡に言った。


一匡は驚きながら誠二郎を見ると、小さく笑みを浮かべながら言った。


「どういたしまして」


ちなみに…


千華子が誠二郎に告白した時の状況はこうであった。


千華子「か、か、春日亀くんッ!!わ…私はずっと…春日亀くんの声が素敵だと思ってて…それで、あの…春日亀くんの事が…ずっと…す、す、好きなのですッ!今日は…それだけを伝えたくて…。それで、あわよくば…こんな私と…お…お付き合い…して頂けたらいいなと…思っています…」


誠二郎「え…。えぇぇぇえーっ!!!」


千華子は恥ずかしそうに俯く。


誠二郎「・・・っっ。えーっと…とりあえず…学生証…見せてくれる…?」


千華子「えっ!!あ、はぃ…」


千華子は誠二郎に自身の学生証を手渡した。

誠二郎は千華子の学生証を凝視する。


(誠二郎心の声) "偽造では…なさそう…だな"


千華子「・・?」


誠二郎「えっと…じ、じゃあ、ご…ご住所と、おお名前と、連絡先を…教えてくれますか…?」


千華子「えぇっ!!あ…はい…。えーっと、名前は、今鶴千華子です。住所はー・・」


誠二郎、すかさずメモを取る。


(千華子心の声) ''これは…期待しても、良いのかな…?"


誠二郎「あ、ありがとうございます。では…追ってまた連絡させて頂きます」


誠二郎はペコリと頭を下げる。


千華子「えっ!!あ…はい…。お、お待ち…しております…」


千華子もペコリと頭を下げた。


前半…職質、後半…面接のような返しをする誠二郎なのであった…。


--


竜輝とひかりは、二人で帰宅途中であった。


「浦嶋って…バスケ得意だったんだな…」

竜輝はポツリと呟く。


「え…」

ひかりはキョトンとしながら竜輝を見た。


「あっ…いや、さっき…たまたま体育館の外から見えて…」

竜輝は辿々しく話す。

実は体育館の二階から見ていたということは言えない竜輝である。


「何だぁー、見えちゃったかぁ!そうそう、中学までバスケやってたからね、私」

ひかりは照れながら応えた。


「お前…かっこいいな…」

竜輝も恥ずかしそうに俯きながらポツリと言う。


ひかりは驚いたように竜輝を見た後、満遍の笑顔で言った。


「それはどうも」


「浦嶋の…そういうとこ…魅力的だと…俺は思う…」

竜輝は顔を逸らしながら言葉を振り絞るように言った。


竜輝のその言葉を聞くと、ひかりは驚き一気に顔を赤くさせた。


「あ…ありがとう…。いつも男っぽいって言われるから…。そう言う言葉かけられると、やっぱ…嬉しい…」

ひかりは顔を赤くさせなかがら照れたように言うと、竜輝をチラッと見て恥ずかしそうに微笑んだ。


ドキッ…

竜輝はひかりのそんは表情に心臓を鷲掴みされるような感覚を覚えた。

竜輝もまた顔を赤くさせ俯いた。


「・・・・」

ひかりの胸は最高潮にドキドキしている。

未だかつてないこの激しい心臓の様子に、ひかりは驚いていた。


「何か…動悸がする…」

ひかりは胸を押さえながら呟く。


「えっ!だ、大丈夫か…?」

竜輝はそんなひかりの様子に慌てながらひかりの肩に手を乗せた。


「う…うん。あ、あれ…何か、さっきよりも…激しくなった気がする…動悸…」

ひかりは顔を赤くしながら狼狽える。


「えぇっ!?お、おぃ…大丈夫かよ…」

竜輝はひかりの肩から手を離した。


「あ…治った…」

ひかりは呟いた。


「え…。本当に大丈夫か?」

竜輝はまたひかりの肩に手を乗せた。


「あっ…また動悸が…」

ひかりは胸を押さえる。


「えっ!」


「あっ…治った…てない…っっ」


後半、ひかりの動悸と竜輝の手が連動していることに気づかない二人なのであった。


--


「ちょっと待ってて。タッパー持ってくる」


「あっ。うん!」


竜輝は家の前まで来ると、ハンバーグで借りてあった浦嶋家のタッパーを取りに家に入って行った。


しばらくして、竜輝が家から出て来た。


「これ、ありがとう…。あと、これ…」

竜輝はタッパーと共に、ラッピングされた手作りクッキーを差し出した。


「え…どうしたの…?」

ひかりは驚きながらクッキーを見つめた。


「・・焼いた…」

竜輝は少々顔を強張らせながらポツリと呟く。


「えっ!!これ、お…乙辺くんが作ったの…?」

ひかりは驚き目を丸くしながらクッキーと竜輝を交互に見る。


「うん…って、そんなにまじまじと見ないで。恥ずい…」

竜輝は赤くなった顔を背ける。


「う…嬉しいッ!!ありがとう!!乙辺くんってお菓子作り得意なんだねッ」

ひかりは目を輝かせながら、キラキラした笑顔で竜輝を見た。


「・・・っっ。得意ってわけじゃないけど…ただ好きなだけ…」

竜輝はひかりの笑顔と言葉に驚いた後、恥ずかしそうに言う。


「好きなものがあるって良いね!そういうの、大事にした方が良いよッ!私は乙辺くんが作ったお菓子ならいつでも大歓迎だからねッ!」

ひかりはニッコリ笑う。


「・・・っ!!」

竜輝はひかりの意外な言葉に驚き目を見開いた。


すると竜輝は、小さく微笑みながら呟いた。


「・・おぅ…」


竜輝は、自身が作った事を正直引かれるのではないか内心不安に思っていた。

だが、ひかりの眩しいほどの明るい反応に、まさに太陽に照らされているように…竜輝の身も心も、ホッコリ温かくなっていた。


竜輝は、確実に…間違いなく、ひかりに惹かれていくのが自分でも分かった。


嬉しそうに喜んでいるひかりを、竜輝は呆然と見惚れていた。


「ひかり?」

すると、横から男性の声がした。


ひかりと竜輝は驚いて声のする方を見た。


そこには、ひかりの兄、一匡が立っていた。


「あっ…」

一匡と竜輝はお互い顔を合わせるなり、二人は声を上げた。


二人は、数時間前に体育館の二階で隣同士だったのを瞬時に思い出した。


「え…二人とも…知り合い?」

ひかりは驚いたように一匡と竜輝を交互に見た。


「え…いや…えーっと・・」

一匡は少々応えに戸惑う。

竜輝も同じく応えられずにいた。


ひかりはキョトンとしながら二人を見ている。


「に…二階…で、会っただけ…」

一匡はポツリと呟いた。


「ん?二階?どこの?」

ひかりは首を傾げながら一匡を見る。


「が…学校の二階ッ」

すかさず竜輝が言う。


「あぁ、学校のね…ってうちらの学年の階?あそっか…お兄ちゃん、私のクラス来てたもんね」

ひかりは閃いたように言うと笑った。


「あぁ、そうそう…」

一匡は苦笑いした。

竜輝は小さくため息を吐いた。


「それでぇー…」

一匡はチラッと竜輝を見た。


「あぁ、私と同じクラスの乙辺くん。この前作ったハンバーグのお礼にってクッキーもらっちゃったッ!乙辺くんが作ったんだって!凄いよねッ!」

ひかりは目を輝かせながら言う。


「・・・っ」

嬉しそうに話すひかりに竜輝は顔を赤くし、照れながら一匡にペコリと頭を下げた。


「ハンバーグ…」

"…の奴って、コイツだったのかッ!!"


一匡は目をギラギラさせながら竜輝を見た。


「乙辺くんの家、ここなんだよー!凄い近いよねーッ!ご近所さんだよー」

ひかりは満面の笑みを浮かべながら一匡に話す。


「…っっ!!」

"ち…近ぇ…。しかも同じクラスって言った?…めちゃくちゃひかりとの距離感ちけぇじゃねぇかッ"

一匡がギリギリとしながら竜輝を見た。


「・・・」

竜輝はそんな一匡の視線をよそに、元気に話すひかりの横顔にひたすら見惚れていた。


「ね?乙辺くんッ」

ひかりが笑顔で竜輝を見た。


パチッ…


「えっ!!あぁ…うん…」

竜輝は突然ひかりと目が合うと、顔を赤くしながら狼狽えた。


"コイツ…ひかりに惚れてやがるな…"

一匡の第六感がバシバシ反応する。

人一倍、勘が鋭い一匡である。

伊達に一匡が七央樹と一緒に空に向かってゆんゆん言っていただけではない。


一匡はギラギラした目つきで竜輝を見続ける。


「じゃあ、そろそろ行こうかァ…お兄ちゃん」

ひかりは一匡を見た。


ギラギラとした目つきで威圧感を身に纏いながら竜輝を見る一匡のオーラに、ひかりはたじろいだ。


「うっ…ちょっと…。その邪悪なオーラすぐ消してッ」

ひかりは眉間に皺を寄せながら一匡を引っ張って行く。


「・・・っっ」

一匡は不服そうな顔をしながら引きづられて行った。


「じゃあ…乙辺くんッ。クッキーありがとう!また明日ねー!」

ひかりは笑顔で竜輝に手を振った。


「・・・っ」

竜輝は小さく微笑みながら静かに片手を上げた。


竜輝は遠ざかるひかりの後ろ姿を、しばらく見つめていた…。


--


その夜、乙辺家では…


「ひかりさん、身体鍛える為に毎朝5時に竜の宮公園走ってるんだって…」

紗輝がポツリと呟いた。


「え…」

竜輝は驚きながら紗輝を見た。


「あ…今のは、独り言」

紗輝はチラッと竜輝を見た。


「・・・」

竜輝は紗輝を呆然と見つめた。


「冷蔵庫に…ザジー牛乳のプリン…ある…」

竜輝がポツリと呟いた。


「え…」

紗輝は驚いて竜輝を見る。


「…独り言…」

竜輝もチラッと紗輝を見た。


紗輝は小さく笑みを溢すと、早速冷蔵庫の方へ歩いて行った。


そんな紗輝を見た竜輝も、小さく微笑んだ。



一方その頃、浦嶋家では…


「ひかりッ!お前、アイツとの距離感近すぎじゃねぇかッ!?」

一匡がひかりに詰め寄る。


「そんなに近くないよー」

ひかりは一匡を軽くあしらう。


「クラス一緒って…アイツの席はどこなんだよッ!」

一匡がさらに詰め寄る。


「え、隣りの席」

ひかりはサラリと言う。


「めちゃくちゃ、ちけぇじゃねぇかッ」

一匡はギリギリと苛立つ。


「たまたまなんだから、しょーがないじゃーん」

ひかりはため息つきながら一匡をあしらい続ける。


「姉ちゃん、頼まれてたボタン付けといたぜ」

七央樹はひかりにブレザーを差し出す。


「あっ!ありがとーッ!!うわ、凄い綺麗ッ!やっぱ七央樹はさすがだわッ」

ひかりが七央樹を褒め称える。


七央樹は満更でもない顔をする。


「オィッ!話は終わっちゃいねぇぞッ」

一匡がひかりに詰め寄り続ける。


「はい、これ。凄く美味しいよッ!これでも食べて、ちょっとは落ち着きなよー」

ひかりは一匡に、竜輝が作ったクッキーを差し出す。


「・・・」

一匡は一旦黙り、クッキーを一つ手に取ると口へ運んだ。


「・・う…ま…」

一匡は目を見開いた。


「これ、乙辺くんが作ったクッキーだよー」

ひかりはニヤッと笑う。


「…っっ!」

一匡は驚くと再び険しい表情をするが、もう一枚とクッキーに手を伸ばす。


"やべぇ…手が勝手に…"

一匡は手をプルプルさせながらクッキーを頬張り続ける。


「姉ちゃん、何そのクッキー」

七央樹は、ひかりが持っているクッキーを見た。


「七央樹もお食べッ!」

ひかりが七央樹にもクッキーを差し出した。


七央樹もクッキーを一枚食べる。


「うまッ!!これ姉ちゃん作ったの!?」

七央樹は目を輝かせながらひかりを見た。


「ううん、これ乙辺くんが作ったの。ハンバーグのお礼にってもらった」

ひかりが笑顔で言う。


「…っっ!!」

七央樹は一瞬にして、ダークな表情になった。


「アンタ達…顔が変面みたいね…」

ひかりが苦笑いする。


「・・・」

七央樹もまた、気持ちとは裏腹にクッキーに手を伸ばし頬張り続けていた。


浦嶋兄弟の気持ちと本能は別物らしい…。


「あッ!ちょっと…あんまり食べないでッ!お母さんとお父さんの分がなくなっちゃうでしょーッ」

ひかりが交互に伸びてくる一匡と七央樹の手を、まるでもぐら叩きの如くはたく。


「あ、そう言えば…この前やってた銀田一の犯人、鬼ヶ島教授だってよ」

ひかりは思い出したように一匡に言う。


「え…。はぁぁあーッ!?マジかよッ!まんまじゃねぇかッ」

一匡は驚きながら言うと、険しい顔をする。


「そうそう!トリック以前に、あの現場から忍び足で出てきた鬼ヶ島教授が犯人…」

ひかりは苦笑いする。


「チッ…。もう一捻りしてくれよーッ!!鬼ヶ島教授と思わせつつにしてくれよッ!!大体、あの部屋の鍵を始めから持ってた奴、鬼ヶ島教授だけだっただろッ!密室トリックなんて…普通に鍵閉めて出てっただけじゃねぇかッ!"犯人は誰だッ!?"…じゃねぇよッ!」

一匡の苛立ちは、いつのまにか竜輝から銀田一の犯人へと変わっていた…。


ひかり、ナイスファインプレーである。


今日も騒がしい浦嶋家であった…。


「え、ちょっと待って…。じゃあ逆に、銀田一が推理した密室トリック…何て言ってたんだァ?」

一匡は天井を見上げる。


「あなたは、そちらの持っていた鍵で閉めて出て行きましたね…」

ひかりが銀田一耕ニのモノマネをした。


「トリックじゃねぇじゃねぇかッ!」


「・・っ」


一匡とひかりの推理は尽きなかった…。

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