第48話

 私が17歳の頃まで住んでいた家の、県道を挟んで斜向かいにあるコンビニに入った。おにぎりとペットボトルのお茶を買って、窓際のカウンター席に座った。同じ時間帯にこの席に座っていて、彼女のことを目撃した。どういうわけで、この時間帯に、彼女は家の玄関まで来て、扉の鍵を開けて、家の中に入っていくのだろうか。一体何の目的があるのだろうか?でも、そんな疑問も、後から家の中に入って、家中を探しても誰もいなかったこと、家の鍵が玄関の扉以外全部閉まっていたこと、外から鍵がかけられるのは玄関の扉だけであること、を考えると、ただ幻覚を見ただけではなかったのかと思ってしまうのである。

 担当医師に幻覚のことを話そうと思ったが、結果が印字された用紙を見たとき、気が変わってしまったのかもしれない。すべて平常値という結果を見たとき、担当医師の言った通り、過度のストレスが原因で、幻覚を見たのかもしれないと思うことにした。しかし、心の片隅に、担当医師に別のコメントを言われたらどうしようという思いもあった。そのような思いのために、ただ言わなかっただけなのかもしれない。

 おにぎりも食べ終わったし、ペットボトルのお茶も最後まで飲み干した。それから大分時間が経過したと思う。コンビニを出ると、県道を横切って、家の玄関の前まで来た。表札には父と母の名前は書かれていなかった。私の名前だけが書かれてあった。誰が表札を変えたのだろうか。弁護士は何も言っていなかった。

 鍵を出して、玄関の扉を開けた。家の中には、何も置かれていなかった。テレビも冷蔵庫も洗濯機も電子レンジもなかった。ソファもテーブルもタンスもなかった。少なくとも、アパートの部屋にあるものをすべて移してこない限りここでは生活できないようだ。

 前回今回と同じように、コンビニの窓際のカウンター席に座って、私が17歳の頃まで住んでいた家を観察していた時、20歳代の女性が家の玄関まで来て、鍵を出して玄関の扉を開けて、中に入っていった。

 私はコンビニから出ると、県道を横切り、家の玄関の前まで来た。表札には父と母の名前が書かれていた。玄関にあるチャイムのボタンを押したが何の反応もなかった。しばらくしてから、再びチャイムのボタンを押したが、何の反応もなかった。扉に手を触れると内側から鍵がかかっていないことがわかった。

 玄関から家の中に入ると、私が17歳の時に住んでいた時と全く同じであった。置かれているものも全て同じであった。

 しかし、今家の中に入って、最初に気がついたことは、何も置かれていないことだ。何の標準整備のない家を、購入したような感覚とは、このようなものなのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る