第49話

 家に帰った後、引っ越しの準備を始めることにした。最初に、悩んだことは、電化製品の扱いであった。引っ越し業者に運んでもらうのと、リサイクルショップに引き取ってもらい、新しいのを購入するのとでは、どちらが安くできるかである。インターネットを使って、時間をかけて調べた結果、電化製品はリサイクルショップに買い取ってもらい、新しいものを購入した方が、費用がかからないことがわかった。電気店に格安のものがないか見にいくことにした。

 この機会に、できるだけ処分できるものは、処分することにした。自転車の荷台に積んで運べるものは、何度も往復して運ぶことができた。残ったのは机と本棚とコタツであった。これもリサイクルショップに引き取ってもらうことができた。

 衣服類と書籍と小物類を入れたバッグを、荷台に載せてゴムひもで固定した後、自転車を跨いでペダルに足をのせた。何度往復しただろうか。途中で目に入る商店街や住宅地の景色が、脳裏に焼き付いている。目に入る見慣れた店や住宅の外観で、今どの辺りを走っているのか分かるようになっていた。目に入る建物の外観で、家までの到着時間が分単位で計算できるようになっていた。どこを走っているかによって、速度が違っていることに気がつくようになっていた。

 住宅街を通る細い道路は速度をかなり落として走っていた。一番速度を上げて走っている道路は、自転車専用レーンがある国道や県道であった。

 太陽の純白の光が、店や住宅の窓のガラス面を照らしていた。窓ガラスが反射している純白の光は、道路のアスファルトと道路を行き交う車のフロントガラスを照らしていた。純白に輝くアスファルトの上を車のガラス面の純白の輝きが滑るように走っていくのであった。

 純白の光は、歩道を行き交う歩行者を照らしていた。無数の色が飛び交うように反射していた。


 家に着くと、玄関に大きなダンボール箱が置かれていた。中には様々な季節の野菜が、綺麗に仕分けされて収められていた。メモ用紙が添えられていた。畑の借地契約更新の件で、近日伺いたい旨のことが書いてあった。そういえば弁護士から渡された権利書の入ったファイルケースには、畑の借地契約書も入っていた。この人が畑を借りていたから、畑がきれいに整備されていたのだろう。


 テレビと冷蔵庫と洗濯機と電子レンジを、とりあえず、設置してもらった。確かにこれを買い揃えるだけならば、引っ越し業者に支払うよりは安いかもしれない。一人暮らしだから、これだけあれば別に生活していくのにしばらくは不自由しない。

 居間には、応接セットが必要になってくる。ダイニングルームにはダイニングセットが必要になってくる。アパートの狭い部屋では、そのようなものはなくても問題なかった。一軒家はやはり色々お金がかかってくるものだと思った。何往復目の時だか覚えていないが、自転車の荷台に丸テーブルとクッションを運んできた時がある。テレビを見る時は、居間にクッションを持って行ってこれに座って見ればいい。ご飯を食べる時は、丸テーブルとクッションをダイニングルームに持っていけばいい。読書する時は、和室の畳の上に寝転んでできる。

 そういえば座布団も持ってきていたので、座布団と丸テーブルを和室に置けばいいと思った。テレビも居間から和室に移せばいいと思った。食事も読書もテレビ鑑賞もすべて和室でできる。確かに和室は便利な部屋であると思った。畳なら冬は暖かいし、夏は涼しい。畳はその上で直接ごろりと寝転ぶことができる。

 寝袋を持ってきていたので、夜眠るときは、当分はこれで用が足りるだろうと思った。私が17歳の時住んでいた時、私の部屋にはベッドが置いてあった。今私の部屋には全く何も置いてなかった。とにかく今はベッドを買うことは頭になかった。あとどうしても必要なのは、ファンヒーターと扇風機ぐらいだろうか。

 派遣の仕事で、安定した地位も収入もない。ダイニングセットや応接セットを買い揃えて貯金を減らす余裕はない。確かに相続手続きが完了した後、家と貯金が手に入った。でも、私の年齢では、まだまだこれからが長い。貯金なぞすぐに底をついてしまうのが目に見えてあきらかでる。買い揃えるのはどうしても必要なものだけにしようと思った。コタツをリサイクルショップに引き取ってもらったのは失敗したかなと思ったが、今考えてもやはり自転車であの距離を運んでいくのは無理だったと思った。コタツも一応買い揃えておくリストに入れておいた。冬、和室にコタツを置いておけば、何でもできる。コタツは快適で、電気代が節約できる。

 いつ派遣切りされるかわからない。しばらく仕事がなくなっても、生活できるだけの貯金は残しておこうと思った。社会保険の対象になる期間の契約をしてもらえない。健康保険は国保である。年金は国民年金の保険料を払わなければならない。国民保険の保険料もこれからの年数を考えると大変な額になる。国民年金の保険料を差し引いた額で貯金を見なければならない。

 銀行で貯金通帳を受け取って、その額をみて、今の派遣の仕事を辞めることを考えたことは、甘い考えであったことが、今こうして色々考えていると切実に実感できた。

 今の派遣の仕事がなくなり、次の仕事がなくなった時のことを考えた。その時は、ハローワークに登録して、失業保険を請求して、職業訓練を受けようと思っている。資格を取得して、正社員になれるよう準備したいと思っている。

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