第47話

 相続の手続きをするために、弁護士事務所に行った。事務手続きは全て完了しており、私が署名して全て完了する手筈となっていた。弁護士からは、土地建物の権利書と身分証明書を渡された。金融機関に行って、身分証明書を提示することで、金融機関の通帳とATMカードが受け取れるということであった。家の玄関の鍵も渡された。

 いざという時のために、成年後見人、不在者財産管理人、相続財産管理人等の形態で対処する準備をしていたという。しかし、意外だったことにこれまで役所も税務署からも一度も問い合わせがなかったという。弁護士が言うには、法定代理人が、弁護士であったからじゃないかということであった。弁護士が法定代理人なることは珍しいことであるらしい。その理由は単純明快である。費用がかかりすぎるということである。その点、父は弁護士を見る目があったのかもしれない。かなりの格安で引き受けてくれたらしい。

 これで今からでもすぐに、私が17歳まで住んでいたあの家に住むことができる。しかし、今日明日すぐにその家に移るという気にはなれなかった。というのは、どうしてもあの二十代の女性が気がかりであった。玄関の扉を開けて、中に入っていった。後を追うように、家の中に入っていったが、家の中に彼女の影も形もなかった。玄関の扉を除いて、家の窓も、裏の扉もすべて内側から鍵がかかっていた。

 アパートの部屋は、まだ半月ほどの余裕がある。期限が来るまでは、アパートの部屋にいるつもりだ。しかし、期限が来たら引っ越す覚悟で、引越し業者に今のうち連絡しておかなければならいと思う。

 あの女性のことは、弁護士に話す気にはなれなかった。担当の医師にも話さなかった。話したのは、かかりつけの医師と時田と村岡だけだ。このことを、彼らが、他の誰かに話すことはないことは、確信できた。なぜだかわからないが、確信できた。おそらく直観のようなものかもしれない。取り敢えず、もう一度、コンビニの窓際のカウンター席に座って、観察してみることにした。

 私はまだ清掃会社の派遣の仕事をしている。無症状の感染者と、軽症の感染者の入院のための、ホテルの部屋の清掃と消毒である。相続手続きを終えた後、私には家と土地、そして少なからずの貯金が入った。今の仕事を辞めても、当分の間は生活に困らない状態になった。

 仕事が終わってから、時田と村岡と私の三人で話すことがとても有意義で楽しかった。この時間と機会をなくすことは、今の私には考えられないことであった。仕事を辞めても彼らを家に招待すればいいということもある。でも、それはまた違うのである。派遣という同じ立場で、同じ仕事をして、そのあとに話をするからいいのである。仲間意識がある。

 取り敢えず、彼らが同じ職場にいる間は、仕事を辞めないことにしようと思っている。

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