第34話

 時田と私の2人組の体制にもう一人加わることになった。無症状の感染者が増えたということだけではなく、そろそろ我々も疲れてきて、消毒の徹底を続けていくのに、不安要素を抱えている組に見えてきたのかもしれない。人材を一人増やしてくれたことは、正直な話し嬉しいことであった。最近時田も私も疲れがかなりたまってきたことは否めなかった。やはり感染の恐れが絶えずあるので、そのストレスが私たちの心身ともにかなりの疲労を与えていることは明らかなことであった。

 私たちの組に加わったのは、私達と同じくらいの年齢で、村岡という男性であった。彼は大学院博士課程まで終えたが、まだ博士号は取得していない。欧米文化の研究が専門ということだ。大学の専任の職に未だに就くことができずに、掛け持ちで非常勤講師の仕事をしているということだ。今どこの大学も休校中で、仕事がない。でも、彼には生活していくためのお金が必要である。それでハローワークを通してこの仕事を探したようである。

 時田が、仕事が終わると、おにぎりを頬張りながら早速話し始めた。

 「アメリカのデモをテレビで放映されるのを見ていると、公民権運動の時の映像を連想するね」

 村岡がそれに答えて話し始めた。

「やはり、アメリカは本質的に民主主主義の根づいた国だと思うよ。ここだぞと思った時には、共通の高邁な価値観のもとに団結できるんだね」

「人類の出発は、アフリカ大陸から始まったという説があるというじゃないか。そうしたら人類の祖先は、みんな黒人だったということになるよね。肌の色の差別というのが、いかに愚かなことだと思うよ」

「人間の肌の色は遺伝子情報ではどれくらいの割合になるの?」

「ヒトゲノムの解読が完了して、その時わかったこととして報道されたことだけど・・・99.9パーセントが同じ配列だということだったよ。0.1パーセントに書かれた遺伝子情報が人の特質を表している。体型、体質、髪の色、眼の色、顔立ち等々・・・だから肌の色は遺伝子情報でほんの一部分なのだろうな」

 私は二人の会話に加わらないで、ただ聞いているだけだった。二人とも社会問題に普段から関心を持っているのだなと思った。二人の話は延々と続いていくかのように思えた。アメリカの人種問題から始まって、貧困問題、格差の問題、教育問題。その知識の豊富さに驚くばかりだった。私などとてもその会話の中に入っていけないレベルに思えた。

 確かに私は、社会問題、政治問題にあまりにも無関心すぎていたのかもしれない。二人は社会問題に、これほどまでになぜ関心を持っているのだろうかと、最初あまりわからなかった。

 村岡のことは最初羨ましいと思っていたくらいだった。何しろ大学院の博士課程まで行って、勉強できたのだから。私など両親が事故で亡くなったために、高校を2年の時に退学して働かざるをえなかった。単に私個人の不遇と比較して、羨んでいたところもあったのかもしれない。

 村岡は苦学生であった。奨学金を可能な限り受けて、アルバイトも時間の許す限りしてきた。彼は大学教授か研究所の研究者になるために、博士課程まで通ったのだと思っていたが、それは単に選択肢の一つにすぎないことがわかった。彼の高校の時の世界史の教師が、社会問題に関心を持っていて、その問題についてかなり研究している人であった。その先生の授業にかなり感化されたようであった。社会問題を人任せにしたり、諦めたりしないで、対峙していかなければならないと実感したようである。社会問題と対峙するためには、歴史、法律、経済、文学、語学等人並み以上に勉強していくことが必須であると実感したようである。

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