第33話
昨晩、科学的な知識がさほどないない私が、時田の話に触発されて、眠り込んでしまうまで、いろいろ考えた。翌日そのことを思い出すと、自分でも吹き出すほどの荒唐無稽な考えだったと思ってしまう。
仕事が終わって、コンビニで買ってきていたおにぎりを食べながら、時田と話していて、いつものように話の話題が新型コロナウイルスに移った時、つい昨晩考えていたことを時田に話してしまった。
当然冗談の話だとして、一笑に付されてしまうと思っていた。時田の表情が突然今まで見たこともない真摯な表情になるのに気がつくのにどれくらいの時間が経っただろうか
「あの講義の内容を聞いただけで、そんな発想ができるなんてすごいと思うよ。その教授が書いたウイルスとゲノムについての本を何冊か読んだけれど、横川が言っているようなことがどこかに書いてあったかもしれない」
時田は、以前読んだ本の内容について私に話してくれた。読んだ本の内容についてその内容が相手に伝わるほどに説明するには、その本の内容についてかなり理解していないとできないと思う。時田はそれができるのだから、相当深く読み込んでいるに違いないと思う。読んだ本の内容について、時田ほど詳しく説明できるとは思えない。その日もアパートの部屋に帰ってから、時田が話してくれた本の内容について考えていた。
新型コロナウイルスのゲノムはRNAの塩基の配列で記録されている。RNA の場合は、アデニン(C5H5N5)、グアニン(C5H5N5O)、シトシン(C4H5N3O)、ウラシル(C4H4N2O2)の4種類の塩基で記録されている。 DNAのチミン(C5H6N2O2)の塩基の代わりに、RNAではウラシルが使われている。
ゲノム配列で使われている塩基は、それぞれの構成分子で、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)が重要な役割を果たしている。この3種類の分子の陽子を回っている電子を、操作する情報が、ウイルスのゲノム配列の中に書かれているのではないかと仮定している。
私の科学的知識では、この程度しか反復できなかった。しかし。時田はかなりの時間を使って詳しく説明してくれた。彼の科学的知識ゆえに説明できたのだろうと思う。
彼は私が知らない用語や理解できない理論が出てきた時、その都度わかりやすく説明してくれた。その時は何となく分かったような気がした。それで長い時間だったにもかかわらず、興味深く聞けたし、飽きることはなかった。しかし、アパートの部屋に帰って一人で思い返してみるとほとんど理解できてなかったことが分かった。
遺伝子の情報を記録する文字のような役割をするDNA,RNAの塩基がある。アデニン、グアニン、シトシン、チミンの4種類の塩基がある。RNAではチミンの代わりにウラシルが使われる。
これらの塩基を構成するのに共通して使われている分子が、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)である。これらの原子は陽子の周りを電子が回っている。地球の周りを月が回っている。太陽の周りを惑星が回っている。宇宙的なイメージ湧いてくる。
天動説が地動説に変わったことが、人々の思考経路に与えた影響は大きかった。太陽や星々が月と同じように地球の周りを回っていたと思ったら、地球が太陽を回っている。太陽の周りを地球と他の惑星が回っている太陽系。太陽系のように恒星の周りをいくつもの惑星が回っている集合体が、多数集まっている銀河系。この銀河系のようなものが数知れぬほど集まって、宇宙ができている。
電子も陽子内にあるクォークとグルーオンも中性子内にあるダウンクォークトもアップクォークも宇宙であると考えたくなってしまう。
新型コロナウイルスのRNAの塩基配列に使われているある一つの塩基。それが仮にアデニンとして、そのアデニンに使われている原子の一つの種類である水素原子を見つめてみる。水素原子の陽子の周りを電子が回っている。電子もクォークもグルーオンもどれも宇宙である。
原子の中に存在する宇宙も我々が生きているのと同じ宇宙である。銀河系のような集まりが無数に存在している。銀河系のような集まりに太陽系のような集まりが無数に存在している。
我々が住んでいる地球がある太陽系。その太陽系がある銀河系。その銀河系がある宇宙。この宇宙が、今世界中に蔓延している新型コロナウイルスの中の一つのウイルス。そのウイルスの中にあるRNAの塩基配列の中のある一つの塩基。その塩基を構成している原子。その原子の中の電子。それがその宇宙であるかもしれない。
アパートの私の部屋にいて、一日中考えていると、荒唐無稽なことを考えてしまう性癖が、私にはあるようだ。
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