第32話

 時田が受講している大学の通信制の講座。その講座の担当教授は、ゲノムやウイルスが専門である。その講座の内容や時田が普段勉強している内容について、家に帰ってから思いめぐらしていた。

 ヒトゲノムの解析が完了できたのは、ICTの爆発的な進展が大いに寄与している。私はこのニュースを聞いたとき、これはどういうことだろうと思った。どんなことまでできるのだろうか。実際私ながら、可能なまで調べて理解できたことは、解析完了といってもゲノム塩基の配列についての解析だということであった。

 コンピューターは、0と1の2種類の信号で、二進法での数字処理をして情報を操作する。0と1で表現する数字で、CPUの中の豊富な関数を呼び出すことができる。0と1を電圧の高低で表している。0と1で文字、計算、画像を記録操作できる。

 コンピュータの情報は、0と1の2進法で記録されているが、生物はDNAの塩基配列で記録されている。アデニン、チミン、グアニン、シトシンという4種類の塩基の配列によって記録されている。

 このDNA配列はヒトゲノム、つまり人間のDNA配列は30億塩基だと言われている。DNA配列による情報で保存されているのは、どのアミノ酸をどのように組み合わせて、どんなたんぱく質を生成していくかの情報である。受精卵の段階ではどの細胞になるか決定されていない。分裂してそれぞれの機能の細胞に分かれて胎児が誕生する。皮膚細胞、神経細胞、各臓器の細胞等、細胞の種類が決定されても、それぞれ30億塩基による配列で情報が記録されている。30億塩基の配列で書かれたDNA配列はどの細胞も同じ配列が、記録されている。ではなぜ同じ配列なのに筋肉の脂肪は筋肉に必要なたんぱく質を作るDNA情報が読まれ、皮膚の細胞は皮膚の細胞を作るのに必要な情報が読まれるのか。

 それはエピゲノムといわれるスイッチ機能のようなものが作用しているのである。つまり、ゲノム情報の中で数パーセンの部分にたんぱく質を作るための情報が記録されているのだが、すべての細胞にすべての種類のたんぱく質を作るための情報が保存されている。受精卵が分裂して、それぞれの種類の細胞に分裂した時、その細胞独自のたんぱく質を作るDNA情報がオープンの状態になるのである。

 だから一旦、例えば、筋肉となった細胞を例にとると、筋肉の細胞には、37兆とも言われる人間の髪の毛から足の爪先に至るまでのすべての細胞と同じDNA情報が記録されている。筋肉の細胞のDNA情報の中の筋肉に必要なたんぱく質を作るためのDNA配列だけがオープンの状態になっているのである。だから筋肉は細胞分裂するとき筋肉のたんぱく質として細胞分裂するのである。

 問題なのは、たんぱく質を作るための情報が書かれてある3パーセンのゲノム情報以外の97パーセントのゲノム情報である。97パーセントの中に、受精卵が細胞分裂して、胎児になるためのそれぞれの細胞へと分裂するための設計図のようなものが書かれているのではないかと思う。

 97パーセントのたんぱく質以外のDNA情報ということで、新型コロナウイルスを考察してみる。

 ウイルスは細菌とは違って、細胞がない。細菌にはDNAとRNAのどちらもあるが、ウイルスにあるのは DNAかRNAのどちらかである。新型コロナウイルスはRNAである。

 ウイルスのゲノムのサイズは、ヒトゲノムに比べるとずっと少ない。新型コロナウイルスの場合は3万塩基くらいか。このゲノム情報のうち数パーセントはたんぱく質生成の情報であるが、ほかの九十数パーセントは、ジャンクDNAと言われて、意味のない情報だと言われていた時期があった。

 九十数パーセントに、書かれている情報に重要なことが書かれていると思わざるを得ないのである。

 ウイルスが変異していくということがよく言われる。新型コロナウイルスはサーズウイルス、マーズウイルスと同種類のコロナウイルスで、電子顕微鏡で見ると太陽のコロナのような突起が見える。DNAの配列でコロナウイルス共通のものがある。

 同じ新型コロナウイルスでも、配列の微妙に異なったものが出てきている。武漢で発見されたもの、欧州で発見されたもの、米国で発見されたもの。この変異はどういうことから出てきたのであろうか。ウイルスは細胞がないので感染した細胞の機能を借りて増殖していく。そこの地域の人々の細胞の特質と関連のあるDNA配列を記録していくのだろうか。

 九十数パーセントのDNA配列の中に記録する機能があるのだろうか。微妙に配列を変えることによって、ある情報を記録することができるとしたらどうだろうか。

 しかし、時田から講義に関することを聞いただけで、たいした知識もない私がいろいろと考えているうちに、とんでもないことが頭に浮かんできた。というか大それたことが浮かんできた。

 DNA塩基のチミン、グアニン、アデニン、シトシンが最小のものとして、考えているが、この塩基の中のそれぞれに情報を保持する機能があるとしたらこうだろうと思ってしまうのである。

 今までジャンクDNAと言われてきたDNA配列の中にその情報を読んだり、そこに情報を保持するコードのようなものが書かれているのではないかと思う。

 無症状で多くの人に感染していくことによって、多くの人にその感染を広げていく。そのような新型コロナウイルスの特徴が、最小分子と思われているものの中に保持されており、その情報を操作する方法が、今までジャンクDNAと考えれていた配列の中に書かれている。

 そして私がさらに大胆にも考えたことなのであるが、最小と思われている分子の中に保持されている情報が、電波のように他のウイルス伝わっているのではないかということである。

 もしこの仮定が事実であれば、ジャンクDNAと思われてきた配列の意味をすべて解読することができれば、その電波を受信することができるのではないかということである。

 そうすれば、私が時田との会話の中で突拍子もない発想として言った、ウイルスを判別するメガネも夢ではないかと思った。

 こんな荒唐無稽なことを考えながら私はいつの間に寝込んでしまった。

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