第18話
居間にあるテレビの画面には、『私の街の風景』映っていた。17歳の私の身体に私の意志が戻っていることがわかった。父と母の会話がテレビから流れるBGMに重なって聞こえた。会話の内容から父が司法書士事務所へ行く前日であることが分かった。
明日父が司法書士事務所に行くと、あの詐欺師と会うことになる。もし明日父が司法書士の事務所に行かなければ、詐欺師とは会わないし、父と詐欺師との面識はなくなる。そうすれば私の十代の過去から父と母の死を取り除くことができる。
明日司法書士事務所に行かないように、父を食い止めるにはどうすればいいだろうかと、考えた。最初考えたのは仮病だった。かなり具合が悪いように信じ込ませて、父に病院へ連れて行ってもらったら、明日父はいかなくなるのではと思ったが、これは病院で仮病がバレてしまう可能性があるとして選択肢の中からすぐに却下された。
考えた挙句、選択肢の中でもっとも最善に思えたことは、父を三者面談に引き込むことであった。でも、これにしても、いくつも障害が見えてくる。まず、担任の先生が明日都合がつくかということである。もし明日重要な出張があったりしたらアウトである。担任の先生は出張を前日に知らせることがよくある。今日学校に行って、朝のS.H.Rで翌日の出張の連絡があったらその時点でダメである。少なくとももう一つ選択肢が必要である。
タイムスリップというありえないことを経験している私にとって、これから起こることを知ってしまっているという非現実的な悩みに直面しているのである。でもこれが人によっては悩みというよりチャンスに思える場合もあることは確かである。『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のビフのように結果を知っていた故に、宝くじ、ギャンブルで確実に当てて大金持ちになるというような場合である。
私の場合には父と母の命がかかっている。私の決断が、父と母の寿命を決定してしまうのである。そのストレスがなんともはや重いのである。人の命がかかっているのである。それも自分の両親である。
でも問題がある。私がタイム・スリップで経験した父と母の死に関することが結果として変わらなかったことである。スリップして車ごと崖から転落したのが、自宅で刃物で心中したことになってしまった。だが、高二で両親を失うという現実は変わらなかったのである。
だから今回どんなことをしようがこの父と母との高校時代での死別という事実を変えることはできないのではないだろうかと思うのである。かえって、事態は悪い結果になってしまった。事故が心中になってしまった。
『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のように過去の事実を変えることによって現在・未来を変えていけるのはなんとも魅力的なことである。過去に戻って過去の事実を変えることによって、自分の現在と未来を変えていく。このような誰もが持っているかもしれない願望を、この映画はスクリーンの中の架空の世界で満足させているのかもしれない。だから今でも根強い人気があるのかもしれない。この映画の中での現在は1985年、未来は2015、過去は1955年と1885年である。この映画での未来からすでに5年経過している。
そういえば、2015年の時は、『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の未来社会で出てきたもので、実際の2015年であるものないものが話題になった。空飛ぶ自動車、ゴミを燃料にできる自動車はさすがにできていなかったし、現在でも実際、影も形もない。でも、音声認識による操作は、スマートスピーカで代用できそうである。テレビ電話、テレビ会議は実現できている。ましてスマートフォーンのようなものが出てくるなんて当時誰も想像できなかったのかもしれない。まして、自動運転の自動車も2015年頃ではまだ影も形もないだろうと思っていたのかもしれない。
AIの開発がここまで進むとは思っていなかったかもしれない。AIがトップのプロ棋士に勝つようになるとは誰も思っていなかったかもしれない。自動車のメーカーが自動運転の車の開発に乗り出すとは誰も思っていなかったのかもしれない。
パソコンが途轍もないほどに処理能力が向上した。それはパソコンの心臓部とも言えるCPUが格段にスピードアップしたからだ。そのためにAIの研究開発が、各研究所、各企業で急速に進み多くの分野で実用化されるようになったと思う。ゲノムの配列解読が、進展して、ヒトゲノムの配列解読が終わったのは、ひとえにCPUの驚くほどの進展にあると思う。
しかし、ゲノムの塩基配列が解明されただけである。塩基配列で解明されているのはたんぱく質の生成に関する情報のみである。アミノ酸をどのように組み合わせてたんぱく質を生成していくかの情報である。このことがゲノム情報において書かれているのは全ゲノムの中の数パーセントである。これはウイルスでもヒトゲノムでも同じことが言える。
他の九十数パーセントはジャンクDNAと呼ばれて、何の意味もない情報だと思われてきた。でも数パーセントの塩基配列で、たんぱく質生成の驚くべき情報が書かれていて、残りの九十数パーセントが意味のない情報だなんて、何かしっくりとしない。何か途轍もないほどのすごいことが書いてあると思うのは自然なことである思うのであるが。さすが、このことの研究を始めた研究者も出てきたようである。
AIとゲノムを総合した研究に関心が出てきた。
私の意志は実体は2020年の意志であるのに、今2010年にある。肉体は17歳で2010年の世界に存在している。私の意志の中にはプラス10年未来の知識と経験がある。つい自分が2010年の世界にいて、17歳であることを忘れてしまう。気をつけなければいけない。
今父を司法書士事務所に行かせない方法として、三者面談よりもいい案が浮かんだ。AIとゲノムのことを考えていたら浮かんできた。
丁度、明日AIとゲノムに関する公開授業が、この研究に最近力を入れ始めた大学で実施される。平日だが高校は出席扱いにしてくれるようだ。でも、予約が必要で、予約していない場合でも保護者同伴ならば出席できるようである。今日担任の先生に言って、家に帰ってから父に言おうと思う。父が明日大学に一緒に行ってくれることになれば、朝から父を司法書士事務所に近づけないようにできる。今これが父と母が私が高二の時になくなってしまうことを変えられる最善の方法に思えた。そして是非とも実行に移さなければと思った。
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