第19話

「やあ、父兄も授業が聞けるとはね。大学の授業はなかなか面白いんだね。俺は大学へ行ってないから、大学というものがどういうものかあまりわかっていないから、他の大学を比較して言っているじゃないから、あてになる意見じゃないけどな」

「先輩に聞いたことだけど、あの教授の授業は面白いことで有名みたいだよ。部活の顧問の先生があの教授の授業を受けて随分影響を受けているみたいだよ。だから俺もあの教授の研究室に入りたいと思ってるんだ」

「ゲノムの話はすごいな。遺伝子というものを勉強すると生物の見方が大分違ってくるような気がするな。俺も若い頃に戻ってこんな勉強したいと思うよ」

「今、社会人入学が増えてるから、時間の余裕ができたら父ちゃんも大学に入って、勉強したら。あの教授の研究室も最近社会人入学を受け入れるようになったみたいだよ」

「そうだな、残りの畑を全部売ろうと思っているから、大学の社会人入学も計画の中に入れとくか。腹減ったな。どうだ帰りどこかで夕飯を食べていくか?」


 家に帰ってから自分の部屋に入ると、カーテンを閉めていない窓から真っ暗な部屋の中に星の光が差し込んでいた。窓に近づくと、夜空に輝いている無数の星がいつもよりも輝いて見えた。

 これでとりあえず、詐欺師と父が出会うことを防ぐことができた。

 でも、まだ一抹の不安があった。明日土曜日であるが、司法書士事務所は土曜日も空いているので、父は明日行くと言っていた。もしまた明日も詐欺師が司法書士事務所に来ていたら、どうしよう。明日土曜日で学校が休みだから、父が出かける前に、司法書士事務所の見えるところに待機して様子を伺おうと思った。


 土曜日の朝、市外の図書館に勉強に行くと言って。家を出た。実際は父より早く出て、司法書士事務所が見えるところで、観察しようと思った。道路を隔てて、司法書士事務所の反対側に喫茶店があった。私は司法書士事務所に父が訪問して帰るまで、ずっと司法書士事務所を観察しようと思っていた。リュクサックに本を数冊と母が作ってくれた弁当を入れて出かけた。朝食を家で食べないで早めに出かけた。喫茶店でモーニングを注文して、父が来るのを待っていた。顧客が何人か来たが、詐欺師ではないことは確かであった。詐欺師の人相は新聞の顔写真を、目に焼きつくほど見ていたので、喫茶店の窓からでも充分に確認できると思えた。

 父がやってきた。その前に来ていた顧客はすでに全員帰っいたので、事務所には誰も顧客がいないはずである。父は何の問題もなく事務所の中に入って行った。そのあと誰も事務所にやってくる様子はなかった。

 一時間くらい経っただろうか。その間、訪れた顧客は一人もいなかった。父が、事務所から出てきた。父が出てくるとき誰とも行き合うことはなかった。数分経ったあと、何人かの顧客が来たが、詐欺師ではないことは確かであった。これで父と詐欺師が会う心配がもうなくなったように感じた。このあと市内の図書館に行って夕方まで勉強することにした。


 夜中に目が覚めた。天井を見つめながらしばらく横になっていたが、どうももう眠くならなかったので、下へ降りて行った。居間の電灯つけてから、テレビの電源を入れた。フィリピン大統領選挙のニュースが流れていた。ニュースの後コマーシャルが流れた。コマーシャルが終わった後、『私の街の風景』の番組が流れた。こんな夜中でもこの番組が放送されるのか。ゴールデンタイム以外の時間帯に流れることになっているし、5分間の番組なのでこんな時間帯に流れることもあるのだと思った。

 私の住んでいる街の商店街の風景が映し出された。カメラは住宅地の中へと入って行った。私の住んでいる街の外観がアップで映し出された。

 体が心地よい暖かさで包まれて行くのを感じた。真っ暗な綿状のものに包まれるのを感じた。真っ暗で何も見えなくなった。体が信じられないくらい軽くなっていくのを感じた。純白のあまりにも美しい光が通り過ぎていくのが見えた。純白の光は無数の色の光に変わっていった。体が少しずつ浮き上がっていく感じがした。無数の色の光の美しさにうっとりとする気分であった。少しずつ自分の意識が霞んでいくように感じた。

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