第11話

「DNAを取り出すのに大変な装置が必ず必要だと思ったら、身近で手に入るものでできるので驚いたよ」

 譲が、プリントを見ながら嬉しそうに言った。

「合成洗剤、食塩水、エタノールは分かるけど、たんぱく質分解酵素は入手するのは面倒なのかな?」

「食品や飲料水で成分の中にたんぱく質分解酵素が書いてあるものじゃダメなのかね?」

「他の成分が入っているからか?」

「明日先生に聞いてみるか」


 私は結局生物部に入部することとなった。最初はその気が全然なかったのだけれど、生物の授業と違って、実験が充実した環境とゆったりとした時間でできるので、いつの間にか夢中になっている自分に驚いていた。譲は生物部に入るのは当然だと思っていた。譲の実験している時の様子を見ていると本当に嬉しそうだ。多分理科の実験自体が好きなのだろう。私は理科の授業自体は嫌いではなかったが、どうしても実験が馴染めなかった。おそらく小中学校でカエルの解剖のような授業がトラウマになっているのかもしれない。女の子だったら珍しいことではないでしょう。でも男の子の場合はからかわれる原因になるので誰にもこのことは言わなかったのかもしれない。

 37兆とも60兆とも言われている人間の細胞。この細胞一つ一つに60億の塩基がある。塩基はアデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類の高分子である。この4種類からなる60億の塩基の並びがゲノムという。人間のゲノムの塩基数が60億と言っても30億が対になったものだから、30億塩基のセットが2つあると考えられる。この30億の塩基のうちの数パーセントでたんぱく質を作るための情報が書かれている。これ以外の情報はジャンクDNAと言われて意味のないゲノムと考えられていたが、最近はこのジャンクDNAにも意味があるのではないかと研究者の間では考えられるようになったようである。

 生物部に入って最近の活動の中でうろ覚えしたことだ。私は新聞やテレビでゲノムの解析とかが報道されている時、遺伝子情報の意味を解読しているものだと勝手に思い込んでいた。だが実際生物部の活動の中で分かってきたことだが、今その情報で意味するところを解読できたのはほんの一部である数パーセントにすぎないことを知るようになった。

 人間の体の約60パーセントは水分、15から20パーセントがたんぱく質である。この人間の体を構成しているたんぱく質は20種類のアミノ酸から出来ている。このアミノ酸の配列によって筋肉、臓器、肌、髪、爪などといったように様々な種類のたんぱく質が作られている。その配列の情報がDNAによって書かれている。

 細菌より少しだけ大きい人間の細胞の中に30億文字にも相当する情報があって、その数パーセンにたんぱく質を作るための情報が入っている。それ以外の九十数パーセントはジャンクDNAと名付けられて何の意味もないように考えられていた。

 しかし何の意味もないもので九十数パーセントも占めるなんておかしいと思いたくなるのは当然のような気がする。だから九十数パーセントに書かれていることが解読が到底不可能と直感的に感じてジャンクDNAと言ってしまったのかと思う。

 私たちの人体の神秘はもしこの九十数パーセントを解読することができたならば解明できるのではないかと思う。細胞のDNAが暴走して不適切なたんぱく質を作り出す。このことを細胞が癌化したと言っている。ゲノムのジャンクDNAを解読することができれば癌を撲滅できるのではないかと思ってしまうのである。

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