第8話

 私は2010年に私が住んでいた家の玄関の前に立っていた。家の中に入って扉が開かれたままの今の前を通って行く時、父と男の人がテーブルに座っていた。父はテーブルでペンを動かしていた。小切手であることがすぐに分かった。あの時のあの場面であることがすぐに理解できた。男の人の足元にある鞄が目に入った。あの鞄はどこかで見たことがある。確か家の近くにあるリサイクルショップで見かけたものと同じものであるはずだ。

 私の頭の中に浮かんだ計画とは、今から自分の部屋に行って、リックサックを取り出す。何か大人に見えそうな服装に着替える。帽子をかぶり、サングラスをかける。気づかれないように階段を降りて、裏の出口から出て行く。リサイクルショップに行って。あの男の人が持っているのと同じカバンを買う。私の家から数百メートル離れたところであの男の人が私の家の玄関から出てくるのを待ち伏せする。あの男の人は駅に向かって歩いていくのだろうから私がいる方に向かって歩いてくるだろう。あの男の人が私の家の玄関から出てくるのが見終えたら、私はその男の人と鉢合わせするように、その男の人の方へ向かって歩いていく。

 その男の人との距離が数十メートルくらいになったところでリックサックから、リサイクルで買ったあの男の人と同じカバンを取り出す。そしてその男の人目掛けて思いっきり走り出して、その男の人とわざとぶつかる。ぶつかる瞬間に男の人のカバンをつかむ。私もその男の人も転んで道路上で倒れてしまう。私は倒れている短い時間の間に男の人の鞄をリックの中に入れ、私の鞄を男の人近くへ軽く投げる。

 私は立ち上がってから、男の人に向かって深々とお辞儀をして、急いでいるので済まない事してしまったというような事を言って、その男の人から離れていく。その男の人がリサイクルで買った男の人と同じ鞄を拾い上げるのを確認するのは忘れないようにしておく。

 男の人の鞄の中から小切手を抜き出す。銀行に行って小切手を現金化して、リックの中に入れておく。男の人の鞄を交番の入り口のところに気づかれないように置いていく。

 男の人は小切手を現金化するために、男の人の事務所のある街の銀行へ最初にいくはずである。このことは彼と父が話している会話の中から偶然に聞き取ることができた。(これはタイムスリップする前に居間の前を通った時のことである。)私は私が住んでいる街にある銀行で現金化するだから銀行で彼に出会うことはないはずである。

 彼は銀行に着いてから小切手を鞄から出そうと鞄を開けて鞄の中が空であることにすぐに気がつく。男の人は銀行でしばらく呆然としている。

 交番の入り口に置いてあった鞄の中には、小切手の他に男の人の情報についての何かがあるのを見つけるだろう。やがて、その情報をもとに彼のところに連絡が入るだろう。

 鞄を警官から受け取った男の人はすぐに鞄の中を見て小切手がないことに気がつく。男の人は、私の家の近くで衝突した人のことを疑うだろうが、その時はすでに時遅しである。男の人はいずれにして父を騙すつもりでいたので事務所を引き払うだろう。ただ父からお金を騙し取ることができなかった、ということが違っているだけである。

 男の人が詐欺師である証拠を私はどうにかして探しだす。証拠が見つかったら、父に証拠を示すと同時に全てのことを話す。そして小切手から現金化したお金を父に渡す。

 

 私はこのように頭の中でこれからの計画を巡らしていたのであるが、いざ実行してみようと考えると色々と不安なことが頭に浮かんできた。第一、男の人とぶつかったときに男の人の鞄を取ることができるか。それよりも仮に鞄を取ることができたとしても、結局のところ小切手の現金化の問題が何よりも障害であることに気がついたのである。

 2010年の世界では私は17歳、未成年である。銀行で小切手を現金化するとき身分を証明する必要があることを以前テレビの情報番組で聞いたことがある。学生証で自分の身分を証明したとしても、未成年に大金の現金化をすることができるはずがない。

 銀行から父に連絡が入ったらあの男の人に父は連絡するだろう。男の人が詐欺師であるとは思っていない父は、その男の人に連絡してその小切手はその男の人に渡ってしまうことになってしまうだろう。

 この計画が実現不可能な計画であることが見えてくると、絶望的な気分になってきた。

 

 居間には父もあの男の人もいなかった。テレビの電源をつけた。『私の街の風景』が放映されていた。私が住んでいる街の商店街が映っていた。カメラは住宅街の中に入っていった。私の家の外観がアップで映し出された。私の視線がその映像に釘付けになった。体全体が心地よい暖かさになっていくのを感じた。真っ暗な暗闇に囲まれていくのが感じられた。身体が少しずつ浮き上がっていくのが感じられた。意識が少しずつなくなっていくような感じがした。

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