第7話

 瞼を開くと純白の眩しい光が瞳の中に飛び込んできた。純白の光は一瞬のうちに無数の色の光へと分散していった。朦朧とした私の意識は少しずつはっきりとしてきた。朦朧とした意識が完璧なほどはっきりとしてきた時、目の前に巨大なテレビがあること、無数の色の光がそのテレビの画面から来ていることを私は理解することができた。

 私は今まで見たことももちろん住んだこともないような部屋の中にいた。映画やテレビドラマで高級マンションを見たことがあるが、そこに入ってみたことももちろん住んだこともない。今私がいる部屋は映画やテレビで見たことがあるマンションの部屋よりはるかに優れたものであることが直感的にわかった。私の意識が存在していた2020年の世界に存在する高級マンションの部屋よりも優れているというよりも、何か質的に根本から違う部屋であるように思えた。

 私は新聞を見たいと思った。今私の意識がある年代を知りたと思った。周りを見回しても新聞らしいものはなかった。突然巨大なテレビ画面から心地よい鐘の音のような響きが聞こえてきた。

 テレビの方を見ると画面に新聞の一面が映し出されていた。私は何も言葉を発していないのに、私が心で思っていることを読み取ったのか。とにかく私は今の年代が知りたかった。映されている新聞の一面にある年代日付のところを見た。2070年5月11日。

 またリアルな夢を見ているのだろうか。でも2010年の世界も夢だとしたら、その夢よりもなぜかリアルな感じがする。

 私はずっと長い夢を見続けているのだろうか。でも、夢だとしたらこんなリアルな夢をこれまで見たことはない。2070年いうことは50年後。私の身体は77歳の肉体になっているということか。部屋の周りを見回して鏡を探した。また、テレビの方から心地よい鐘の音のような響きが聞こえてきた。新聞が映し出されているテレビ画面の一角に小さな画面が現れた。そこに白髪の男性の顔が映し出されていた。その画面に映し出されているのは私自身であることが分かった。

 50年後の私の顔は、こういう人相なのか。夢にしては本当にリアル過ぎる。これが夢ではなく現実であるならば、2070年に存在する私の意志、私の身体は現実のものである。少なくとも私は77歳以上生きられたということか。

 タイムスリップという現象が、今現実のものとして私の前に現れている。このことは私が実際に生きてきた27年間で培ってきた常識を根底から崩してしまものである。

 しかし、今私の前にあるこのテレビはなんというものなんだろう。有機LEDの発展したものなのだろう。壁に張り付いた壁紙のような薄さだ。壁一面を覆うような大きさだ。私が今まで見たどんな大画面のテレビよりも大画面になるだろう。

 このテレビは音声認識どころではない。私が心で思っていることを認識できるみたいだ。50年後はこんなテレビか出てくるのか。

 ところで私の意志が2020年から2010に移ったり、2020年から2070年に移ったりする現象はこのテレビと何か関係があるのだろうか。今このテレビに映し出されている新聞と私の顔を映している鏡は、私が心の中で願っていたことだ。私が今でも心の中で願っていることが、実現可能で問題のないことならばこのテレビは実行してくれるということなのだろうか。

 私が心の中で願っていてそのことが実現可能で、実際に実現しても現実世界のなかで何ら問題のないことならば実現してくれる。このテレビはそういうことを実現してくれる。そして私の意志のタイムスリップにはこのテレビが何らかの関係がある。私は勝手にそのような因果関係を私の思考回路の中に築いてしまった。

 こんなことを考えている合間に、あることが執拗にあることが私の脳裏を時々よぎっていたが、いつの間にかそのことが私の脳裏を占める中心的なこととなってしまった。

 私の意志が2010年の時代に移った二日目の夜のことである。夜中に目がさめると父と母の会話が階下で聞こえたので、扉を開けて耳を傾けた。その時の父と母の会話が頭をよぎるのであった。


「今残金はどれくらいあるの?」

「この通帳に入っているのとこの財布にある現金で全てだな」

「切り詰めて、もって数ヶ月かしら。その騙した人はどこにいるの?」

「これがその名刺だよ。ここに電話したけど・・・何度電話しても出なかった。それでこの住所へ行ってみたよ。そこにあったのはテナント募集中の建物だったよ。まんまと逃げられてしまったね」


 不思議なことにこの時の父と母の会話が一言一句違わずに記憶の中に残っている。そしてこの会話が私が17歳の時のある場面を鮮やかに思い出させてくれたのだ。私が学校から帰ってくると今までに見たことがない男の人が居間のテーブルに父と向かい合って座っていた。私は自分の部屋に行くのに二階に上がる途中に扉が開かれた居間の前を通って行った。その時父は何かに書き込んでいた。今思えばそれはまちがいなく小切手ではなかったかと思う。その男の人はまさしく父を騙した張本人であると確信できた。と同時に2010年のその時間にその場所に自分がいられたらよかったのにという強い思いが湧きあがった。体が信じられないくらい軽くなっていくのが感じられた。体がなんとも言えない暖かさに包まれているのを感じた。これまで感じたことのないような心地良さと共に体が少しずつ浮き上がっていくような感じがした。突然暗い闇に包まれ何も見えなくなった。しばらく真っ暗な暗闇の中にいたような気がする。やがて今まで見たことのない美しい光が少しずつ点滅して、その光は少しずつ輝きを増していった。今まで見たことのない美しい光に私は包まれていた。

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