ReSleeper

地下街

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——「全部飲み終わっちゃった……」

「……ごめんね、私、飲み過ぎちゃったかな」

「そんなことないよ」


 空っぽのラムネ瓶に集められた僕と君の視線は、次の瞬間遠く前方へと飛ばされた。瓶と硬い土が生み出した激しい破壊音が、暗闇の中で居場所を求めながら消えていく。


「……私、また眠くなってきちゃった」


 左肩に、重みがかかる。僕の右側に立つ街灯が起こす薄明かりに照らされたのは、どこか哀しそうな君の顔だった。


「目を瞑ってもいい?」と君は問いかける。

 僕はただ、「うん」とだけ返した。


「……私たち……」


 弱々しく口を動かす君から僕の方へと、ほんの少しの振動が伝わる。


「……大丈夫だよ」


 僕は君の冷たい手を力一杯に握りしめた。

 

 光は僕らを隠すためにある。満月になりたくない僕たちに、街灯の明かりを受け止める勇気はなかった。


 ただ、君の姿を見ることができるだけの光さえあれば、それでいい。


「おやすみ」


 優しい君の寝顔を見つめながら僕は、この時間が永遠に続いて欲しいと思った。この時間こそが、僕がずっと探していたものだった。何にも邪魔されない、僕と君だけの空間。現実から数歩外に出た、もう一つの世界。


 今日この場所を訪れた理由も、思えばそういうことだったのかもしれない。一本の線路だけで本土と繋がっている、この小さな小さな離島。河川敷から、遠くに沈む夕日を眺める人々から少し離れたところに、その時、僕たちはいた。別に夕日は目的とは関係なく、日没後に上がる花火を僕たち含む皆は見に来ていたのだが、それでもあの景色には目を奪われた。分かりやすく目を見開いていた君の横顔は、一生忘れないだろう。


 そして幕を開けた、花火のパレード。簡単には言い表せない様々な色の輝きは、モノクロームなこの島を鮮やかに彩るようだった。

 花火が全て打ち上げられ、人々は足早に駅へと向かったようであったが、僕たちはしばらくその河川敷に留まっていた。花火の余韻を二人で感じたかったからだ。


 ザザーーーッ


 ……雨。突然の雨。まだ話の途中だというのに。

 僕は遠くを見つめていた目線を膝下に移し、緩く閉じられたビニール傘を手に取った。まだ梅雨の明けない七月の初め。傘くらいは持って行こう、と君は家を出る時に言った。

 傘を開くとその途端、雨の音は僕たちのより近いところで響き渡る。無数の雨粒は、ビニール傘からうっすらと見える風景にモザイクをかけた。街灯の明かりがぼんやりと滲み、広がっていく。僕と君だけのこの空間が、傘に守られた、より特別なものに感じられた。


 豪雨の中で僕たちは静かに座り、じっと佇んでいる。花火の後、あまりにも長く余韻に浸ってしまった結果がこの、今の僕たちだ。人が他に誰もいなくなり、行く道を照らすのはほんの僅かな街灯だけ。シャッターの閉まった商店と生命力の無い家だけが立ち並ぶ道をひたすらに歩き続け、気づけばここで疲れ果てていた。駅までの道も分からない。仮に辿り着いても、夜が明けるまでそこに電車が現れることはないだろう。

 傘から落ちる水滴が君の肩に落ちる。


「……冷たっ」


 体を振るわせた君は、そのままゆっくりと目を開けた。僕は手にしているビニール傘を君の方へと近づける。


「……すごい雨。まだ夢の中にいるみたい」

「急に降り始めたからね。……寒くないかい?」

「少しだけね。でもそれより、喉が渇いちゃった」


 僕は徐に瓶ラムネを差し出した。島に着く前に買ったものだが、まだ少し残っている。


「……雨の味がする」


 口にした君は、そう呟いた。


「傘で守っていたつもりだったんだけどな」

「いいのよ、全然」

「そうか……ん」


 雨は、またも突然に止んだ。


「変な天気」


 君は笑み浮かべながら、傘の表面についた雨粒を指で拭った。相変わらずの暗闇が、また静けさを取り戻す。

 びしょ濡れの傘を閉じる僕に、君は何かを差し出してきた。


「あと全部、飲んでいいよ」


 真っ直ぐな笑顔を見せる君に、僕も街灯を背にして笑って見せた。君にこれがはっきり見えているのかは、分からない。

 受け取ったのは、数滴にしか満たないラムネの入った瓶。何一つ明かりのない夜空を見上げながら数秒待ったが、唇が少し濡れただけで味なんてとても感じられる量では無かった。


「全部飲み終わっちゃった……」

「……ごめんね、私、飲み過ぎちゃったかな」

「そんなことないよ」


 空っぽのラムネ瓶に集められた僕と君の視線は、次の瞬間遠く前方へと飛ばされた。瓶と硬い土が生み出した激しい破壊音が、暗闇の中で居場所を求めながら消えていく。


「……私、また眠くなってきちゃった」


 左肩に、重みがかかる。僕の右側に立つ街灯が起こす薄明かりに照らされたのは、どこか哀しそうな君の顔だった。


「目を瞑ってもいい?」と君は問いかける。

 僕はただ、「うん」とだけ返した。


「……私たち……」


 弱々しく口を動かす君から僕の方へと、ほんの少しの振動が伝わる。


「……大丈夫だよ」


 僕は君の冷たい手を力一杯に握りしめた。

 

 光は僕らを隠すためにある。満月になりたくない僕たちに、街灯の明かりを受け止める勇気はなかった。


 ただ、君の姿を見ることができるだけの光さえあれば、それでいい。





「おやすみ」


 優しい君の寝顔を見つめながら僕は、この時間が永遠に続いて欲しいと思った——

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