第五回 尻拭い②
登城の下知を受けたのは、それから二日後だった。
百人町の別宅に、執政府直属の
裃姿の清記が通されたのは、夜須城二の丸にある
「父上」
そこで待っていたのは、悌蔵だった。部屋の隅で控えている。清記に向かって軽く口許を緩ませると、下座に向かって顎をしゃくった。此処に座れという事なのだろう。清記は素直に従った。
父がいる事は、別に驚きではなかった。御手先役としての命を受ける時に、悌蔵がいる事もあればいない事も多々あるのだ。それに、清記は今は見習いの身である。本来は清記ではなく悌蔵が一人で命を受けるべきで、そもそもから間違っている。
幾つかの足音が聞こえ、清記と悌蔵は平伏した。足音を聞くに、五人。先頭は梅岳だろう。身体の小ささ故か、踏みしめる足音が軽い。続く四人は、そうでもない。
「面を上げよ」
梅岳のものではない声に促され、清記は顔を上げた。上座は、思った通り梅岳だった。その橫に次席家老である
「御手先役見習い、平山清記へ命を下す」
大貫が言う。先程の声は大貫のものだった。
「城下に潜伏する、
「はっ、必ずや」
「清記よ」
梅岳が、清記に声を掛けた。顔は笑顔だ。機嫌が良いように見える。
「此度のお役目、実はおぬしの親父にも関係する事でな」
「我が父に?」
「そうじゃ。まぁ尻拭いというのかな。二十年越しのお役目よ。のう、悌蔵」
「如何にも」
悌蔵が頷く。
「二十年前の事じゃ。深江藩が抱える剣客だった古谷孤月が、
深江藩とは、外様大名である松永家が治める藩だ。下野を夜須藩と二分して治める存在で、隣藩同士であるのでご他聞に漏れず、関係は芳しくない。特に、夜須藩は深江藩の監視という役目もあるのだ。
「使い手と呼ばれる者を十名。しかし、六名が返り討ちにされた挙句、孤月に逃げられるという不始末を犯したわけじゃ。儂は当時今のように国政の全権を委ねられていたわけではないのだが、こうなっては致し方なしと御手先役の出馬を依頼したわけじゃ」
「それで、父が」
「そうじゃ。しかし、悌蔵をもってしても仕留める事は出来なんだ。のう、悌蔵?」
「お恥ずかしい限りでございます」
「その代わりに、左腕一本を奪ったの? 確か」
悌蔵が頷いて応えた。
「その古谷孤月とやらが、夜須に戻ってきたわけですか」
「復讐の為にな。しかも、生き残った四名は既に討たれおった」
「まさか」
清記の表情を読んでか、梅岳がにんまりとした微笑を浮かべた。
「察したようだの。岡・高倉・桐島・飯田の四名は、孤月を襲った討っ手の生き残りよ。そして、恐らく次はおぬしの父よ。しかし、お役目で被った遺恨。ならば、お役目として受けて立とうと思ったわけじゃ。しかし、悌蔵の老いぼれは腰が痛いだの肩が痛いだのと言う。それに二度も仕損じれば平山家の恥となろう。それで、おぬしに命じるわけじゃ」
「それ故に、尻拭いなのですね」
「そうじゃ。二十年も前の事をおぬしに背負わせるのか気が進まんが、親孝行と思ってくれ」
「かしこまりました」
すると、梅岳は大きく頷いた。
「最近ずっと儂の頭を悩ませていた事が、何とか解決しそうでの。『待てば甘露の日和あり』とはまさしくこの事。この件も、吉報を待っておるぞ」
「はっ」
返事をしながら、清記は視界の隅に大和を捉えた。大和は何も言わず、視線すら合わそうとせずに、ただ静かに話を梅岳の話を聞いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
但見曲輪を出た清記は、帰りに目付組の陣内を訪ねようと、目付組の御用屋敷を訪ねた。陣内も剣客狩りを追っていた。もしかすれば、孤月の有益な情報を得られるのでは? と思ったのだ。
御用屋敷は二の丸御殿とは別棟にあり、長い渡り廊下で繋がっている。機密性が高い施設への立ち入りを制限する為だ。
清記は屋敷の番をしていた若い藩士に陣内を呼んできて欲しいと頼んでいると、その陣内が足を踏み鳴らしながら出てきた。
「清記、こんな所で何してんだ」
「ちょっと用事があったので、お前の顔でも見ようと思ったんだ」
「ふん、そりゃ間が悪い。俺は今は、非常に怒っている」
そこまで言うと、陣内は清記を外へと連れ出した。御用屋敷の裏手。周囲には人影はなく、どうやら込み入った話のようだ。
「どうしたのだ」
「例の剣客狩りの件だ。大目付から、もう探索は不要と言われたのさ。どうやら、
「えっ」
思わず声を挙げていた。御手先役として自分が出馬するので、探索を止めたのだろう。
「全く、ふざけんなよ。どうせ、大譜代か大組の子弟がやった事だろうよ。俺達は尻拭いが役目じゃねぇんだ」
「……」
「こんな役目は真っ平だ。俺は役替えを願い出るぜ」
なんと言うべきか。清記は、掛けるべき言葉が見付けられずにいた。またこの調子では、剣客狩りについて訊く事も出来ないだろう。
〔第五回 了〕
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