7.美ヶ丘ファーム(3)
上信越新幹線が、駅に到着して暫くすると、七海は山ガールを絵に描いたような格好で現れた。
少し派手だが、今すぐ山へ向かって歩き出しそうな格好が、七海の雰囲気にぴったりとハマっている。
七海は、車の横に立っていた僕に気づくと、大げさに手を振って走り出した。
「美木さーん、ひさしぶり!」
今にも、飛びついてきそうな勢いでやって来る。
何故だか分からないが、七海の屈託のない笑顔を見たら、心に掛かっていた靄が少しだけ晴れたような気がした。
助手席に座った七海は、ひとしきり明るい口調で話をしていたが、道路が山道に差し掛かると表情を曇らせ、おもむろに口を開いた。
「ところで、美咲さんの体調はどんな感じなんですか?」
車内の明るい雰囲気は一変した。
「……」
僕は口ごもった。
美咲が七海にどこまで話をしているのか知らなかったからだ。
「美咲さんと電話で話した時、『もう長くは生きられないの……』、って言ってたんです。だけど…… あまり深刻そうな雰囲気が無くて…… 話し方も明るかったんです。だから、どこまで信じていいのか分からなくて……」
七海は困り顔で話した。
「そうか、聞いたのか…… 医者からは秋を迎えるのは難しいだろう、と言われているよ」
僕は出来るだけ冷静を装って話した。
「そんなに……」
七海は言葉を失い、がっくりとうな垂れる。
僅かな沈黙が漂ったあと、助手席から涙を啜る声が聞こえた。
「それで…… 今は……」
窓の外の景色に視線を移した七海は、目尻の涙を拭いながら搾り出すように言葉を吐いた。
「今はまだ元気だよ。重い病気を患っているとは思えないくらいにね。病気になる前のように、たくさん喋って、たくさん笑っている。でも、それが心から湧き出しているとは思えないんだ。無理して作り出しているような気がして…… その姿を見ているのが辛いよ…… 毎日、涙を堪えようとして必死だよ……」
誰にも言えずに溜めこんでいた思いが堰を切って溢れ出した。
なぜ僕は、七海に心情を吐露しているのだろう。
「美木さん、ちょっと車を止めてください。このままだと美咲さんを見たら泣き出してしまいそうです」
僕は路肩に車を停めて窓ガラスを開けた。
車内に漂っていた重たい空気を入れ替えたかったのだと思う。
青い空に浮かんでいる雲が、ゆったりと流れていく。
窓からは、少しひんやりとした風が吹き込んだ。
のどかな里山の景色は、変わらない。
どれくらい時間が経ったのだろうか……
泣きじゃくり、溜息をつき、手の平で何度も涙を拭っていた七海は、ふーっと大きく息を吐いた後、すっと姿勢を正した。
そして僕の目をしっかりと見据えて、「そろそろ、行きましょうか」、と言った。
「七海ちゃん、ひさしぶり!」
美咲は車から降りた七海を迎えると、お互いの両手を重ね合わせて喜び合った。
少し離れた所から見たら、まるで姉妹のようにも見える。
さきほどまで、泣きじゃくっていた七海が笑顔を弾けさせ、美咲と向かい合っている。まるで何事も無かったのように……
僕は、七海の切り替えの早さに驚いた。
これは女性特有のものなのか、それとも七海が特別なのか……
いや七海だけではない、美咲もそうだ。
辛い思い、悲しい思いを抱えている筈なのに、瞬間的に切り替えて、喜びの感情を溢れさせる。
傍目には幸せを分かち合っている二人に見えるが、やはり僕には美咲の影の部分が透けてしまう。
そして美咲の影を知りつつ、楽しそうに振舞っている七海の悲しさも……
僕は車の陰に隠れて、目頭を押さえた。
七海が到着してから二時間ほど経つと、東山一家が現れた。
東山が現れるまで、七海は美咲と一緒にクッキーの生地作りに励んでいた。
仲良く作業をしている美咲と七海の間に、僕が入る余地は無かった。
「美咲お姉ちゃーん! 来たよー!」
唯ちゃんの声が響いた。
「きゃー、可愛い!」
七海は駆け寄ってくる唯ちゃんに向って手を広げた。
しかし唯ちゃんは素通りして、美咲の太ももにしがみつく。
「唯ちゃん、こんにちは!」
美咲が唯ちゃんの頭を撫でながら言うと、唯ちゃんは美咲の太ももに頬ずりをして微笑んだ。
隣では七海が、「また振られちゃった……」、と舌を出して苦笑いをしている。
「唯ちゃん、クッキー作ろう!」
美咲が言うと、唯ちゃんは、「つくるー!」、と言って手を挙げたあと、七海の存在に気付いた。
「このお姉さんは、だーれ?」
唯ちゃんは首を傾げた。
「お姉さんは七海、よろしくね」
七海は手を差し出したが、唯ちゃんはプイっと横を向いてしまう。
七海が口を尖らせると、唯ちゃんは、「お姉さんもやる?」、と七海の顔を見上げながら言った。
「やる、やる……」
七海は、笑顔を取り戻した。
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