2.夢(2)
小布施から斑尾高原までは、車で三十分程度で到着した。
紹介してもらった物件は、僕たちが思い描いていた田舎暮らしを絵に描いたようなところだった。
飯山の市内から斑尾高原へ向かう途中にあるその物件は、こじんまりした平屋と物置に分かれていて、目の前にはテニスコート大の畑と、同じくらいの大きさの田んぼがある。
小さな集落の一角で家の傍には小川が流れている。
目障りな建造物や看板はひとつもなく、それでいて町までは車で十分程、少し高台にあるので飯山の市内が見下ろせる絶好のロケーションだ。
「このあたりはね、童謡ふるさとのモデルになったとも言われている所なんだよ…… 知ってる? ふるさとって唄? 『うさぎ追いし、かの山』、ってやつ…… すごくいいでしょ…… アハハ」
物件を案内している堀口が自慢げに話した。
堀口は、人当たりの良い初老の男性で、話の最後に必ず笑う愉快な人だった。
美咲が古民家の中を恐る恐る覗き込んでいると、「まぁ、多少の手直しは必要になるけど、一応手入れはしているから、住もうと思えば今すぐにだって住めるよ…… アハハ」
美咲の横からひょっこりと顔を出した堀口が言う。
家の中を覗き込んでいた美咲は嬉しそうに振り返った。
「美木くん、見て…… 囲炉裏があるよ…… 素敵だね……」
僕たちの夢が一気に膨らんだ。
ここが僕たちの住みかになる。
ここで美咲と二人、ずっと一緒に暮らしていく。
そんな事を思い描くと、思わず笑顔が零れてしまう。
その晩は東山さんの離れに泊める事になり、夕飯は東山家のテラスで行われたバーベキューに呼ばれた。
息子二人に娘一人、夫婦あわせて合計五人の東山家は、とにかく明るくて賑やかだった。
末娘で五歳の唯ちゃんは、美咲の事がお気に入りのようで、隣に座ってずっと話をしている。
美咲が東山家と溶け込んでいる様子に、僕はほっとした。
長い間住んでいた都会を離れてこちらへ引っ越すとなれば、新たな人間関係を築いていかなければならない。
色んな面で頼りになる東山家と近づけたのは良かった。
「美咲お姉ちゃんは、いつこっちに来るの?」
唯ちゃんが美咲に尋ねた。
「そうねぇ…… 来年の春頃かな」
美咲が微笑みかけた。
「もっと早く来ればいいのにぃ」
唯ちゃんは美咲の人差し指を握って訴えかけた。
僕と美咲は、飯山から東山果樹園へ向かって戻っている時、引越しの時期をいつにしようか相談していた。
堀口は今すぐにでも大丈夫、と言っていたが、本気で引っ越すとなれば、ある程度の手直しは必要になるだろう。
今は十月、もうじき雪が降ってくる。
飯山は豪雪地帯として知られている所なので、冬はかなり厳しいはずだ。
今まで経験した事のない田舎暮らしを、いきなり冬から始めるのはどうなのだろうと悩んでいたのだ。
東山さんに相談すると、「やはり春まで待ったほうが無難かな」、と言われた。
そんな意見を参考にして、僕たちは雪どけの四月を目処に引越しの準備を進めようと話していた。
バーベキューがお開きになると、僕たちは東山家の庭にある小さなログハウスに泊めて貰った。
布団に入ると美咲は、天井を見上げて呟いた。
「春が待ち遠しいね」
「まだ、秋だけどね」
僕は、からかうように言った
「美木くんは、スキー出来るの?」
美咲が僕のほうをみて、ニヤリと笑う。
「大学時代に何度か行ったけど、それ以来やってないな……」
「私も高校のスキー教室で一回だけだから、レベルは一緒だね。こっちへ来たら、やろうよ」
美咲の嬉しそうな顔に、僕の心が躍った。
軌道に乗るまで暫くは特別な日々が続くのだろう。
美咲と作り上げていく特別な日々は、それはそれで楽しみだし、こちらでの暮らしが落ち着き、特別な事が日常になっていくのも楽しみだ。
いつまでもそこで暮らして年老いていく……
美咲と二人でのんびりと過ごす姿を想像すると、ほのぼのとした気分になってくる。
それからと言うもの、僕たちは来る日も来る日も飯山での暮らしを思い描き、実行に移す為の準備を進めていった。
それはかけがえのない大切な時間だった。
あの日がやって来るまでは……
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