3.すれ違い(1)

 高台にある公園は桜の名所として知られている。

 数週間前には大勢の花見客で賑わっていたが、葉桜になった今、人影は少ない。

 時より吹く強風が公園に隣接する野球場の土埃を巻き上げていた。


 「やっぱりどこにも桜は咲いてないね」

 美咲は残念そうに話した。

 「ごめんな…… 出張が長引いちゃって」

 僕は申し訳なさそうに謝った。

 「仕方ないよ、お仕事だもん」

 美咲は浮かない顔を浮かべる。


***


 僕は二月の上旬から、シンガポールへ出張に行っていた。

 日本の金融機関のシンガポール支店に導入されているシステムにトラブルが発生し、その対応にあたっていたのだ。


 当初の予定では一週間程度で対応する予定だったのだが、平岡マネージャは、僕が提案した応急処置案を翻し、大規模なシステム改良案に変更してしまった。

 そのために、現地での作業箇所が多岐に渡り、結局二か月以上の滞在を余儀なくされた。

 そして帰国したときには、もう桜の季節は終わっていた。


 今回は同棲してから初めての海外出張だった。

 成田空港へ見送りに来てくれた美咲がとても悲しそうな顔をしていたのが印象に残っている。

 出発ロビーへ降りていく僕を見て何か嫌な予感がしたのかもしれない。


 その後、当初一週間の予定だった出張は延長につぐ延長となった。

 現地での仕事は寝る間も削らなければならないほどの激務で、美咲への連絡もままならなかった。僕は先の見えない状況に焦り、そして苛立ち、精神的にも、肉体的にも追い込まれていく。


 平岡マネージャの仕様変更により、システム改良は泥沼に陥った。

 顧客との間に溝が出来てしまい、客先に常駐する僕は、針の筵に座らされているような居心地の悪さを味わいながら仕事を進めなければならなかった。

 とても磐石とはいえない付け焼刃的な対応で何とか凌いだものの、後味の悪さだけが残り、仕事を終えたと言う達成感は微塵もなく、僕は疲労と、怒りと、虚しさを抱えて帰国した。


 成田空港では美咲が待っていた。

 しかし、どうも様子がおかしい。

 美咲は殆ど口を開かず、機嫌が悪いのがひと目で分かった。


 僕のせいだと直感した。

 殆ど連絡をせず、帰国が延期されていった事が不満だったのだろう。

 しかし僕は、美咲の気持ちを汲み取る余裕が無かった。


 僕は今回の出張で疲れ切っていた。

 それでも帰国さえすれば、美咲が笑顔で労ってくれる、そう思っていた。

 それが僕にとって唯一の救いだった。

 しかし、そうはならなかった……


 期待はずれの美咲の反応に、裏切られたような気分になった僕は、美咲と衝突してしまう。

 僕は、無言を貫く美咲に仕事の状況を説明して、仕方がなかったのだ、という主張をした。

 それで美咲は分かってくれると思った。


 でも頭では分かっても、心で受け止められなかったのだろう。お互いの感情をぶつけあうことなく、美咲は僕を避け、僕は美咲を避けた。

 

 帰国から数日間、僕と美咲は同じ家の中にいながら、殆ど会話をしなかった。

 美咲は空いている部屋に篭もり、僕と一緒のベッドには入らず、寝袋で寝ていた。

 食事も別々に取るようになり、部屋の中には沈黙が漂った。

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