2.ウエディングパーティー(2)
僕と美咲の結婚パーティーは一月の最終日曜日にする事になった。
空はどんよりとした厚い雲に覆われ、今にも雪が降ってきそうなほど寒い日だった。
「こんにちわ、七海です!」
インターフォンに出ると、元気の良い声が響いてきた。
「あっ、美咲さん、お招きに預かり有難うございます。ハッピーバースデー、アンド、ハッピーウエディングですね!」
七海はにこやかに挨拶をすると、ピンク色のラベルが貼られているシャンパンを美咲に手渡した。
「美木さん、こんにちは」
七海の微笑みの奥に潜む何かに僕の心がざわついた。
「あれ、ゲストは私だけですか。イケメンの男の子がいると思っていたんですけど……」
七海はからかうような口調で僕に喋りかけてきた。
僕が呆れたような顔をすると、「それじゃぁ、美咲さんと私で、美木さんを奪い合うしかないですね…… って言うか、美木さんと美咲さんって言いづらくないですか?」
七海は言葉の端々で表情を変えて、笑いを誘う。
「ごめんね…… 七海ちゃんと釣り合うようなイイ男は見つからなかったの……」
美咲は、七海のノリに合わせた。
「まぁ、仕方ないですね。今日は好きな男を挟んで、語り合いましょう……」
七海の底抜けの明るさが、場の雰囲気をパーっと輝かせた。
松坂牛のサーロインステーキ、愛媛県産真鯛のアクアパッツァ、ペスカトーレ、クラムチャウダー……
僕と美咲は、腕を振るって七海をもてなした。
いや七海をもてなした訳ではない。
僕たちの結婚パーティーを彩ったつもりなのだが、七海は、「私のために、こんな豪華なお料理を……」、と自らが主役に名乗り出ていた。
僕達はテーブルを囲んで座り、食事と会話を楽しんだ。
食欲旺盛な七海は次から次へとおかわりし、あっという間に料理は無くなった。
料理を食べ尽くしてソファーへ移動すると、美咲と七海は僕を挟んで座った。
僕はそれを嫌がって端に座ろうとしたのだが、酔っている二人はそれを許してくれなかった。
話の中身も段々と砕け始める。
「ところで美咲さんは結婚すると、美木美咲になるんですよね…… なんかヘンじゃないですか…… 美木七海のほうが良いと思いません?」
七海は、悪戯っ子のような顔をして笑うと、
「ダメ、ダメ…… 七海ちゃん、そんな事、言ったら刺すわよ……」
美咲は怖い顔を演じながら笑った。
「こわっ……」
七海は僕を盾にして隠れる。
お酒が進んで酔いが回ってくると、美咲と七海は僕がドキリとするような会話を始める。
「美咲さんはどこに惚れたんですか?」
「うーん、優しくて、真面目で、一途なところかな」
「なるほどね。真面目で一途か…… 真面目過ぎるのも困りもんですけどね…… もっと要領良くやればいいのに、っていつも思うけど……」
頬っぺたを膨らませた七海が、僕の顔をチラチラと見る。
「じゃぁ、七海ちゃんは、美木くんのどこがいいの?」
「そりゃぁ、仕事が出来て、決して群れない一匹狼で、だけど要領が悪いから、私がなんとかしてあげなくちゃ、みたいな気にさせられちゃうところかな」
七海は頬を赤らめ、僕の肩をパーんと叩いた。
七海とは随分と長く仕事をしているが、酔っている姿を見るのはこれが初めてかもしれない。
会社の付き合いで飲みに行く事はあったが、七海が他の社員の前でブレた事は一度も無く、いつもシャキッとしている。
僕の前で酔った姿を見せたのは、心を開いてくれている、という証なのだろうか、それとも、美咲と居ることで気が大きくなったのか……
それはよく分からないが、美咲と七海が姉妹の様に仲良くしている姿はとても微笑ましい。
「美木くんは七海ちゃんの事、好きになったことないの?」
美咲の思わぬ問いかけに、口に含んでいたハイボールを噴出しそうになった。
「好きになったことないの……」
七海が美咲の真似をした。
「……」
僕は回答に困った。
七海が僕と同じ部署に配属されて来たのは、僕の最後の恋が終わった直後だった。
恋愛に疲れ、もう二度と恋はしない、と誓っていた頃だ。
配属されて二年ほどが経過した頃、七海は僕を食事に誘ってきた。
誘いに乗って何度か行った覚えがある。
そして何度目かに七海はストレートに思いをぶつけて来た。
僕は戸惑った。
もう恋はしない、と決めていたし、過去の失敗経験から七海と長く続けていける自信が無かったからだ。
七海の魅力は感じていた。
チャーミングなルックスでありながら、歯切れがよく、頭の回転が速い。
何よりも真っ直ぐで裏表のないところが良かった。
それまで交際してきた女性とは明らかに違うタイプで、僕は七海の事が好きだった。
だけど、いつか訪れるであろう別れが怖かった。
それで、好きな人がいるから、と言う理由をつけて、七海の思いを遠ざけてきたのだ。
「本当に真面目なんだから……」
七海は口を尖らせると強引に腕を絡めてきた。
すると美咲も調子に乗って、「真面目なんだから……」、と七海の真似をして腕を絡める。
僕は二人に挟まれタジタジになった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、昼過ぎから始まったパーティーは、午後八時を過ぎた頃、お開きになった。
僕と美咲は七海を駅まで送った。
改札口を通った七海は、こちらを振り返って深々と頭を下げた。
そして踵を返し、背を向けると、頭の上で手を二度振った。
七海の後姿は、さっきまでの砕けた感じではなく、ピーンと一本筋の通った凛々しい姿に変わっていた。
それと同時に背中から微かな寂しさが漂っているようにも感じられた。
七海を見送った後、僕と美咲は、腕を組んで家まで歩いた。
なんとなく美咲の身体がいつもよりも少し近くに感じられた。
空からはチラチラと雪が舞ってきた。
僕達はコンビニに立ち寄り、ホットコーヒーを一本買って分け合った。
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