結婚
1.ウエディングパーティー(1)
美咲と暮らし始めて初めての新年を迎えた。
年末に罹ったインフルエンザは順調に回復して、在宅勤務で対応した仕事のほうも七海の協力でギリギリ仕事納めに間に合った。
お陰で年末年始は穏やかに過ごす事ができた。
僕たちの生活にこれと言って特別な出来事があった訳ではない。
二人でおせち料理を少しだけ作り、お酒を嗜みながら紅白を観て、除夜の鐘を聞きながら年越しそばを食べる。
ただそれだけだった。でも、それが楽しかった。
変わった事と言えば、手打ちそばに挑戦してみよう、と美咲が言い出したので、二人で作り方を調べた結果、やっぱり面倒…… という事でカップ麺に落ち着いた、なんて事くらいだ。
僕たちの生活にはあまり計画性がない。
その時に思いついた事をやったり、やらなかったり……
僕たちは二人とも料理を作るのが好きだ。
だから休みが合うと一緒に近所のスーパーへ買物に出掛け、食材を買い込み、腕を振るう。
どちらが何を作るかで、ひと悶着する事もあるが、大抵は笑顔で始まり、笑顔のまま終わる。
おせち料理もそうだった。
「栗きんとんは、私が作る……」
「僕にやらせてよ」
「だめ、これは私の得意分野なんだから」
「じゃぁ、ちょっとでいいから手伝わせてよ」
栗きんとんの味見をした美咲が満面の笑みを浮かべたので、「美味しそうだね」、と言うと、「美味しいよー」、と言いながら栗きんとんのついた人差し指を僕の口に突っ込む、そんな事もあった。
何をやっても、そこには笑いがあった。
初詣は近所の神社へ出かけた。
近所の子供達が境内で遊ぶような小さな神社だ。
社務所の前で、氏子さん達が甘酒を振舞っていた。
僕たちは一杯だけ頂いて、二人で分け合って飲んだ。
本殿の前に立った僕は、「この生活がいつまでも続きますように……」、と祈った。美咲も隣で真剣に祈っていた。
あとで何を祈っていたのか聞いてみたけれど、教えてくれなかった。
別にこれと言って特別な事はなかったが、美咲がそばに居てくれれば、テレビを観る時間も、昼寝をする時間も、みんな特別になる。
僕達にとっては、どこへ行くとか、何をするかは関係なく、二人で一緒に居られればそれだけで幸せだった。
正月は家で過ごす時間が多かったので、入籍についてじっくりと話し合う事ができた。
挙式をあげるとか、披露宴をどうするか…… とかだ。
二人でじっくり話し合ったが、美咲はご両親ともに亡くなられている。
僕の両親は中学生の頃に離婚していて、その後、両親ともに新しい家庭を築いているので、滅多に会う事はない。
結局、双方の家庭環境を考えて、式はやらなくてもいいだろうという事になった。
だけど、僕はどうしても美咲のウエディングドレス姿が見たかった。
美咲は、もういい歳だし…… と恥ずかしがったが、そこだけは譲れなかった。
客観的に見ても、美咲は美しいと思う。
体型は高校生の頃とあまり変わらないし、姿勢もいい。
肌は白く透き通っている。
笑うと少し皺が目立つ時もあるが、同年代の女性と比べれば、圧倒的に若い。
そこでスタジオで写真撮影をしようという事になった。
純白のウエディングドレスに身を包んだ美咲は、やはり美しかった。
高校生の頃の美咲とは比べ物にならない大人の美しさを身に纏い、眩しい輝きを放っている。
美咲の姿を見つめていた僕はどうやらニヤついていたらしい。
それを見た美咲は、「美木くん、私の格好を見てバカにしてるでしょ」、と言った。
違うよ、とても似合っているからさ、と言うと、美咲は顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。
出会った時からこの瞬間をずっと待ち望んでいた気がする。
この先ずっと一緒に居られるんだ……
そう思うとグッと込み上げてくるものがあった。
僕は白いタキシードを着て、美咲の横に並んだ。
鏡に映った自分の姿は、ちょっと演歌歌手っぽく見えて、最初は美咲もクスクス笑っていたが、見慣れてくると、それなりに落ち着くようで、「恰好いいよ」、と言ってくれた。笑いながらではあったけれど……
二人とも撮影中はずっと笑顔だった。
カメラマンが笑いを誘っていたせいもあるけど、とにかく楽しい時間だった。
入籍日は一月二十二日になった。
この前日は僕の誕生日で、この翌日が美咲の誕生日だ。
二人の誕生日に挟まれていれば、絶対に忘れる事はないだろう、と美咲が言い出し、僕も賛成した。
結婚式はやらない事にした。
でも記念に二人でお祝いをしようという事になった。
初めはどこかのレストランを予約して、と考えていたのだが、「高級なレストランで緊張して食事をするくらいなら、一級品の食材を買い集めて、家で好きな料理を作ったほうが楽しいよね」、と美咲が言い出したので、それを採用する事にした。
お肉は、どこで買おう……
魚は、あそこから取り寄せよう……
それから、野菜は……
そんな話で盛り上がっていたら、突然、美咲が思いもよらない事を口にした。
「ねぇ、七海ちゃんを呼んであげようよ……」
美咲の目が輝いていた。
インフルエンザの件から、美咲と七海が頻繁にやり取りしているのを僕は気づいていた。会社で七海が、「昨日のハンバーグは美味かったですか?」、などと僕と美咲以外には知りえない情報を話してくる事があるからだ。
僕は会社でプライベートな話しをする機会が殆どない。
でも七海と交わす僅かな会話は緊張感から解放されてリラックス出来るひとときだった。
僕にとって七海は大切な存在だ。
もしも七海が居なかったら行き詰っていた仕事は山ほどあっただろうし、精神的にもっと追い詰められていただろう。
しかし、家に呼ぶというのはどうか……
美咲と二人きりで料理を作り、二人きりでそれを食べるというシチュエーションを思い描いていただけに、そこに七海が加わるというのは想像し難い事だった。
「美木くんがインフルエンザになって、パソコンを持ってきて貰った時、『これは貸しということで……』、って言われていたじゃない。借りた物は早く返したほうがいいわよ」
美咲は何かを企んでいる様な不敵な笑みを浮かべた。
僕は何か反対する理由はないかと、頭を巡らせたが良いアイデアは浮かばず、渋々美咲の提案を受け入れる事にした。
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