4.湘南(1)
同窓会のあと、僕たちはLINEで連絡を取り合うようになった。
美咲はシフト勤務だったので、僕とはなかなか休みが合わない。
それでも、連絡を取り合えているというだけで心が弾んだ。
美咲と会ったのは、三月の中旬だった。
僕が、どこか行きたいところはないか、と聞いてみると、美咲が、海が見たい、と言うので、二人にとって思い出の場所である湘南へドライブする事になった。
桜の開花が話題になり始め、何となく世の中が淡いピンク色に染まっているように感じられたのは、季節のせいかもしれないし、僕が浮かれていたからかもしれない。
僕がハンドルを握る車の助手席に美咲は座った。
グレーのパーカーに細身のジーンズ、白いスニーカーを履いた美咲が待ち合わせ場所に現れたとき、僕は高校生の頃に戻ったような懐かしい気分になった。
車は稲村ガ崎を通過して、七里ガ浜に入ろうとしていた。
FM放送から中村あゆみの、「翼の折れたエンジェル」、が流れ始めると、キラキラと光る海に目を細めていた美咲が、「懐かしいね、この曲……」、と呟く。
「この曲、流行ったよね……」
美咲は車窓の景色に目を走らせながら、指でリズムを刻む。
楽しそうにしている美咲の横顔が、僕の心をくすぐった。
こんな気持ちになるのはいつ以来だろう?
いくつかの偶然が重なって、僕と美咲は今、同じ空間に居る。
もう会う事はないだろう、と思っていた人が目の前に居ると、会えた事が必然の様に思えてくるから不思議だ。
美咲が、朝ご飯を食べていない、と言うので、七里ガ浜のドライブインに車を停め、話題になっているスコーンを買った。
僕たちは、ブルーベリースコーンとホットコーヒーを持って防波堤の上に座ることにした。
美咲は軽やかに防波堤へと飛び乗った。
こういったしなやかな身のこなしは、昔のままだ。
頭上から降り注ぐ太陽の光は暖かく、腕まくりをしたくなるほどの陽気だった。
「美味しい……」
美咲は目を細めてスコーンを頬張った。
口元にブルーベリーのジャムが付いている。
その無邪気さが、たまらなく可愛らしい。
手を差し出したら触れる事が出来るほど近くに、美咲は居る。
その現実が、二十五年と言う歳月も、お互いの年齢も、余計な事を全て忘れさせてくれた。
僕たちは海のほうへ足を投げ出し、正面から潮風を受けた。
「そう言えば、美木くんは、どうして同窓会へ行くことにしたの?」
唐突な問いかけに一瞬怯んだが、僕は明確な答えを持っている。
それは、美咲と会うためだ。
しかし、それをストレートに口にするのを何となく躊躇った。
僕が言い淀んでいると、美咲が自分の事を語り始めた。
「私はね……」
同窓会へ出席する事にしたのは、今回が始めてだったそうだ。
実家から持ってきた段ボールを片付けていたら、高校時代の写真が出てきて、その中に僕が撮影した体育祭の写真があったらしい。
それはフォトフレームに収められたまま仕舞われていて、その写真を見つめていたら涙がじわりと溢れてきたのだそうだ。
もしかしたら会えるかも…… という思いで、美咲は出席の返事を出した。
美咲はいつもストレートな気持ちを僕に投げかけてくる。
美咲がボールを投げ、それを僕が返す。
高校時代と変わらない関係が何だか笑えてきて、僕も同窓会へ出席する事にした理由を話す事にした。
「美咲さんが出席になっていたから、僕も参加することにしたんだ……」
遠くの水平線に目を細めながら僕は言った。
僕たちは、防波堤に並んで座り、江ノ島を眺めた。
江ノ島の向こうには、うっすらと富士山が見える。
真っ青な上空を、トンビが旋回していた。
ずっと昔にもこんな事があったような気がする。
「やっぱりさぁ、わたしと美木くんには、何かがあるよね」
美咲が、ぽつりと呟いた。
僕は、美咲の横顔を見つめた。
「同じ時代の、同じ国に生まれて、同じ学校へ入学して…… 一度は別れたのに、長い時を経て、またこうして出会えるんだもの…… これって奇跡よね」
潮風を受けて、美咲の髪の毛がなびいた。
美咲はほつれた髪の毛を、しなやかな指さばきで耳に掛ける。
その仕草は僕の心をぱっと華やかな気分にさせ、長い間忘れていたトキメキを僕にもたらせた。
もう一度、美咲とやり直そう……
僕の心には、決意めいたものが湧きあがって来ていた。
美咲が僕の気持ちを受け止めてくれるかどうか、それは分からないが、今の美咲に対する思いを、このまま思い出として終わらせたくは無い。
間違いなく僕は、美咲に二度目の恋をしている。
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