再会

1.美咲

 小田急線・急行片瀬江ノ島行きの車内は混雑していた。

 電車は藤沢本町の駅を過ぎると、スピードを落とし大きなカーブを曲がって藤沢駅のホームへ滑り込む。

 

 小川美咲はつり革を手放し、電車ドアのまん前に立って腕時計を見つめた。

 頭の中は、数時間前の出来事に捉われている。

 

 美咲は老人ホームで介護の仕事をしている。

 シフト勤務で14時に交替する予定だったが、交替要員の村田伊知子が遅刻したため、退社が一時間以上も遅れた。そのせいで、同窓会に間に合わず、慌てなければいけない状況に陥っている。


 美咲より十歳年下の村田伊知子は朗らかな性格ゆえ、老人ホームのおじいちゃん達に人気がある。決して美人ではないが笑顔がチャーミングで、その場の雰囲気を和ませる空気感を持った子だ。


 美咲も、村田伊知子の事が嫌いな訳ではないのだが、時折遅刻するのが気に障っていた。遅刻すると本当に申し訳無さそうに平謝りするので、皆の前で咎める事ができない。美咲は、そんな村田伊知子をずるい!と思うのだ。


 いつもは遅刻しても怒りをグッと我慢するのだが、今日は同窓会へ出席するという予定があったため、ついに爆発してしまった。

 美咲は、職場の空気を悪くしてしまった後悔と同窓会に遅刻するという苛立ちの両方を抱えていた。


 同窓会と言っても、ワクワクするような高揚感がある訳ではない。

 高校時代の友達に会いたい気持ちはもちろんあるが、今の自分をさらけ出す勇気がない。

 みんな結婚して、子どもがいて、幸せな生活を送っているに違いない……

 そんな事を想像すると、どうしても引け目を感じてしまう。


 「美咲は今、何をしているの?」

 そんな質問を浴びるのが怖いのだ。

 でも、美木くんには会いたい……

 相手が美木くんならば、自分の全てをさらけ出す事が出来ると思う。

 高校生の時、一目惚れして、恋に落ち、お互いの気持ちが通じ合った人だから……

 そんな気持ちが、同窓会へと足を運ばせている。


 やがて電車は停車し、ドアが開いた。

 美咲は真っ先に電車から降りてホームをダッシュで走った。

 乗っていた車輌は、真ん中より少し後ろだった。

 美咲は、藤沢駅の改札口が先頭車両に一番近いという事を思い出し、ちっと、舌打ちをした。


 ホームは電車から降りた客でたちまち満たされた。

 美咲は、人ごみを縫うように走った。

 途中、何人かの人と接触し、そのたびに、「すみません」、と謝りながら、ようやく改札口を駆け抜けた。

 手にICカードを握ったまま混雑している駅構内を脱出し、南口の角を左へ曲がろうと思った瞬間、肩に強い衝撃が走る。


 反対方向から歩いてきた男と、激しく肩がぶつかったのだ。

 その衝撃で、美咲は手にしていたICカードを落としてしまう。

 「ごめんなさい」

 美咲はとっさに謝り、慌ててICカードを拾おうとした。

 しかし、一瞬早く男のほうが拾っていた。

 美咲は、男の顔を見つめた。

 そして、呆然と立ち尽くす。


 美咲の頭の中を遠い記憶が物凄いスピードで巡り、目の前にいる男が、誰であるかを判別しようとした。


 そして導き出された答えが、思わず口から飛び出た。

 「美木くん…… 美木和馬くん…… だよね」

 美咲は心臓が飛び出そうになるほど驚き、男の顔を食い入るように見つめた。

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