8.別れ(1)

 美咲は、葬儀のあと一週間ほど学校を休んだ。


 学校に戻ってからの美咲は、一見それまでと変わらぬ明るさを取り戻しているようだったが、僕と二人きりで話す時は少し様子が違っていた。

 

 底抜けに明るかった美咲のテンションは沈みがちで、ため息に似たような吐息を漏らす事も多かった。

 お母さんの死が堪えているのだろうな……

 僕はそう思い、出来るだけ優しく接するように心がけた。

 心の傷を少しでも癒すことができればと思って、慰めの言葉を探して話しかけた。

 並んで歩く時は、美咲の手をしっかりと握ったり、美咲の顔に寂しげな色が漂っていれば、笑わせようと必死におどけてみたりもした。

 いつもは美咲が話題を持ちかけていたが、会話が途絶えた時には、僕から話題を持ちかけた。僕なりに精一杯、気遣ったつもりだった。

 それでも美咲の様子は変わらず、僕が優しく接すると余計に辛そうな顔をする事もあった。


 そんな状態が暫く続いたある日、僕は信じがたい話しを耳にしてしまう。

 美咲が一学期の終わりとともに海外へ引っ越してしまう、と言うのだ。


 この事を僕に伝えたのは、大野弓子だった。

 「美咲、お父さんと一緒に、ニューヨークへ引っ越すそうよ…… 美木君、これからどうするの?」

 晴天の霹靂だった。

 一学期の終わりといえば、あと1か月ほど。

 美咲は、そんな事、何も言ってなかった。


 なんで……

 僕は心の中で呟いた。

 俄かには信じられず、僕は美咲の担任教師に聞いてみることにした。

 本人に聞けば良いのに、その勇気がなかったのだと思う。

 美咲を問い詰めるのが怖かったのもあるし、この件が間違いであれば何事も無かったかのように交際し続ける事ができる、そんな希望を捨てきれなかったのかもしれない。


 しかし、答えは僕が期待したものではなかった。

 「彼女は、父親の転勤にともなって、ニューヨークへ引っ越す」

 弓子が言っていた事は本当だった。


 僕の頭はパニックに陥った。

 こんな重要な事をなぜ、美咲は相談してくれないのだろう?

 真っ先に相談してくれて良い筈なのに、大野弓子へは言っておいて、僕に何も言ってくれないなんて……


 転校してしまうというのは悲しい事だが、それ以上に、ないがしろにされたという思いのほうが堪えた。

 美咲にとって、僕の存在はその程度だったのか?

 気持ちが通じ合っていると思っていたのは、僕の勘違いだったのか?

 お通夜の晩、僕の胸で号泣した、あの姿は何だったのか?

 様々な感情が積み重なり、僕は美咲と向き合う事ができなくなってしまった。


 向き合って話す自信のない僕は、美咲を避けるようになった。

 僕に視線を送る美咲から目をそらし、出来るだけ会わないように登校時間をずらした。腹の中に鉛の玉を抱えているのでは、と思うほど苦しい毎日を過ごした。

 それは美咲も同じだったと思う。

 でもあの頃の僕には美咲を気遣う器の広さが無かったんだ。

 気まずい雰囲気を嫌がり、向き合って話す事を先延ばしにして、逃げ回っていた臆病で卑怯な僕、それでは何も解決しないのに……


 そんな関係を修復しようと動いてくれたのは、美咲のほうだった。

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