7.同窓会(3)

 ロビーに置かれたソファーに腰をかけた僕は、通りに面した窓ガラスを眺め、美咲が現れるのを待った。

 しかし同窓会の開宴時間になっても美咲は現れなかった。

 そして僕にとって意味の無い同窓会が始まる……


 立食形式のパーティーと言うのは、社交的な人には良いのかもしれない。

 でも、内向的な僕は苦手だ。

 当時と比べれば、人付き合いは上手になっていると思う。だけど接する人が高校時代の同級生だと、やはり当時の雰囲気に染まってしまう。

 僕は落ち着ける場所を見つけられない。


 クラスメイトだった人達が集まっている輪にさりげなく近づき、話に加わろうとしてはみた。でも僕が口を出すタイミングは見つからず、また誰からも話題を振られる事はなかった。


 結局、僕の落ち着いた場所は、パーティールームの出入り口付近だった。

 開け放たれた重厚な扉の影に隠れ、壁にもたれかかる様に立ち、パーティーの進行を遠いところから眺める。悲しい事に、そこが一番落ち着ける場所だった。

 入り口に近いところへ居れば、美咲が来た時に真っ先に声を掛けられる、という魂胆も少なからずあった。

 でも、実際に美咲が現れたところで、真っ先に声を掛ける自信なんてないのだが……


 同窓会の主幹事と先生方の挨拶が終わり、乾杯が執り行われると歓談タイムに入った。あちこちで歓声があがり、話題の中心人物が自慢話をしたり、おどけたり、笑ったり……

 それに対して、周りの者が、盛り上げたり、冷やかしたり、拍手を送ったり……

 殆どの者が久々の再会を喜び、昔の事を懐かしみ、近況を語りあっていた。


 僕は、同じような境遇の人がいないものかと会場に視線を巡らせた。

 でも、そんな人は一人も見つからなかった。そもそも、そういう人は同窓会に参加なんてしないのだろう。僕だって前回までは、そちら側の人だったんだ。

 僕は関係のない宴会場へ迷い込んでしまったのではないかと思うほど、浮いた存在になっていた。


 同窓会が始まってから一時間以上が経過したが、美咲は依然として現れない。

 きっと、何か用事が出来て来れなくなったんだ……

 諦めの気持ちが心を支配し始め、僕は落胆した。

 暫くすると、高校時代の思い出を振り返るスライドショーが始まった。


 これまでだな……

 場内の照明が落とされたタイミングを見計らって会場を後にする事にした。

 誰にも気づかれる事なくこの場を去れば、同窓会に参加した事にはならない。

 わざわざここへ足を伸ばしてきた事にさえ、目を瞑ればそれで解決する。

 残念な思いと虚しい気持ちに蓋をしてしまえば、また元の日常に戻れるのだ、そう自分に言い聞かせるしか無かった。


 結局、美咲は現れなかった。

 僕と美咲には、もう何も起こらないんだ……

 そんな風に考えるしかなかった。

 クロークへ預けたコートを受け取り、脇に抱えてエレベーターを待っていると、トイレから出てきた川田一郎に声を掛けられた。


 「美木…… 帰るのか?」

 川田一郎は、写真部の部長を務めていた男だ。

 それなりの親交はあったが、特別に親しいという事はない。

 たまたま僕がそこにいたから声を掛けてきたのだろう。


 「ちょっと、仕事がトラブっちゃってな……」

 残念そうな苦笑いを装い、適当な嘘でごまかした。

 「そっか…… みんな、忙しいんだな…… じゃぁまた今度な……」

 そう言うと手を振りながら、さっさとパーティールームへ戻っていった。

 また今度…… そんなものは二度と来ないのに……


 やっぱり来なきゃよかった……

 一人きりのエレベーターの中で呟いた。

 もう少し待てば、美咲が現れるかもしれない、という思いと、そうまでして待つ意味があるのか、という思いが心の中で交錯していた。

 僕は頭の中で、旦那さんと子ども達に囲まれて幸せそうにしている美咲の姿を思い浮かべた。

 会ったところで、どうなるものでもない……

 そう自分に言い聞かせて、美咲への思いを断ち切ろうとした。

 ずっと昔、もう思い出に変わっている美咲への思い、そんなものに囚われているなんて馬鹿げている。


 暖かいホテルのロビーから外へ出ると寒さが身に染みた。

 僕と美咲の高校生活は、今思えば幸せな時間だった。

 これと言って特別な事などなかった。

 でも、きっと特別ではない事が続いた事が特別だったんだ。

 彼女と別れた後、僕はこの事に気付かされた。

 いつまでも続くと思っていた日々は、卒業式を待たずに終わりを告げた。


 駅へと向かう道すがら、僕は美咲との高校最後の思い出を振り返った。

 それは取り戻す事が出来ない、苦い思い出だった。

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