6.変化
美咲はおしゃべりが大好きな人だった。
二人きりで会う時、彼女はいつも楽しそうに話しをしていた。
部活の話、ドラマの話、映画の話、音楽の話……
美咲が話題を持ち出して、僕に話しかける。
知らない話題を持ち掛けられて僕が戸惑っていると、美咲はそれを楽しんで、また別の話題を持ち掛けてきた。
僕は、彼女の話題についていけるように一生懸命だった。
美咲が、渡辺美里が最高だ、と言えば、僕はレコード店で彼女のカセットテープを買って夜通し聞いたし、映画のスタンド・バイ・ミーを観にいきたい、と言い出せば、僕も観たかったんだ、と言って、映画の前売り券を買いに走った。
これと言って主義主張のない僕にとって、美咲の好きな物は、僕にとっても好きな物になっていった。
二人の会話には、笑いが絶えなかった。
今思えば、大した事など話して無かったのだと思う。
でも美咲が楽しそうに話し、そして笑ってくれれば、僕はそれだけで満足だった。
口下手で人と話すのが苦手だった僕は、美咲とならば何でも話せるようになっていった。閉鎖的だった僕の心を開いてくれたのは、間違いなく美咲だと思う。
僕は、美咲の笑顔を見るのが何よりも好きだった。
笑顔を見る為に、おどけた態度を取ったり、多少の無茶だってするようになった。
志村けんの物まねをしたり、男らしいところを魅せようと大食いに挑戦したり……
ガラじゃない、と分かっていても、美咲の笑顔が見られるのならば何でも出来る気がした。とにかく学校へ通う毎日が、楽しくて仕方なかったんだ。
僕と美咲は二年間同じクラスで過ごし、高校三年になったとき別のクラスに分かれた。
それまでずっと近くに居た美咲と離れてしまい、教室の中に居場所を失ったような気分にもなったけど、僕と美咲の関係性が変わる事はないと信じていた……
高三のゴールデンウィークが明けた頃、美咲は突然、母親を亡くした。
あとで聞いた話では、夕食を家族三人で食べ終え、食器の片づけをしている時に倒れたのだそうだ。
病名は、くも膜下出血だったそうで救急搬送されたが、その日の深夜に息を引き取ったという。
僕がこの話を聞いたのは翌日、登校したあとだった。
美咲と同じクラスだった大野弓子が、僕を訪ねてきて、状況を説明してくれた。
今ならば即座に連絡が取れるのだろうが、当時は携帯電話が殆ど普及していなかった時代だ、大切な連絡が人づてになったり、遅れて家に電話が掛かってくるのは仕方の無い事だった。
僕はお通夜に出席した。
美咲は言葉に言い尽くせない程の悲しみを抱えている筈なのに気丈に振舞っていた。
美咲の芯の強さに心を打たれ、大人っぽい彼女の姿に僕の心はざわついた。
同級生とは思えない美咲のしっかりとした態度は立派としか言い様が無く、もしも僕の親が亡くなった時、あんな風に振舞えるのだろうか、と想像すると、とてもそうは思えなかった。
忙しそうに弔問客の相手をするその姿を目に留めて、僕はその場を去ろうとした。
いつもと違う雰囲気の美咲に、声を掛けづらかったのだと思う。
ところが、帰ろうとしていた僕に気付いた彼女が慌てて駆け寄ってきた。
そして何も言わずに僕の袖を引いて、裏庭のほうへ歩き出す。
台所の明かりが微かに漏れる勝手口の前に立たされた僕は、美咲の目をじっと見つめながら掛ける言葉を模索していた。
言葉を搾り出そうと必死に考えたのだけれど、相応しい言葉が思い浮かばず、言い淀んでしまう。
すると、美咲の目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
僕はこの時初めて、彼女の弱い姿を目にした気がする。
でも、ただ見つめることしかできなかった。
すると美咲は突然、僕の胸に顔をうずめて、しくしくと泣き始めた。
声には出さず、肩を震わせて泣く美咲……
僕は彼女の肩に回した両腕をそっと引き寄せた。
「これからは、僕が美咲の支えになる!」
そう誓ったあの晩……
美咲の母が亡くなった事で二人を取り巻く環境が大きく変わっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます