5.覚悟
体育祭の写真の件から、美咲は僕に対して、より親密に接してくるようになった。
例えば、僕の気を引こうとするときは、袖口を二度引き、会話をするときは斜め横に座って、顔を近づけて話す。そんな行為に僕が怯んでいるとみるや、手を引っ張ってどこかへ連れ出そうとするのだ。
そんな様子を目の当りにした男子生徒は、僕と美咲が付き合っているのだ、と思い始める。僕自身が、美咲と交際しているという自覚が無いにも関わらず……
この状況は僕にとってはリスクだった。
そして美咲にとってもリスクなんじゃないかと思った。
冴えない男と人気者の女が付き合ったら、男のほうは妬まれ、女のほうはセンスを疑われる。そんな気がしていた。
だけど美咲は、僕との関係を隠すのではなく、むしろ堂々と見せ付けていた。
次第に僕の心の中には、美咲に恥をかかせてはいけないという自尊心が生まれる。
美咲に手を引かれて歩いていた僕は、いつからか並んで歩けるようになり、周りの目を気にする事もなくなった。
ある日の放課後、僕は美咲の手を握った。
夕日が差し込む廊下を二人で並んで歩いている時だった。
美咲は僕の手を握り返して微笑みながら、「やっと恋人同士になれたね……」、と言った。
目を細め、じっと見つめてきた美咲の顔が、いつも以上に輝いて見えた。
この時僕の心に生まれてきたのは大袈裟に言えば、覚悟、だったんじゃないかと思う。美咲は僕に覚悟が出来るのを待っていたのだ。
僕は彼女の事を、「美咲さん」、と呼んだ。
最初は、「小川さん」、と言っていたが、小川と言う苗字が同じクラスに二人いたので、名前で呼んで欲しいと言われた。
彼女は、「みさき」、と呼ばれる事を望んでいたが、呼び捨てにするのは抵抗があったので、「みさきさん」、にさせて貰った。
彼女は僕の事を、「美木くん」、と呼ぶ。
何故そう呼び始めたのかは分からない。
どちらかと言えば、「みき」、とか、「かずま」、とか呼び捨てのほうが二人の関係性的には、しっくり来るような気がしていたのだが、敢えてそこには口を挟まなかった。
二人の関係が深くなっていっても、お互い呼び方は変わらなかった。
かくして僕の高校生活はバラ色に染まっていく……
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