3.告白
小川美咲は、僕と同じく新入生だった。
そして数時間後、彼女がクラスメイトである事が判明する。
教室で再会した彼女は、僕の名札を見て、「美木和馬くん…… よろしくね」、と右手を差し出してきた。
僕の心は高鳴り、耳が少し熱くなった。
やや小柄で、細身で、色白の彼女は、見た目の清楚さとは裏腹に活発な子だった。
誰とでも気さくに接する事が出来る彼女は、見た目の美しさも相まって、ひと月も経つと多くの男子生徒の心を掴んでいた。
僕も心を掴まれたその中の一人だった。
そんな人気者の彼女が、事あるごとに話しかけてくる。
他の人から話しかけられる事のない僕なんかにだ。
それが何故だかは分からなかった。
もしも校門の件が原因なのだとしたら、僕にとっては途轍もなく幸運だが、彼女にとっては不運としか言いようがない。
根暗で、口下手で、何一つ取り得のない僕の気まぐれな行為が、クラスで一番人気の彼女の気を引いてしまった事になるのだから……
彼女と僕との距離は、体育祭を切掛けに一気に縮まった。
写真部に入部した僕は、体育祭の写真撮影をする役割を担う事になる。
活躍する同級生の姿を写真に収めて、体育祭終了後に廊下に貼り出す、それが写真部の役割だったのだ。
教室の席順で、僕は彼女の斜め後ろに座っていた。
僕は、彼女の横顔を後ろから見つめる事が出来る恵まれた席順だった。
彼女は黒板をノートに書き写すとき、ちょっと首を傾けて髪の毛を耳に掛ける癖があり、その何気ない仕草を見る度に、僕の胸は高鳴った。
出来ることならば正面から見つめたい、だけどそんな勇気は無い。
彼女が目の前で話している時ですら僕の視線は床を漂う、それくらいシャイだったんだ。
彼女と視線が合うと僕は固まってしまう、あの頃の僕は、彼女の澄んだ瞳を見つめ返すことすら出来ない臆病者・・・・・・
それでもカメラのファインダー越しならば正面から見つめる事が出来た。
体育祭で、僕は彼女の写真を撮りまくった。
そして体育祭が終わると一目散に写真部の暗室へ駆け込み、赤いライトの元で彼女の姿が浮かび上がってくる事に一喜一憂していた。
僕は数ある写真の中から飛び切りの一枚を選んで、その他大勢の写真とともに廊下に貼り出した。
選んだ写真はクラス対抗リレーを真剣な眼差しで応援する彼女の姿。
水色の鉢巻を締めて、メガホンを片手に握り、まっすぐな視線で仲間を見守る彼女は誰よりも輝いていたと思う。
やがて彼女は、その写真を目にした。
そして事件は、この時に起こる。
休み時間、廊下に出た僕は彼女が写真を眺めているところに出くわした。
僕は少し離れたところにぽつんと立って、彼女がどんな反応をするのか伺っていた。
彼女は、その写真を食い入るように見つめていた。
彼女の頬が少し緩んでいる、そう思った瞬間、彼女は突然振り返り、そして僕と目が合う。
僕は咄嗟に目を伏せた。
歩み寄ってくる彼女の足音が聞えた気がする。
彼女は、僕の目の前で立ち止まった。
何かが起こる予感・・・・・・
僕は彼女を上目遣いで見つめた。
すると彼女は、僕の耳元に口を近づけ、ひと言呟いたのだ。
「美木くん、わたしのこと、好きでしょ……」、と。
彼女が魅せた意味深な笑顔、髪の毛から漂ったシャンプーの香り、耳元で感じた細い吐息、そして耳を疑いたくなるような想定外のひと言……
みるみるうちに顔が熱くなっていくのを感じた僕は、思いがけない形で彼女に告白してしまう。
魔法に掛けられたように直立した僕は、「はい……」、と口にしてしまったのだ。
僕は動揺した。
これで何かが始まるのかもしれない、でもどちらかと言えば、終わってしまうような気がしていた。
彼女の反応を確かめる事が出来ない僕は、視線を廊下の壁に走らせた。
皮肉な事に壁には、『終わりは次への始まり』、という恐らく卒業生が書き残していった落書きがあった。
途轍もなく長い、一瞬、が過ぎ去り、彼女が口にした言葉は、「私も好き……」、だった。とても優しく、甘く、繊細な響きだった。
彼女は少し照れくさそうに、その場を走り去り、僕は取り残された。
その場にぽつんと取り残された僕が、そのあと何を思い、どんな行動を取ったのか、それは全く憶えていない。
今でも赤面しそうになる程、甘酸っぱい思い出だ。
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