世界一ついてないかもしれない魔王

カモミール

第1話 

「うおおおお」


魔王と勇者の最後の決戦の舞台。

魔王城に勇者の雄叫びが鳴り響く。

そのまま勇者は魔王に斬りかかった。


今までどんな敵も斬り伏せてきた剣技だったが、

初撃、返す刀の二太刀目、三太刀目と魔王は魔剣で難なくこれを返してきた。


流石というべきか。

そのまま両者は互いに一歩も譲ることなく斬り結ぶ。


魔王の力任せの剣技に対し勇者は長い修行で身に付けた巧みな技巧でそれを捌き、斬りかかった。


魔王はそれをひらりと躱し、勇者に斬りつける。

2人の攻防はまさに死闘、並みの戦士ではとても割り込めない戦いだった。


だったのだが…


「マジックアロー!!」

「魔術増鏡」


勇者と魔王の戦いに参戦したのは勇者パーティの魔法使いと賢者だ。

魔法使いが魔力で矢を形成し、賢者が鏡を使ったサポート術でそれを何倍にも増やしたのだ。


形成された高威力の矢が四方八方から魔王を襲う。

それは避けられるものでもなく魔王にさえ致命傷を与えるに充分な威力だった。


だが


「ブラックミスト!!」


魔王の全てを腐らせ消滅される地獄のオーラが霧状に放出され、全ての魔矢を呑み込んだ。


魔王はそのまま上空へ飛び上がり、詠唱を叫ぶ

「エクスプロージョン!!」


それは高位の爆裂魔法だった。


大爆発が勇者パーティをおそう。

しかも、魔王はそれを連続で放ってきた。


「ぐっ」

「きゃあ」


賢者と魔法使いはたまらず吹き飛ばされ、体勢を大きく崩した。


「なんて強さだ」

「ハーッハッハッハ」


その様子を見て勝利を確信した魔王は高笑いをあげ、すぐさまとどめの魔法を刺そうとした。


魔王渾身の一撃の準備をする。

魔王は勝利を確信していた。


だが魔王は一つのミスを犯した。


ほんの一瞬勇者への意識を離してしまったのだ。

一瞬だがどうしようもないほど致命的なミスだった。


「終の太刀、残桜!!」

「ぐぅっ」

勇者はその隙を見逃さなかったのだ。


すかさず勇者は魔王に奥義の一太刀を浴びせた。


深々と腹を切られ、とうとう魔王は地に膝を付いたのだった。


***




「「ハァ、ハァ」」

勇者パーティと魔王両者とも荒い息づかいだ。

両陣営は互いに満身創痍だった。

だが、魔王が圧倒的に不利なことは明らかだった。

「もうここまでだ。最後にお前が今まで犯してきた罪を悔いろ」

勇者は次の攻防で勝てると判断し、剣を向ける。


「クク、この程度で、ハァ 勝ったと思っているなら、ハァ おめでたい事だな」

しかし、魔王はそうは思っていないようだった。

「どういうことよ」

魔王は満身創痍。だからこそ不気味だ。

「俺が、こうなることを想定に入れてなかったと思うか」


’’ズウゥン’’


その時魔王城に地鳴りが響いた。

「なんだ!?」

勇者パーティに動揺が走った。

魔王が何か恐ろしい事をしようとしていることを察知し、

全員が警戒体勢を取る。


「もう遅いっ。今までの戦いは全て時間稼ぎよ。封印を解く時間は充分に稼がせてもらった」

勇者パーティの動揺を嘲笑うように魔王は言う。


解放リザベーション


魔王がその呪文を唱えた時、魔王城奥深くの封印が放たれた。

次の瞬間、その体積だけで魔王城を半壊させるほどの巨大なドラゴンが現れたのだった。


「グオオォォォォ」


世界に響き渡るような声でドラゴンの雄叫びが上げた。




***


「これは…災害龍ヴァヴェル」

賢者はその姿を見て絶望を感じながら言った。

「あの伝説の」

誰もが動揺を隠しきれなかった。

「そうだ。誰もが知ってる災害さ。奴が卵の時から我が先祖が封印を施し、その中で育ったのが今のやつだ」


驚く勇者パーティに魔王が笑ってそう告げる。

「まさか」

そこで賢者は気づいた。


魔王の恐ろしい企みに


災害龍ヴァヴェル

この世界では台風や地震と同じような災害として扱われている。


というのも災害龍ヴァヴェルは世界を滅ぼす程の力を持ちながらも、

本能で動く動物のように知能の方は低いとされてるからである。


その被害で多いものはたまに目に入る家畜を貪り去っていく事だ。

このドラゴンが人間の文明にその力を振るうことは滅多になく、

多くて数十年に一度。


そのため最低限の対策だけがされ、今まで放置されていた。



賢者は思案を巡らせる。

そう、このという部分が問題なのである。


転生魔法、というのがある。


他者の体に乗り移り魂を乗っ取る禁術だ。


災害龍ヴァヴェルの持つ魔力量は魔王のそれと比べても遥かに上回っている。


通常ならレジストされる。

がヴァヴェルは知能の低さゆえ、本来の強さと比べてその抵抗力は低いだろう。


それでもやはり普通に考えればあの災害龍を操る事など誰にもできない筈だ。


だが、あの魔王の魔法技術なら…

わずかだが可能性はある。


しかも先の魔王の言葉が本当ならば準備をする時間も充分にあっただろう。


「魔王は災害龍に転生する気だ。今すぐ奴を倒すんだっ」


賢者は叫ぶ。勇者は魔王に斬りかかり、魔法使いは魔法の矢を魔王へ放った。

「言っただろう。もう遅いと」

だが魔王はそう言って笑い、辺りは眩い光に包まれた。


***



「どうなった?」

誰もが状況を飲み込めずにその場に立ち尽くした。

だが意外にも一番狼狽えていたのは魔王だった。

「ば、ばかな… どういう事だ」

先の勇者と魔法使いの攻撃でさらに致命傷を負ったにも関わらず、

それを気にもかけずに魔王は呟いた。


「なぜ転生魔法が失敗した?レジスト?いや、

というよりあれはまるで既に何者かが乗り移っているような」

魔王はぶつぶつと呟き続ける。

「ならば、直接魔術で操るのみ」

そう言って魔王は精神支配系の魔術を展開した。

「さぁ災害龍ヴァヴェル、我とともに世界を征服し世を恐怖のどん底へ叩き落とすのだ」

ところが


「断る」


なんとあの災害龍が言葉を発したのだ。

「な、なんだと」

「だってみんなを傷つける悪い事は…その何というかよくないでしょ!」

しかもその姿と全くイメージの合わないセリフを言い出す始末である。


「ならば力づくで」

そう言って魔王は魔術を行使した。ところが

「やめろ!!」


災害龍ヴァヴェルは腕を振るい魔王ごとその魔術を吹き飛ばしたのだった。


その場で皆が唖然とした。

災害龍ヴァヴェルのおかしな様子に誰も理解が追いつかないでいた。


「ここは…どこ? 私は確かあの時死んで…」

災害龍ヴァヴェルはキョロキョロと辺りを見渡しながらぶつぶつ呟いている。

「私ドラゴンになってるっ! これは、もしかして…異世界転生ってやつかー」

その姿に全く似合わないセリフに

皆が何とも言えない空気になったころ、

災害龍ヴァヴェルは状況に気づいたようだった。


「あっ、お取り込み中すいませんっす。

なんか気づいたらここにいたみたいで。

あっ、城壊れてる。

これもしかして私が弁償しないといけないやつじゃ… 

あのっ、

いつか必ず弁償するんで今日のとこは見逃してくださーい」


頓珍漢な事を言い残し

災害龍ヴァヴェルはその翼をはためかせ、

さらに魔王城を破壊しながら飛び去って行った。


その余波で魔王城はさらに、大きく崩壊していった。


その場にいる皆がポカーンとするしかなかった。



***


今まで数多の悪逆非道を行なってきたカリスマ魔王でも

ただ災害龍が去っていく姿を見る事しかできなかった。

茫然とする魔王に勇者パーティはとどめを刺すべく近寄る。


異世界転生


そう、あのドラゴンが口にしていた言葉は

おそらくかつて勇者が経験したものと同じ現象だろう。


思えば災害龍ヴァヴェルの特性は

いつか誰かが何らかの理由でその体を

コントロールする為に作りだされたものだったようにさえ思える。

などと考えても答えがわかる筈もない。


ただ一つ確実に言える事は災害龍ヴァヴェルにあの謎の者が転生していなければ

世界は確実に征服されていたという事だけだ。

今世界が救われた事は信じられない程の奇跡と言えるだろう。


この日魔王軍は壊滅した。

それと同時に知能を持った大災害が世界に解き放たれた。

魔王を倒したらのんびり暮らすつもりだったけど、

そんな事も言ってられないな。


今後も続くであろう世界の危機に憂鬱になりながらも

勇者は剣を握り魔王に近づく。


魔王は茫然と立ち尽くし、俺が近づいても全く動かなかった。


これまで、散々暴虐を尽くしてきた魔王だが、この結末には多少同情する。

とてつもなく長い時間準備した周到な計画。


異世界転生なんて何憶分の一かもしれないような有り得ないハプニングさえ

起こらなければ間違いなく世界はこいつのものになっていただろう。


「魔王、いやディアボロ。 お前、世界一ついてない魔王かもな」


そう言い残し勇者は剣を振り下ろした。







***


これからどうしよう?弁償のお金貯めないとね。お城の建て直しダンボールとかで出来たらいいのになぁ。なんて…


この姿も不便だし、異世界なんだから擬人化魔法とかないかな? かわいくないし。ケーキとかも食べたいなぁ。あ、でもまずは異世界観光かな?


などと勇者の警戒とは裏腹に災害龍ヴァヴェルは

呑気な事を考えながら大空へ旅立って行ったのだった。

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