夜見小織の読書日記
「何かほしいもんある?」
公園に呼び出した小織の前にずらりと段ボールに入った本を並べてやったら、「露天商ならもっと怪しいもん売れよ」と言われた。野外で売られているものが何でも怪しくはないだろうか。
昨日実家に帰って部屋の掃除をしたら、子供時代の葉桜と俺のために母が集めた本が詰まった段ボールが出てきたのである。もう実家に児童書を置いていても仕方ないだろうなと思って、身近な児童であるところの小織に『譲れるかもしれないものがあるんだけど』と連絡をしたのが数時間前だ。
「譲れるかもしれないって言うから、てっきり遺産か埋蔵金かと思ったのに。今じゃ本は中古ショップでも二束三文にしかならんが?」
貰い物を売ることに躊躇がない小織が、段ボールの中から適当に一冊を引っ張り出してパラパラとページをめくる。
たまたまミステリ小説だったので、小織はそういう話が好きかもしれないなと思って内容を説明しようと思ったら、小織の口からポンッと意外な言葉が出てきた。
「てか小織は、本は読まない人なんだよぉー。国語の教科書に載ってる小説も、自力で読もうとすると最後まで何が書いてあるかイマイチ分かんねぇし」
「は? でも、ツイッター好きじゃん」
「ツイッターは短文じゃん! 百四十字は画面ぱっと見てすぐ読めるからいーの!」
小織は本の表紙を裏拳で叩きながら、ペラペラと喋る。
「紙の本はマジで何が書いてあるか分からん! どこまで読んだかすぐ見失うし、目では読んでたはずなのに内容が頭に入ってこなくて何度も同じところ読んじゃうし! 何か気になるところがあるとページから目ぇ上げて色々なこと考えちゃうじゃん? そんでまたページに視線を戻すと、直前の文章を忘れている! 無理ゲーが過ぎる、あと単純に長い文章を読むのがだるい」
「でも氷山凍は、ツイッターで流すストーリーはかなり先まで考えてるだろ。それにフォロワーの反応も熱心に見てるし。あれ、印刷したら本くらい長文になると思うけど?」
「印刷したとしても、本は百四十字ごとに小分けされてないじゃんかぁ」
ヤンキー座りしながらページを開き、おどろおどろしい事件現場の挿絵を見つけて「ぁは」と嬉しそうに頬を緩める。無理ゲーだのだるいだの言うわりに、所々に差し込まれている挿絵を見るときは目が輝いているし、段ボールにある他の本もあさり始めている。
そんな興味津々の反応を見ていると、さっき小織が言っていたことは「読みたくない」ではなく「読みづらい」なんじゃないかなぁと思ってしまった。初対面のときに自分のことを創造主と言った人間が、本が好きじゃないというのはイマイチ納得がいかなかった。
「だるくなかったら、読んでやってもいいかなって思う?」
俺の質問に、小織は「ぉん?」と首をひねる。小織は意外と人の話は聞けるタイプだ。といっても静かに座って話を聞くわけではなく、動いたり歩いたり横やりを入れたり年上を揶揄したりといった具合だけど、他人と関わることが好きな性分らしくそういったやりとりを億劫がったりはしない。
「文字を追うのがだるいなら、たとえば俺が音読するってのは? お前どうせ黙って聞いてられないだろうから、途中でなんか喋ってもいいよ。てか俺もずっと読んでるだけだと疲れるだろうから、むしろ口を挟んでくれると助かる。小織が喋ってる間に休憩するし」
「……えぁ」
小織なら『つまり絵本の読み聞かせじゃん赤ちゃんかよ』くらい言うかなぁと思っていたら、意外にも目を見開いてきょとんとした反応だ。
「新しーねぇ、それ」
昔やってもらわなかった?と自然と聞きそうになって、すんでの所で口をつぐむ。そういえば夜遊びを咎められたことがないんだった。『危ないから駄目』の一言も言われたことがあるかどうかも怪しい小学生なのだ、目の前にいるのは。
「試しに今やってみるか」
「いーよぉ、この中で一番えっちな本どれ?」
「やっぱりやめる」
「やだぁあ!」
悲鳴を上げて、小織が俺のシャツをむんずと掴んだ。「ぉん……」と意味不明な呻き声を上げながら差し出されたのは、俺が「それは小織が興味を引きそうだな」と思っていたミステリ小説だった。
予想が当たったことが少し嬉しかったので、先ほどの発言はチャラにすることにした。俺が本を受け取ると、小織はパッと立ち上がって馬のスプリング遊具まで駆けていく。
「お隣よろしいよ、おにーちゃん」
「日曜日の昼間だってのに、子供の遊具に俺が乗るのはどうなのかなぁ……」
「人生もっとエイジレスにいこーぜ」
至極軽やかに言い放って、小織はゆらゆらと馬上で揺れる。
「早くおいで」
その笑みに誘われるように、俺は小さな白馬に腰を下ろした。オモチャみたいな馬に二人でまたがると、その空間が本の中と等しく非日常になったような気分になる。現実と創作の境界線が極限まで曖昧になる。それが氷山凍の――夜見小織の「魔法」なのだ。小織は二つの世界の狭間で、軽やかに生きる。そんな性分の人間が、誰かが一緒にやれば出来ることを諦めるなんてもったいない。
俺はページをめくり、息を吸った。
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