掌編小説・『水』

夢美瑠瑠

掌編小説・『水』

       掌編小説・『水』


 水というものが、ダイヤモンドより貴重という、そういう惑星が、銀河系統一行政システムの大惑星救助リストには数多く存在していて、私は虚空から水分を抽出して、生物の飲料水にできる、そういう水分蒸留器を、四六時中稼働させて、「水難民」の星々に豊富に水を供給するのが、日常的な業務である。


 水は融点が摂氏零度、沸点が百度、カロリーがゼロという特殊な液体で、地球から派生した文明の惑星群の生物、人類は大体がこのH2Oを基本にして生命を構成している。


 ところが、地球のように水の豊富な惑星のほうが、宇宙的には寧ろまれなので、大体の星は巨大なコンビナートを建設して、水資源を備蓄している。虚空から水分を抽出する技術には、現在のところ、アクアセレニウムという特殊な超合金が必要で、非常に貴重な金属なので、汎用化ができていない。


 それで、私のように水を配達する公務員が必要になるわけである。


 全宇宙統一行政システムというのは、あらゆる行政サービスが基本的に無料で、各惑星の地下資源とか、環境に応じて特殊な農工業の生産物が、対価として徴収されて、貨幣経済というものは排除されている。信用貨幣というものが、数々の戦争や搾取の火種になったことに人類は懲り懲りして、学習して、洗練された物々交換のシステムに全面的に移行しているのだ。


 金銭へのフェティシズムが、社会を腐敗堕落させるということはカールマルクスが大昔に予言していて、今では正確な言説であったということが常識化されていて、「財閥」などというものが社会に君臨していたことは、今では悪い冗談のような嗤い話になっている。100年以上前に、全人類の共通の意思が電脳空間で共有されるという、そういう大規模な政治運動が同時多発的に実施された結果、史上最大の「名誉革命」が実行されたのだ。貧困は撲滅されて、貨幣は全廃された。全ての富は平等に分配されて、貧困による悲劇はミニマムにされていった。

 権力というものは現代では無人格化されて、公平無私な抽象的な高邁な知性の集合体の別名になっている。普遍的に存在しているのだが、誰もとりたてて意識をしない。真の意味での民主主義というものが実現しているのだ。

 で、水さえあれば発電も自在に可能というのが、現代では常識で、水資源は人々の生活の根幹となっている。


 その日も、全銀河系の中央執行システムである、超巨大な宇宙ステーションから、水を大量に備蓄したタンクを携えて、植民惑星群に補給すべく、私は出立した。

星と闇の瀰漫する虚無そのものの宇宙空間に、私の宇宙船の色とりどりのシグナルライトが明滅して、懐かしい地球の都市の夜景を彷彿させる…

 順調に宇宙船は航行している…かに思えたのだが、宇宙時計が245:00を過ぎたあたりで、突然「CAUTION!!」のレッドライトが光り、けたたましくアラームが鳴って、宇宙船は動作を停止した。

 「なんだ!?」

 私は操作パネルを素早く動作させて、事故の原因を探った。

 で、分かったことは、ウオータータンクに何らかの異常が生じているらしいことだった。水が漏れているのではない。質量メーターは同じ数字を指していた。

 水が何かの特殊な反応を示しているのだ。

 私は、宇宙服を纏って、宇宙遊泳をするポジションになって、ウオータータンクを調べに行くことにした。ふわふわふわ、と遊泳して、後部に配置しているタンクにたどり着いた。と、何ということか、三つのタンク全部が、ギラギラとものすごい光を放っている!沸騰しているのではなくて、摂氏二十度のままに、あたかも小さな恒星が宿ったかのように美しいような蛍光色の輝きを盛大に放っている。光の饗宴、という印象だった。

 手元の人工知能キットを操作して、現象の意味を分析させる。

 しばらくして出た回答は、「イミフメイ…タダシ、エネルギーレベルガアガッテイルノデキケン…」というものだった。

 更に分析を続行すると、「イッコクイチビョウヲアラソウ…バクハツスル…ニゲロ」

 という答えが出た。

 とにかく命が大事なので、私は非常用の小型ロケットに乗って脱出した。

 かなり宇宙船から遠ざかったところで、背後でものすごい爆発音がした。

 どうやら宇宙船ごと全部が木っ端みじんになってしまったらしい。


 救助信号を宇宙ステーションに送ってから、私なりに、水の「叛乱」現象を分析してみた。水というのは大体がすべての生命のふるさとである。だから、ただのH²0というだけではない、特殊なエネルギーの媒体で、宇宙線や何かの特殊な条件が整うと、生命エネルギーが充満して、励起状態になり、生命を抱懐するような、そういう命のスープ、培養体、そういう生命の温床が出来上がるのかもしれない…

だから、さっきの爆発は、もしかしたら新たな宇宙の「ビッグバン」、だったのかもしいれない。

 

 救助を待ちながら、私は新たな宇宙の創造に立ち会ったような、

そういう神秘な感覚につくづくと捉われるのだった…


<了>






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掌編小説・『水』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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