第3話「クソガキ固有スキル"ノリノリ"発動」
そうして二人は戦場に立った。下手なジョークになるのだが、本来ならば洗浄に使う台所用洗剤を武器にして。
キックバイクに乗っていた頃に使っていた肘当てと膝当ては、もうかなり小さくなってしまっていたが。
「走るなよ」
ゲームでは画面に照準が表示されるが、現実ではそんな事はない。
またハチは大きくとも4センチ未満であるから、的としては非常に小さいというのも不安材料だ。
「ハチのナワバリは10メートルくらい。そこに入ると、まず偵察のハチが飛んでくる。まずは威嚇してくるから、慌てる必要はないぜ」
この言葉も、旺自身が言葉にすることで手順を確認するためだ。
「あぁ」
山脇の顔も幾分、緊張の色が強まっていた。
――やっぱ。怖いな。
胸の鼓動がドキドキと強くなるのを自覚させられる山脇。退治に行くと言いだした時には勢いがあったが、いざ本番となると内心の恐怖が増すのは当然だ。
「偵察が出て来たら、まず動くな。手を出さないと見せかける必要があるぜ」
旺も同様の恐怖がある。ハチの習性も、旺が知っている事は当然、穴だらけだ。巣から10メートルが縄張りというのは、エサ場の存在を忘れている。それを含めれば、ハチの縄張りは2キロほどになる事もある。
「わかった」
山脇は頷き、ネオングリーンの水鉄砲に視線を落とした。
重さは1キロ程度であるが、児童の手には重さを感じてしまう。しかも、それを正確に扱えと旺はいう。
「そして慎重に狙え。こっちが攻撃した瞬間、ハチは敵だと思うから」
敵だと認識した相手に対するハチの行動は、憶えている。
「まず敵だと思われれば、毒を吐いてくる。その毒が、巣からハチの大軍を呼び寄せるんだ。気を付けるのは、そこだぜ」
旺は攻撃フェロモンや警報フェロンといった言葉までは知らないが、ハチが毒針から放つ毒液が仲間を呼び寄せるのは確かだ。
「頭に叩き込んだ」
山脇は頷き、早速、走ろうと――、
「待て。だからゆっくりだ。走ったら負け、焦ったら負けだぜ」
止めろと旺が山脇の肩を掴んだ。児童特有の気の短さに恐怖感が重なれば、それこそ5分が1時間にも感じさせるものである。
早く終われという願望は、簡単に思考を拙攻へ向かわせてしまう。
それでも、摺り足で進む二人の緊張が最大になるまでにかかる時間は短い。
「来た!」
山脇が声を上げ、銃口を上げた。
旺も同時に構えたが、次に起こったアクションは対称的。
引き金を引いたのは旺一人だったのだ。
これは冷静に、慎重に、と繰り返していた旺だからこそ背負い込んでいるものが吹き出したためだ。
焦って引き金を引いてしまった。引き金を引くとはいうが、実際に引いてしまうと手を握り込んでしまう事になり、身体の内側へブレてしまう原因になる。
――外した!
旺が顔全体に苦いものを走らせた。オモチャなのだから照星と照門の作りが甘く、発射された洗剤の軌跡を見て修正しなければならないにしても、その外れっぷりは酷い。
そして一度でも敵対行動を起こしてしまえば、ハチは警告から攻撃に移る。
――
旺が言葉を発する事すらできなかったのだから、顔を青くする間もあったかどうかわからない。
しかしハチが針から毒液を放つ時間もなかった。
「あぶねェ!」
一拍、遅れて発射した山脇の一撃だった。こちらも照準は甘いが、頭が回った。
横に振りながら発射したのだ。弾丸ならばあらぬ方向へ飛び、外れてしまうのだが、放出しつづける水鉄砲は違う。
一文字に切り裂くように放たれた洗剤はハチを巻き込んだのだった。
「……助かったぜ」
気を取り直し、旺が水鉄砲を構え直した。
「あぁ、相棒。行くぜ」
山脇も頷き、再びゆっくりと前進を始める。
――思った以上にブレるぜ。
旺はフーッフーッと深呼吸をしながら、手の中にある水鉄砲を見下ろした。よくできているが、やはりオモチャだ。そして元になったゲームはやり込んできたが、現実には宙に浮かぶ照準はない。
「俺の方が、ずっと
頭でっかち――知識ばかりで実行力が備わっていないと自覚した事が、旺に
「やるぜ!」
そんな旺の不安を感じ取ったかのように山脇が声をかけた。
山脇の声、言葉はまるで根拠のない自信であったが、旺を奮い立たせるに十分な力強さを備えている。
「あァ」
山脇は旺とは逆に、知識こそ
「杉本の知識と、俺のパワー! 行けるだろ!」
「あァ。ゆっくり行こう。ゆっくりはスムーズ、スムーズは早い!」
二人のガンナーはゆっくりと、だが確実に巣に近づき始めていた。
だが空は、二人の行く末を暗示しているのではないのだろうが、黒い雲で覆われ始めていたが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます