第2話「クソガキ固有スキル"知ったかぶり"発動」
「ハチは、最初が大事だぜ」
「ハチは最初から大集団の兵隊が出てくる訳じゃない。まず偵察に出てくるハチが絶対にいる」
これも鉛筆で偵察と書き、アンダーラインを引き、
「こいつを……叩く!」
ドンと机を鳴らす旺。
「偵察は何匹も出てこない。1匹とか2匹とか、それくらいだぜ。ただ、即死させる必要があるぜ」
「殺虫剤か?」
用務員が手を伸ばした業務用殺虫剤を思い浮かべる
「外じゃ殺虫剤は分散するから、ピンポイントで即死させるのは難しい。それに巣にトドメを刺す時に必要だぜ。温存する」
業務用殺虫剤はトドメにしか使えない。
「じゃあ、どうする?」
山脇は眉間に皺を寄せたが、「あ」と声を上げると思わず腰を浮かした。
「直接攻撃か!」
山脇が新聞紙を丸めるような手付きをするのを見て、旺も同じく腰を浮かせられる。
「いやいやいやいや!」
落ち着けと親友に声を掛け、旺は心持ち強く肩を押さえて座らせる。
「昆虫を即死させるのは、洗剤でいい。皿洗う奴だ。あれを――」
旺が手に取るのは、放課後児童クラブから持ってきた水鉄砲。
ゲームに出て来た武器を実際の水鉄砲にしたもので、銃身下に手動ポンプが装備されたスナイパーライフルを思わせるものだ。
「狙撃か!」
「そうだ」
パンッと手を叩く山脇。そのゲームの事なら知っている。
「前に出て行くなよ。絶対に。リスポーンはねェんだぜ?」
一言、旺が釘を刺した。
「ボタン押しっぱなしで連射もできないし、トリガーは重いぜ。2発目を撃つのも時間がかかるからな」
水鉄砲のトリガー部分を示す旺は、手動式とはいえポンプで圧縮して撃つのだから、相応の――小学生にとっては長期戦になれば手に余る重さになる事だけは告げる。
「覚悟の上だろ」
山脇はふんと強く鼻で息を吐き出した。
大人が見ていれば、どう考えても止めろと言われるように事に挑もうとしている無謀なガキ二人であるから、どこまで分かっているのだろうかと疑問が浮かぶところだ。
だが幸か不幸か、ここにいるのは無謀なガキ二人であるから、相棒同士は互いの意見と覚悟を交換したくらいにしか思っていない。
「偵察を始末していけば、少しずつ進めるぜ。相手は偵察からの報告がない限り全軍出撃してこない。だから手が届く所まで行けば、これだぜ」
旺が示したのは段ボールだった。学校内の備品を購入した際の梱包材で、理科の教材が入っていた事を示す印刷が残る段ボールは頑丈だ。
「これを巣に被せる。もうこれで奴らに逃げ場はないぜ」
木や軒下に巣を作るハチではなく、地面に巣を作るハチだからこそ取れる手だ。
「このスプレーで全滅だな!」
山脇は温存するといっていた殺虫剤のカンを手に取り、にぃぃぃと白い歯を見せて笑う。
「完璧だな! 流石、杉本。頭がいい」
本当に頭がいいのならば、ハチに立ち向かうなど考えず、大人に任せるよう説得できるはずなのだが、それこに思い至らないのがクソガキ二人である。
「ただ、ヤバいと思ったら逃げるぜ」
唯一、旺の奥底に残されていたストッパーがいわせた言葉であるが、山脇からの回答は実に簡単だ。
「俺は逃げないぞ。絶対、思い知らせてやる」
最早、山脇は復讐に燃えるヒーローである。それに相応しいプライド、不退転の決意というのかも知れない。
「あのな」
対し、旺は若干、線引きがある。
「これ以上、山脇や俺が刺されて、挙げ句の果てに、それが弟の仇討ちに行って返り討ちに
旺の理屈も簡単だ。
「成功させたら喜んでくれるけど、その成功は、俺たちが無傷でハチを全滅させられた時だけだぜ」
聡子に悲しい顔させたら負けなのだ。
「それに、ヤバくなったら逃げるってのは、止めるんじゃねェ。またやり直すって意味だぜ」
ならば最初から止めればいいのに、止めないが。
「無傷で帰ってくるんだ。服もいるぜ」
武器の次は防具だ、と旺は話を進めていく。
「できるだけ白い服がいい。ハチは黒いところを刺してくるからな」
今、二人たちが着ている制服のように、半袖、半ズボンなど論外だ。
「長袖、長ズボン、手袋もいる。あと、ヘルメットが必要だぜ」
「ヘルメットならある! 兄ちゃんの借りてくる」
中学生の兄がいる山脇は、自転車通学に使っている白いヘルメットを借りられる。
「後は、肘当て、膝当てか」
そちらも当てがあった。
「キックバイクに乗ってた時のがある!」
山脇と旺も、聡子の弟と同い年まで自転車のトレーニング用に乗っていた時の装備だ。
「服、防具、武器……揃ったぜ」
フーッと旺が大きく息を吐き出した。
「行くか!」
山脇の号令の下、二人が教室を後にする頃には、陽の光も幾分、その角度を鋭くしていた。
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