無謀なガキ二人は、いかにして凶悪なハチに立ち向かったのか?

玉椿 沢

第1話「クソガキ固有スキル”無謀”発動」

 長かった梅雨が明け、白い雲と青い空が似合う季節になった頃。


 市立小学校の白い校舎を照らす陽の光は、日没が午後6時を過ぎようかという季節では、まだまだ盛りを過ぎない様子だった。


「用務員さん!」


 放課後の用務員室に飛び込んだ男児童子は、血相変えたという言葉そのままの様子。


「どうした?」


 四十も半ばを超えているごま塩頭の用務員は、そろそろ日が傾くのを待つくらいの気分であったが、迷惑そうな顔を向けるような事はなかった。


「仕事!」


 男子児童が持ってきた仕事とは――、



「ハチの巣がある!」



 しかも血相を変えているのだから、単純に巣を見つけたというだけではなかった。


「2年生が刺された!」


 急いで対処する必要があるというのが、血相変えて飛び込んできた理由である。


「よし」


 胡座あぐらをかいて座っていた用務員は、自分の膝をポンと打って立ち上がる。環境美化は用務員の仕事にあるが、害虫駆除は本来ならば含まれていない。巣の位置、ハチの種類を確認した後、駆除業者へ依頼するのが筋ではある。


 それでも児童の慌て振り、狼狽ろうばい振りを見るに、簡単な処置で済むならば自分でする気が起きていた。


「殺虫剤を――」


 と、用務員が慌てたのがいけなかった。


「!?」


 青天の霹靂へきれき、用務員に襲いかかったのは魔女の鉄槌に等しい一撃。



 



 日本語では非常に情けない響きを含んでしまうのだが、腰椎すべり症や筋挫傷きんざしょうに繋がる危険と激痛を伴う症状だ。


「あいたァッ!?」


 立ち上がろうとして腰を捻ったのがいけなかった。大声と共にへたり込んだ用務員は、つんばいいのまま動けなくなるのだから。


「えーッ!?」


 顔が青くなる思いがした男子児童の背後から、もう一人の声がする。


山脇やまわき、用務員さんに頼めたかい?」


 用務員室で顔を青くしている男子児童へ呼びかけたのは、胸に「杉本」という名札を付けていた。


 杉本すぎもと あきらが彼の名前。


「旺……大変な事になってる」


 山脇は親友といっていい旺の方へ、眉をハの字にした顔を向けた。


「ぎっくり腰……?」


 旺も眉間に眉を寄せて肩を落とした。


「保健の先生に知らせようぜ」



***



 保健室では、そのハチに刺された2年生がベソを掻いていた。


「大丈夫だから、ね?」


 その2年生の傷に氷嚢を当てる女子児童の襟には、4年生である事を示す徽章きしょうがあった。


 彼女の名は田宮たみや聡子さとこ


 旺と山脇のクラスメイトであり、今、氷嚢ひょうのうを当てている下級生の姉でもある。


「痛いの!」


 しかし弟の方は、聡子の手を弾く。毒針が残っていないならば冷やす事が応急処置の第一であるのだが、傷口に触れるのは布でも痛い。


「ッ」


 自分の手を弾いてきた弟の手は、勢い余って聡子の顔も捉えてしまう。


「……大丈夫だから」


 それでも聡子は怒るでもなく、氷嚢を弟の傷口に当てた。


「先生!」


 そこへ戻ってきた山脇は、静かにしなければならない保健室であるが声を荒らげる。


「用務員さん、ぎっくり腰!」


 こちらもこちらで緊急事態。


「えぇ?」


 養護教諭も困惑した顔を見せるしかなかった。


「まぁ、いいわ。二人とも病院へ連れていきます」


 救急車を呼ぶ程ではないから、養護教諭が自分の車で連れて行くという。


「田宮くん。痛いけど、氷で冷やしてた方がいいの。我慢して」


 養護教諭が声を掛けても、また暴れて聡子が顔をしかめさせられていた。


「暴れるな。危ないぜ」


 聡子の顔を叩いてしまった手を、旺が横から掴む。


「痛いの! 痛いの!」


 そればかりを繰り返すが、養護教諭が「大人しくして」と抑えさせた。


「じゃあ、あなたたちも気を付けて。田宮さんは、ついてきて」


「はい」


 赤くなってしまった顔を撫でながら、聡子も弟と共に保健室を後にする。


「……」


 その背に眉をひそめていた山脇は――、


「俺たちで、何とかできないか?」


 親友へと言葉だけ向けた。


「何とか? ハチを?」


 目をしばたたかせた旺へ、山脇は「そう」といいつつ振り返った。


「用務員さん、スプレー取ろうとしてたろ? 何とかできるって事じゃねェの?」


「バカいえ。怒られるぜ」


 用務員は大人、自分たちは子供、という旺の判断は正しい。


 正しいが、その場合は間違っていると山脇はいう。


「悔しくねェのか? お前は!」


 親友の胸ぐらを掴む勢いで詰め寄る山脇。


「俺は悔しいぞ! なんで何も悪い事してない田宮さんが、あんな心配そうな顔させられてんだよ」


 旺の顔へ射貫くような視線が向けられていた。


 その勢いからだ。


「俺、田宮さんの事、好きだ」


 山脇の声からは軽くない衝撃を感じさせられた。小学生の男子であるから、クラス内では少なからず男女の衝突がある。はたから見れば、大人ぶった女子と、ガキの理論を振りかざす男子とが小競り合いしているようなものにしか見えないが、当事者にとっては深刻な場合が殆どという問題が起きやすい時期であるから、好きな女子がいると明言するのは、あらゆる意味で衝撃的だ。


「俺、ゲームとマンガしか好きなものないから、女子にバカにされまくってるけど、田宮さんだけはバカにして来ェもん。そんな優しい田宮さんが、何であんな顔させられなきゃいけないんだ? おかしいじゃねェか!」


「……」


 旺は黙っていた。


「杉本。お前、頭いいだろ。何か手はねェのかよ!」


 黙っているから山脇が詰め寄るも……、


「もういい。何もいうな」


 旺のこれは呆れたという訳ではない。


「何ともできないかも知れねェけど、努力してみようぜ」



 男たちは分かり合ったのだ、と二人はいうかも知れない。



「おお! ありがとう!」


 無謀が服を着て歩いているような男子児童が二人はこういうだろう。


 ――やるしかねェ!


 大人は多分、逆をいう。


 ――やらんでいい。

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