第4話 この世の地獄

「文化大維新?」

「世紀の愚行だよ。ざっと70年前。建国20年を迎え、ようやく国内が安定した頃、当時の政府は文化人を弾圧した」

 フミチカが苦々しい顔になる。

 国の基本は農業にあり。知識など不要、むしろ害がある。

 人口激増の中、農産物の収穫量を増やすことが急務、と、

 大学教授、大学生、教師、芸術家などがやり玉に挙げられた。荒れ地に送られ、開墾という名の強制労働に従事させられた。厳しい長時間労働、劣悪な環境、粗末な食事。彼らは次々とたおれていった。

「バカな話だよ。あれで国の発展が滞り、建国前のレベルに戻ってしまった」

「そんな政策を、なんで繰り返そうと?」

「放任主義国に学んで自由な考えに目覚めた若者は、共栄主義への脅威だと感じているのだろう」

「兄も、テイも、強制労働させられるんでしょうか?」

 ウォンの胸に不安が広がる。

「そうでないといいのだが」

 フミチカガ、ふーっと息を吐いた。

「エスペランサ語を禁止するくらいだからね。国外に目を向けないよう、アルファ国こそ世界一の大国、すばらしい国だと子供たちを教育していくのだろう。まるで、かつての我が国のようだよ」

 もう100年も前のことだ。Y国は世界を敵に回し、無謀な開戦、完膚なきまでに叩きのめされ、破滅を迎えた。

「あの負の歴史を、なぜ学ぼうとしない?」

 フミチカは、ため息をついた。

 話が逸れたね、とウォンの方に顔を向け、

「文化大維新の件だったね。共栄党は、数年たって、やっと彼らを解放したが。あまりに遅かった」

 ウォンは無言で聞いていた。メイリンもローズも押し黙ったままだ。

「その後しばらくは国民への締め付けはゆるくなり、放任主義国との交流も進み、Y国との国交も復活。W国も、アルファ国が自由な放任主義国へと徐々に移行していくと期待した」

 世界中がアルファ国へ経済進出した。安く豊富な労働力を求め、次々と海外企業の工場が。それと共に自由な空気も広がっていったんだが」

「アルファ国の負の歴史。それは何といっても天国門事件だ」

 とフミチカの意外な言葉に、ウォンは、

「天国門? あの天国門広場のことですか」

 首都の小学生なら必ず見学に行く、広大な広場だ。アルファ王国の時代、王族が住んでいた箇所は宝物館となり、前庭園部分が広場として開放されている。ウォンも子供の頃に訪れ、あまりの広さに驚いたものだ。


 半世紀前。

 アルファ国では放任主義への移行を求める声が、若者を中心に全土に湧き上がっていた。当時のトウカンダイ首相も放任主義路線を推し進めた。が、突然、トウ首相は退任。病気療養と伝えられたが、共栄主義勢力に失脚させられたのは明らかだった。

 7月6日夜、学生や労働者たちはトウ首相の復帰と、放任主義化拡大を求めて天国門広場に集結。

 そこへ突然、武装した軍隊が現れ、大地を揺るがせて戦車隊が突入、門は閉じられた。たちまち広場は悲鳴と銃声に包まれ、戦車は容赦なく若者たちを殺戮した。

 血の海となった広場は夜明けにはきれいに洗い清められ、何事もなかったかのように静まり返った。犠牲者の数は1万人と言われている。


 ひどい、ひどすぎる。

 ウォンは、あまりのショックに涙も出ない。

「すべては強硬派のネイモウハン副首相の指図だと言われている。放任主義諸国は、一斉にアルファ国を非難した。現場を目撃し逃げ延びたジャーナリストが、わずかだがいたんだ」

 フミチカは苦しそうに続ける。

「Y国の反応は鈍かった。敗戦から半世紀。平和ボケした国民にはピンとこなかったし、経済界も事を荒立てて損失につながるのは、と静観を決め込んだ。

 情けない話だよ。しかし私も子供だったからね。海の向こうで何が起きたのか、よくわからなかった」

 無期限の経済制裁を放任主義諸国は決議したが、半年もしないうちに、

「もういいじゃないか」

 と、Y国のニキ首相が制裁解除をしてしまった。そらがきっかけとなり、経済制裁は有名無実と化した。

「老害もいいところだよ」

 フミチカの声には怒りがこもっている。

「ほんとに情けないわ」

 Y国とアルファ国、両方の血を引くローズが悲しそうに言う。その肩を母メイリンがそっと抱いた。

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