第3話 薔薇より美しく

 ウォンは、その足でローズの自宅を訪ねた。Y国に行ったら彼女に会ようテイに言われ、既に何度か訪問した。門扉に紅薔薇のアーチがある、重厚な建物だ。

「いらっしゃい、ウォンくん」

 ローズの頬には血の気がない。VRでテイと深刻な話をしたのだろう。

 ウォンは応接間に通された。

 兄テイはローズと呼んでいたが、本名はアマネ、「天の音」という意味らしい。

 初対面の時。アマネという名も素敵だけれど、とテイは、

「君は薔薇よりきれいだ」

 ため息をついたそうだ。

「それで、私のことをローズって呼ぶようになったの」

 のろけ話を聞かされた、平和な日がなつかしい。ロマンチストのテイらしいが、今どうしているのか。


「ウォンくん。よく来てくれたね」

 ローズの両親が現れた。アルファ国文学者でいかにも学者タイプのフミチカと、アルファ語教師のメイリン。彼女はアルファ国出身で、フミチカが留学中に知り合い結婚した。二人ともウォンたちの両親と親しい。

「お兄さんのこと、心配だね」

 フミチカがいたわるように言い、

「はい」

「ご両親もね」

 メイリンは暗い顔だ。テイが逮捕されたのなら、両親にも危害が及ぶ恐れは十分にある。

「テイの話では、国の方針に反発している若者や知識人が、どんどん拘束されているって」

 ローズが言った。

 Y国、W国など。放任主義国に留学し、危険思想にかぶれただろう学生は、真っ先に狙われている、らしい。


 そもそも、アルファ国内でVRを起動させたのが間違いだった。テイがローズ、そしてウォンと話している最中にラインは遮断されたのだ。

「無理に連絡しようとしなければ」

 それがテイの危険を大きくしてしまった、とウォンは言ったが、

「覚悟の上でそうしたんだろう」

 とフミチカ。

 どちらにせよ逮捕される。だったら最後に、ということではないかと。愛するローズ、そして弟と言葉を交わしたかったのだ。

「アルファ国で、何が起こっているんでしょうか」

 ウォンは、エスペランサ語が禁止になったところまでしか知らない。その後すぐ留学してしまったから。

「アルファ国政府は、新たな文化大維新を始めている」

 フミチカが、聞きなれない言葉を口にした。



 マハのセンター当選は、モトキにはやや意外だった。確かに光るものはあるが、モトやジュリが先だと思っていた。

 総選挙は、配信アルバムを1枚買うごとに1票が与えられる。投票日が近付いてマハへの投票が激走したのは、組織票だろうか。マハにそっこんの富裕層がいるのか。

 まあ、どちらでもいい。要はもうかればいいのだ。

 モトキは辣腕プロデューサーである。芸能方面だけでなく様々な事業を成功させている。先月で56歳になった。美食が過ぎてでっぷりと太り、野心に目がぎらついたやせた青年の面影はないが、野望はアの頃より膨れ上がっている。

 政界進出もささやかれているが、モトキにはその気はない。

 Y国では昔から、能力のある者は財界に進み、それ以外が政治に関わるという伝統がある。

 年中、意味のない論戦を繰り返し、山積する課題を先送りにして、国力を落とす一方の国会。そんな世界に足を踏み入れてどうする。議員を手なづけて事業を有利に進める方が理に適っている。


 モトキは、W国を憎んでいる。

 一番の売り物に「焼野原」と命名したのには、訳がある。シアターがある付近が焼野原と呼ばれたのは敗戦後しばらくのことで、今は「空野原あきのはら」という地名だが、モトキは「焼野原」にこだわった。祖母が戦争中、その地で大空襲の中を逃げ惑い、家族、親族をすべて失った。死者は一晩で10万人に及んだが、W国からの謝罪も補償も一切なかった。その恨みを忘れないためにも、「焼野原」は必要なのだ。


 それにしてもアルファ国には腹が立つ。エジアン圏進出の足掛かりとして、いくつかの国にYNH同様のアイドル集団を作り上げ、人気を獲得してきた。最後の狙いとしては、もちろん人口、経済力のあるアルファ国だ。

 それが昨年。突然、アルファ国での活動が禁止された。総選挙があれだけ盛り上がったというのに。

 アルファ国には選挙制度はない。国民に参政権がないのだ。国の頂点、国民大大会があり、首相は代議員の投票で選ばれることになっているが、放任主義国の首相とは全く違う。ファンの直接投票によるセンター選定は、選挙制度がないアルファ国には危険に映ったのかもしれない。何故、わが国にはこうした投票制度がないのか。若者たちが疑問を抱くようになっては困る。危険な芽は摘んでおかなければ、そういうことなのだろう。



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