羽虫と野鳥
……耳元の羽虫がうるさくて、俺は再び目を覚ました。今晩は歩哨ではないのに、どうにも気が立ってしまって眠れない。間近に飛んで来た銃声が、耳にこびりついて離れないのだ。
「……カイ、起きているか」
「……ああ、起きている。おまえと同じだ」
隣で横になっていた同胞は、案の定、しっかりと目を覚ましていた。疲れた仲間のいびきを聞きながら、俺たちはこそこそと話をする。
「どうだ……、耳の傷は? まだ熱いか……?」
「いや、問題ない……。それよりも……、おまえの腕だ。撃たれたな……、完全に」
「これくらい、大したことはない……。衛生兵のやつが、包帯をきつく縛りすぎたんだ……」
薄いテントの外側から、野鳥の羽ばたく音がする。ここら辺の鳥たちは、さぞや迷惑していることだろう。自分たちの住処が、どんどんと荒らされていくのだ。
「しかし、全く……。傷があると、痛くて眠れない……。痛み止めを、寄こしてほしいものだが……」
「カイ……。やはりおまえ、結構な重傷だな……? 本当に、大丈夫なのか……?」
「平気だ、このくらい……。そう簡単に、へばってたまるか……」
カイはそう言うと、しばらくの間黙り込む。俺は彼を心配しながら、小さく小さく目を閉じた。……ああ、駄目だ。眠ろうとすると、また夢の続きを思い出してしまう。
「……なぁ、カイ。おまえは、昔の記憶を夢に見る、なんてことはあるか?」
「……何だ、いきなり。藪から棒に」
カイは寝返りを打って、俺の顔をじっと見た。彼の優しい緑の瞳が、俺のことを眺めている。
「俺自身も、おかしなことだとは思っているんだが……。ここ最近、子どもの頃の思い出を夢に見るんだ。懐かしい兄と、ふさふさの犬のことをな……」
「ふぅん……、なるほどな……」
俺の話を聞いて、カイは小さく考え込んだ。何か、思い当たる節があるみたいだ。
「……昔、ばぁちゃんから聞いた話なんだが、人間は死期が近づくと、妙に昔の記憶を夢に見るらしい。ばぁちゃんも、少女時代の夢がうんたらかんたら言い始めてから、一か月後に死んじまったぜ」
「……そうか」
……怖い、とは思わなかった。だからただ、「そうか」と言った。
「まぁ、あくまで都市伝説みたいなもんだが……。あながち、間違ってはいないかもな……。俺たちはさ、もうじき……」
「……ああ、分かっている。俺たちは、もうじき死ぬからな」
特攻命令が出たのだ、俺たち全員に。それ以外に、勝ち目はない。……いや、端から勝てなかったのだ、この戦争には。しかし、誰もそれに気づかなかった。たとえ気づいていたとしても、あえて言わなかったのだ。
「……おい、ルカ。もう一度、夢でお兄さんに会えたら、ちゃんと別れの挨拶をした方がいい。言えなかったんだろ、あのときは……」
「……そうだな。おまえの言う通りだ」
俺はカイの言葉に決心して、もう一度、今度はしっかりと目を閉じた。愛しい兄弟に、別れの挨拶をするために。
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