鮮血と包帯
「――おい、ルカ! しっかりしろ!」
……うっすらと目を開けると、そこには同軍のカイの顔があった。彼が言うには、俺は敵兵の流れ弾に当たり、左耳から血を流してぶっ倒れたらしい。ああ、そうか。どうりで、耳の辺りが熱いわけだ。
「……流れ弾に当たって気を失うなんて、俺も随分と間抜けだな」
「おい、あまり頭を動かすな。とりあえず、テントに戻るぞ」
思ったよりも出血量が多いようで、さっきから頭がくらくらしっぱなしだ。俺はカイに引きずられながら、止む無く戦線を後にした。
「まずは止血をして、その後に薬を塗るぞ。かなり痛むが、我慢しろよ」
「おまえは戦闘に戻れ。後のことは、衛生兵に任せる」
「衛生兵のやつらは、重症患者につきっきりだ。だから、……ほら、じっとしろ。下手に動くと、血が止まらなくなるぞ」
塗り薬の刺激臭が、つんと鼻の奥を突き刺す。たったそれだけのことなのに、少なくとも俺は、周囲に飛び散った血のにおいを忘れることができた。
「……よし、これで十分だろう。撃ったやつが憎いなら、しばらくここでじっとしていろ」
カイは救急用具を片づけながら、すっかり短くなった金髪を流す。昔は女のように長かったらしいが、戦闘には実に不向きだったらしく、上官にざっくり切られたと言っていた。
「悪いな、助かった。おまえがこんなに丁寧に包帯を巻くとは、俺は思ってもみなかった」
「俺は七人兄弟の、ちょうど三番目だったからな。悪ガキの弟たちのために、しょっちゅう手当てをしてやったのさ」
「……そうか。面倒見の良い、いい兄だな」
「いい兄というより、雑用係と言った方が近いがな。兄貴とは随分と歳が離れていたから、俺が八歳になった頃には、徴兵令に引っかかっていた。だから必然的に、俺が一番年上になったってわけだ」
そう言いながら、彼は救急用具を片づける。兵士にされた兄弟たちは、きっとどこかで生き延びて、あるいはどこかで死んでいる。そんな単純なことは、どこのどいつだって同じだ。
「ところで、ルカ、おまえに兄弟は?」
「……兄が一人と、犬が一匹。おまえのように、面倒見の良いやつだった」
「お兄さんか。どこかで生きているといいな」
俺はじっと下を向いて、小さく息を吐いた。兄が兵士になってさえいれば、どこかで生きている可能性も、少なからずはあったのだ。けれど、彼は兵にはなれなかった。
「……いや、死んだよ。とっくのとうに」
あれは不運な出来事だった。他の多くの人々とともに、兄は帰らぬ人となった。
「イーサンプトンであった、大規模空襲を知っているか? 兄は夕飯の材料を買いに街へ出て、二度と帰って来ることはなかった。だから死んだ、確実にな」
「……あれはひどい空襲だった。『街にいた人間は、誰一人助からなかった』……そんな風に言われるくらいだ」
テントに迷い込んだコバエが、細い手足をさすっている。俺たちは何も言わずに、自由気ままなハエの生き様を見つめた。
「……すまない。完全に、無駄話だったな」
俺がぽつりと呟くと、カイは「いや、聞いたのは俺の方だ」と言って立ち上がった。西の方が騒がしい。きっと激戦なのだ。
「とりあえず、おまえはここで休んでいろ。俺は持ち場に戻る」
使い込まれた銃を引っ掴んで、カイは戦線に戻る。俺は話し相手がいなくなって、段々と眠くなってきた。連日連夜、連戦続きで、心も体も疲れ切っている。
「この戦争は、いつになったら終わるんだ……」
……誰もが思っていることを口にして、俺はそっと目を閉じた。周囲で起こっている全ての戦闘を、一切忘れるようにして。
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