その9 まつさかは遠くにありて思うもの(承前)

 気がつくと、それを思い浮かべている自分がいる。

 松坂牛のことだ。

 景品は後日郵送、今は到着を待っている状態である。

 早く食べたい、というのもあるだろう。でも、それだけじゃない。何だか分からないけれど、ふわふわした気分なのだ。

 一等を当てた優越感、とは違う。あれは運だ。浮かれているわけでもない、と思う。

 恋? いや、相手牛だし。

 と、後ろから両肩を掴まれた。

「どうした? ぼーっとして」

 父だ。あれ以来浮かれに浮かれていて、ちょっとだけうっとうしい。

「ウッシッシ」

 うん、大分うっとうしい。

「これが恋なのかなあって」

 途端に手が離れる。振り返った先には、絶望の眼差し。

「今度紹介するね」

 とどめを刺し、私はまた頬杖をついた。

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