第2話
ずうーっと、一緒にいたい」
と、ささやきかけたのはミモザの方だった。竜道は度重なるミモザの囁きに、度を失って、心にもなく、
「一緒に暮らそう」
と、ミモザを呼び出したのだろうか?
それは急なことだった。
ミモザが、昼食の後片付けをしている時、肌身離さず持っている携帯電話にメールが来たのだった。
「二時にいつもの公園わきの道で待っているが、来られますか」
「はい、参ります」
夫の勲は、表座敷で婦人会の人達の写経の面倒をみていた。陽一は、春休みの塾に出かけていた。周りの人達の状態は一応視野に入れ、自分の今置かれている位置を考慮するくらいの理性はあったが、少々無理な状況でも飛び出して行ってしまいそうになるくらい竜道に会いたかった。姑は風邪気味で、食事のあと奥の自室で横になっていた。ミモザは庫裏のボードに、『買物に行ってきます』と伝言を書き、急いで髪をときあげ、薄化粧をし、ピンクのワンピースの上に、これも淡いピンクのコートを羽織って、走るように公園に向かった。
いつもの竜道のベンツが待っていた。いつものように人目を気遣ってミモザが素早く乗り込むと、竜道は走り出した。
「今日は遠いところへ行こう」
「遠いところってどこ?」
「とりあえず、有馬へ行こう」
「夕方までに帰れるかしら?」
竜道は何も答えないで運転し続けた。
車は市街地を抜け、蓬莱峡にさしかかった。
曲がりくねった狭い山道だが、途中眺めのいい所で脇に車を止めることが出来るようになっていた。竜道はそこに車をとめ、外にミモザを誘い出した。
「いい眺めだろう」
「私始めて。こんな壮大な眺めが、こんな所にあるって知らなかった」
「ご主人に連れてきてもらったことない?」
「ないわ。私たち親子で出かけると、お姑様が機嫌が悪いの。主人はお姑様のこととなると、気持ちが悪いくらい大切にするから・・・」
「ミモザ、今日は帰さないよ。泊まるんだ!」
「えっ!」
「いつまでもしみったれたホテルで密会を重ねていても、ミモザの希望をかなえられない。ご主人にこの関係を知らせて諦めてもらい、一緒に暮らしたいというミモザの希望を実現しよう。さっ、車に乗って!宿は予約を入れてあるから!」
何かでいきなり頭をなぐられたように、足元がふらついた。ミモザは竜道の腕にすがってようやく車に乗り込んだ。
自分が帰らないとなると、残された三人の混乱はどうなることだろう。夫、姑、陽一。ミモザは三人の混乱や困惑、動揺の姿を想像し、罪の意識に責められながらも、今横にいる竜道が発するオーラから自由になれない自分を感じていた。
泊まる、と、心に強く決めてから、景色も目に入らず、家族の心配でこちこちに固まって前方を凝視するだけだった。竜道は無言で運転し続けている。やがて車は山道を抜け、村に入った。そのとたん道端の満開の桜が目に入った。やさしい薄紅色の花びらのかたまり。散ることに耐えて精一杯咲き誇っている桜の姿に、ミモザの心は溶けていった。できるかぎり美しい姿で咲いてみせるのは、咎められることではない。この瞬間の喜びを味わいつくすことは、罪ではない。ミモザは桜の花と同じように精一杯美しく咲いてみたいと思った。
とはいえ、ホテルのフロントに着いた時は、堂々としている竜道にひきかえ、ミモザは落ち着きがなかった。字を書いている竜道の背中に手を当てて見たり、何もついていないのに、自分のコートの塵を払うような仕草をしたりしていた。
「とうとう来た!」
「来てしまったのね」
部屋に入るなり、ミモザは竜道の腕の中に雪崩れ込んだ。
「可愛い奴」
ミモザは、竜道のなすがままに、従っていった。
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