異神との契り

 アティアはオルクスに案内されて、セレンとゴーディーに追いつくことができた。

 そこは、小さな港町。キメリアの側に、こんな港町があったことをアティアは知らなかった。


 小さな家屋が並ぶ街並み。豊かな港町とは思えない。道を歩く男たちは、どこか荒ぶれ者の匂いがし、女たちは道行く男に色じかけで近寄り「寄ってかないかい?」と声をかける。


「この港町は、居心地が悪いな」

 オルクスでさえ、眉をひそめた。


 セレンとゴーディーの様子を伺うと、二人は港で船の手配をしてから昼食を取るようだった。港に沢山の人がいるとはいえ、白金に紅い瞳を持ったアルビノのアティアは、どうしても目立ってしまう。


「変装するしかないな。出発するまで時間はある。どうにかしてこい」

 そうオルクスが言った。

「……わかった」

  

 数十分後、褐色の肌をした女が、オルクスの前に現れた。

「うん?」

 目を丸くするオルクス。それから思いっきり噴き出した。

「ぷっー!」

 


「笑わないでよ! 目立たないようにするのは、これが良いと思ったのよ」

 アティアは、オルクスを睨んだ。

「いや、まさかエジプトの人間の格好をするとは思わなくてな……」

 

 そう、褐色の肌に白いワンピースドレス。黒髪のかつら。

 パッと見た感じで、アティアとはわからない。ただ、紫と紅い瞳だけは隠しようがなかった。そこで、右目には眼帯をしていた。


「いやいや、上等、上等! さすが、アティアだ」

「絶対、馬鹿にしてる……」 

 アティアはオルクスの足を、思いっきり踏みつけた。


「いたっ! 俺は、神だぞ、なにをする!」

「あらん。……間違って踏んじゃったぁ。ごめんなさぁい」

 アティアが上目遣いをし、しなをつくって謝った。

「——」

 オルクスは、思わずアティアを見つめた。


 こいつ、なかなか根性が座ってきたな。まさか、ウェヌスの影響か?


 ウェヌスの悪影響が出たのか定かではないが、アティアは確かに女の武器を使い始めていた。


 ♢       ♢


 セレンとゴーディーを乗せた船が出発しようとしている。

 アティアは、漁師に頼んで小さな船を手配していた。

「あの船を追いかけて欲しいんだけど……」

 色仕掛けで、安くしてもらおうとしたが失敗。金貨を三枚も取られた。


 アティアは、自分の色仕掛けが世の男性に通じないと知り、落ち込んでいた。

「まぁ、そんなに落ち込むな」

「オルクスに慰められるなんて……はぁ~」


 更に落ち込むアティア。

「もう、立ち直れないかも」

 ボソッと呟く。


「おい、そんなことより、あの船が向かっている島をみろ」

「えっ?」


 向かっているのは、暗く陰気な小さな島だった。


 漁師の話によると、そこは元々無人島だったらしい。十数年前から何人かの人間が住み着いたが、あまり交流を持たない閉鎖的な人たちなのだという。

 

 アティアは、セレンに気づかれることなく島に到着した。

「オルクス、二人はどこに行ったの?」

「あの洞窟の中だ」


 島には、大きな洞窟があった。自然にできたものか、人工的なものか、アティアにはよく分からなかった。


「どうしよう? 中は、真っ暗だわ。灯りがないと進めないかも」

「お前の紅い瞳なら、問題ないぞ」

 オルクスの言う通りだった。眼帯を外すと、暗闇の中でも洞窟の中の様子が何となくわかる。


 進んでいくと、奥から明りがもれてきた。そこには石の祭壇があった。祭壇を囲むように、多くの蝋燭の灯りが揺らめいている。

 幻想的というよりは、怪しい雰囲気が漂っている。それに何か、鼻を突く異臭がしていた。

 祭壇の奥には、豪華な椅子に座る女性の姿があった。


 緑色の髪。豊かな乳房を露わにし、腰に青緑色の布を身に纏っている。黄金のネックレスを胸元に飾った、妖艶な女性であった。

 その女性の前に跪くセレン。


「兄のゴーディーを連れて参りました」

「ご苦労であった。この儀式が終われば、お前の母上も元気になるであろう。そして、アトラスを再建するのだ」

「ありがとうございます」


「あの女。神か? 神だとしても邪神?」

「オルクスにもわからないの?」

「あぁ」

 アティアとオルクスは、息を潜めて中を窺っている。


「兄をここへ」

 セレンがそう言うと、担架に乗せられたゴーディーが運ばれてきた。

「——えっ! まさか?」

 青ざめるアティア。心臓が止まりそうだ。


「大丈夫だ。生きてる」

 オルクスの言葉に、ホッと胸を撫でおろす。

 

 ゴーディーは、石の祭壇の上に寝かされた。


「うっ」

 突然、アティアは口を塞がれ体の自由を奪われた。そのまま二人の男に、祭壇の前まで連れて行かれた。


「私が、気づかぬと思っていたのか?」

 女が狡猾な笑みを浮かべ、アティアを見ている。蛇のような目をしていた。


「うん? お前のその瞳……紫と紅。もしかして?」

「もしかして、何?」

 アティアは恐怖に慄くこともなく、答える。


「アルビノか?」

 女の口端が大きく上がる。気味の悪い嫌な笑みだ。


「そっ、それがどうしたの?」

「アルビノ。神に愛された人間。神の力を宿す者。アルビノを喰うと幸運を引き寄せると聞いた。私は、なんて運がいいのだろう。今回は、上玉が二つ」



「喰うって……まさか…… ゴーディーをどうするつもり?」

 アティアは、焦った。



 女の艶めかしい真っ赤な唇が、ゆっくりと動く。

「この男と、契る」

「ちぎ……る?」


 ふふふふふ。

 女が笑う。

「交尾。或いは、情交。男と女の快楽。そして、その儀式の後、この男の体と心は全て私の物となる!」 

 

「男と快楽を楽しんだ後で、喰うというのか」

 オルクスが口を挟んだ。


「そんなこと、私がさせないわ!」

「小娘に何ができる? この男は、私の血肉となる。そう、神の血肉だ。悲しむことはない。お前も直ぐに、私の血肉となろう」


 オルクスの歯が、ギリギリと鳴った。


「セレン! あなた知っていたの?」

 アティアは叫んだ。この状況から抜け出すには、セレンの力を借りたかった。

「——」

 でもセレンは、何も答えない。その目は虚ろだった。


「無駄だ、その女は私の操り人形。心はとうに、死んでおる」

 女の口から、赤い舌がチロチロとのぞく。


「お前、ひょっとしてラミアか?」

「その通り。人を喰らう邪神ではあるが、天界の掟がある以上、お前は私と戦えまい」


「くっ」

 オルクスの顔が歪む。いつも冷静なオルクスが焦っている。


「オルクス、大丈夫。私が、ゴーディーを助ける!」

「ほほほほほ! どうやって? 今や、手足を縛られて動けないお前が、どうやって助けるというのだ? 愛する男が、他の女と快楽に溺れて行く姿をそこで見ているがいい」


「最悪の女だ。反吐が出る!」

 天界の掟に縛られ、何もできないオルクスは苛立っていた。


 ラミアが祭壇に横たわるゴーディーに甘い声で囁く。

「起きて、ゴーディー。目を覚まして」 



 仰向けに寝ているゴーディーの体の上で、四つん這いになるラミア。

 ゴーディーが瞼を開ける。意識がハッキリとしていないのだろう。その目は、焦点が定まっていない。


「さぁ、ゴーディー。私に熱い口づけを」

 ゴーディーは、コクリと頷いて、両手を女の頬に添えた。

 小指にはめられたオシリスの指輪が、女の頬に触れる。


「熱い!」

 女は、頬を少し火傷したようだった。


「ゴーディーお願い。その指輪を外して」

 女の言葉に従い、ゴーディーはオシリスの指輪を外し放り投げた。

 


 

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