シビュラ(巫女)の血を継ぐ者

 アティアは男の子の瞳を覗き込んだ。そこには、二つの映像が重なり合っている。


(どういうこと? 未来が二つある……)


「その子の未来は、まだ確定されていない。お前次第、じゃないのか?」

 オルクスが薄く笑ったようにみえた。


(確定されていない未来。まだ、この子の命を救えるかもしれない!)


 アティアの全身の震えが止まった。体を取り巻いていた重い空気が消えていく。背筋を伸ばし、黒い眼帯を外し右手でぎゅっと握り締めた。それから、大きく息を吸い右腕を天高く上げる。


「私は、今、神託を受け取った!」

 アティアは叫んだ。


 アティアに、みんなの視線が注がれる。そして、大きなどよめき。

「あっ、あの紅いは……?」

「白い肌に白い髪に紅い眼って……」

「あっ、聞いたことがある。力の強いシヴュラは紅い眼をしてるって……」

「おぉ、そうだ! あれは、まさしくシヴュラ様じゃ」

 多くの者たちが、アティアの前にひざまずこうべを垂れる。


 フラウィアは、初めてみるアティアの瞳に驚いた。

(シヴュラですって? 知らない、知らないわ! 私は、なにも聞いていない!! どういうことなの、お父様?)

 セネカの顔を覗く。父の目は、全てを知っているようだった。続いて、ゴーディーをみた。その瞳に動揺の色はみられない。


(そう、私だけが知らなかったの……。 姉妹なのに? 家族なのに? 奴隷でさえ知っている事実を、私だけが知らなかった……)

 怒りで、全身が震える。

 自分だけ、家族の除け者だったんだ……

 悔しくて、悲しくて、腹が立って……いろんな感情を抑え込んだら、喉がぐっと閉まっていった。フラウィアは、ただただその場に立ち尽くしていた。


 一方、忙しいアントニウスの代わりに参列していたユリウスは、高揚した笑みを浮かべている。初めてみた紅い瞳に、目が釘付けになっていた。


(なんと! これは珍しい、あの瞳の色、肌の色、髪の色からするとアルビノか? そして、シヴュラの力を持つ者? あの娘が、あの力が、なんとしても欲しい!!!)


 ユリウスの影が、ぐにゃりと歪んだ。欲望という闇が、ユリウスの全身をゆっくりと包み始める。


 頭を垂れる参列者たちをかき分けて、泣き女をしていた老婆が現れ、しわがれた声が響いた。

「その娘は、偽物じゃ! みんなは、もう忘れよったのか? この娘のひいばあさんが『偽りの神託』をした罪で、火あぶりの刑にされたことを!!」

 頭を垂れていた者たちが、ざわめく。

「しかしよぉ、神の使いとされる白いカラスも、白い蛇も、白いライオンもみんな、紅い眼をしてるって聞いたぜ。あの紅いは、神様の使いってことだろ? 」

「はっ! どうせ義眼じゃろ。空いていた穴に、紅い石でも入れたんじゃ。片方だけが紅い眼っていうのが、怪しい。何よりあの神聖なる神の山が噴火し我々が死ぬなんて、偽りの神託に違いない」

 老婆の顔に刻まれた皺が、一層深く、一層濃くなっていく。


「違う! 私は、こので見たのです。そして、聞いたのです!」

「誰に、聞いたんじゃ?」

「オルクスよ。オルクスが教えてくれたわ! もうすぐ、ヴェスヴィオ山が噴火するって‼」

「ハハハハハハッ! オルクスとな。よいか、シヴュラとは、オリュンポス十二神の一人、アポロから神託を授かるとされておる。お前さんに神託を授けたのは、人を惑わす悪魔じゃろうよ」

「——そんなっ」


 老婆がいうように、シヴュラはアポロから神託を授かると言われていた。しかし、大いなる力を持つ者は、他の神々とも繋がれるのだ。シヴュラの力に目覚めたばかりのアティアはもちろん、他の誰もその真実を知らない。老婆の言葉に、アティアは戸惑い混乱していた。


 黙って様子をみていたセネカが、老婆の元へ歩み寄り声をかけた。

「娘は母親を亡くしたショックで、少しおかしくなっているようじゃ。この辺で、許してはくれんかのう?」

「セネカ様。これは、大変な失礼を……。 どうかお許しください」

 深々と頭を下げる老婆。態度とは裏腹に、その顔は笑っていた。


「ゴーディー。アティアを連れて、家に帰りなさい」

「かしこまりました。旦那様」

「セネカ様! 私も心配です。アティア様に付き添っても宜しいでしょうか?」

 突然、ユリウスが申し出た。フラウィアが、慌てて制止する。


「ユリウス様! ゴーディーがいれば、アティアは大丈夫ですわ。ねっ、お父様」

「あぁ。アティアのことは、ゴーディーに任せて大丈夫じゃ。ユリウス様は、このまま葬儀に参列して欲しい」

「——かしこまりました」

 そう答えたユリウスだが(くそっ! でしゃばり女め‼)と心の中で毒づいていた。


(ふんっ、まあいい。時間はたっぷりとある……)


 ユリウスの眼は、飢えたオオカミが獲物を見つけたかのように、鋭く光っていた。 





 

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